ケーセイケーコク!!   作:柴猫侍

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第弐話:人言可畏

 

 

 

「前言撤回!」

 

 

 

 羅鈿の慟哭──否、喚き声が響き渡る。

 

──この世で最も重い罪とは?

 

 法とは文化だ。切っても切り離せぬ関係である以上、一口に説明できるものではなく、定義は国ごとに変わってくるだろう。

 そこで万華──羅鈿の住む国における大罪は二種類紹介しよう。

 

 一つ目は殺人。まあ当然だ。

 二つ目は大逆。主に皇帝への反意ある行動全般を言う。

 

 つまりはこうだ。この雇い主が追放される原因となった罪──皇帝暗殺未遂は、その両方に該当する。

 

 数え役満、アガリである。『今世からの』という意味ではあるが。

 

「今回は御縁がありませんでした。貴方の旅路の幸運をお祈りしております。それじゃあ拜拜(バイバイ)

「またまた……男に二言は?」

「千言万語あるわ」

 

 二言どころで済む話ではない。

 

「皇帝暗殺て!? 洒落になんねェぞ! 誰がそんな奴と契約なんかするか!」

「私の瞳を覗いてご覧なさい。……じゃーん♪」

「喧しいっ!」

 

 くりんと大きな瞳を指差す黒蝶。

 彼女の黒真珠が如き双眸には、たしかに一人の青年の姿が映り込んでいるではないか。

 

「簪は返す! 俺は帰るぞ!」

「そう言わないでよ。これもあげるから」

「……随分綺麗な石だな? まさか、宝石!?」

「ピカピカに磨いたただの石ころよ」

(ゴミ)じゃねえか! 返すわ!」

「ちょっと。丁重に扱って。私の宝物なんだから」

「尚の事返すわ! あと塵って言って悪かった!」

 

 宝物と称される石ころを突き返そうとする羅鈿。だが結局『持っていなさい』と女に押し付けられ、あまつさえ懐に入れられる。

 

「……いや、だからなんだってんだ!? 人のこと騙しておいて!」

「あら、騙してなんかいないわよ? 私の話も碌に聞かないで契約書に拇印を押したのは貴方でしょう? ほら、こんなにしっかり押してあるわ」

「その紙切れがなんだってんだ! そんなんで命賭けて──イデデデッ!?」

 

 身を翻して立ち去ろうとする羅鈿であったが、突如として胸を抑えて崩れ落ちた。押さえた場所はちょうど心臓の位置だった。

 

「な、なんだこれ……!?」

「道術よ」

「道術……!?」

「契約書にはこう書いてあったの──『未得吾許而離者(許可なく私より離れた場合) 則以其距(距離に応じた) 加痛於心臟(痛みを心の臓に与える)』ってね」

「はあ!?」

 

 初耳だった、というよりも。

 

「あの紙切れ、そんなこと書いてあったのか!?」

「そ。契約書はちゃんと読まないとね」

别开玩笑(ふざけんな)! なら、その紙切れを破り捨て──()ェーーーッ!?」

「こうも書いてあるわよ。『契約者将毀棄之(契約者が破り捨てようとした場合) 亦如前(これも同上)

 

 そもそも契約書を無しにしようとした羅鈿であったが、相手が一枚上手であった。

 『道術』──仙術や呪術とも呼称される龍気を用いた術。有名どころで言えば宮廷務めの占星術師だろうか。

 おおよそ世間一般とは無縁の技術。それに精通していると思しき黒蝶は、手に持った紙切れ一枚に記された文面の力を以て、羅鈿を屈服させているのだった。

 

「てめェ! 後で覚えててて!?」

「『将加害於我者(私に害そうとした場合も) 亦如前(これまた同上)』」

「分かった……分かったから止めろ……!」

 

 羅鈿は今、手を捻られる赤子同然だ。なんだったら捻られたまま掌の上で踊らされている。

 しかし、湧き上がる怒りのままに女を害そうとすれば、契約書の効力で即座に心臓に激痛が走る。羅鈿は地面と見つめ合いながら明鏡止水の精神を心掛ける。

 

「フーッ……フーッ……!!」

「落ち着いたかしら?」

「地の底にな……!!」

 

 こんなにも愉快な踊り場(ダンスフロア)は他にない。

 手首の骨がバキバキになる赤子があっちゃこっちゃでダンシングだ。

 

 微笑を崩さぬまま問いかけてくる黒蝶を前に、羅鈿は満面の笑みを咲かせる。白い歯を剥き出しにした百点満点の笑顔だ。こめかみに青筋がバキバキと立っているが笑顔だ。心臓は痛くなかった。

 

「おい……その契約、どうやったら終わる?」

「契約が履行されたらよ。もしくは……」

「もしくは?」

「貴方が死ぬか、私が死んだら──ああそう。不慮の事故を装うったって無駄よ」

「チッ!」

 

 羅鈿は盛大な舌打ちを響かせる。完敗だ。脳裏にはどうやったってこの傾国の美女に勝てる光景が浮かんでこない。

 

「クソ! 読み書きさえできりゃあ……」

「今後よろしくね。私の飼い犬君」

「喉笛喰い千切ってやろうか?」

 

 青筋を立てて歯を剥く羅鈿に対し、黒蝶は『冗談よ』とくすくす笑う。

 

「安心なさい。契約ったってそう難しい内容じゃないわ」

「本当だろうな? 一生逃亡生活とか言わないよな?」

「あら、それは素敵ね」

「掘っちまった! 墓穴を!」

「墓の穴まで連れ添ってくれるつもりなんて情熱的ね。でも今回は目的地──『玄甲(ゲンコウ)』まで送り届けてくれればいいわ」

 

 黒蝶の言う『玄甲』とは万華国における地名の一つ。

 巨大な国土を誇る万華国は、かつて五つの国に分かれていた。

 

 龍脈の通う肥沃な大地に恵まれた万華国の中心、『黄皮(コウヒ)』。

 

 領地内に流れる大河と絢爛な花街が有名な東部、『蒼爪(ソウソウ)』。

 

 一年中温かく、植物の生産が主産業である南部、『赫翼(カクヨウ)』。

 

 異国との貿易に伴う技術と文化の最先端の西部、『白牙(ビャクガ)』。

 

 そして、北部に位置する港湾業務が盛んな領地こそが『玄甲』。有史以来、海の外より来襲せし侵略者を何度も追い返してみせた軍事力を誇る万華国の矛であり盾でもある領地だ。

 

「伝手があるの。報酬もそこで支払うわ」

「伝手って……皇帝暗殺で追放された女に手を貸す手蔓なんているかよ」

「いるわよ、山ほど。それこそ追放されたのだって……」

 

「ブルルッ」

 

「きゃ」

 

 突如、放置されていた馬がすり寄ってきて黒蝶は驚く。

 だが、それも最初だけ。すぐに愛おしそうに馬の頬を撫でる彼女は、軽やかな身のこなしで馬の鞍上へと飛び乗った。

 

「話は後ね。場所を移しましょう」

 

 黒蝶は地面に転がる死体。それから血溜まりを一瞥してから続けた。

 

「──すぐ追手が来るだろうから」

 

 そう言って手綱を握る。

 本来の御者に代わる彼女の手により、馬車はゆっくりと動き出した。馬術も後宮の女の嗜みなのか──呆然と考えていると、不意にそれは訪れた。

 

「痛ででで! 胸が!?」

「ほら、付いて来て頂戴。護衛でしょう?」

「了承を取れ!」

 

 許可なく雇い主から距離が放れた結果、羅鈿は胸を押さえながら馬車を追う羽目となった。

 

「ほらほら頑張って。私の飼い犬(ワンちゃん)♡」

 

 前途多難。何とも先が思いやられる出立であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ガラガラ、ゴトゴト。

 一行は舗装もままならぬ街道を馬車で進んでいた。

 

「私はね、『栄螺(エイラ)』って組織の跡継ぎなの」

 

 軽快な足取りで進む馬の鞍上にて身の上話が始まる。

 対する羅鈿は、訝しそうな半目を浮かべていた。

 

「栄螺? ……聞いたことねェな」

「正直に言えば黒道よ」

「黒道!?」

 

 まさか皇帝の后になり得る人間の中に黒社会の人間が潜り込んでいるとは。世も末だ。

 思わず羅鈿は天を仰ぐ。この国の未来を案じているから──という訳では全然ない。

 

「おい、契約破棄しろ! 今すぐだ!」

「懲りないわね。報酬に色も付けてあげるわよ?」

「その保証がねェだろうが!」

 

 『口約束なんか信用できるか!』と羅鈿は叫ぶ。

 

「いいか!? 俺は黒道が大っ嫌いなんだ! 何かにつけて金をちょろまかそうとする! 嘘を吐いて人を騙くらかす! この世で一番大っ嫌いな人種だね!」

「あら奇遇ね。私も同意見だわ」

「てめェの話だよ!」

 

 たっぷり皮肉を込めて言ったつもりだが伝わらなかったらしい。

 しかしながら、黒蝶はこう続ける。

 

「別に私だけじゃないわ。皇帝の寵妃目的で潜り込んでる娘なんていくらでもいるもの」

「後宮終わってんな」

「今に始まった話じゃないもの。他にも息のかかった女官や宦官だっているわ」

「後宮終わってんな」

 

 後宮、いや、この国は終わりである。

 いっそ国外逃亡し、新天地で新生活から始めた方が平穏な人生を送れるのではなかろうか。遠い目をする羅鈿の瞳からは生気が失われていた。

 

「あっちでも黒道、こっちでも黒道。この国は上から下まで真っ黒か?」

「笑っちゃうわよね」

「ヘラヘラすんな」

 

 拳を握る羅鈿。

 その瞬間、胸に激しい痛みが走り自然と拳が下がる。成程、これが道術による呪いか。とんだくそったれな術だなと羅鈿は悶絶しながら理解した。

 

「お前悪魔だろ。若しくは加虐性愛者(サディスト)だな……!」

「あら? おかしいわね……後宮の女官や宦官だったら子犬のように喜んでくれるのに」

「後宮は雌犬と狂犬の巣窟か?」

「ごめんなさい。私、貴方のこと勘違いしてたわ。そうね……私も今や『後宮の大罪人』として畏怖を集める罪な女。もっと生まれ持った美貌という原罪に向き合うべきだったわ」

「もっと反省しろ。腹と心の底から」

 

 はぁ……、と甘い溜め息を吐く黒蝶を余所に、羅鈿は青筋を立てて訴える。

 

「こんなのが後宮の妃とかどうなってんだ……」

 

 

 

「あら、綺麗な石ころ。拾っちゃお♡」

 

 

 

「こんなのが後宮の妃とかどうなってんだ!?」

 

 美貌とは免罪符になり得るのだろうか。羅鈿は黒蝶を見てそう思わずに居られなかった。

 確かに類まれなる美貌自体は否定しようがないものの、それにしたって言動が奇矯(エキセントリック)過ぎる。

 

「集めてたのは客寄せ熊猫(パンダ)的な奇異の目だろ」

「……人望が厚過ぎるというのも考え物なのよ」

「はあ?」

「人間関係には色んな思惑が付き物って意味」

「だからその意味を教えろ──うん?」

 

 不意に止まる馬車。羅鈿の足もピタリと止まる。

 自然と視線は前を向く。そこには目的地まで続く街道が真っすぐ伸びているが、もっと先へと目を遣ると、謎の人影が見えた。

 

「なんだ? あの……鳥人?」

 

 人影は数人分。

 しかし、何よりも目に着いたのは彼らが被るお面だ。鳥の意匠を感じられるお面を被った人間が横一列に並ぶ様は何とも珍妙。一見大道芸に一団にしか見えない。

 

 だが、隠し切れぬ威圧感があった。

 肌が焼けつくような燃え上がる敵意が。

 

「……まさか」

「味方──って訳じゃねェだろ」

「う~ん……」

「おい嘘だろ?」

 

──まさか、ここまできて分からないことがありえるのか?

 

 信じられないものを見る目で黒蝶を凝視する羅鈿。

 そうしている間にも馬車は鳥面の集団に近づく、近づいてしまった。

 

 そして、次の瞬間だった。

 

「──黒蝶様」

 

 横並びの集団からただ一人、一歩前へと歩み出す。

 紅い長袍(チャンパオ)を身に纏う鳥面の人物の胸元には、絢爛豪華な色彩の刺繍糸であしらわれた鸞の紋章が輝いていた。

 

「お迎えに上がりました」

「貴方達──『紅鸞(クラン)』ね」

「然様で」

「指示を下したのは……ふふっ、あの子かしら」

「想像通りかと」

 

 やれやれと黒蝶は首を横に振る。

 うんうんと相手も首を縦に振る。

 話に付いていけず、首を傾げるのは唯一人。

 

「おい。結局誰だこいつら?」

 

 羅鈿の『説明しろ』という視線が黒蝶へと突き刺さる。その他諸々の感情も込み込みのコミュニケーションではあるが、当の黒蝶は向けられる悪感情を華麗にスルーし、彼の求める答えを口にした。

 

「知り合いよ。後宮のね」

「後宮の……堅気か?」

「黒道よ」

「本当に終わってんな、後宮」

「私が居なくなってしまったという意味ならその通りよ」

「驕るな」

 

 

 

「頭目より伝言を預かってきております。

 

 

 

──『お姉様』」

 

 

 

「!? 声が……」

 

 不意に鳥面より響く()()

 幼くも清らかな少女を彷彿とさせるその声は、鳥面の言う『頭目』とやらそのものなのだろう。

 

(わざわざ流罪にされた女に、一体どんな伝言を──!?)

 

 

 

「『お姉様お姉様お姉様ッ! 嗚呼、宮殿の阿呆共に嵌められてしまった可哀そうなお姉様! お加減はいかがですか? わたくしはお姉様と離れ離れになり、毎晩枕を濡らしております……ですが安心を! お姉様を流刑地などには致しません! この凰鸞(オウラン)めが、黒蝶お姉様をお救い致します! 使者を向かわせてお迎えに上がります! これからはわたくしの故郷で共に暮らしましょう! 押収されたお姉様の家財も、既にわたくしの手の中に! しかし、いくら香しい残り香に包まれようとお姉様には到底敵いません……嗚呼、お姉様お姉様お姉様お姉様ッ! 黒蝶お姉様ァーーーッ!♡!♡♡♡!』……以上です」

 

 

 

「おい、ヤベェ奴が居るぞ」

「……こんなに愛されてしまうだなんて。私ったら罪な女ね」

「おい、ヤベェ奴が居るぞ」

 

 だがしかし、羅鈿の悲痛な叫びを聞き届けてくれる人物は、この場に誰一人として存在していなかった。

 

 

 

 

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