ケーセイケーコク!!   作:柴猫侍

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第参話:発憤興起

 

 

 

 相手の目的を聞こうと思ったら怪文書を聞かされた。

 

 

 

 思いもよらぬ盤外戦術だ。

 戦う前から戦意喪失しかける羅鈿は、今すぐにでも家に帰りたい気分で一杯だった。ただし帰る家はないものとする。

 

 逃避する拠り所はない。

 左右は断崖。逃げ場もない。

 前方には黒道。後方にも黒道。進んでも退いてもお先は真っ暗である。

 

 それ故、羅鈿は泣く泣く思考を現実に引き戻し、話をまとめてみた。

 

「おい、黒蝶(おまえ)のお迎えだぞ」

「羅鈿」

「なんだよ」

「仕事の時間よ」

「チィ!」

 

 盛大な舌打ちが鳴り響いた。人生で一番美しく響かせられた自信さえ抱ける音色だった。憤怒に憎悪、その他諸々の感情が込められた音は、遥か遠方の山々にまで届いていることだろう。

 

「なんでだよ。同業じゃねェのか」

「私ね、黒道が嫌いなの」

「同じ穴の貉だろうがよ」

「同族嫌悪って言葉、あるでしょう?」

「そーかい」

 

 ああ言えばこう言う黒蝶に、羅鈿は早々に口喧嘩から身を引いた。

 そもそも後宮暮らしの元妃と天涯孤独の浮浪児だ。まざまざと教養に差を見せつけられてしまえば争う気も起らない。

 

「失礼」

 

 鳥面の刺客──つい先程、()()()()()を見せた一人が口を開く。

 

「黒蝶様の身柄を引き渡していただいても?」

「……」

 

──正直引き渡したい。

 

 黒道と関わるなど百害あって一利なし。味方と敵の双方から因縁をつけられることは請け合いだ。

 

 しかし──しかしだ。

 

 チラリと後ろを振り返ると依頼主の女が笑んでいた。

 まるでこちらを見透かしているかのような表情。面白くないと、これには羅鈿も苦々しく口元を歪める。

 

「……おい」

「なぁに?」

「金はちゃんと払うだろうな?」

「勿論」

「嘘は吐いてないだろうな?」

「当然」

「裏切りはしねェだろうな?」

「誓って」

 

 再三の確認を経た羅鈿は深い、それは深い溜め息を吐いた。

 契約をよく確認しなかった点は自分の落ち度だ。自分の不注意でハマった泥沼からは、自分の力で這い上がるしかないだろう。

 

「憤懣やるかたねェが……約束は約束だ」

「つまり?」

「責任もって──お前を守る」

「きゃ♡」

「やっぱやめてやろうか?」

 

 折角腹を決めたというのにこの女。紅潮させた頬を両手で挟み、黄色い声を上げやがると来たもんだ。気勢を削がれるにも程がある。

 

「おらおら、馬車に戻ってろ! 見世物じゃねェぞ!」

「嫌。私はここで観てるわ」

「危ないっつってんだよ! 我儘言うな!」

「……駄目?」

「ケツ引っ叩かれてェか!?」

 

「──失礼」

 

「あ?」

 

 馬車の中に黒蝶を押し込めようとする羅鈿へ、鳥面の刺客の一人が声を上げた。声真似怪文書の刺客と言い換えれば分かりやすいだろう。

 

「……なんだよ。今取り込み中だ」

「警告を」

「あ?」

「これを避けねば──貴方は死ぬ」

 

 傲岸不遜ともとれる物言い。

 されど、刺客より俄かに噴き上がる真紅の竜巻を見た瞬間、それがハッタリでないと思い知らされる。

 

「なっ……!?」

()()よ!」

「ああ!? なんだそりゃあ!?」

「構えなさい!」

「言われなくとも……!」

 

 切羽詰まった黒蝶の声に、羅鈿は全神経を尖らせる。

 だがしかし、加速度的に勢いを増す竜巻を纏う刺客は、広げていた両腕をゆらり前へと突き出した。

 

 そして、

 

 

 

「──〈旋法(せんぽう)(キュウ)〉」

 

 

 

「っっっ!?」

 

 爆音。

 火槍が炸裂するかの如き轟音が鳴り響いた瞬間、羅鈿の肩口より血飛沫が舞った。直撃の衝撃はそれだけにとどまらず、羅鈿の体は牛か馬にでも弾き飛ばされたかのように大きく吹き飛ばされ、茂みの中へと消えていく。

 

「羅鈿ッ!」

「失礼」

 

 吹き飛ばされた羅鈿の身を案じる黒蝶。

 だが、そうしている間にも刺客は後宮の珠玉とも言える存在を抱き上げる。

 

「きゃ!」

「手荒な真似はしたくありません。どうか抵抗はなさらぬように──おい」

『は』

()()()()

 

 黒蝶の細身を抱き上げた刺客が、残る三人に指示を出す。

 手際よく動き出す三人は、羅鈿が消えていった茂みの中へと向かっていった。『片付けろ』とは、すなわちそういう意味(死体の処理)だ。

 

 後始末を部下に任せ、刺客の長が黒蝶を連れて動き出す。

 木々を飛び移り、まるで猿のように森を駆けていくではないか。

 

「……結局こうなるのね」

 

 憂いを帯びた声を漏らし、黒蝶は視線を自分を抱く刺客に移す。

 

「これからどこに連れていかれるのかしら。ねぇ──鳳鸞(ホウラン)?」

「! ……お気づきでしたか」

「やった。当たり」

「流石の慧眼。感服致しました」

「慧眼の士たる私を欺こうなんて百年早いわ。余所行きの仮面を被っててもバレバレよ」

 

 ひょい、と黒蝶が鳳鸞の仮面を持ち上げてみる。

 そこにあるのは蒼穹の瞳と紅蓮の髪、そして少年とも少女とも言えるあどけない童顔があった。後宮ならば寵妃として見初められるだろう美貌だ。

 

 だが、黒蝶にとって美貌かどうかは問題ではない。

 見知った顔ならば自分を狙う目的も推察できるというものだ。

 

 要は、()()()()()だ。

 

凰鸞(オウラン)の仕業ね」

「姉上は黒蝶様をお慕いしております故」

「いくら私のお尻が魅力的だからとは言え、雛鳥のように付き纏われてはね……」

 

 黒蝶の吐息は青色だ。

 彼女の脳裏には、たった今覗き見した鳳鸞と瓜二つの顔をした妃の顔が過っていた。自分を慕う者は数多く存在していたが、彼女ほど苛烈で情熱的な狂信者(ファン)は限られてくる。

 

 狂信者とは実に厄介だ。

 敵に回った途端、厄介になる場合もあれば、味方であればこそ厄介な時だってある。握った手綱の先を駆ける馬が空へ翔び始めれば、誰だって驚くだろう。

 

「どうせ私の追放もあの子が一枚噛んでいるんでしょう?」

「……いえ。姉上は黒蝶様を必死に庇って」

()()()()()()()()()()()()()──違うかしら?」

「っ……」

「顔に出るわね」

 

 覗く仮面の奥に僅かに滲む機微。

 後宮で養われた洞察の眼力は、確かにそれを見抜いた。

 

「……いけない子ね。鳳鸞(あなた)も、凰鸞(あのこ)も」

 

 黒蝶は笑んだ。

 天女の笑みではない。ましてや聖女の笑みでもない。

 言うなれば悪女。女という性を武器に、男を手玉に取って国を転がす稀代の大罪人の顔が、仮面の隙間から鳳鸞を覗き込んでいた。

 

「紅鸞も大変ね。上の命令には絶対だなんて」

「どこもそのようなものです」

()()()()()()()()()?」

「……」

「絶対的な年功序列。さて……利点と欠点、どっちが多いかしら?」

 

 黒蝶は徐に鳳鸞の首に腕を回す。

 結果、ほとんど抱き着くような姿勢となった。ここまで距離が近ければ、仮面を被っていても甘く柔らかな女の色香が鼻腔をくすぐる。

どきりと胸が弾んだ時、すでに頬は紅に染まっていた。

 

「鳳鸞」

「……なんでしょう」

「貴方は私をどうしたいの?」

 

 息が詰まる。

 

「私、は……」

「教えて」

 

 言葉も詰まる。

 

 流し目を送った先には、その美貌から笑みを消した女が真剣な表情を浮かべていた。

 

 嘘は許されない。

 しかしながら、彼はあくまで手駒。実姉の手足として役目をこなす実働隊でしかない以上、迂闊なことも口に出せない。

 

 故に、熟考に熟考を重ねる。

 

 そうして、ようやく口をついて出た言葉は、

 

()()は、黒蝶様を幸福に」

「ふぅん」

「紅鸞も今や赫翼の一大勢力。衣も、食も、住も……全てを容易く揃えられます。必ずや貴方様を満足させ──」

(いいわね)

 

 鳳鸞が言い切るより前に口を開く黒蝶。

 いよいよ耳たぶを食む距離だ。囁く度に漏れる吐息も耳の中に入ってくる。押し寄せるぬるい快感。思わず鳳鸞も歓喜と興奮にぶるりと身震いした。

 

 それを見た黒蝶は笑む。

 

「武力、財力、権力──力を持った強者に許された愉悦と優越を以て、私を満たしてくれるというのね。弱者の血と肉を啜り、己を強者と思い上がった愚者の贅肉すらも食い物にする。それこそ黒道……この国を支配する絶対的な強者の特権ね」

「……ええ。黒蝶様がお望みであれば、この国すらも捧げる所存です」

「でも駄目」

 

 ぴとり、と。

 今度は吐息ではない。もっと温かな、それでいて湿った感覚が耳に触れる。

 

「こ、黒蝶様!? 一体何を──」

 

 想像だにしていなかった行為に動揺を隠せない鳳鸞。

 そんな彼の体内を侵す生温かな感触と共に吹き込まれる言葉があった。

 

 

 

「私はね、鳳鸞……。

 

 

 

 

 

──そんな国をぶっ壊す為に後宮の門を叩いたの」

 

 

 

 

 

 

 世界から半分、音が消えた。

 

 

 

「な゛っ……!?」

 

 世界が揺れる。

 途端に平衡感覚を失えば、樹上を飛び移る軽業にも影響が出るのは当然の帰結だった。ぐらりと大きく体を揺らした鳳鸞は、木の上から落ちていく最中、それでも黒蝶を傷つけまいと自分を緩衝材にする形で背中から落ちた。

 

 凄まじい衝撃が背中から肺に突き抜ける。

 

「がはっ!?」

「──ありがとう、鳳鸞」

 

 何事もなかったかのように黒蝶は立ち上がる。

 未だ舌先に引いている糸を指で絡め取り、片耳を押さえて蹲る青年を見下ろす女は、おおよそ天女とも聖女とも言えぬ魔性の笑みを湛えていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ……()()()……!?」

 

 彼女の行為は単純だ。

 耳に息を思いっきり吹き込み鼓膜を破った。相手が自分を庇うと読んだ上で、だ。

 

「ごめんなさいね。好意を利用するような真似をしちゃって」

「くっ……ですが、ここからどうされるおつもりで?」

「……そうね」

 

 鼓膜を破ったところで彼我の差は埋まらない。

 それほどまでに自分と鳳鸞の間に抗いようのない差があることを、黒蝶は理解していた。

 

「じゃあ──こうしましょう」

 

 徐に懐から取り出す石。

 真っ黒な光沢を放つそれを見た鳳鸞は、訝しそうに瞳を細めた。しかし次の瞬間、黒蝶がそれを叩きつけて割り、即席の刃物を手にしたところでハッとする。

 

「黒蝶様、何を──!?」

「近づかないで」

 

 抑揚のない声を紡ぐ喉に、真っ黒な刃が添えられる。

 それでも鳳鸞の足を止めるには十分だった。ごくりと唾を飲む鳳鸞は、幾度も口にする言葉を選定している風だった。

 

「……自害なさるおつもりで?」

「貴方がここから私を連れていくつもりならね」

「何故!? 我々は黒蝶様をお守りするべく──!」

「違うわ」

 

 黒曜石を割って作った刃物は、なお一層強く首筋に押し付けられる。

 あと少し力を強めれば白磁のような柔肌から真っ赤な鮮血が舞うだろう。鳳鸞は気が気ではない中、黒蝶の言葉に耳を傾ける。

 

「……何が貴方をそこまで」

「そうね……約束、かしら?」

「約束?」

「ええ。果たせないなら、いっそ死んだ方が──」

 

 

 

 

 

 

「──ぉおおおおッッッ!!」

 

 

 

 

 

「なっ──!?」

「……え?」

 

 言葉を遮り、空気を破り。

 そうして現れた人影は、迷うことなく鳳鸞の顔面を真横から殴り抜けた。吹き飛ぶ鳳鸞。もれなく割れた仮面の破片は宙を舞った。

 一体何者か──そう思案する間もなく、血の臭いを漂わせる獰猛な狂犬染みた存在は、黒蝶の目の前まで駆け付けてくる。

 

 そして、

 

「おらぁ!」

「あっ」

「なぁーーーに勝手に死のうとしてんだ!? 約束はどうしたァ!?」

 

 首に当てていた黒曜石の小刀が叩き落とされる。

 その際、小刀は地面に落ちた衝撃で砕けてしまう。これでは二度と自刃を脅しに使えなくなってしまった。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。

 黒蝶には目の前の男──羅鈿しか、その黒真珠の如き双眸に映ってはいなかった。限界まで見開かれた瞳は瞬き一つせず、じーっと羅鈿を見つめ続けている。

 

「……んだよ。俺の顔になんか付いてるか?」

「あの三人は?」

「返り討ちにしてやったよ……ってかなんだよ、あいつら!? 変な術使ってくるぞ! そう、お前の道術みてェなの! ありゃ一体なんなんだ!?」

「……もしかしてなんだけど」

「あ?」

「貴方、結構強い?」

「張り倒すぞ……?」

 

 本気で手が出そうになったところで、羅鈿は己の手を押さえる。

 そう、手を出したら苦しむのは自分なのだ。

 

「てめェが契約したんだろが! お蔭様で心臓張り裂けると思ったぞ!」

「私との離れ離れがそんなに辛かった?」

「お蔭様でな!」

 

 己の胸ぐらを掴み、羅鈿は怒鳴りつける。

 契約が正常に働いている証拠か、黒蝶と引き離されている間は激しい痛みを伴っていた胸は、こうして彼女と再会できたことで痛みが消え去った。

 

「いいか!? 二度と俺から離れるな!!」

「情熱的な口説き(アプローチ)ね。好きよ、そういうの」

「喧しい!!」

 

「あの三人を……倒した?」

 

 不意に聞こえる怪訝な声に、羅鈿は咄嗟に振り返る。

 割れた仮面から片目を覗かせる鳳鸞。しかし、その衝撃を受けた様子は、どうも先の一撃を貰ったからだけではないらしい。

 

「成程。その男を待って……」

「……残念だが連れは来ねェぞ。三人とも仲良くおねんね中だ」

「……手心を加えたと?」

「殺しは趣味じゃねェんでな」

「そうですか」

 

 鷹揚に。

 一度は自身を穿った構えを取る鳳鸞に、羅鈿は即座に構えた。

 

「……またあの術か」

「いいえ」

「あ?」

「次は──全力で」

 

 轟ッ、と。

 一度目とは比べ物にならぬ旋風が、鳳鸞を中心に渦巻いて広がる。まるで嵐だ。木の葉は一息に遥か上空へと舞い上がり、森に暮らす生き物も泡を食って逃げ始める。

 

 壮絶な嫌な予感を羅鈿は覚えた。

 ともすれば、浮浪児になったきっかけの出来事と重なる光景だ。

 

 大火が、全てを焼き尽くさんとしていた。

 

「──龍気よ」

「……龍気?」

 

 不意に口を出してくる黒蝶に、自然と視線を向ける。

 腕を組み、微笑みを崩さぬ美女は流し目を己の護衛に向け、言葉を続ける。

 

「厳しい修練を積んだ才ある者にのみ発現する力。生命力……あるいは闘気とも呼ぶわね」

「要は頓痴気妖術か」

「……龍気を扱う者は一騎当千。常人とは隔絶した力を持っているわ」

「……聞きたくなかったよ」

「だから秘策があるの」

 

 瞠目する羅鈿。

 けれども、黒蝶の方は向く愚策は犯さず、傾聴の心構えを取るだけに留める。今は一瞬たりとも敵から目は逸らせない。

 

 

 

 

 

──ちゅっ。

 

 

 

 

 

 だからこそ反応が遅れた。

 

──何が起こった?

──何が唇に触れた?

──何故敵は驚いている?

──何故女の顔が目の前に?

 

「何しやがった」

接吻(キス)だけど?」

「何を注いだか分かるか?」

加油(がんばれ)♡」

「それ以上喋ってみろ。力尽くでお前の口を塞いでやる」

 

 敵を目の前に接吻など、舐められていると取られても仕方がない。

 そ~っと、羅鈿は鳳鸞の様子を観察してみる羅鈿。

 

「──貴様を、消す」

 

──大炎上じゃねえか。

 

 舐めた態度とか、そういう次元ではなかった。

 炎は炎でも種類が違う。あれは炎上させてはならぬ方の性質だ。

 

 しかし、残念かな。

 

 それは炎の化身、あるいは憤怒の権化と呼ぶべきものだった。

 さらに言えば、龍気の余波は本物の炎の如き熱を持っている。周囲の温度はみるみるうちに高まり、立っているだけで全身から汗が噴き出すほどと化していた。

 

 だが、ある瞬間だった。

 炎の全てが、鳳鸞の両腕に収束する。

 

 広がる炎。

 舞い散る火の粉は羽根のようで。

 

 そう、それは翼だった。

 

「──〈旋法(せんぽう)()〉」

 

 そう告げて、鳳鸞は陽炎を宿す拳を掲げた。

 あれは──不味い。

 羅鈿の頬に汗が伝う。熱い所為なのか、冷や汗なのか。はたまたその両方だろうか。

 

「怖い?」

「っ!」

 

 不意に、背中から刺す声があった。

 全ての元凶──あの悪女の声だ。

 

「……はっ、ちっとも──」

「嘘は嫌いよ」

「……チッ」

 

 女の求めている言葉が分からず、羅鈿は悪態を吐く。

 

「だったらなんだよ。本音の弱音を吐かれて不安になりたいか?」

「私はね、貴方に嘘は吐かない」

「……は?」

「さっきのは、貴方が勝てるように掛けた()()()()()

 

 言われて思い出す唇の瞬間。

 カッと頬を熱く感じられたのは、周囲の熱気か、はたまた──。

 

「私を信じなさい。貴方が死んだら私も死んであげる」

「……はぁ!?」

「これでも信じられない?」

「のっぴきならねェ状況作りやがって……!」

 

 虚言か妄言か。

 あるいは現実を直視できぬ人間の希望的観測か。

 

 しかし、女の声色には絶対的な自信が宿っていた。

 力と勇気が湧いてくる、信じてみようという気持ちが思い起こされる声だ。

 

──そんな感覚、久しく忘れていた。

 

「……信じるぞ」

「信じなさい」

 

 拳を握る。勝つ為に。

 

「死んだら一生恨んでやる」

「死ぬまで後悔させないわ」

 

 

 

 守るだけの時間は、ここで終わりだ。

 

 

 

「──ッ!?」

 

 その時、羅鈿は感じた。

 己が内を巡る感覚。

 血ではないナニカが、全身を水のように駆け巡る。流れは集中すれば、己の意のままに操れるような気がした。それは半ば確信だった。

 

 だがしかし、

 

「──今更策を弄したとて」

 

 地に堕ちた火の鳥が、ゆらりと翼を広げる。

 

 

 

「私の勝利は──揺るがない」

 

 

 

 爆炎が森を駆け抜ける。

 鳳鸞の軌跡は惨憺たる光景を生み出す。葉を灰に、木を炭に。焼けた大地は黒く焦げ、一筋の道を描き上げる。

 

(これで……──ッ!?)

 

 だが、彼は見た。

 

 黒蝶へと続く筈だった黒き道を塞ぐ影。

 一人の人間が吐き出す気炎は、炎のように揺らめいて、一体の生き物を象りながら立ち昇る。

 細長い体躯は蛇を彷彿とさせる。

 けれども、宙を力強く躍動する様はまるで──。

 

 

 

()……だとッ……!?)

 

 

 

 紅蓮の鳥と紫黒の龍。

 決着は、一瞬だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──水剋火(すいこくか)

 

 地上に描かれる一本の道。

 真っ黒く焦げた跡。炎を纏いし黒道の突き進んだ、彼の軌跡である。

 

「水は火を消し止める。それは龍気だって同じ」

 

 その黒き道は、とある場所で断たれていた。

 

()()()()()()()

 

 黒蝶の、まさに目の前。

 そこでは重なる人影があった。直後、ぐらりと一人の人間の体が大きく揺れた。

 

「──がはっ!?」

 

 血反吐を吐き、地に沈んだのは鳳鸞だった。

 視界は霞み、意識も急速に闇の中へと沈み始めている。

 

 そんな中、彼は己の胸に叩き込まれた拳の主──()()()()()()()()()を目にした。

 

(“水”の龍気……!)

 

 龍気を得る手段は主に二つ。

 ()()()()()()()()()()()()

 

体交法(分け与えた)だと……!?)

 

 あの時、注がれていたのだ。

 

 帝が寵愛した──。

 妃が嫉妬した──。

 大勢が恋した──。

 そして、何より。

 

「本当に……」

 

 自分の惚れた女が──他の男に口付けした、あの瞬間に。

 

 

 

 

 

「本当に……妬ける……!」

 

 

 

 黒道を嫌いと公言した黒蝶。

 黒道の手駒でしかない自分。

 

──完敗だ。

 

 断たれた黒き道。

 届かぬ熱い想い。

 

 この断たれた道は自分の恋路そのものだと鳳鸞は自嘲し、意識を手放した。

 

 

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