ケーセイケーコク!!   作:柴猫侍

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第拾捌話:雲外蒼天

 

 

 

(龍……)

 

 

 

 血だまりの中から、夜空を翔け昇る龍を見上げる。

 娘が授けた気より生まれた幻の獣だ。彼の龍は悪しき蛇影を打ち破り、天高く昇って行った。

 

 それを見送る珠媽。自分の胸につっかえていた唯一の蟠りは、漸く吐き出すことができた。

 

(黒蝶)

 

 人生の節目は、いつも斯様に冷え込んだ夜天であったと振り返る。

 

 最初の節目は──我が子の死産だ。

 珠媽は玄甲でも指折りの黒道組織の令嬢だった。幼き頃より文字通り大人顔負けの美貌の持ち主の彼女を見込み、“親”は間もなく一つの大望を抱き、我が子に英才教育を施し始めた。

 

 血反吐を吐くような日々の中、“親”は常々彼女にこう言い聞かせた。

 

『これはお前の為だ』

『お前の為の教育だ』

『いずれ幸せになれる』

 

 元より、拒否権はなかった。

 珠媽はただただひたすらに耐え、血反吐を吐くような教育をやり遂げた後、後宮に妃として入内を果たした。皇帝の心を射止めて子を孕むまで、そう時間は掛からなかった。

 

──努力は報われる。

 

 珠媽は、この時本気でそう信じていた。

 この世の万事は当人の努力次第。不幸があるとするならば、それは当人の努力不足だ、と。

 

 斯くして順風満帆な日々を送り、立后されるのも時間の問題──その矢先だった。

 

『最早、子を成すことは叶わぬでしょう……』

 

 死産。

 それは珠媽に癒えぬ二つの傷を残した。

 

 長時間の難産は、母体にも尋常ではない負担だったと医官が語るのを聞いて、珠媽は二度と我が子の温もりを抱くことは叶わぬと知った。

 

 子を産めない妃に後宮での居場所はない。それを許すほど当時の後宮も甘くはなかった。

 斯くして、実家へと舞い戻った珠媽は、“親”の命令により、当時〈栄螺〉の令息であり時期龍頭──未来の夫となる男の下へ嫁いだ。

 

 子を成せぬ体に理解を示し、心より妻を愛してくれる男性と結ばれたことは、珠媽にとって紛れもなく幸福だった。

 

 仕事をこなし、愛する夫と過ごす──そんな日々が続いたある日の出来事だった。

 

 冷え込んだ日だった。

 血腥い空気も沈み、見上げれば満天の夜空と尾を引く彗星を望むことができた。

 

『〈栄螺〉のシマで人売り──ましてや子供を売り捌くなんて。命知らずも居たものね』

『既にシノギに関わっていた連中は片付けてあります。あとは子供の処遇ですが……』

『親元に帰せばいいでしょう』

『親が生きている子供は兎も角、中には……』

『中には……何?』

『此方へ』

 

 言い淀む側近の案内で向かった先には倉があった。

 敵対組織が人身売買用に攫った子供を詰め込んでいた場所。光も声も届かぬように窓を塞がれていたのは、万が一にも子供が逃げ出せぬようにと施した処置だろう。

 

 開かれた扉の先には一人──()()()()()()()()

 

 

 

 

『おかあ……さん?』

 

 

 

『──』

 

 親が迎えに来てくれたのだと思ったのかもしれない。

 その純真無垢な呼び声を聞いた時、珠媽は、己の内に押し留めていた望みが堰を切る感覚を覚えた。

 

『子供にしては綺麗な顔でしょう? 連中も目玉商品だと大事に仕舞っていたようで……』

 

 黒い髪に黒い瞳。

 磨けば光り輝く原石のような輝きを宿す美貌は、化粧の為に鏡と向き合わされた幼き自分とよく似ていた。

 

『……家族は?』

『両親、どちらも殺されたようで……』

『……そう』

 

 それを聞き、珠媽は歩み出した。

 部下の呼び声など、疾うに聞こえなかった。

 

 寒さか恐れか、震え続けている少女の前で立ち止まる。

 

『もう……もう、大丈夫よ』

『……おかあさんは?』

『……これからは私が御母さんよ』

 

 そして、躊躇いなく汚れた床に膝を突き、天涯孤独の身となった少女を抱きしめた。腕の中に溢れる温もりは、寒空の所為で少し冷えている。

 

 だがしかし、珠媽の押し殺した願いを氷解させるには、十分過ぎた温もりだった。

 

(あの子が生きていれば……)

 

──ちょうどこれくらいの年頃だったろうに。

 

 氷が解ければ水となる。

 珠媽は少女に頬擦りした後、小さな体を抱き上げた。緊と、二度と放さぬように。

 

『……この子は連れて帰る。私の子として育てる』

『! ……承知致しました』

 

 颯爽と報告に戻る部下を見送り、珠媽は未だ状況を飲み込めていない少女に目を遣った。

 

『大丈夫。何も心配は要らないわ』

 

 少女がもう恐れることがないように微笑んでみせた。後宮を追い出されてから夫以外にはとんと見せなくなった顔。取り繕う必要のない本物の笑顔だった。

 

 

 

『私が……貴方を幸せにするから』

 

 

 

(我が子の幸せを願って……何が悪いの)

 

 たとえそれが行き過ぎた教育であっても、願うまでに至った経緯が歪んでいたとしても。

 

 胡 珠媽──彼女は娘の幸福を望んでいた。

 それだけは紛れもない事実……真実なのだ。

 

 夫が亡くなってから、〈栄螺〉は目に見えて衰退し始めた。

 珠媽の手腕のお陰で辛うじて維持してきたものの、先細りした未来の先で娘が幸せになれる可能性は限りなく薄い。

 

 だからこそ、かつての自分のように──そして、かつての自分とは違い、今度こそ皇帝と結ばれて欲しいと願った。

 

(私は間違っていたのかしら?)

『そんなことはない』

(!)

 

 闇の中から声が聞こえる。

 弾かれるように振り向いた先には光が射していた。

 

 道を指し示す光明の先に、“彼”が立っていた。

 

『──()()!』

『黒蝶なら……私達の子なら、もう大丈夫だ』

『でも、あの子は!』

 

 声を張る珠媽の目の前で、“彼”が指を差した。

 

『あの子は──自分で立って歩けるんだから』

 

 そう告げられて振り返る。

 

『……嗚呼』

 

 そこで目にした光景に、珠媽は涙ぐんだ。

 はらはらと流す涙は堰を切ったように止まることはなかった。

 

 最早、肩を震わせて嗚咽することしかできなくなっていた。

 

『後はあの子を信じよう』

『っ……ええ』

『僕達の──愛娘を』

『……子離れ出来ていなかったのは、私の方ね』

『大丈夫。君の愛は確かに届いているさ』

 

 届かぬ愛がある一方で、離れていても届く愛もまたある。

 

 

 

『──幸せに御成りなさい、黒蝶』

 

 

 

 背にした川の向こう側に立つ最愛の娘に、別れを告げて夫と歩き出す。

 

 

 

 ***

 

 

 

 壁に開いた大穴から風が吹き込む。

 その縁より眼下を覗き込んでいた羅鈿は、楼閣どころか城砦の先──自分も一度は落ちた滝壺へと吹き飛ばされた人影を見届けていた。

 

「……畜生っ」

 

 そして、見えなくなった頃に毒づく。

 

 これで相手は死んだ。勝負に勝った。

 しかし、死んだ人間は生き返らない。

 勝負に勝ったところで、この世の道理が変わることはないのだ。

 

「黒蝶……」

 

 自分の為に龍気を分け与えて死んだ女の名を呼ぶ。

 彼女は言っていた。『玉女採戦』──一方的に龍気を奪い取られた側は体を損ねる。限界を超えて与えたならば、最早語るに及ぶまい。

 

 この戦いは負けだ。試合に負けて、勝負に勝った。本当に得たかったものを得られぬ空虚な勝利でしかない。

 

 寒空が、酷く体に堪えた。

 

「……嘘吐きが」

 

 その言葉は彼女か己か、あるいは両方に向けた言葉だったろうか。

 

「お前が先に死んでどーすんだよ……」

 

 吐き捨てた後、羅鈿はその場に座り込んで項垂れた。

 

 結局、約束は守れず終いだ。

 死ぬまで守ると契った自分は生き延び、守る筈だった彼女は命を賭して……死んだのだろう。

 

 こんな路傍の石ころ程度にしか価値のない自分の為に。

 

「莫迦野郎……っ!」

 

 

 

 

 

「──羅……鈿……?」

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 飛び上がり、声が聞こえた方に全力で向かう。

 

「黒蝶っ!! お前……!!」

「耳元で騒がないで……」

「っつったって……!!」

 

 床に倒れていた黒蝶を抱き上げ、口元に手を翳す。

 呼吸は正常。次に胸元に手を当てて拍動も確認する。その際、『きゃっ!?』と悲鳴が上がるも羅鈿はお構いなしだ。

 

「……なんともなさそうだな」

「だ、だから大丈夫だってば……」

「そうか……っ!」

「ひゃあ!?」

 

 命に別条がないと分かり、羅鈿は安堵の余り黒蝶を抱きしめた。

 腕の中より伝わる体温は──温かかった。つい先程まで冷え切っていた身も心も、瞬く間に温もりに満たされていく。

 

「黒蝶……!」

「っ~……! ……も、もう。犬みたいに尻尾振っちゃって」

「本当に……本当に良かった……!」

 

 ……それにしてはやけに熱すぎる気もした。が、この時ばかりは気にする余裕もなく、

 体温を分かち合う距離を保つ。

 黒蝶も嫌がる様子は見せず、自分の身を案じた青年の抱擁を受け入れる。

 

「……あら?」

「どうした?」

「なにか落ちてきたんだけど……簪?」

 

 

 

「お~い!」

 

 

 

 羅鈿の胸元より滑り落ちた簪に小首を傾げていたところ、階段の方から三人分の人影が現れた。

 

「お前ら!」

 

 和仁に鳳鸞、そして頼我の三人が駆け付ける。多少手傷は負っているものの、自分ほどの深手ではなさそうだと羅鈿は乾いた笑みを浮かべた。

 

「どうやら下は片付いたみてェだな」

「当然じゃ。兄弟も御嬢を取り戻せたようじゃのォ」

「ああ。……けど」

 

 羅鈿の視線は、倒れた珠媽の方を向く。

 

「御母様……」

 

 思い出したように黒蝶から消え入りそうな声が漏れる。

 今にも泣き出しそうな声音。けれど、自力で駆け寄ることもできぬ状態に、彼女の美貌はみるみるうちに歪んでいく。

 

 目尻に湛えた雫は零れ落ちる寸前だった。

 ただし、それが床を濡らすことはなかった。刺繍(ぬひ)のある手巾が頬に差し出されたからだ。

 

「失礼。母君を亡くされたところ恐縮ですが、御早くに脱出を」

「あ? まだ片付いてねェじゃねえか!」

「ですので、下の連中が来られぬよう階段を崩しました……ですが、一部の連中が建物に火を付けたようで」

「はあ!?」

「もうすぐ此処も火の海と化します」

 

 淡々と緊急避難の必要性を説く仮面の拳士・鳳鸞。

 彼の言葉を聞き、羅鈿は苦々しい表情を湛えたまま黒蝶を抱き抱える。

 

「悪い黒蝶。母親のことは……」

「でも、御母様が……」

「今は……お前の命の方が大事だ!」

 

 まるで自分にも言い聞かせるような語気で言い放ち、羅鈿は立ち上がった。

 その際、つい先程懐から現れた簪が滑り落ちる。

 

「! おい、この簪は……」

「……あ」

「石の部分が砕けている」

 

 簪を拾い上げた頼我が、羅鈿に非難するような視線を投げる。

 そう、これは頼我と契約を交わした際、引き渡すと約束した品だった。

 

「御母様がくれた簪……」

()()()()()だったか」

「──え?」

「役目を……全うしたようだな」

 

 元は黒蝶の私物である簪。

 しかし、頼我から出てきた単語に黒蝶自身は耳を疑った。慌てて彼女は床に零れ落ちた破片を拾い上げる。

 

 黒真珠の破片を月光で透かす。

 そこには、こう記してあった。

 

 

 

我的爱女(我が最愛の娘)

 

 

 

「……お」

 

 (のろ)いも(まじな)いも、本質は同じだ。

 道術とも呼ばれる力の類は、対象を狭めれば狭めるほど──極めて限定的にした方が強い効力を発揮する。

 

「おかあ、さ……」

 

 割れた破片を胸元に抱き寄せる。

 残った方の手を珠媽の方に向ける黒蝶。すると彼女を抱き上げる羅鈿が歩き出し、珠媽の下に“娘”を送り届ける。

 

 冷たくなった女の傍らに降ろされる黒蝶。

 血溜まりに膝が濡れるのも厭わず、彼女は緊と、その亡骸を腕に抱いた。

 

 

 

()()()()()……!」

 

 

 

 黒蝶は唇を噛み締める。

 必死に。必死になって、二人目の母を亡くした悲しみを堪えようとした。だが、

 

「……家族を抱き締められる内に泣いとけ」

「……羅鈿?」

「後で独りで泣くのは……辛ェぞ」

 

 肩に手を置き、そう告げた羅鈿の言葉で限界を迎えた。

 

 黒蝶は泣いた。

 泣いて泣いて──それでも泣いた。

 

 其処には、稀代の悪女でも絶世の美女も居ない。

 母を亡くした悲しみに、みっともなく泣き喚く一人の女の姿があった。

 

 この日、〈栄螺〉は滅んだ。

 

 

 

 大事に抱き抱えていた一粒の珠玉(愛娘)を遺して。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それで〈栄螺〉は滅んだ、と……」

「黒道とは言え、長い歴史を持つ組織が──それも黒蝶お姉様の御実家が潰れたと聞くと同情の念を禁じ得ません」

 

 〈栄螺〉の城砦が陥落した。

 万華国の黒社会を揺るがす一報が各地に届いた後日、後宮の一角に構える庭園に二人の妃が集っていた。

 

「心にも思っていないことをいうものだ、凰鸞(オウラン)妃」

「そんな……美虎様。私は本当に心を痛めておりますのよ?」

「そういうことにしておこう」

 

 後宮内でも指折りの地位と権力を有す妃。

 金 美虎と雲 凰鸞。華やかな光景とは裏腹に、座談する彼女達に流れる空気は剣呑そのものだった。

 

「ところで美虎様? ()()は……?」

「ああ、()()()か?」

「お上品で素敵な簪……ねえ、失礼を承知でお願い事が──」

「済まないがこれは譲れない。()()()()()()()()()()()()()()

「そうですか……」

 

 心底残念そうに、凰鸞は頬に手を当てる。

 実に可憐な所作だ。茶会に集った妃の侍女達は皆、一様に凰鸞の小鳥のような姿に頬を染めていた。

 

(──この泥棒猫が。黒蝶お姉様との友誼をひけらかすつもり?)

 

 凰鸞は内心毒づく。

 後宮でも筋金入りの黒蝶狂信者(ファン)であった彼女が、黒蝶の私物である簪を見間違える筈がない。

 

(それは私が手に入れる物だった筈なのに……!)

 

「凰鸞。話は変わるが……」

「はい! なんでしょう?」

「怪我でもしたか?」

「あら……失礼。お分かりになられます?」

「昔から鼻は利いてな」

 

 凰鸞から漂う薬草の臭いを嗅ぎ取ったらしい美虎は、フッと鼻を鳴らした。

 

()()()()()()()()()()?」

「あら、どういう意味かしら?」

「いつか火傷じゃ済まなくなるぞ、という話だ」

「ふふっ。()()()()()()()()()()()()()()()、私にはとてもとても……」

「……」

「……」

 

 据わった双眸を湛える凰鸞の前で、美虎は湯呑の茶を呷る。

 

(──この禿鷹が。胡 黒蝶の為に()()()()()

 

 腹黒いだけならばまだ可愛い方だ。

 真に厄介なのは、彼女のような時に損得を抜きに自ら動ける人間だ。

 

(ある意味好感は抱く類いだが……それ以上に厄介だな)

 

 たとえば、弟を女装させて影武者を演じさせている間、自分が戦場に出るような妃が良い例だ。破天荒、そして型破りだ。

 加えて普段は法の悪用に事欠かない知略縦横の悪女と来た。

 

(ある意味、頼我兄様は妙手を売ったか?)

 

 美虎は簪を指で遊びつつ、今回の一件──〈栄螺〉壊滅の件について思考を巡らせる。

 

(〈栄螺〉が潰れれば黒蝶の後ろ盾はなくなる。そうなればこの簪──『胡 黒蝶と友誼を結んでいる』という意味も半減する)

 

 胡 黒蝶の影響力の半分は、彼女の実家が担っていたようなものだ。

 だがしかし、黒蝶を欲する後ろ暗い連中にとって、彼女が美虎達〈白幇〉と手を結んだという事実はある意味で強い抑止となるだろう。

 

 むしろ〈白幇〉を彼らからの盾とする為に簪を授けた──そう邪推してしまうような状況であると美虎は気を揉んだ。

 

(頼我兄様……恨みますよ)

 

 兄の選んだ“道”により、自分はどうやら眼前の怪物に敵認定されてしまった。

 それがどれだけの気苦労を生み出すか──美虎はきりきりと痛む胃に薬効を持つ茶を流し込んだ。

 

「うふふっ」

「ふははっ」

 

 朗らかな笑い声を漏らす後宮の妃が二人。

 その肚の内に鋭利な刃と苛烈な炎を持ちつつ、水面下の戦いは続いていく。万華(バンカ)の国に革命が起こらぬ限り、その政争は何時までも続くだろう。

 

 

 

「ああ、そう言えば」

 

 

 

 わざとらしい声で凰鸞が告げる。

 

 

 

「そろそろお姉様が到着する頃合いでしたね」

 

 

 

 ***

 

 

 

「──此処が後宮で罪を働いた妃が送られる流刑地、『彼岸宮』よ」

 

 

 

 とある町の門の前。

 其処に傾国の美女が一人と、介添のように隣に並び立つ青年が居た。

 

「……デケェ建物にしか見えねェが?」

「努力の賜物よね。先に流されてきた罪人(きさき)が皆~んな、実家のお財布でお城を築き上げたようね」

「おい役人」

「無駄よ。たぶん買収済み♪」

「治安はどうなってやがる」

 

 罪人が好き勝手している流刑地など世も末だ。

 

「こんな場所、まだ山の方が安全だろ……!」

 

「まあまあ落ち着け兄弟。そんな不逞の輩から御嬢を守る為に、主が居るんじゃろォ?」

「そうですよ。黒蝶様のお傍に仕えられるのならば地獄も極楽です」

「だが、君が罪人であるということは忘れるな。もしも流刑地から逃げ出したり、怪しい素振りを見せれば──分かるな?」

 

「しれっとてめェらこの野郎」

 

 後ろから聞こえてきた三人分の声に、羅鈿は青筋を立てながら振り返った。

 和仁、鳳鸞、頼我──黒蝶奪還でも世話になった三人だが、それとこれとは別の話である。

 

「なんでてめェらが此処に居ンだよ!?」

 

「お頭にのォ、『身の安全を確保できてこそ、真の救出だ』と言われて……のっ!」

「姉上からの命令で。私のことは伝書鳩のようなものだと思ってください」

「僕は元より役人だ。この度、胡 黒蝶の監視人に申し出て正式に受理された」

 

「しれっとてめェらこの野郎」

 

 羅鈿は咄嗟に手が出なかった自分を心の中で褒めた。

 

「ンだよ。別に俺要らなかったじゃねェか……!」

「私と二人きりで過ごせなくて残念ね♡」

「喧しい!」

 

 すっかり調子を取り戻した黒蝶の揶揄いに、羅鈿もキレのいい声を飛ばす。

 しかし、そんな声を聞きつけたかのように、流刑地の町の奥より人影が現れる。

 

「黒蝶様~!」

「あら? 貴方は……」

「よくぞご無事で!」

 

 ずっと待っておりました! と半泣きで語るのは若い女だった。

 

「誰だこいつ?」

「後宮で私の世話をしてくれていた侍女よ。まあ、私が罪人(こんな)になっちゃったから今は違うんだけど……」

「とんでもありません! 後宮仕えはもう辞めました!」

 

 溌溂とした次女の爆弾発言に黒蝶も思わず目を見開く。

 いまいち事の重大さが分からぬ羅鈿であるが、他にも鳳鸞や頼我も驚いている姿を見るに、余程の行動であるには違いない。

 

「え……嘘でしょう?」

「嘘も何も、当然でしょう! 侍女や下女にも慈悲を掛け、時にはお救いして下さった黒蝶様に罪を被せる言語道断! 黒蝶様……我々侍女を含め後宮の下女の多くは、黒蝶様が冤罪を着せられたと信じております! ですから、後宮での食い扶持を失う覚悟の上、黒蝶様の侍女を務めるべく、彼岸宮へ馳せ参じた所存であります!」

「貴方達……」

 

 力強い侍女の言葉に、黒蝶はしばし立ち尽くす。

 後宮や宮廷で味方だと思っていた妃や役人に裏切られ、羅鈿と出逢うまで人間不信に陥っていた彼女だ。

 

 だが、味方は居たのだ。

 今まで自分が手を差し伸べた者達の中に、確かに──。

 

 途端に鼻がツンとし、視界も霞み始める。

 

「良かったじゃねェか、黒蝶」

「……ええ」

 

 肩に手を置き、笑いかける羅鈿。

 そんな彼に笑顔を返し、黒蝶は涙を拭った。

 

「──貴方達の覚悟、確かに受け取ったわ。安心なさい。この胡 黒蝶、責任を持って貴方達の面倒を看るわ」

「とんでもない! ……と言いたいところなのですが、実は早速面倒事が」

「面倒事?」

 

 

 

『──胡 黒蝶ぉ~~~~~!!』

 

 

 

 よく響く声だった。

 そして、言葉を選ばなければ馬鹿っぽい声でもあった。

 

「あっ、見て。高いとこに居たわ」

「……煙はなんとやらってか?」

 

『よぉ~~~やく来たようねぇ~~~~~!!』

 

「頑張って声を張っているわよ」

「半笑いで言ってやるな」

 

 そう言いながらも羅鈿も苦笑を浮かべる。

 叫んでいるのは、少し(とう)が立った風貌の女であった。ここが戦場で、彼女が将軍であるなら伝令もよく聞こえて重宝しただろうに。

 

『よくも私をこんな流刑地に送ってくれたわねぇ~! でも貴方も来るなんて何をしでかしたのかしら~!? いい気味だわ~!』

「ねえ羅鈿。あの建物日当たりがいいと思わない?」

「あ? ……まあ、確かに日当たりは良さそうだな」

『私を無視するなぁ~~~!!』

 

 話し合う黒蝶と羅鈿の二人に、元妃の罪人の堪忍袋の緒が切れる。

 

『もう許さないわ~~~!! 出ていらっしゃ~~~い!!』

「……おい。なんか建物からぞろぞろと出てきたぞ」

「私兵かしら? 蜚蠊みたいで可愛いわね」

「可愛いのか、それ……?」

『道中は何事もなかったようだけれどぉ~~~!! 此処は治安が悪いからねぇ~~~!!』

 

 建物より現れ出でる戦力が揃い立つ。

 数はざっと百人ほど。誰も彼もが人相の悪い強面に、物騒な得物を握っていた。

 

『悪漢に襲われないよう気を付けて頂戴ァ~~~い!! オーッホホホホホ~~~!!』

 

「おい役人。あれはどうなんだ?」

「黒寄りの……黒だ」

「真っ暗だな。お先が」

 

 はぁ、と羅鈿は溜め息を吐いた。

 

「俺の一国一城の夢が遠のく……」

「あら? そうでもないわよ。あの元妃を倒して城を戴いたら……ほら♪」

「『ほら♪』じゃねンだよ!」

 

『余裕ぶっこきなさってるところ悪いけれどぉ~~~!!』

 

 まだ何かあるのかと視線を戻す羅鈿と黒蝶。

 二人の目には、それはそれは猛々しい気を纏う巨漢が、気炎を吐きながらこちらに迫ってくる姿が見えていた。

 

『世の中にはお金で雇われてくれる、とっても強い傭兵が居るって噂よぉ~~~!!』

 

 要は龍気使いだ。

 在野の強者も金で動く。嫌な世の縮図を見せられている気分だ。

 

「……ふふっ♪」

『何がおかしいの、胡 黒蝶!!』

「随分私の為に大枚を叩いてくれたようだけれど、こっちにはもっと強くて素敵な殿方が居るのよ」

 

 ね? と。

 傾国の美女は、羅鈿に茶目っ気たっぷりの目配せを送った。

 

「仕事の時間よ」

「よし来た」

「じゃあ……んっ」

「? 何してんだお前」

接吻(キス)よ、接吻(キス)。相手は龍気使いよ?」

 

 爪先立ちし、接吻を強請るような体勢で待つ黒蝶。それどころか羅鈿の肩に手を置き、刻一刻と迫りくるではないか。

 

「待て待て待て待て!? こんな人前で!」

「望むところよ」

「何をだ!? あっ、そうだ! 前にやったあれ! 体に触れなくてもいい奴あるだろ!」

「駄~目っ。あれは父母の如く愛しむ相手にしかできないの。──羅鈿は対象外♡」

「畜生がっ!」

 

 逃げようにも契約は続行中だ。離れた途端に胸が痛くなる。

 かと言って龍気無く龍気使いと戦えばどうなるかは、羅鈿が一番良く知っていた。あのような大怪我はもう御免被る次第であった。

 

「ら~で~ん?」

「ぐっ! っつったって、お前具合悪くなるんだろうが!?」

「あら、私の心配してくれてるの?」

「当たり前だろうが!」

「なら、心配無用ね。私達は()っくに一蓮托生の一心同体。いわば運命共同体だもの」

 

 妖艶に微笑む美女の顔が眼前まで迫る。

 黒真珠の眼には己の姿が映っていた。未だかつて見たことのない含羞に紅潮した、情けない表情だった。

 

 けれども、彼女はそんな一面さえも愛おしそうに見つめる。そして、見初める。

 

「いい、羅鈿? 私は此処でやり直すの。御父様の見ていた夢も、御母様が願った私の幸せも。そして……貴方への報いも。黒でも邪でもない正道でね。それまで私のことを守ってくれるって契約に更新したでしょう? それとも、もう約束を破る気?」

 

 そう問いかけてくる黒蝶に、羅鈿はとある人物の言葉を思い出す。

 『愛渦』と名乗るあの女だ。

 

『──いいか? 〈栄螺〉の後ろ盾を失った黒蝶を狙う者は、これからも現れるだろう。むしろ好機だと捉える人間も現れる。この国がこのままである限り、な。だから、引っ繰り返す必要があるのさ』

 

 この疾うに傾いた国を変えない限り、黒蝶に安寧は訪れない。

 

 なればこそ、歩むべき道は一つ。

 

「……んな訳ねェだろ」

 

──とことん傾けてやろうではないか。

──天地が引っ繰り返るくらいに。

 

「お前の方こそ約束守れよ?」

「勿論」

「嘘じゃねェだろうな?」

「それまでの担保が私よ」

 

 向かい合う二人の距離が、縮まる。

 

 

 

 辰 羅鈿。

 夢は一国一城。

 

 

 

 胡 黒蝶。

 傾城傾国の女。

 

 

 

 本来巡り合う筈のなかった二人は、互いの信ずる“義”の道を進んだ道。

 

 

 

(俺が──)

(私が──)

 

 

 

 内に秘めた言の葉を紡ぐように動いていた唇。

 

 

 

「死ぬまで守ってやるよ」

「死ぬまで守って頂戴ね」

 

 

 

 その二つは、今、重なった。

 

 

 




***あとがき***

 こんにちはこんばんは、柴猫侍です。
 この度は拙作『ケーセイケーコク!!』を読んでいただき、誠にありがとうございます。

 初めて挑戦した中華風ファンタジー武侠小説でしたが、いかがでしたでしょうか?
 作中に都度登場する『黒道』とは、日本で言うところの極道、いわばチャイニーズマフィアを差す言葉であります。その為、本作は後宮ものが出発点でありながら、どちらかと言えばアウトロー寄りな世界観を押し出すような作風に仕上がりました。ナゼコウナッタ…。

 ともあれ、作者個人と致しましては羅鈿や黒蝶のバディをはじめとする、様々な男×女のバディを描けて満足であります。
 色々と試行錯誤を巡らせ、後半に進むにつれて各々の背景を明らかにすることで、前半に見せた各キャラの言動の意味が判明するようにしてみました。たとえば暗い場所に閉じ込められた流刑地に送られていたところを救い出してくれた羅鈿に対する黒蝶の好感渡。たとえばどうして龍気が龍の形となり鳳鸞が驚いたのか等々……。分かりにくい点などもあったと思われますが『お? もしや…!』と気付いて頂けたのなら幸いです。

 本作は、最近個人的にハマっていた後宮ものの作品が出発点であり、そこから色々と構想をネリネリしながら息抜きに執筆し、ちょうど開催していた『カクヨムコン11』という小説コンテストに合わせて投稿した次第です。
 良ければ上述の言動の伏線に併せて、カクヨムの方でもフォロー・評価を頂けますと大変嬉しい限りです。

 一先ず本作は羅鈿と黒蝶の再出発を描いて区切りとなりますが、気が向いたらまた続きを書くかもしれません。その時はまた振り回される羅鈿と、実は羅鈿にベタ惚れな黒蝶、そしてキスで形勢逆転──形勢傾国(ケーセイケーコク)となる二人の物語を追っていただければ何よりです。

 長々と長文失礼致しました。
 改めてになりますが、本作『ケーセイケーコク!!』を読んでいただき、誠にありがとうございます。

 それでは、柴猫侍でした!
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