ケーセイケーコク!!   作:柴猫侍

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第拾肆話:因果因縁

 

 

 

「敵陣のど真ん中で叫ぶ奴があるか! 莫迦なのか君は!」

 

 

 

 頼我が怒鳴り、すれ違う〈栄螺(エイラ)〉の構成員を数人蹴り倒す。

 

 

 

「とっくに囲まれてただろうが! 今更状況変わるかよっ!」

 

 

 

 怒鳴り返す羅鈿も創痍の身を押し、殴りかかる男を掌底で打ち上げた。

 

 

 

「カカッ、流石儂の兄弟! カチコミはド派手じゃなけりゃあ……のぉ!」

 

 

 

 呵々大笑の和仁が、丸太のような両腕で迫りくる男を次々に薙ぎ倒す。

 

 

 

「同感です。今日はいわば黒蝶様の門出。春節同様、魔除けの花火は絢爛でなければ」

 

 

 

 賛同する鳳鸞は、懐から取り出した鉄炮を放り投げて、敵を一掃する。

 ここは〈栄螺〉の城砦下層。迷路の如く張り巡らされた地下水路のすぐ上層だが、すでに通路には無数の黒道が屍のように重なっていた。

 

「な……なんなんだ、こいつらは!?」

「どこの刺客だ!?」

「龍頭の首が狙いか!? それとも御嬢様の!?」

「関係ない。〈栄螺〉に喧嘩を売った、今はそれが重要」

「殺して肉饅頭の具にしてやれ!」

 

 突然の刺客に慄く黒道達。

 しかし、狼狽するも束の間、黒道としての本性を遺憾なく発揮するように、血気盛んな男達は殺気立つ。

 

「死ねェ!」

「っ、鉄砲か!」

交给我吧(任せてください)

 

 通路の奥。四人を迎え撃つように並んだ黒道が、人数分の銃口を構えている光景が目に飛び込む。

 鉄砲──未だ万華国全土に普及しているとは言い難い飛び道具だが、威力はお墨付きだ。精度の悪さも数を揃えれば十分に補完できる以上、生身の人間にこれほど脅威的な武器もない。

 

 だがしかし。

 

「──〈旋法(せんぽう)(キュウ)〉」

 

 合わせた両手を前方に構えた鳳鸞より、幾条もの赤い閃光が迸る。

 次の瞬間、鉄砲を構えていた黒道の腕や肩が次々に貫かるではないか。肉を貫かれ、あまつさえ焼かれる痛みは想像を絶する。当然、彼らの狙いは見当違いな方角を向き、中には傍に居た味方を撃つ始末だった。

 

 鉄砲との早撃ち勝負に完勝した鳳鸞は、仮面の下で鼻を鳴らす。

 

「失礼。横を通らせて頂きます」

「慇懃無礼ここに極まれりじゃ」

「まあ、三歩も歩けば失礼だとも思わなくなりますが」

「おお、鳥肌が立った」

 

 鳳鸞が横を通り過ぎる際、呻く黒道の一人が鉄砲を構えた。

 

「〈暴鮫(はやさめ)〉ェ!!」

「ぎゃあ!?」

「背中を狙うとは……侠の風上にも置けんの」

 

 しかし、そこへ叩き込まれる和仁の連撃。

 翡翠色の龍気を纏った暴風の如き連撃は、今度こそ呻いていた男達の戦意を折った。

 

 それからも通路の奥より現れる黒道は、先と同様に二人の“技”と“力”によって薙ぎ倒されていく。

 

「おーおー。流石に相手が可哀想になってくるな」

 

 余りの実力差に、思わず羅鈿もぽろりと漏らす。

 同時に『俺はこいつらとやり合ったのか……?』と、過去に対峙した自分の正気を疑った。

 

 これが龍気。

 一騎当千の力。

 

 龍気を使える者とそうでない者との間には隔絶された力の差がある。黒蝶もそう語っていた通りの光景が眼前には広がっていた。

 

「いいや」

 

 そして、さらに駄目押しの三人目が加わる。

 

「黒道に同情は不要だ」

 

 龍気を放つ鳳鸞。

 龍気を纏う和仁。

 

 そんな二人に対して頼我は、()()()()()()()()()

 片手につき三本。両手で合計六本の三日月は、まるで獣の爪を彷彿とさせる鋭さだった。

 

「──〈日元(エン)〉」

 

 やって来る増援を前に飛び出す頼我。

 次の瞬間、彼に向けて剣や槍のような凶器の数々が突き出された。しかし、視界に無数の銀色の軌跡が描かれたかと思えば、凶刃は床に転がり落ちていた。斬り落とされたのだ。凶刃の、凶刃たる由縁が。

 

「がぁ!?」

「ひぎ!?」

「ひ、ひぃぃぃい、いっ」

 

 しかも、握っていた黒道もまた血を噴き出し、床に崩れ落ちていく。

 真横で目撃するどころか顔中に血飛沫を浴びた若い男は、恐怖の余り失神し、失禁した。

 

「ハッ、天下の黒道様がこのザマかい!!」

「ぎぎゃ!?」

「てんで成ってねェなァ、おい!!」

 

 そして、龍気を用いる三人に負けじと拳を振るう羅鈿。

 たしかに彼は自力で龍気を使えない。しかしながら、幼い頃に学んだ武術の基礎を実戦で鍛え上げた経験値は目を見張るものがある。

 

「死にたくねェ奴ァそこを退け!!」

 

 誰よりも満身創痍である羅鈿が先頭に立った。

 それどころか先を譲らず全力で黒道を蹴散らす。何故ならば、

 

「俺の“道”を──邪魔するなァ!!」

 

──この“道”の先に黒蝶は居るのだから。

 

「おい、兄弟!!」

「あ゛ァ!? なんだよ!!」

「御嬢は一体何処に居るんじゃ!」

「上だよ、上!! 馬鹿と煙はなんとやらっつーが……」

 

 上に進めば進むほど心の臓を侵す痛みが引いていく。

 羅鈿はその感覚を頼りにし、見知らぬ城砦の中、ここまで一心不乱に駆け抜けてきたのだ。

 

「しかし、まさか御嬢の(まじな)いがこんな形で役に立つとはのォ!!」

「何が(まじな)いだ!! (のろ)いだ、(のろ)い!!」

(まじな)いも(のろ)いも似たようなもんじゃろう?」

「実害伴ってんだよ!! 呪われてねえてめェには理解できねェだろうな!!」

「カカカカカッ!!」

 

「失礼。(チャオ)

 

 ありたっけの声量で叫ぶ羅鈿と大笑いする和仁を、鳳鸞は『喧しい』と告げる。枕詞も一切意味を成していない一刀両断だ。

 

「……君達は」

 

 それを頼我が呆れて眺める。

 羅鈿の提案を呑んで協力したはいいものの、今になって不安が増してきた。

 

「……案ずるより、か」

 

 しかし、すぐさま自身で湧き上がる不安を振り払う。

 全て今更だった。

 殺した方が手っ取り早い胡 黒蝶を生かす選択をしたのも、身内ですらない男達と共に救出に来たことも。ただし後悔はしていなかった。

 

「……殺さずに済むなら、それに越した話はない」

「あ゛!? なんか言ったか聞こえねェよ!?」

「別に」

 

 食って掛かる羅鈿をさらりと流し、頼我は引き続き襲い掛かる刺客をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返す。

 

「よし! 次の階、だ……?」

 

 階段を上り切り、威勢のいい声を出そうとした羅鈿であったが、思わずその場で足踏みを踏んだ。

 目の前には、階層を丸々宴会場用に壁をぶち抜いた広大な空間と、そして。

 

「来たぞ、侵入者だ!」

「舐めた真似しやがって。生かして帰すな!」

「バラして干して、薬にしてやる」

 

 人の海が広がっていた。

 その数は優に百を超えて二百……否、三百も斯くやと犇めている。

 

「ほほう。待ち伏せか!」

「喜んでる場合ですか」

「ああ。それに……」

 

 不気味に揺れる人波。

 切り開かれた波間からは数人の男が現れた。誰も彼もが並々ならぬ威圧感を放っている。すると次の瞬間、その男達より炎の如き覇気が噴き上がった。

 

「龍気使い……それも手練れと見た」

「となりゃあ、雑魚も大物も含めて向こうの方が数は上じゃのう」

「そのようですね」

 

 腐っても〈栄螺〉は玄甲屈指の黒道組織。

 擁する龍気使いの数も他の組織に比べて多いなど、初めから分かり切っていた。

 

「では、当初の予定通り」

「じゃのう。血が滾るわい!」

「……聞いたな? そういうことだ」

「……応」

 

 声を掛ける頼我に、羅鈿がぶっきらぼうに応答した。

 それが皮切りだ。殺気立った〈栄螺〉の龍気使いは、その四肢より龍気を迸らせて迫ってくる。続けて後方の黒道も、三者三様の得物を手に駆け出した。

 

 敵は三百。

 対する救出に来た男の数はたったの四人。一人が五十人を倒したところで、まだ百人も残っている。

 しかも、ただの雑兵ならば兎も角、敵の中にはこちらと同格の龍気使いも居ると来た。加えて階段の下から聞こえる足音から、新たな増援も現れる可能性も否めない。

 

 まさしく絶体絶命。

 まさしく背水の陣。

 

「よし……!」

 

 この絶望的状況に羅鈿は──。

 

 

 

「手前ェら、()()()!!」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 刹那、その場で跳び上がる羅鈿。

 何事かと黒道が目を剥くも束の間、そんな羅鈿の足裏を和仁が掌で押し、彼の体は一気に人波を越えて次なる上層階への階段前に降り立った。

 

「なっ……こいつア゛ッ!?」

「往けェ、兄弟ッ!!」

 

 すかさず階段を駆け上がる羅鈿を追いかけようとする黒道。だが、その背中にどこからともなく投げ飛ばされてきた味方が叩きつけられた。

 それでも追おうと試みた黒道は、今度は背中を撃たれる。鳳鸞の狙撃だ。灼熱と錯覚する激痛に見悶える黒道は次々に転げ落ち、あっという間に階段手前の人の堰を生み出した。

 

「大役はお譲り致しますよ」

「こ、こいつら!?」

 

 たった三人で人間の波濤を止めんとする男達に、対峙する黒道の表情も強張る。彼らが抱く感情は侮りでも怒りでもない。

 

「随分……命を張った連中だ」

 

──畏怖。

 

 共に黒の世界を生きる者として、龍気使いの一人が感嘆の声を漏らした。

 同時に理解もしていた。彼らのような侠の意地を為に立ち上がるような人間は手強いことを。

 

「上等だァ……お前ら!! お客様全員、黄泉路に案内してやれェ!!」

『オオッ!!』

 

 叫ぶ龍気使いに、周囲からは大音声が上がった。

 

「威勢がいい(のう)。骨が鳴るわ」

「失礼。それを言うなら腕では?」

「骨が折れる状況であることは確かだが」

 

 羅鈿を先に送り届け、目の前より迫ってくる黒の大群を見据える三人。

 

「侠一人、女の為に死地に飛び込んだんじゃ。無粋は儂らが許さんぞ」

「黒蝶様に救われたこの命。彼女の為に賭すのに一切の躊躇もない!」

「此処が賽の河原だ。投げられた賽の目を見届けるまで僕は死ねない」

 

 普通に考えれば勝機は無に等しい状況。

 だが、それでも尚、彼らは退かない。

 

 仁義、礼義、正義。

 三者三様の“義”を抱く彼らが同じ方向を見据える理由は、その先に“道”を見出したからだ。

 

「御嬢は」

「黒蝶様は」

「胡 黒蝶は」

 

 

 

『──返してもらう』

 

 

 

 見出すは“道義”の女。

 信じるは“信義”の男。

 

 二人の帰りを信じ、三人の義士は拳を握った。

 

 己が抱える“義”。

 それを貫くべく磨いた拳が、これだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 息を切らしながら先を急ぐ羅鈿。

 時折何度か会敵するも、瞬く間に蹴散す実力差のおかげで、大した手傷は負うことはなかった。

 

 しかし、

 

「っ、ぐぅ……!」

 

 未だ癒えぬ傷を抱えながらの死闘は、余りにも酷な状態であった。

 羅鈿の額には汗が滲んでいる。ドロリと肌に張り付く脂汗だ。あれだけ激しく動いていたにも拘わらず、顔色は赤よりも白に近い。

 

(黒蝶、何処だ……!?)

 

 それでも彼は走る。走る。走る。

 先へと進むにつれ、出会ったあの日に刻まれた呪いが、少しずつ和らいでいく感覚があった。

 

 彼女と離れた距離に応じて痛みを発する呪い。

 日常生活もさることながら、生きていく上で余りにも不便。一時はどうやって彼女を恐喝しようか考えたものだが、終ぞそれは叶わなかった。

 

 けれども、今だけはそれに感謝している。

 

 この胸の痛みが、彼女へ続く一本の“道”だ。

 あの日約束を守れなかった自分に残された唯一の好機だ。

 

(痛みが大分和らいでる。もうそろ近くに居る筈……!)

 

 最早何段駆け上がったかも分からぬ階段を上り終え、羅鈿は再び広間へと出た。

 

「!」

 

 先の広間とは違い、無骨ながら荘厳な雰囲気の漂う場所。

 息を呑んだ羅鈿。けれど、彼がそうした理由は別にあった。

 

幸守(コウモリ)……いや、魔蟲(マムシ)!!」

「いらっしゃい──羅鈿君」

「どの面下げて出てきやがった」

 

 立ち塞がるように、恐らく最上階へ続く階段の手前に立つ男・魔蟲。

 自分に手傷を負わせた忌々しい兄弟子の姿に、羅殿の表情もかつてないほど凄絶に歪む。

 

「どの面もこうもないよ。今の僕は魔蟲。〈栄螺〉龍頭の右腕……それが今の僕さ」

「大人にいい顔すんのは昔から得意だったもんなァ? 出世できて何よりだ」

 

 空気が冷え込む。

 ここが高層階であるという理由以外の冷たい殺気が、互いの肌を突き刺していた。

 

「ハハッ、随分な言い草だ。……また昔のように可愛がって欲しいかい?」

「冗談じゃねェ。吐き出したいなら自分で勝手に慰めてろよ」

「つれないね……仲良くしようよ? 唯一の生き残り同士じゃあないか」

「……どうして」

「?」

 

 凍て刺す殺気が、一段と鋭さを増した。

 刃の如く研ぎ澄まされた眼光が、ヘラヘラと笑っている男へと突き付けられた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……」

「答えろ……魔蟲!!」

「ハァ」

 

 哎呀呀(やれやれ)と。

 魔蟲は首を振り、遂に顔より笑みが剥がれた。

 

「──男なら、底辺じゃなく天辺(テッペン)を獲りたいでしょう?」

 

 そこに薄ら笑いを浮かべる胡散臭い男は居ない。代わりに姿を見せたのは、凄惨な捕食者の獰猛な顔が覗かせる欲深き悪魔だった。

 

「塵を喰らい泥水を啜るような暮らしより、金も力もあり何不自由ない暮らしをしたいと願うのは誰だって同じ筈だ。高尚な思想で腹が膨れるかい? だったら僕は黒道を選ぶ。この道を極めて天辺に立つ。その為に他人を踏み台にするなんて屁でもないさ。人道や道徳なんて糞食らえだ」

「その為に……売ったのか?」

「何をだい?」

「寺の皆──家族をだッ!!」

「さてね?」

「魔ァ蟲ィィィイイイ!!」

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れた。

 怒髪衝天。足元を踏み砕く勢いで跳んだ羅鈿は、その勢いのままに魔蟲へ殴りかかる。どうせ彼を倒さなければ先へは進めない。ならばこの家族の仇敵を打ち倒し、黒蝶も救う。それで一石二鳥──。

 

天真(甘いな)

 

 その思考は肉体諸共吹き飛んだ。

 前方に向かっていた筈の体は、いつの間にか横の壁に叩きつけられていた。幸いだったのは体が反射的に受け身を取ったことだろう。

 

 しかし、少なくない衝撃に視界が、世界が揺れる。

 

「ぐぅ……ッ!?」

「君は昔から変わらない。馬鹿丸出しだ」

「なん、だとォ……!?」

()()()()()()()()()()。より長く鍛錬を積んだ方が上を行くのは当然だろう」

 

 羅鈿を()()()()()魔蟲は、得意げにそう語った。

 

「君が僕に勝てる道理は、ない」

「そォ──かいッ!!」

 

 壁を蹴る羅鈿が再度跳ぶ。

 さっきより早い。最早弾丸に等しい速度だ。

 

 だが魔蟲はそれを一笑に付す。

 

「短絡!! 短慮!! そうやってまたやられに来るのかい!?」

 

 真っすぐ向かってくる相手ほど御しやすい存在は居ない。

 迫りくる羅鈿に、魔蟲は拳を開いた手形を取って構えた。

 

「いいよ、何度でも相手してあげよう!! あの頃と同じよう、にィ゛──!?」

 

 流転する世界。漸く止まった瞬間、全身が衝撃で貫かれる。骨も肉も悲鳴を上げ、細胞のいくつかが潰れて死ぬ音が聞こえた。

 

 その音色は──魔蟲の体より奏でられていた。

 

「がはッ……!?」

「あの頃と……なんだって?」

「ッ……羅鈿!!」

「『君』はどうしたァ?」

 

 肺から絞り出される空気と共に呻き声を上げた魔蟲を、今度は羅鈿がせせら笑う番だった。

 

「化けの皮が剥がれたな。師匠の教え、忘れたか? ──『水は低きに、そして、激しきに流れる』」

「!」

「トロ臭ェ“流れ”だぜ。どうやら手前ェの積んだ年月……大したもんじゃないらしい。今は俺の方が“流れ”は上のようだ」

 

 魔蟲が先程まで立っていた場所で。

 魔蟲を見下ろすように、彼が言う。

 

「ッ……羅鈿ゥー!!」

 

 憤怒の形相で、立ち上がった魔蟲は飛び掛かる。

 さっきは何かの間違いだ。

 窮鼠が猫を噛むように、死に体の馬鹿が死に際に揮った力でしかない。魔蟲はそう自分に言い聞かせ、空気の壁をぶち抜く掌底を繰り出す。

 パァン! と、何かが弾ける音がした。

 

「ふッ!」

「なッ!?」

 

 空ぶった魔蟲の腕。

 ただ外れただけならばまだいい。しかし現実には、魔蟲の腕に羅鈿の手が添えられていた。

 

(僕の一撃が……()()()()()()!?)

 

 信じられぬ現実を見て、顔が歪んだ。

 ただし、それは感情よりも前に物理的な理由が大きかった。

 

「らァ!!」

「ぐッ!?」

 

 羅鈿の掌底が、魔蟲の横顔を張り飛ばす。

 魔蟲の体は二、三度ほど床の上を跳ね、最後に壁に激突することでやっと制止した。

 

「……砂利が」

「ずっと思ってたんだよ。……手前ェのムカつく面、一発ぶん殴りってやりてェってな!」

「夢が叶って良かったじゃないか」

「お蔭様でな。いい夢見させてもらったぜ」

「重畳」

 

 それなら、と。

 

「そろそろ──お目覚めの時間だ」

 

 刹那、魔蟲の全身より炎が噴き上がる。

 禍々しい漆黒の龍気は、宙を這いずるような軌跡を描きつつ、魔蟲の全身に絡みついていく。

 

「……見るのは二度目だな」

「どうだい? 僕の龍気は」

「気持ち悪ィ。ひね曲がった根性が見え見えだぜ」

 

 龍気──滝の前でも目撃した魔蟲の新たなる力に、羅鈿の表情も引き締まる。

 純粋な武術の腕前はこちらが上かもしれないが、龍気も加味された場合、形勢は一気に向こうへと傾く。

 

(それでもだ)

 

 依然、羅鈿は退く様子を見せない。

 

「押し通るぜ。──魔蟲」

「無理な話だ。──羅鈿」

 

 弟弟子と兄弟子。

 そこに、かつて同じ屋根の下で拳を交えていた温かな思い出はない。

 

 

 

 思い出は全て、あの日の炎に焼かれたのだから。

 

 

 

 今日、その決着(ケリ)も着けるのだ。

 

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