意味ある願い   作:平成の亡霊

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プロローグ

 

俺はある冷たい夜の日、不思議な、それ以上に儚い人に出会った。

 

 

揺れ動くススキの中に立っている彼女は、その儚げな表情で。

 

「あなたは、未来を信じてる?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

「マンホールの魔人?」

 

「そう!マンホールの魔人!」

 

 

 

放課後の教室にその甲高い声が響き渡る。

 

 

 

「マンホールの魔人ね、あー、聞いたことあるよ。」

 

最近女子の間で話題の怪談『マンホールの魔人』

飛び交っていた噂話はどこへやら、最近はパッタリと聞かなくなった。

 

 

「そんなのただのいたずらだと思うけど、それがどうかしたの?」

 

夕日を反射した佐藤のメガネが怪しく光る。

 

「なんと独自の情報網を駆使した結果、そのマンホールの場所を特定できました!」

 

 

オカルトマニアの情報網、正直言って信用し難い。

 

 

「ふーん、それはそうとなんで俺にこの話を?」

 

「そりゃ、ねぇ、一人だとちょっと不安だし」

 

「俺は別にいいけど、なんで他の女子を誘わず俺に?ほら、この怪談って女子中心じゃん。」

 

「本当はそっちのがいいんだけどね。あんな事件があってからみんな怖がっちゃって。」

 

「あぁ、なるほど」

 

この怪談が俺の耳にも届くほど有名になり、クラスにいくつか空席が出来た大事件。

今佐藤が座っている石楠花さんの席もその一つだ。怪談との関係性はあくまで噂程度だが…

 

 

「つまりは俺に用心棒をしてほしいってことね。」

 

再び佐藤のメガネが光を反射する。

 

 

「理解が早くて助かるよ。あれ以来マンホールに近づくことすら禁止みたいな空気で困っててさ。」

 

「信用してくれてるんだな」

 

 

 

佐藤はそれに同意するように頷く。

 

「あんたがいれば

『私は行きたくなかったんですぅ〜こいつが無理矢理連れてったんですぅ〜』と言えば私”だけ”は許されるだろうからね」

 

「おい」

 

コイツ、とんでもないことを暴露したぞ。

不快感を全面に押し出した表情をして抗議しよう。

 

 

「まあ、そんな冗談はさておき。フッジーどう?一緒に来てくれる?」

 

「いや、俺はそんなに興味ないし別に…」

 

「今日の昼。」

 

「グッ」

 

 

そういえば弁当を忘れ、学食を奢ってもらったのだった。

少し不自然だと思ったが、この為だったのか。

 

 

「わかった、行こう」

 

 

「そう来なくっちゃ!」

 

佐藤はひょいと席から立ちスカートを整える。

 

「さっ、善は急げだ、行くよ!」

 

そう言って教室を飛び出して行ってしまった彼女。

階段をドタドタ降りていく音が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ。」

 

おそらくマフラーか何かが詰め込まれたバッグがそのまま置いてある。

 

え?これ俺が持ってくの?

 

◇◇◇

 

 

徳ヶ咲市福寿町。

俺たちの住む町にして地方都市の辺境だ。

 

この町のさらに隅にある小さな公園。

公園はかつての面影を残さず忘れ去られてしまっていた。

 

「ささっ、こっちこっち」

 

草を手で押し退けながら進む。

なんでこんな奥にあるマンホールを見つけることができたのだろう?

しかもこんな人気のない場所に…

 

 

 

「誰にもつけられてない?」

 

 

「別に大丈夫だと思うよ。それにしても、こんなところにマンホールなんてあったか?」

 

「チッチッチ、この魔人はね、マンホールに潜むんじゃない、

 

——マンホールの穴ごと引っ越すんだよ。」

 

「マンホールごと?」

 

 

「正体不明の謎の穴、わかってるのは定期的に移動する事と一万円札を入れれば願いが叶うらしいってこと。」

 

一万円で願いが叶う?

 

なんとも胡散臭い話だ。

 

佐藤は「本当に叶うかは怪しいけどね」と付け加え、先に進んで行く。

 

公園の中央部、そこに円形の空き地。いわゆるミステリーサークルのように草が薙ぎ倒され、その中心にはなんの変哲もないマンホール。

 

「これがそのマンホールか」

 

 

 

 

辺りはどんどん暗くなり始め、空気も冷たくなっていく。

 

「とりあえず確認できたし、今日は帰る?俺は別に叶えたい願いとかないし。」

 

 

佐藤はピタッと動きを止めると目を見開いて俺を見る。

 

「意外、もっと欲深いタイプだと思ってた。」

 

「俺にそんな野心なんてないよ。」

 

 

そう、何もない。

 

 

 

「…ほんとに何もないね。」

 

 

…うぐッ

 

 

 

 

 

「逆に佐藤は?何か願い事でもあるの?」

 

「うーん。ちょっと悩むな、強いて言えば噂の確認かな?」

 

2人の視線が蓋を貫く。

 

「じゃあ、この蓋を取って中を覗けば解決するんじゃないか?」

 

「あっ、それはダメ。」

 

佐藤が普段とは似ても似つかない真剣な表情で静止して来た。

 

「こういうのって正式な手順を踏まないとヤバいことが多いの。だからそれだけは絶対にダメ。」

 

 

…こんな真剣な佐藤は初めて見たかもしれない。少し見直したかも。

 

「…ならしょうがない、いいよ。試して見る。」

 

そう言った瞬間。

沸騰した鍋の蓋のようにガタガタとマンホールの蓋が暴れ、そのまま諦めたようにズレ落ちる。

日が沈み暗くなった中でもくっきりわかるような闇が現れた。

 

 

それは穴というよりも孔。

 

何か大切なものが欠落したように静かで歪な物だった。

 

 

 

 

 

財布からお札を取り出して手を離すと、引き寄せられるように穴へ落ちていく。

 

このまま自分も落ちてしまうのではないかと思うほど深い底なしの孔。

そのもしもを考えただけで足がすくみ胸は縮む。

 

 

「主体的に行動できる人間になれますように」

 

 

耳の奥に響き渡る低音。

空気が逆流しマンホールから噴き出す生暖かい空気が気持ち悪い。体に巻き付くようにその空気が吹いてくる。けれど、対価は支払った。

あとは願いの成就だけ。

 

 

実はお金に他に使い道がないのは内緒だ。

 

 

「自分から行動できないって言ってたけど、それ気にしてたんだね。」

 

「うるさい」

 

余計なお世話だ。

 

 

 

 

「…なんにも起きないな。」

「だね。」

 

肩透かしもいいとこだ。けど、俺は自分の意思で投げ入れた。

今はそれだけで十分なのだ。

 

 

いや、1万円はそれでも重い。

 

冷静になって考えてみると後悔が…

仕方ない、もう取り返しのつかないことを気にしてもしょうがないのだ。

 

俺たちは協力して蓋を閉じ、この怪談を終わらせようとした。

 

ザザッ

 

 

 

振り返る。

 

 

 

 

しかし誰も居ない、けれど何か居る。

草に紛れ、息を潜めてこちらを見ている。

 

 

震える足と悴んだ手がもどかしい。

 

 

 

辺りを見渡す俺の背中に佐藤が隠れる。

 

それでも、なぜか視線はマンホールに引き寄せられる。

蓋で隠されているはずのに見えない孔に引き込まれそうになる。

 

 

 

 

 

 

「あなた達、こんな所で一体何をしているの?」

 

何が飛び出したか理解するのに数秒かかった。

 

 

飛び出したのは1人の綺麗な少女、着ている制服はうちの学校の物だ。

 

緊張の糸が解け呼吸が緩やかになる。

 

それも見た事のある人だ、名前は確か石楠花煌華。 

 

しばらく見ていなかったが、クラスメイトだったはずだ。

 

初めて見たわけじゃない、意識していたわけでもない。

 

 

けれど、俺はその瞳に、彼女にまるで凍着現象のように視線が惹きつけられた。

 

 

全てを拒絶するような、温度ない瞳に。

 

「よかった、人間だ」

 

 

「よかったわね、私が人間で。それで?質問に答えてもらえないかしら。もしかして、”このマンホールに引き寄せられた”、とかじゃない?

ねぇ、答えてよ。」

 

 

声のトーンを上げながら詰め寄ってくる。

 

 

 

 

 

「もしかして、何か"願っちゃった"?」

 

 

 

 

「あぁ、俺たちはこのマンホ——」

 

 

喉に蓋をされたように、口から音が出なくなる。

 

 

背中をなぞられたような不快な感覚に縛られた。

 

間髪入れず佐藤が飛び出しす。

 

「なんでもないです!私たちはただ散歩してただけなんです!断じてこのマンホールの事は知りません!失礼しましたッ!」

 

 

「ほら、行くよ」

 

「でも…」

俺は佐藤に強引に引っ張られ近くのコンビニまで連れて行かれることになった。

 

彼女のその氷のように鋭い視線を浴びながら。

 

◇◇◇

 

 

 

 

「マジでヤバいって!あれが誰かわかってた!?」

 

鬼気迫る表情で肩を揺さぶる佐藤に俺は落ち着いて答える。

 

「同じクラスの石楠花煌華さん、知ってるよ。」

 

「あの事件の元凶だって言われてる人なんだよ!」

 

あの事件…つまりマンホールの魔人に何か因縁がある人ってことか。

 

「あの事件って結局なんだったんだ?教えてくれ。」

 

「それは…女子同士のいざこざだけど、こんな公共の場で言うべき話じゃないってことだけは言っとく。」

 

空はすっかり暗くなり、オリオン座がはっきり見える。

 

「今日のところは帰ろう、それにごめん。こんな事に付き合わせちゃって。」

 

「それじゃあまた明日。」

 

佐藤の後ろ姿は小さくなり、空気はさらに冷たくなる。

 

 

 

 

俺も帰ろうと思ったが、ふとこちらを見つめる冷たい瞳が今でも脳裏に浮かぶ。

 

 

やはりあの別れ方は失礼だ。

俺がされたら不快になる。

今からでも戻って謝るべきだ。

 

 

 

「がんばれ。」

 

声の方に振り返っても誰も居ない。

街灯の灯りが虚しく灯る。

耳元で囁いたようにも遠くから聞こえてきたようにも聞こえるその声は、それは間違いなく俺に掛けられたものだった。

 

 

体は震え、鼻は奥の方まで冷たくなっている。

 

 

 

もう帰ろう、暖かい家へ。

これ以上はきっと凍えてしまうから。

 

 

 

 

◇◇◇

 

家に帰ってからは早かった。

 

 

夕食を食べて、風呂に入って、歯を磨いて。

 

 

いつも通りの夜、けれど布団の中で感じたそれは、恐怖というよりも後悔に近かったのかもしれない。

 

その日は掛け布団から足先を出すことができなかった。

 

 

 

窓の外から、鈴の音が入り込んでくる。

 

 

そんな気がした。




毎週日曜日20時30分に投稿することを目指します。
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