ケーセイケーコク!!   作:柴猫侍

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第拾壱話:竜攘虎搏

 

 

 

「羅鈿!」

「うぉおう!?」

 

 椅子を漕いでいたら傾国の美女が飛び込んできた。

 驚愕の余り、羅鈿は椅子ごと床に引っ繰り返り、駆け寄ってくる美女にガンを飛ばす。

 

「なんだなんだ、急にデカい声出しやがって!? ってか遅ェんだよ! 折角お前が好きとか言ってた料理も残したのに冷めたじゃ──」

「黙ってついて来て!」

「は……はぁ!?」

 

 普段なら『“待て”が出来て偉いわね♡』ぐらい言いそうな黒蝶だが、今回はどうにも様子がおかしい。仰向けの羅鈿を引っ張り上げ、そのまま客室の外へと連れ出す。

 

「おい、どこ行くんだよ!? 『食後の散歩よ♡』ぐらい言ったらどうだ!」

「静かにして。お願いよ」

「あ……?」

 

 有無を言わさず羅鈿を連行する黒蝶。

 そのただならぬ雰囲気は、文句一つ零すことさえ許さない。

 

「──ここは?」

 

 いつしか二人が辿り着いた先は楼閣の地下だった。しかも、ご丁寧に隠し扉の先にあった階段を使った先にある。徹底的に人目を避けているらしい。

 

「水が流れてるってこたァ、外に繋がってンのか?」

「ええ、そうよ。貴方はそこから逃げて」

「……は?」

「お母様が貴方を始末しようとしてるの」

「……はァ!?」

 

 二度も聞き返す羅鈿。

 呆然、困惑、憤怒──変面の如き、一瞬の間に百面相を演じてみせた羅鈿は、咄嗟に黒蝶の胸ぐらに掴み掛かる。

 

「ざけんな!! 約束はどうした!!」

「それは……御免なさい」

「謝って済む話じゃねェだろうが!!」

「本当に、御免なさい」

「っ……」

 

 烈火の如く怒り狂う羅鈿。しかし、それは長続きしなかった。

 目の前でシュンとする黒蝶。心底申し訳なさそうに竦められた肩は余りにも小さい。親に叱られた子供のような姿を前に、羅鈿の怒りの火はみるみるうちに鎮火する。

 

 しばし、流水の音色だけが二人の間に流れていた。

 

「……怒鳴って悪かった」

「御免、なさい……」

「もういい。こういうのには慣れてる。それに……お前は悪くねェ」

「でも……」

「いいって言ってんだろ! おら! 早く案内しろ!」

 

 まだ何か言いたげな黒蝶を黙らせ、案内を再開させる。

 

「……」

「……」

 

 それからは控えめに言って地獄の空気だった。

 恩人を親に殺されそうになった黒蝶と、その当人である羅鈿。まかり間違っても和気藹々とはなれまい。

 

 町を案内された時とは違い、無駄口一つ挟まない。

 黙々と進むこと半刻ほど。

 二人が辿り着いたのは、それはそれは見事な──。

 

「……出口っつーか、滝だな」

「勘違いしないで。飛び込んだら死ぬわよ」

「誰が飛び込むかっ!?」

 

 心外にも程がある忠告だった。

 高さは優に五十(メートル)は超えるであろう大瀑布だ。常人が飛び込めば、まず間違いなく水面に全身を打ち付けて死亡。そうでなくとも滝壺の激流にもみくちゃにされ、溺れ死ぬことは明白だ。

 

 だが、当然の如く逃げ道はそちらではない。

 よくよく辺りを見渡せば現在地が巨大な丘の上であることが分かる。道という道こそないにせよ、それとなく下っていけば、眼下の山道には辿り着けるであろう。

 

「ここまで来れば貴方ならどうとでも逃げられるはずよ」

「……そうかよ」

「報酬は、その……」

「前に貰った簪で十分だ」

 

 そう言って羅鈿は懐をポンと叩く。

 前金として手渡した簪。あれも簪としては最高級品であり、毎日遊び歩きでもしない限り、十年は食うに困らない金には代わる。

 

「でも」

「いいっつってんだろ! ったく、俺はもう帰る! いいな!? 俺が勝手に帰るんだ! ……お前も早く戻れよ。言い訳するのに、一緒に居る姿見られちゃ都合悪いだろ」

「……羅鈿!」

 

 黒蝶は咄嗟に羅鈿の手を掴んだ。

 足早にその場から去ろうとしていた羅鈿も、突然引き留められれば、普段は細く鋭らされた目も真ん丸と見開かれる。

 

「……貴方にだけは、嘘を吐きたくない」

「はぁ?」

 

 ポツリと紡がれる言葉。

 その真意を汲みかねる羅鈿の眼前には、未だかつて見たことのない容相の黒蝶が居た。

 

「貴方にとって私そのものは価値がないのかもしれない。だけど、このまま何も返せず終いじゃ自分を許せない。金でも地位でも、貴方が欲しいものを与えてみせるわ」

 

 黒蝶は、自分を指し示すように手を胸に当て、一歩踏み出す。

 

「だから、私を──!」

 

 

 

 

 

「──覚悟、胡 黒蝶」

 

 

 

 

 

 刹那の出来事。

 何者かの声が聞こえたと思った瞬間、黒蝶の全身に衝撃が走った。天地が引っ繰り返ったかのように平衡感覚は失われ、頭の中には困惑と恐怖が怒涛となって押し寄せる。

 そして、ようやく世界の震えが収まった。

 

「な、何が……っ」

「無事か黒蝶!?」

「羅鈿……? ……っ!」

 

 視界に光が差したかと思えば、目の前には羅鈿の顔があった。

 どうやら、いつの間にか彼に抱かれていたようだ。だがしかし、黒蝶の口より飛び出たのはいつもの軽口などではない。

 

「血……血がっ!?」

「ハッ! いつものニヤケ面はどこ行ったよ!」

「羅鈿、貴方!」

「薄皮一枚抉れただけだ! それより……!」

 

 顔面を伝う血を拭う間もなく、黒蝶を優しき抱き下ろす羅鈿。

 次の瞬間、彼は自身の背後目掛けて回し蹴りを繰り出した。すると、風の如く現れた白い人影の繰り出す拳と脚が激突し、打撃音が辺りに轟く。

 

「っ──!」

「邪魔だ……退け!」

「退くのはてめェだ!」

 

 互いに四肢に力を込める。

 隆起する筋肉により倍増する膂力。互いに一歩も引かぬ押し合いの末、両者はそのまま相手を押し飛ばすに至った。

 

「ここまできて新手か……!」

「羅鈿……!」

「逃げろ! こいつは俺が……ッ!?」

 

 片方の脚に感じる違和感。

 即座に羅鈿が目を向ければ、何か刃物に切り裂かれたかのように破けた裤子(ズボン)と、流血でしとどに濡れた己の脚が見えた。

 

(何時!? ……いや!)

 

 答えは火を見るよりも明らかだ。

 対峙する刺客の両手。一見何の凶器も握られていないように見える両の拳には、白銀に輝く光が、まるで爪の如き鋭い輝きを放っていた。

 

「龍気か!」

「……二度も仕留め損ねるとは」

「そーかい! だったら向いてねェから回れ右して帰れボケ!」

「そうはいかない」

 

 ジャキッ! と。

 純白の衣より伸びる褐色の腕は、その双拳より生やした爪の鋩を羅鈿に──ではなく、もう一人の方へと突き付けた。

 

「わざわざ巣穴から姿を現した虎の子は逃がさん」

「……てめェ」

 

──やはり聞き違いではなかった。

 

黒蝶(こいつ)を殺しに来たクチか……!」

「そうだとも言えるな」

「ああ!?」

「胡 黒蝶。早速だが最後通牒であり最後の譲歩だ。拒絶すれば刑吏として刑を執行する。今すぐ流刑地に戻れ」

 

 刑吏を名乗った刺客の言葉に、黒蝶は目を剥いた。

 

「そ、それは……」

「……黙秘もまた拒絶とみなす。然らば道は一つ──処刑だ」

 

 一方、迷いのない殺人の肯定を口にした刺客は自身の襟を広げて見せる。そこに刻まれていたのは三本の痛々しい傷痕。

 

「黒の道に生きる君達なら……この爪痕の意味が分かるな?」

「あ゛? 知るかよ。てめェの方がよっぽど色黒だろうが」

「──〈白幇(ハクホウ)〉よ」

 

 その道に生きる者ではない羅鈿。

 代わりに答えるはその道の人間、黒蝶だった。

 

「白牙に拠点を構える自警団よ。彼らの標的(エモノ)は──私のような黒道よ」

「よくご存じだ。ならば僕のことも知っているな?」

(キン) 頼我(ライガ)……美虎様の懐刀ね。私を殺しに来たのも彼女の命?」

「答える義理はないな」

 

 刹那、刺客の姿が消える。

 

「──その必要も、直消える」

 

 次に姿が現れた時、刺客は黒蝶の頭上にあった。

 振り上げる脚には、これまた白銀の龍気が宿っている。さながら巨大な柳葉刀だ。女の柔肌など一息に斬り落とせるであろう。

 

 無論、首であろうと……。

 

「──っらぁ!」

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 寸前で間に割って入った羅鈿が、振り下ろされる脚を手の甲を用いて強引に受け流す。多少手の甲が抉れて出血を強いられはしたものの、即死と天秤に掛ければ十分な戦果だ。

 

「……誰だ? 君の顔には憶えがない」

「当たり前だ初対面だよコナクソがよォ!」

「胡 黒蝶排除の障害になるなら君から排除する」

「やってみろよ。出来るモンならな」

 

 バチバチと、両者の眼光が爆ぜる。

 すでに殺気は研ぎ澄まされた。これより先は命を懸けた殺し合いしか待っていない。

 

「待ちなさい、金 頼我!」

 

 だからこそ、切羽詰まった声色で黒蝶は叫んだ。

 

「彼は関係ない! たまたま賊に襲われた私を守ってくれた堅気よ!」

「……ほう」

「黒道じゃないわ! やるなら……私の命だけになさいっ!」

 

 自分の命を狙う相手に、黒蝶は毅然と言い放つ。

 だが、それを断じて許さぬ者が居た。

 

「阿呆なこと抜かしてんじゃねェ!」

「ッ! ええい!」

 

 一瞬手を止めた頼我に対し、脚を負傷しているとは思えぬ連撃を繰り出す羅鈿。

 龍気を宿していないながらも、その圧巻の連撃を前に、受ける側の頼我は苦心に顔を歪めながら防戦に徹する。

 

「やめろ。今の話が本当ならば、君を殺す気は──」

「殺られそうな女見捨てる薄情者なら、俺はここにゃ居ねェんだよ!」

「!」

 

 動揺。

 その一瞬の間隙を突き、羅鈿の拳が頼我の頬を掠る。

 

「っ……成程。道理で……!」

「やめなさい、羅鈿! これ以上貴方が戦う理由は……!」

「契約!」

「えっ……!?」

「満額貰ってねェ! つまり契約続行だ!」

 

 突き出した拳をビタ止めし、そのまま流れるように裏拳を放つ。

 掠るほどの至近距離だ。鞭の如く振るわれる裏拳は、そのまま頼我の頬を打った。その衝撃か否か、頼我の体は空中で錐揉み回転する。裏拳一発にしては相当の勢いだ。

 しかし、直後に綺麗な着地を見せる頼我の姿こそ答えだ。

 

「……龍気を使わず、ここまでとは」

「あの一瞬で勢いを殺した……?」

 

 

 

((できる))

 

 

 

 

 端から油断はしていない。

 ただ、相手の格を一段上に押し上げる。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすが、兎とそれ以外では狩り方も変わってくるというものだ。

 

「……惜しいな」

「あ゛?」

「何の因果か、こうして敵対こそすれ……君の拳に宿るのは正しく“正義”だ」

「何が言いてェ」

「主に恵まれぬ不運に同情する、という意味だ」

 

 殺気が研ぎ澄まされる。

 ただでさえ鋭利で危うい光を宿していた眼光は、一層細き刃の如く閃いた。

 

「……てめェ」

「知ってか知らでか、君が守る“それ”は悪女だ。国を引っ繰り返してしまいかねない力を持っている傾国の悪女──危険な存在だ」

「だから殺すってか? ハッ! だとしたら見当違いも甚だしいぜ。この女は悪女でもなんでもねェ。面がいいだけの阿呆だ。こんな女、躍起になって殺す価値もねェ」

 

 『ちょっ……』と弁明された黒蝶が物申したく身を乗り出しているが、それが羅鈿の言い分であった。

 しかし、だ。

 

「──だからこそ看過し難い」

「あ?」

「そう語るのは、君がそれ以外の価値を彼女に見出していないからだ」

 

 震える肩は誰のものか。

 頼我は、羅鈿の後ろで縮こまる一人の美女に視線を遣った。

 

「もう一度忠告する、彼女は危険な存在だ。関われば関わるほど人を不幸にする」

 

 語る内に熱の入った頼我は拳を握る。

 

「彼女は争いの種だ。この国を傾けてしまうほどのな」

「……黙って聞いてりゃあ」

「なればこそ芽吹く前に……摘む!」

「好き勝手言いやがってよォ……!」

 

 羅鈿は退かない。

 頼我も退かない。

 

 対峙するは信義と正義。

 互いの道を譲れぬならば、残るは衝突を残すのみだ。

 

「やめて! 二人とも!」

 

 黒蝶の制止も虚しく、両者は踏み込んだ。

 

 

 

──ドォン!!

 

 

 

 轟音が、木霊した。

 

「……?」

 

 しかし、瀑声の合間に響いた音は拳のぶつかるそれではない。

 頭が理解するより前に、羅鈿は自身の脇腹に手を触れていた。すると掌にヌルリと生暖かい物が纏わりついた。

 

「ぐっ──!?」

「……鼠がゾロゾロと」

 

 脂汗を滲ませて振り返る羅鈿は、ついさっき自分達がやってきた地下水路より覗く銃口と、その奥で輝く黒曜石の双眸と目が合った。

 黒蝶とは似ても似つかない冷徹な眼差し。

その持ち主とは。

 

「お──お母様ッ!? これは一体……!」

「黒蝶、貴女の話は後よ。今はこの鼠共を始末するのが先」

「御止め下さい!! 羅鈿は私を守ろうと……!!」

「魔蟲。──やりなさい」

「御意」

 

 悲痛な声を上げる黒蝶。

しかし、彼女の制止も虚しく珠媽が顎をしゃくり上げる。すると、背後の暗闇から薄気味悪い笑みを湛える男がニョロリと現れ出でる。

 

哎呀呀(やれやれ)

師兄(にいさん)……!?」

「他人の庭で遊ぶのも大概にしないと」

 

 羅鈿の呼び掛けにも応答せず、魔蟲は両の手が鉤手を作る。

 次の瞬間、彼の全身より紫黒の気──否、龍気が迸った。うねるように魔蟲に巻き付く龍気は、先端が二股に引き裂かれる。

 

「こうなるよ」

 

 まるで蛇の頭の如く裂けた龍気が、標的目掛けて飛び掛かる。

 狙いは羅鈿と頼我。

 当然、二人は直撃を裂けるようにその場から飛び退いた。だが、地を這う大蛇は彼らが着地するであろう足場を砕き割る。

 

 ここは断崖。

 足場がなくなれば、落ちていく先は轟音を奏でる滝壺ただ一つ。

 

「しまッ……!?」

「羅鈿!!」

 

 未だ揺れる視界の奥で、黒蝶が手を伸ばす姿が見える。

 けれども、羅鈿に出来ることはない。ただただ重力に全身を引っ張られて落下するばかりだ。

 

「まだ俺は……!!」

 

 離れていく黒蝶との距離。

 強まっていく心臓の痛み。

 

()()()()……!?)

 

 両方に歯噛みしながら、羅鈿はどん底に堕ちていく。

 そこがお前の居場所だと思い知らされるように──。

 

 

 

 

羅鈿(ラデ)ぇーーーーーーン!!」

 

 

 

 黒蝶の声が聞こえた。

 世界から音が消えたのは、その直後だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 甲蝸に繋がる水路や運河は無数にある。

 ただし、その中に一つだけ他と異なる用途に用いられる流れが存在する。それは現世に存在する三途の川。川岸に目を向けよ。そこには無数の骸が転がっている。

 

「──ぶはッ!」

 

 だが、不意に水面から現れる人影があった。それも二つ分。

 

「おい。生きているか?」

「どういう、風の吹き回しだ……!?」

「……君も大概頑丈だな」

 

 血を流す羅鈿に肩を貸す人物。

 それは紛れもなく金 頼我だった。つい先程まで殺し合っていた刺客である。

 

「……胡 黒蝶の言を信じるなら君は巻き込まれただけの一般人だ。見殺しにはできない」

 

 ただし、それ以上に正義の徒だ。

 堅気を犠牲にする訳にはいかないと、そのまま羅鈿の手当てを始めた。

 

「……手当てが終わったらジッとしているんだ。命を遂げ次第、迎えに来る」

「なん、だと……?」

「君と胡 黒蝶の因果を断ち切る。僕の──“正義”に掛けて」

 

 そこまで言って頼我が当て布をきつく縛り付ける。

 

「……巫山戯るな」

「何?」

「見過ごして堪るか!」

 

 刹那、羅鈿の振るった拳が頼我の鼻先を掠った。

 寸前で頼我が身を反っていなければ直撃していたところだ。

 

 これには頼我も堪らず怪我人から距離を置き、臨戦態勢を取った。

 

「何のつもりだ!?」

「どーもこーも……あいつが殺されるのが許せねェつってんだよ!」

「まだそんなことを……!」

()()()()()? そんなことだとッ!?」

 

 羅鈿は腰かけていた石から立ち上がる。

 しかし、両足は小刻みに震えている。顔は蒼白。息遣いも不自然で、苦しそうに胸を押さえている始末だ。

 

「……もう一度黒蝶(あいつ)を殺すと抜かしてみろ」

 

 それでも振り撒く殺気は、半死人のそれではない。

 獣は手負いが一番恐ろしい。

 これはそういう類の覇気である。

 

「そんな“正義”は、俺の“信義”が許さねェ」

「……狂信する人間ほど、見るに堪えないものはない」

「そーかい。人殺しに躍起になるよりは……真面だろ」

 

 両者一歩も譲らない。

 この期に及んで、だ。

 

「……退く気はない、か」

「てめェが退くなら考え直してやる」

「それはできない」

「決裂だな」

「残念だが」

 

 ゆるりと構えを取る二人。

 滴る水が、足元の石を打った。

 

『──!』

 

 弾ける水滴が狼煙の代わりだった。

 三度、竜虎が相博つ──。

 

 

 

「そこまでじゃ」

「そこまでです」

 

 

 

──ことはなかった。

 

 突き出した羅鈿と頼我の拳が何者かに阻まれる。

 

「てめェ……和仁ッ!?」

「また会ったのォ、兄弟」

「なん、で……」

 

──何故和仁がここに?

 

 それを理解するより早く、羅鈿の瞼と意識が落ちた。

 すかさず和仁が受け止めて事無きを得るが、彼の肉体が限界を迎えていることは火を見るよりも明らかだ。

 

「フーム」

 

 気絶した羅鈿の肩を支える和仁は、視線を後ろに向ける。

 そこでは未だに突き出されたままの頼我の拳を掴み、放さぬ赤い人影があった。

 

「……君は?」

「〈紅鸞(クラン)〉、鳳鸞(ホウラン)と申します。以後お見知り置きを」

「〈紅鸞〉……」

 

 黒の世界では知らぬ者の方が少ない大物(ビッグネーム)だ。

 〈白幇〉にとっては標的。

 だが、目の前で揺らめく赤い龍気を見て、頼我はそっと拳を引いた。

 

「流石は〈紅鸞〉。羽搏く空は広いと見える。だが、些か節操がないのでは?」

「いいえ。節操であれば、頑なに守っておりますよ」

 

 既に仮面を取り除き、素顔を晒したまま現れた鳳鸞は続ける。

 

「我々は義によって──」

「助太刀に来たんじゃ!」

「……」

 

 途中から和仁に台詞を奪われ、鳳鸞は遠い目を浮かべる。

 だが、目的はそう変わらないのだろう。訂正することなく、彼は静かに頷くことで肯定の意を示した。

 

「成程」

 

 しかし、それが意味するところは唯一つ。

 

「つまり──僕の敵という訳か」

 

 殺気を龍気に変換するように、全身に白銀を纏った頼我が構えを取る。

 これに対し羅鈿を支える和仁は兎も角、鳳鸞も龍気を迸らせて臨戦態勢に移った。すでに導火線には火が点いたも同然。血が流れるまでそう時間は掛からないだろう。

 

 

 

「──待て」

 

 

 

 ただし、それを許さぬ存在が現れる。

 

「……その顔、(バイ) 香羅(カグラ)。いや……愛渦(ラブカ)か」

「知っているなら話が早いな」

「どうして〈滄鮫會〉が此処に……!?」

「なあに。大層な用事じゃあない」

 

 どこからともなく現れし、獰猛な笑みを湛える美女はこう続けた。

 

 

 

 

 

「友を助けに来た」

 

 

 

 

 

 まさに渦中。

 ゆくゆくは一国を揺るがす大事件は、既にここから始まっていたのだった。

 

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