ケーセイケーコク!!   作:柴猫侍

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第拾伍話:傾城傾国

 

 

 

(フン)ッ!!」

 

 

 

 怒張する和仁の筋肉。

 直後、汗と血潮が弾け飛んだ。同時に砲弾の如く吹っ飛んだ人影は、恐れをなして壁際に退避していた男達に激突。野太い悲鳴が木霊した。

 

「これで……何人目じゃったかのォ? まあいいわ!!」

「バ、化け物、め……!!」

「化け物ォ? こんな汗も滴る良い侠を指さしおってからに」

 

 失礼じゃのォ、と指を差された和仁は破顔してみせる。しかし、獰猛な笑みより覗く歯は血に濡れており、目撃した者達の恐怖心を煽るには十分過ぎた。

 しかも、頭の天辺から足の爪先に至るまで、彼の全身は鮮やかな血化粧が施されている。これで恐れるなと言う方が無理な話だった。

 

──が、しかし。

 

「流石に龍気使いとの連戦は堪えるのォ~」

 

 全部が全部敵の返り血ならまだしも、和仁も龍気使い相手に少なくない血を流していた。

 

「ま、治るんじゃがの」

「失礼。化け物ですね」

「カカカッ、本当に失礼な奴め!」

 

 歯に衣着せぬ鳳鸞に、和仁は呵々と笑った。

 そうしている間にも、龍気使いやその他大勢に浴びせられた打撃や斬撃の痕は、青緑色の光に覆われてみるみるうちに塞がっていく。

 

 それを見た黒道の一人が叫んだ。

 

「“木”の龍気……“活性”の性質だ! 生半可な傷じゃすぐ塞がっちまうぞォ!」

「ほォ、よくご存じじゃ」

「一撃でぶっ飛ばす! 震天雷(ばくだん)寄越せェ!」

 

 感心、あるいは嘲る和仁に対し、黒道は震天雷──鉄炮とも呼ばれる手投げ爆弾を部下の手から奪い取った。

 

「こいつでェ……!」

「失礼。──〈旋法(せんぽう)()〉」

「吹き飛ボッ!?」

 

 黒道が導火線に火をつける間、鳳鸞が手に握る鉄扇を仰ぎ、火の粉のように細かな龍気を撒き散らす。

 次の瞬間、火をつける直前だった震天雷が暴発。爆心地に近かった黒道数名を肉花火に早変わりさせた。

 

「おおっ、ド派手な花火じゃのォ」

「景気づけです。貴方の今後の働きにも期待していますので」

「デキる男は辛いのォ~。引く手あまたじゃ」

 

 軽口を叩いた後、筋骨隆々の武神が再始動する。

 岩石の如き拳は黒道の頭蓋を割り、丸太の如き脚は黒道の臓腑を破る。地獄の獄卒の方がまだ慈悲があるのかと錯覚する血の池地獄が、此処には広がっていた。

 

()ッ」

 

 さらに、そこへ喉笛を啄む凶鳥も加わる始末。

 “火”の龍気を恐れて火薬を出し惜しめば、好機と見た凶鳥が、両手の鉄翼で喉笛を切り裂くのだ。

 

 一定の間隔で噴き上がる血の噴水が、傍に居た黒道の頭をしとどに濡らす。思わず血塗られた黒道も腰を抜かし、尻もちをついた。

 

「ひ、ひぃ……!?」

「黒蝶様の古巣とは言え、あの御方を閉じ込めることしかできぬ鳥籠になど──」

「た、たちッ」

 

 断末魔は許されなかった。

 

「……壊されて然るべきだ」

 

 喉に刺し込まれた鉄扇が、それを許さなかったのだ。

 鉄扇を引けば、喉から血を流す黒道が前のめりに斃れる。彼は血だまりの中、陸の上で溺れた。

 

 彼の死因は溺死か失血死か。

 それを気にする者は、もう誰一人として居なかった。

 

「破ッ!」

「ちっ!」

 

 だが、この血の海に沈む死体となり得る可能性は、全員に等しく存在した。

 響く一喝。

 同時に金属を劈く悲鳴が鳴り響く、鳳鸞の下へ白い影が降り立った。

 

「腐っても〈栄螺〉か。一筋縄ではいかないな」

 

 そう漏らしたのは頼我だった。

 彼の眼光の先では、ドス黒い龍気を身に纏う大男が関刀を構えている。それ以外にも各々の得物を手にする龍気使いは、血に沈む“雑魚”とは違う風格を漂わせていた。

 

 まさしく別格。

 奴ら下さない限り、この道の先には進めない。

 

「目に見えるものより、長く険しい道程だな」

「じゃが、千里の道も一歩から。歩こうとしない限り、先には進めんぞ」

「分かっている……」

 

 そうは言うものの、だ。

 これほどの数的不利を覆して拮抗状態を保つこと、それ自体は偉業だ。否定するまでもなく。

 

 ただし、相応の代償は強いている。

 体力や龍気の消耗。持ち込んだ道具の数々も、これまでの間にほぼほぼ使い尽くしている。

 

「ここからは身一つの戦いだ。今まで以上の激戦となるだろう……気を抜いてヘマなどするなよ?」

「誰がッ! 儂は元より着の身着のまま戦う無頼漢。むしろここからが本領じゃ」

「失礼」

 

 互いを奮い立たさんとする二人の間に割り込む声。

 鳳鸞──そう呼ばれている男の中性的な声は非常に冷静だった。

 

 この窮地に立つ者としては、不自然なくらいに。

 

 

 

「盛況で精強なところですが──刻限です」

 

 

 

 刹那、足元に激震が奔った。

 

「お……うおおお!? 地震!? 爆発か!?」

「……雲 鳳鸞、何をした……!?」

「無策では勝てぬと言ったのは其方でしょう?」

 

 敵のみならず味方さえも混乱の渦に巻き込まれる。

 しかも、広がる波紋はただ動揺を生むだけには留まらなかった。三人が戦っている広間の下層が騒がしさを増す。今までも増援が駆け上がってくる騒音は聞こえていたが、これはどうにも毛色が違う。

 

「黒道同士の抗争は国を巻き込んだ戦争だ。一つの組織が潰れた余波が全体に波及する可能性もある」

 

 ここを地獄するなら、足元に広がる世界もまた地獄。

 下層──足元に響く震動は、新たなる争いが始まる報せだ。

 

「〈栄螺〉ほど古参の組織となれば明々白々。それ故、()()()()()は“機会”と……何より“理由”を欲する」

「……まさか!?」

「彼らは得てしまった。()()()()()()()()()()()という“大義”を」

 

 震動は増す。

 外より悲鳴と銃声が聞こえる。野太い男の雄叫びが轟く。窓から立ち昇る黒煙が見え、たちまちに血腥い臭いが風に乗って運ばれてきた。

 

「始まりますよ。戦争が」

 

 仮面の奥の双眸が弧を描いた。

 冬の月よりも冷え切った眼光は、眼前に並ぶ黒道を凍て刺していく。

 

 窓外の景色はみるみるうちに紅く染まる。

 夕暮れか血の色か。はたまた──。

 

()()──〈栄螺〉の時代はもう終わりということです」

 

 凶鳥は啼いた。

 無慈悲に啼いた。

 

 一時代を築いた栄光が沈む刻限は、もう目の前までだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

『だ、誰かァーーーッ!』

 

 

 

 〈栄螺〉の最上階に甲高い悲鳴が響き渡った。

 

『部屋に火が……ッ! 扉を開けて!』

 

 そこは折檻として黒蝶が囚われている部屋だった。窓はおろか、監視用の覗き窓すら備え付けられている完全な密室である。

 

『ゲホッ! け、煙がもうこんなに……このままじゃ死んじゃう!』

 

 故に、一度火事が起これば瞬く間に煙が充満してしまう。放置すれば早々に窒息死することは目に見えていた。

 

 間もなく扉から開錠音が鳴り響いた。

 

「黒蝶様、ご無事で──」

謝謝(ありがとう)♪」

「んなッ!?」

 

 それからが(はや)かった。

 闇の中から伸びる手に腕を掴まれる看守。反射的に扉を閉めようとするも、一歩速く踏み込んだ細い足が止め具となった。

 

「よいしょ!」

 

 次の瞬間、扉はけたたましい音が奏でられた。

 華奢な女と屈強な男、どちらが力強いかなど明白だ。だがしかし、両脚と腕一本の筋肉となれば話は違う。

 

 扉の隙間に差し込まれた黒蝶の御御足(おみあし)がピンと伸びる。全身の発条を活かした力技。これには看守の男も力負けして開扉を許す。

 

「御免なさいね!」

 

 しかも、そのまま床と水平だった両脚を掴んだ腕に絡めれば、全体重を掛けられて体勢を崩す看守を部屋の中に投げ飛ばす。

 

「こ、黒ちょ──!」

「煙は嘘だから安心して♪」

 

 当然、煙云々の話は嘘だ。

 まんまと迫真の演技に引っかかってくれた看守には、閉じた扉に閂を掛ける優遇(VIP待遇)をする。

 

(待ってて羅鈿。私が今──)

「こんなことだろうと思ったわ」

「っ!」

 

 ゴリッ、と。

 側頭部に伝わる金属の冷たい感触に体が止まった。気配は、ついさっきまで開いていた扉の死角となる場所からだった。

 

「……わざわざ娘の様子を見に此処まで?」

「変な気は起こさないことね。死にたくないでしょう?」

 

 目線だけ横へ向ける。

 そこには彼女が──珠媽が立っていた。

〈栄螺〉龍頭であり、自身の義母である女。この有事に至っても変わらぬ美貌と放たれる冷淡な声は、気弱な人間ならそれだけで心を折られてしまうに違いない。

 

 だから黒蝶は胸に手を添え、気丈に振舞ってみせる。

 この手の奥に灯った小さな勇気の火が消えぬように。

 

「龍頭ともあろう方が殊勝なことです。もっと優先することがあるのでは?」

「いいえ。貴女以上に優先されるものなどありはしないわ」

「……私が、大切な交渉材料だから」

 

 はっ、と黒蝶は鼻で笑い続ける。

 

「あれだけ栄華を誇っていた〈栄螺〉も凋落したものですね。血の繋がっていない子供を娘に仕立て、芸を仕込んで嫁がせるつもりだったとは……まったくもって気の長い計画」

「勘違いしないで頂戴、黒蝶。私は、誰よりも貴女の幸せを望んでいる」

「……娘に銃口を突き付けて言う台詞ですか」

 

 冷え切った眼光が衝突する。

 

「御母様……いえ、珠媽。貴女とは今日限りです」

「……馬鹿を言わないで頂戴。誰がなんと言おうと貴女は私の娘よ」

「その為に娘を……私を売ると?」

「組織の存続と貴方の幸福は等価よ。貴方に教養と芸を授けて価値を高めたのも、それが理由。皇帝に見初められさえすれば、残りの万事は些事に等しいわ。目障りな組織と小競り合いする必要もなくなる」

「……本当に、変わられて……」

 

 苦虫を噛み潰し、それでも尚足らないと、黒蝶は唇を噛んだ。

 

「『力だけでは未来はない』──そう憂いたからこそ御父様は組織を、国を変えようとした! 黒道という道を外れた人々が真っ当な日の下で生きられるように尽力していた! それを、その遺志を! あろうことか貴方が踏み躙るか!?」

「……御黙りなさい。〈栄螺〉は“殻”なのよ。殻は強固なればこそ身を守れる。然もなければ身を啄まれ、殻の中で育てた珠玉も奪われる。……私はそれが許せないだけ」

「水を浄める貝とて、死んで腐れば水を濁すだけ。我が身可愛さに国を殺すおつもりで?」

「……宝の為なら、私は国だって殺してみせる」

「……お話にならないわ」

 

 苦しげな嘲笑と共に、黒蝶は珠媽より視線を外す。

 

「私の幸せは私が決めます。貴方に決めてもらうでも、与えてもらうでもない!」

「っ……黒蝶」

「私は──私が幸せになるところへ往くのッ!」

 

 今も尚、闇に身を沈めたまま抜け出せぬ女を見限り、自らの脚で立ち上がった。

 だが、当然銃口は突き付けられたまま。

 

「黒蝶! ……ッ!?」

 

 濡羽色の髪が舞った。

 銃口から立ち昇る硝煙。視界で揺れる白い煙を見て、珠媽は大きく目を見開いていた。

 

「……良かったですね。()()()()()()

「──ッハァ!? ハァ……!」

 

 息も絶え絶えに視線を落とす珠媽。

 赤い点々と黒い弾痕に穿たれた床があった。しかも、今も尚、赤い床模様は面積を広げていた。

 

「でも、()()()()はついてしまったようですね」

「黒蝶、貴方……!?」

「正直……『貴方に私が撃てる筈がない』と信じていた。でも……やっぱり裏切られた」

 

 立ち尽くす珠媽の眼前で、黒蝶は踵を返した。

 長い髪は一瞬広がるように踊って肩に流れた。まるで蝶の翅のように羽搏いていた。

 

 

 

「もう──然様なら」

 

 

 

 そのまま彼女は階段を目指す。

 追手の気配は……ない。

 だが、一刻も早く“彼”の下へ向かいたいと願う心が、痛む足を前へ進ませる。自らの足で歩み始めたのだ。

 

 

 

「……黒蝶……」

 

 

 

 時が、動き出す。

 

「そんな……あの子……」

 

 信じられぬと言わんばかりの声色。

 次の瞬間には手から銃が零れ落ち、よく磨かれた床の上を滑っていく。

 

──あの感触。

 

 銃を離した掌は、未だに震えていた。

 我が子に突き付けていた銃口の感触、そして()()()

 

 時を置いて尚、鮮明に思い出せるゾッと背筋が凍るようだ。

 鏡面の如く磨き上げられた床には、血の気が引いた顔が映っていた。

 

 それは、とても美貌とは呼べぬ非道い表情だった──しかし。

 

 

 

「私は……私は、なんてことを……!」

 

 

 

 紛れもない“母の顔”ではあった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「疾ッ!」

 

 空気を斬る音。

 

「打ッ!」

 

 拳を撃つ音。

 

「憤ッ!」

 

 龍気が──迸る音。

 

「チィ!」

 

 自身に向かって迫る毒々しい蛇──龍気を前に、羅鈿は大袈裟なくらい跳んで回避する。そうせねばならぬ理由は、進行方向を変える毒蛇の顎を見れば理解できるだろう。

 

「避けたところで無駄だよ! 僕の龍気からは逃れられないからねェ!」

「てめェの性根とそっくりだな!」

「それは──」

 

 天井近くまで跳躍した羅鈿目掛け、毒蛇に象られた龍気が牙を剥く。

 

「誉め言葉さっ!」

 

 毒蛇が嚙みついた龍気が爆ぜる。

 しかし、破壊されたのはあくまで天井。羅鈿は噛まれる直前、天井を蹴って二度目の跳躍をして躱した為、直撃は免れた。

 ただし、勢いよく飛び散る小さな木片までは避け切れない。流血する身体には無数の木片が鋲のように突き刺さっていた。

 

 避けた先で辛うじて着地する羅鈿。

 痛々しい身体を晒す彼だが、木片は抜かない。抜けばより血が流れると本能的に理解していたからだ。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 だが、それは根本的な解決にはなりえない。

 辛うじて命を繋ぐ延命策だ。打開策ではない。

 

(龍気さえ……龍気さえあれば!)

 

 つまり、今の自分では勝てない。

 詰み。残酷で無情な現実に、ここまで戦ってきた羅鈿も思わず打ちひしがれそうになってしまう。

 

 しかし、まったく勝ち筋が残されていないという訳でもない。

 

(何とか先に黒蝶さえ取り返せれば……!)

 

 一つ目、黒蝶より分けてもらう。

 以前、羅鈿は黒蝶からの接吻──正確には体交法と呼ばれる手段で龍気を分け与えてもらった。ただし、これは『黒蝶と合流する』という致命的な矛盾を抱えている。

 

 そこで残された二つ目だ。

 

『いい? 龍気はね、この世界に遍在しているの。それを呼吸で取り込んで、全身に行き渡らせる……これが基本的なやり方。羅鈿もやってみて頂戴ねっ』

(──って説明されたところで! 一朝一夕でできるかよ、天才女が!)

『あら? ありがとう♡』

(想像が語り掛けてくんなっ!)

 

 脳内で説明してくる黒蝶に礼を言われ、羅鈿はぶんぶんと頭を振った。

 自ら龍気を練り上げられるなら、此処まで苦労はしていない。魔蟲程度に手を焼く必要も、そもそもあの時頼我の襲来も蹴散らせた筈だ。

 

(何とか隙を窺って黒蝶の下に……いや、駄目だ。あの追尾してくる蛇を振り切れる自信がねェ!)

 

 当人の性根を反映させたかの如き執拗(しゅうね)く追いかけてくる毒蛇、あれが厄介だった。

 

(どうする!? 運良く天井に穴が開いて黒蝶が落っこちてくるよう女神様にでも祈るか!?)

 

「おや? いい加減降参かい?」

「くっ……!」

「なら──終幕だ」

 

 薄ら笑いを湛える魔蟲の龍気が燃え上がる。

 それに伴い宙を這いずり回る毒蛇の鱗も逆立っていく。傍から見れば伝説の幻獣──龍にしか見えぬ光景だった。

 

 放たれる威圧感も、それ相応に激烈だ。

 

 避けねば死ぬ。

 故に立ち上がる。

 

「一か八かの特攻なら無駄さ」

「……!」

「僕の龍気は“水”。流動する力が、この属性の真髄。攻撃を受け流すなんて容易いよ」

 

 圧倒的優勢に気を良くして語る魔蟲は──哂う。

 人には見せられない、見せてこなかった邪悪な笑みで。

 

「そして、僕達が寺で学んでいた流派だけどね……あれは“水仙流(すいせんりゅう)”って言うのさ」

「水仙流?」

「そ。知る人ぞ知る、龍気を扱う武術の五大流派の一角さ」

 

 知らない事実だ。

 だが、“水”と“水仙流”──どちらも“水”を含む文字列に嫌な予感が汗となって背中を伝った。

 

「学のない君でも察せたようだね。そうさ、水仙流は“水”の龍気を修めた拳士の為の流派。“水”の龍気に最適化されている訳だ」

「……蛇みてェに長い舌でベラベラと」

「ハハッ。そりゃ楽しくもなるさ。鍛えた力で弱者を甚振るのは気分がいい。この上なく実感を得られるからね」

「知ってるよ。だから師匠や兄弟子(にいさん)方にゃ喧嘩を売らなかった。手も足も出なきゃ惨めだもんなァ?」

「賢明な判断って奴だよ」

 

 痛む胸を押さえる羅鈿の皮肉に、魔蟲は嘲笑で返した。

 

「だからこそ──君にはこうして手を出す訳さ」

「蛇に手が生えたところで蛇足だろ。龍になろうだなんて夢見てないで、一生地に足つけて這い蹲ってろ。そのまま他人の靴を舐めてるのがお似合いだぜ?」

「……ああ……安心するよ、その減らず口」

 

 一周回って朗らかな笑い声を上げる魔蟲。

 ただ、目だけは笑ってなどいなかった。薄く研がれた刃よりも鋭い眼光は、視線の先に佇む、苦しそうに胸を押さえる青年だけを視界に収めていた。

 

「だから、夢に見てたんだ──君のムカつく面、一発ぶん殴って殺したいって──!」

 

 叫ぶ魔蟲。

 同時に羅鈿は、目を見開いた。

 

 

 

──来る!

 

 

 

 胸から手を下ろし、彼らは駆け出した。

 

 

 

 

 

「羅鈿ぇーーーーーんっ!!」

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 横を通り過ぎる人影を見て、魔蟲が固まった。余りにも予想外の登場に呆気を取られたが故の呆然、そして自失。

 

 そうしている間にも()()は近づく。近づいていく。

 

「……本当によっ……!」

 

──()()は、向こうからやってきた。

 

「ぶっ飛んだ女だよ──黒蝶!!」

「っっっ!! ……させるか!!」

 

 焦燥に駆られるがまま龍気を解き放つ魔蟲。

 狙いはあくまで羅鈿だ。その為、今までのような直進ではなく黒蝶を避ける蛇行であった。

 

 それが、命運の分岐路だ。

 

 

 

「黒蝶!! 俺に龍──ン゛ッ!?」

 

 

 

「…………………………は?」

 

 

 

 魔蟲、本日二度目の呆然自失。

 原因は目の前で繰り広げられる濃密な接吻だ。

 

「んっ……」

 

 羅鈿に抱き着き、心の底から愛おしそうな表情で唇を重ねた黒蝶。

 予想以上に()()()驚いた羅鈿を余所に、水音は数度響き渡る。真っ白だった羅鈿の顔色も今や茹蛸同然だった。

 

 一方、黒蝶が密着している羅鈿を攻撃する訳にもいかず、毒蛇は行き先を見失ったかのように二、三周ほど彼らの周りを廻った。

 

「っ──しまった!?」

 

 故に、機を逸した。

 口付けを交わす二人。その間より溢れ出すは紫黒の業火。地獄も斯くやとばかり思われる火勢は周囲を廻っていた毒蛇を消し飛ばしてみせたではないか。

 

 閃光、そして、爆風。

 

 広間全体を埋め尽くす暴力的な光と衝撃には、魔蟲もその場に留まることしかできなかった。

 

「……胡 黒蝶め……!!」

 

──だから黒道は“アレ”を欲しがった。

 

「龍気を他者に分けてもらうなど……邪道だぞ、羅鈿!!」

「──誰が」

「!!」

 

 閃光が、ようやく止まった。

 すれば、光の中心で重なる人影が見えた。

 

 

 

「俺はもう──“道”を違えるつもりは更々ねェ!!」

 

 

 

 龍気を纏い、光を放つ男が立っていた。

 笑顔の傾国の美女に抱き着かれながら。

 

 

 

「これで、形勢逆転かしら?」

 

 

 

 あるいは──()()()()

 

 

 逆転の刻を報せる銅鑼は、既に打ち鳴らされていた。

 

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