ケーセイケーコク!!   作:柴猫侍

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第壱話:千載一遇

 

 

 

(一国一城の主になりたい)

 

 

 

 (シン) 羅鈿(ラデン)はこれまでの人生を振り返る。

 

 世話になっていた寺が焼かれた事件が、全ての始まりだった。

 金無し家無し希望無し。加えて、頼れる親も居ない孤児が人生に絶望するには、余りにも十分すぎる経歴だった。

 

(俺の人生、どっから間違っちゃったんだろうなぁ)

 

 取り柄は体の強さと、寺で習ったオマケ程度の武術ぐらい。

 今でこそ流浪の便利屋として食い扶持を稼いでいるが、得られるのは依頼人からの感謝と雀の涙程の金である。

 

 この世は不思議だ。

 人の道を外れぬ生き方よりも、道を踏み外した悪党の方が稼げるときた。

 

 そこで、羅鈿は一つの決断を下す。

 

 ほんのちょぴっとだけ人の道を外れたお金の稼ぎ方をしてみよう。

 

「──そろそろだ」

 

 声が聞こえた方に目を遣れば、武装した強面の男達が茂みに身を潜めている。

 視線は、一様に崖下の街道を往く馬車へと向いていた。

 

 彼らは賊ではない。

 羅鈿を雇った依頼主と、自分と同じく()()()である。

 

「最終確認だ。あの馬車の中に目的の妃が乗っている」

 

 依頼人──この場で最も強面な男が、羅鈿を含めた雇われ達に説明を始めた。

 

「我々の目的は妃の救出。後宮で冤罪を着せられた彼女が、流刑地に送り届けられるより前に救い出す」

 

 いいか? と問う依頼人に、雇われ達は首肯した。

 

(要は人助けだな)

 

 実に単純明快な依頼内容だ。

 妃を護送する役人を蹴散らす行為は勿論犯罪だ。しかし、救出対象が無実の罪で裁かれた被害者であるなら話は別だ。

 

(人助けして、しかも大金を得られる! こんなに旨い話はねェぜ!)

 

 報酬金が高い理由は、役人に手を掛けるという不利益を考えての値段設定だろう。

 だが、それを踏まえても今回の依頼は非常に旨味のある話だった。

 

 悪人を助けてまで飯は食べたくはない。

 

 それこそが羅鈿のどうしても譲れない一線。

そして、彼が貧乏街道を突き進む主因であった。

 

「へへっ。金が入ったら久々に菜館で腹一杯食べて……それから」

「っ──不味い!?」

「あ?」

 

 依頼人の切迫した声に、羅鈿は脳内食卓より呼び戻される。

 視線を崖下にやれば──居た。質素ながらも立派な馬車に襲い掛かる武装した一団。護衛と思しき役人を血祭りにあげる光景は、まさに阿鼻叫喚だった。

 

()()だ! 妃を奪われるぞ!」

「……あ゛!?」

「『後宮の黒真珠』を狙って来たか!」

 

 “黒道”と言えば、今最も悪名を轟かせる反社会勢力。

 一説には、この国『万華国(バンカコク)』の中枢たる宮廷にまで手を回し、政治を牛耳ろうとしているとさえ言われている。

 

 それ故、市井の人間はまかり間違って黒道に喧嘩を売らない。

 さもなければ、明くる日の市場に、髪と骨が混じった肉饅頭が並んでいる──そのような風説さえ流れる始末だった。

 

「どうした!? 早く往け!」

「あ? 俺?」

「当たり前だ! 何の為に雇ったと思ってる!」

 

 羅鈿に向けて依頼人が怒鳴り散らす。

 

「なんで俺だけなんだよ。ったく……」

 

 常人ならば二の足を踏む黒道に、次の瞬間には躊躇なく飛び降りて向かっていく羅鈿。当然、突然頭上から降ってきた新手に、黒道達も目を白黒とさせた。

 

「誰だ此奴……?」

「代紋も墨もないな。流れ者か」

「構わねえ。見られたなら殺れ」

 

 開口一番物騒なご挨拶だった。

 しかも、そうしている間にも倒れた護衛の喉笛を掻き切っていた。

 

「……黒道ってのは、っとに」

 

 嫌悪感を隠さぬ声を吐き出し、羅鈿は身構える。

 

「──救えねェ野郎共だ」

『っ!!』

「遅ェ」

 

 羅鈿より放たれるただならぬ気迫。

 咄嗟に身構えた黒道であるが、決着は一瞬でついた。寒空に数度、肉袋を叩いたような乾いた音が鳴り響く。

 

「莫、迦な……!?」

「莫迦は手前らだよ、真っ当な道を生きられねェ落伍者共が。てめェらが市井の金独占するから、真面目に働いている人らがバカ見る羽目になんだよ。分かってんのか──あ、もう気絶してた」

 

 捲し立てる羅鈿が拳を解いた頃、黒道が全員地面に崩れ落ちていた。

 白目を剥く者、吐しゃ物を吐き散らす者、苦悶の声を上げる者と、三者三様の反応が見られる光景が広がっていた。

 

「まだ文句言い足りねェのに……」

「……大したもんだ」

「おう! どんなもんだい」

 

 遅れてやってきた依頼人に向け、羅鈿ははにかんで言う。

 

「これで仕事はこなしたようなもんだろ」

「ああ。これで妃を確保することができる」

「で、この後は? 近くの町まで護送か? あっ、それより報酬だよ。こりゃ実質俺一人の手柄みたいな──」

 

 ヒュッ、と。

 羅鈿の耳元に、風を切る音が響いた。

 

「……どういうつもりだ」

「チッ! 想像以上の……()()()()

 

 羅鈿の眼球が真横を向く。

 彼の視界には、自分に向けて振るわれた凶刃がギラギラと映り込んでいた。振るった相手はたった今言葉を交わしていた依頼人に他ならない。

 

「おい。俺はどういうつもりだって訊いたんだ」

「ゴチャゴチャと喧しい奴め。お前には働くだけ働いてもらった後、地面に転がる此奴らのお仲間になってもらう手筈だったんだ」

「……成程な」

 

 掴んで止めていた刃を押しのけ、羅鈿は敵対者となった男達を見遣る。

 

「てめェら……“黒”か」

 

 羅鈿の疑惑が確信に変わる。

 どうやら彼らは初めからグル──黒道であった。自分を利用し、敵対組織を潰そうとした連中だったと。

 

「噂はかねがねだぜ、〈黒道潰し〉!」

「お陰で邪魔者を掃除できた。後はお前を片付けるだけ……」

「てめェを殺せば『後宮の黒真珠』もこっちのモンだ!」

「皇帝が喉から手が出たって噂の美女……一体どんな面なんだろうなァ」

「そいつを売り捌けばどれだけの金が手に入るか……!」

 

 加えて、あの馬車に居る妃も手に入れて一石三鳥の計画だったらしい。

 

「はぁ~~~」

 

 羅鈿は、深々と溜め息を吐いた。

 提示された報酬金がやけに高かったから、ほんのちょっぴり警戒はしていた。しかし、このような依頼の相場など知らない為、そういうものだと自分に言い聞かせていた。

 

 その結果が──これだ。

 

 

 

「──約束が違ェぞ」

 

 

 

「ひっ……!?」

 

 地獄の底から響いてくるような底冷えした声に、黒道の若衆の一人が震え上がり、少女染みた悲鳴を上げる。

 しかしながら、怯えるのは彼だけではない。周囲で下卑たニヤケ面を晒していた若衆も、ただならぬ覇気を漂わせる羅鈿に恐れ戦く。

 

「こ、こいつ……!?」

「よくも“信義”を欠きやがったな」

「な、なんだとぉ……!?」

「俺は聞いたぜ? 今回の仕事が『冤罪で追放された罪人の救出』って」

 

 馬車の前に立つ羅鈿。さながら門番のような佇まいだ。

そんな彼の視線は、たった今失言を口にした男に向けられている。

 

「何の罪も犯してない人間が追放される前に助け出したい──そう聞いたからこんな際どい依頼を引き受けてやったっつーのに」

 

 次の瞬間、羅鈿は歯を剥いた。

 とても正気とは思えない狂気的な笑み。対峙する黒道の若衆は、その笑みに飢えた狂犬の幻影を垣間見るや、気圧されてその場から半歩ほど後退った。

 

「俺が嫌いな奴の特徴を教えてやろうか」

 

 真っ先に中指が立つ。

 

「一つ目、金払いが悪い守銭奴」

 

 次に人差し指が。

 

「二つ目、嘘を吐く法螺吹き」

 

 最後に薬指が立った。

 

「三つ目、約束を破る裏切者」

 

 ニヤリ、と。

 黒道に向かって白い歯が剥かれた。鋭く、鋭く、鋭く尖った犬歯が。

 

「──全部てめェらのことだ!」

「……そうか」

 

 それを聞いた黒道の一人──彼らの頭領は、柳葉刀を振り被った。

 幾人もの血を啜ってきたのだろう。刀身はところどころ黒ずんでいるものの、油か脂でも塗りたくられたかのような光沢を放っていた。

 

「では──死んでもらおうか」

「死んでもヤだね、莫~迦」

 

 

 

 ***

 

 

 

「まーたやっちまった」

 

 世情にそぐわぬ正義感。

 それで損をした経験は一度や二度ではない。

 

「やっぱ仕事はちゃんと選ぶか……」

 

 地面に転がる数人の黒道。

 彼ら全員を伸したことで得られるはずだった残りの金は、当然失ってしまった訳だ。しかしながら、それでいいと羅鈿は考える。

 

 人には変えられぬ性分がある。

 この場合、羅鈿はどうしても人の道だけは外れられなかった。

 

 でなければ、このような黒道(ゴミ)と化す。誰かが掃かねばいつまで経っても隅に残り、いずれ巨大な塊と化す塵芥だ。

 そうなる前に()()()できたと考えれば、此度の半慈善事業的な闘争にも意味が出るだろう。

 

「にしても……」

 

 罪人をどうするべきか。

 護衛は殺された以上、馬車の中身を放置したままにする訳にもいかない。

 

(事情を説明するか? いや、したところで逃げ出すだけか……)

 

 だって護衛が死んでるんだもの。

 冤罪で流刑地に飛ばされるくらいなら、自分の足で逃げ出した方がマシだと考える者が居てもおかしくはない。

 

──ただし本当に極悪人だった場合、その時は……。

 

「……損な生き方してるぜ、俺」

 

 一旦話をしないことには始まらない。

 そう考えた羅鈿は、今の今まで放置されていた馬車にとうとう手を伸ばした。窓が一つもない小さな馬車に設けられた、ただ一つの扉に手をかける。

 

「おい、今開け──」

 

 そこまで口にした時、羅鈿は言葉を失った。

 そして、奪われた。

 

「ぁ……」

 

 羅鈿は宝石を見たことがない。

 しかし、理解した。

 宝石とは、今目の前にいる女のことを指すのだろうと。

 

 腰まで真っすぐに伸びた濡羽色の長髪。

 紡がれてから一度も穢れに触れておらぬ絹のような純白の肌。

 自身を見つめる潤んだ双眸を見た時、羅鈿は黒道が口にしていた『黒真珠』という言葉の意味を始めて知った。

 

 昔、羅鈿は一度だけ花街を歩む高級伎女の姿を見たことがあった。

 あの伎女は確かに美しかった。

 しかし眼前の女、否、美女はその比ではない。

 

 ああ、美女という表現さえ陳腐だ。

 彼女は天女だ。そうでなければ傾国の美女だった。

 

 国一つを傾け得るだけの美貌を兼ね備えた、まさに美の現人神。

 

「……」

「──ねぇ」

「……あ?」

 

 蜂蜜のように甘く、小鳥の囀りのように心地よい声。

 それが眼前の美女より発せられたと認識するまで、たっぷり数秒を要してしまった。それにしても煮え切らない生返事だと後になって後悔する。

 

「守ってくれたのは、貴方?」

 

 だが、傾国の美女の方から問いかけてくる。

 先とは違う明確な言葉の羅列。今度こそ彼女の声を認識した羅鈿は、若干呆けながらも質問に答える。

 

「そう……だけどよ」

「あらそう。じゃあ一つ提案」

「提案?」

「私の護衛になってくれない?」

「……は?」

 

 突拍子のない提案に羅鈿は思わず面食らう。

 だがしかし、呆然としている間にも傾国の美女はどこからともなく書状を取り出してくるではないか。

 

 そして、

 

「嫌かしら? 引き受けてくれるなら向こう十年遊んで暮らせる報酬を約束するわ」

「……流罪にされてる野郎がどうやって」

「手付金としてこれをあげるわ。最高級の黒真珠をあしらった簪よ。売れば銀が百とんで千くらいにはなるんだけど」

「やるやるやるやる!」

「決まりね。じゃあこれ契約書。署名してね」

 

 拇印でもいいわよ、と。

 付け加えて言う美女は、天女のような顔に聖母のような微笑みを湛えながら言った。

 

 それから羅鈿の手を取ったかと思えば、彼の親指に自分の唇を重ね、押し当てた。指先に伝わる柔らかな肉の触感。不意に漂ってくる華やかな甘い香は、それまでここに留まっていた血生臭さを一瞬にして上塗りにしてみせた。

 浮世離れした感覚が羅鈿に押し寄せる。

 けれども、唇が指先から離れた瞬間、羅鈿は現実に引き戻される。指先は彼女が塗っていたであろう口紅で紅く、そして美しく彩られていた。

 

 これで押せという意味だろう。

 そう理解した羅鈿は受け取った書状を碌に読まず、署名欄と思しき空白目掛けて親指を押し付ける。

 

「へへっ」

 

 すでに頭は金のことで一杯だ。

 なんせ庶民なら一生働いても稼げるか分からぬ金額の代物を、手付金としてポンと渡されたのだ。これで笑うなという方が無理な話だった。

 

「ふふっ」

 

 つられるように笑い声を零す美女は、紅を引いた肉花を咲かせた。

 

「自己紹介がまだだったわね。貴方の名前は?」

「羅鈿だ」

「私は黒蝶(コクチョウ)。よろしく」

 

 しゃなりと一礼。

 そんな洗練された動きに羅鈿が見惚れていると、黒蝶と名乗った美女はくすりと甘美な息を吐いた。

 

「なにかと敵が多い身だから心強いわ」

「敵が多い? 何したんだ?」

「皇帝暗殺」

「……は?」

 

──この女、何と言った?

 

 羅鈿は己の耳を疑う。

 

 たぶん聞き間違いだ。

 きっと聞き間違いだ。

 絶対に聞き間違いだ。

 

 そう自分にしっかりと言い聞かせ、強く心を持つ。

 

「念のためにもう一度訊くが、何して追放された?」

「皇帝暗殺♡」

「今すぐ契約取り下げさせろッ!!」

「安心なさい。未遂だから」

「だからなんだってんだ!!」

 

 時間を巻き戻せるのなら過去の自分にこう伝えたい。

 

 

 

──契約書はしっかり読め、と。

 

 

 

「死ぬまで守って頂戴ね♡」

 

 

 

 黒蝶は妖艶に笑う。

 

 この女、天女でも女神でもない。

 美女の皮を被った悪魔だったのだ。

 

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