意味ある願い 作:平成の亡霊
マンホールを探したのが昨日の話。
何か起きたのだろうか。
クラスの女子がヒソヒソと何かを話している。
まぁ、こんな時でも俺は一人だ。
教室の出入り口で、多くの生徒が中を覗いて噂話に興じている。
けれど誰も笑っていない、その顔は真剣そのものだ。
そんな集団の中に絶望感を醸し出しているのが一人、佐藤だ。
「もうおしまいだぁ」
「どうしたんだよ、そんな顔して」
「あれ見てよ。」
佐藤が指を刺した先は俺の席…ではなくその隣。
いつもは空席のその場所に誰かが座っている。
「あれは…石楠花さん?」
昨日の夜出会った石楠花煌華さんが自然体でそこに座っていた。
「私たちを消しに来たんだ…」
「被害妄想?そんなに怖がらなくてもいいじゃん。」
「フッジーは知らないんだったね。曰く———」
噂はいろいろあるらしい。
けれど、どの噂も俺が抱いた印象とはどこかズレているような気がした。
「私も全部を知ってるわけじゃない。けどまともじゃ無いってのは確かなの。少なくともここにいるみんなはそう感じてる。」
まるでこの世界との繋がりが断ち切られてしまったかのように、彼女の存在は浮いていた。
バンッ
石楠花さんが立ち上がりこちらに歩いてくる。
すると先程は雪崩のようだった人混みも、蜘蛛の子を散らすように消えてゆく。
辺りは静まり返り自分の呼吸がはっきり聞こえる。
「あなた藤咲咎くんでしょ?776分ぶり。」
堂々とした態度でこちらを見つめてくる。
随分ユニークな挨拶だ。
「…776分ぶり?」
「あら?もしかして昨日のことは忘れちゃった?それとも私のことを忘れちゃった?」
なかなか返答に困ることを聞いてくる。
普通ほぼ初対面の相手にそんな冗談じみたことするか?
「おい佐藤…」
いない…さっきまで隣にいたはずの佐藤が、少し離れたところで敬礼しながらこちらを見ていた。
まるで兵士を見送る家族である。
「仲間がいないのはお互い様らしいわね。」
ニヤッと口角を上げ、こちらをみている石楠花さん。
けれどその目には光が無い。
まるで気泡の無い製氷のように澄んだ冷たい目をしていた。
「それで?質問に答えて欲しいのだけど。忘れたのは出来事?それとも私?」
「いや、両方覚えてるよ。」
「なら昨日の質問に答えてよ。昨日あの場所で何をしていたのかを。」
◇◇◇
俺は昨日の放課後の出来事を大まかに伝える事にした。
なぜあそこにいたのか。何が目的だったのか。
そして何を願ったのかを。
「なら、具体的な事は願わなかったの?」
「あぁ、別に特別叶えたいものもなかったし。」
彼女は一度後ろを向き、少し考えたあと再び振り返ってこう言った。
彼女の結われた髪が弧を描く。
「最悪ね。」
おちょくる訳でもなくただ純然たる事実のようにそう言った。
「そんなにやばい事なのか?俺の中では高めのお賽銭ぐらいに思ってたけど…」
「その程度の認識で一万円を?ずいぶん親から愛されてるのね。」
ずいぶんと冷めた顔だ、まるで別の生き物を見るような目で俺を見ないでほしい。
「それはつまり俺が世間知らずの御坊ちゃまだと言ってるのか?」
「あなたが何を言ってるのかさっぱりだわ。」
さも俺が変なことを言ったかのような態度だ、少し違うかもしれないがハシゴを外されるとはこの事か。
「別に俺が何に金を使おうが勝手だろ?そんなに否定しなくてもいいじゃないか。」
「私が最悪だと言ったのは、願いが抽象的なこと。どう対策すればいいかわかったものじゃない。
まあ、正直あなたの金持ち自慢には少しイラッと来たけどね。」
「俺は別に…」
少し本音が見えた気がするが、その言葉に感情が籠っているようには思えなかった。
「まあいいわ。あとは私がなんとかするから。今日はさっさと帰ることね。もう二度と同じ間違いを犯さないように。」
それじゃあ。と言って席に戻っていく彼女をこれ以上見ることは出来なかった。
けど、これほど強い気持ちで誰かを考えたのは初めてかもしれない。
「おーい、フッジー?」
それが不安でなければ良かったのに…
「もしかして魂取られた?おーい、生きてますかー?」
◇◇◇
その後授業には集中できずなかった。
俺が彼女に何かを背負わせてしまったのかと思うと罪悪感に苛まれる。
「佐藤、フッジーどしたん?ずっとボケーとしてるけど」
「わかんない、恋でもしたのかも。」
「なるほど、この恋愛マスター田中。これは見逃せない」
外野はずいぶん気楽で羨ましい。特に佐藤、お前が…
と言いそうになったが、その事で佐藤を責める気にはなれなかった。
流石にそこは弁えてる。
一方、件の石楠花さんに対してはとても静かだ。
誰も石楠花さんが居るものとして扱わない、先生ですらほとんど目を合わせていない。
本当に久しぶりに学校に来たのだから、一言ぐらいかけてやるべきだろうに。
「そこ!静かに。
えぇ〜これでHRを終わります、事故に気をつけて下校するように。」
「起立、礼、さようなら」
そして再び放課後が訪れる。
◇◇◇
「なぜまだ教室にいるの?私は帰れと言ったはずだけど。」
荷物を整理する手を止め、彼女は少し首を傾げながらそう言った。
「…俺に責任を取らせて欲しい。」
「は?」
彼女は理解できない、と云った風な顔をしていたけれど、これは俺の選択だ。
俺が願ったんだ、その責任を誰かに押し付けるなんてできない。
「私はあなたを必要としていない、あなたもこの件に責任を感じる必要はない。なのになぜ自ら首を突っ込むの?」
「それが俺のやりたい事だから、だと思う。」
彼女は深いため息を吐いたのち、顔を顰める。
「正義感は結構だけれど、はっきり言って迷惑。これは私が処理しなくてはならない問題なの。」
「それでも…」
「ならあなたのすべき事はこのゴミ袋を処理する事。それがあなたにできる責任の取り方。」
俺に袋を渡すと、彼女は荷物をまとめて足早に教室を出て行ってしまった。
夕日は沈み、辺りが暗くなる。
音楽室から聞こえるホルンの音が妙に足を震わせる。
少し思い悩んでいると真剣な顔をした女子が教室に入ってきた。
「話は聞かせてもらった。」
確か佐藤の友達の…田中だったか?
彼女は近づいてくると俺の肩に手を乗せ、囁く。
「こ費用はカンパでなんとかしよう。
安心して、私は顔だけは広いんだ。」
こいつは一体何を言ってるんだ?何か重大な勘違いが起きている気がする。
「恋愛マスターの名は伊達じゃない」と親指を突き立てて信じろと暗に伝えてくる彼女。
これはきっと、善意なのだろうけど逆にそれがむず痒い。
石楠花さんから渡されたゴミ袋の中には、修学旅行のお知らせや留学生受け入れの告知。
それらの配布物がくしゃくしゃに詰められていた。
だからこそ俺がすべき事は一つだけだ。
袋を持って俺は教室を飛び出した。
◇◇◇
自転車で町中を走り回りやっとみつけた。
「石楠花さん!」
彼女は振り返り怪訝な顔をこちらに覗かせる。
「本当にしつこいのね、もしかしてストーカー?」
反論の余地はない、けどこれは渡さなきゃいけない。
「何そのゴミ、それを私に受け取れと?私は捨てろと言ったのに?
こんな簡単なこともできないのね。」
「これは…きっと必要だから。まだ間に合うから。」
呼吸が乱れる。肋骨が上下に動くのがはっきりわかる。
「生憎だけど私は修学旅行には行かないし、国際交流にも興味はない。やり直せる?一体何を根拠に。ほんとに何の為にやってるの?下心?」
「理由はさっきと変わらない。これが俺のやりたいことだから。
それに頼んだのはゴミの処理だろ?ならこれが俺の処理の仕方だ。」
これ以上の理由はない、けどそれ以上は必要ない。
「なら私が取れる手段は一つ、ここは住宅地。この時間なら家に人がいるでしょう。ここで私が叫んだらあなたは一体どうなるのかしら?」
「その辺にしときなよ。」
石楠花の後ろ。
鈴の音と共に月光の中、初老の男性が立っていた。
背筋はピンと伸び、杖を突いて大きなリュックを背負っている。
「男の子がこんなに必死になってるんだ、少しぐらい認めてやってもいいだろ?」
「これは私がやるべきこと。あなたがそう言ったんじゃないですか。」
「無関係な人を巻き込むなとは言ったけど、一人でやれとは言ってないよ。実際この子は関係者みたいだし。使える物はなんでも使うのが合理的な君のやり方なんじゃないのかい?」
少し説教じみた口調で話すこの男。
石楠花さんの知り合いか?
「彼が役に立つとは思えません。」
石楠花さんは声のトーンを下げて続ける。
「無能な味方が一番恐ろしい。」
男は手で口を隠し何かを考えている。
「ふむ。なら決めた」
地面に杖を突き、その視線もまた俺を貫く。
咄嗟に一歩下がってしまった。
「彼にも同じお願いをしよう。」
「…お願い?」
何の話だ?
「君にお願いしたいこと、それは『孔の埋め立て』と『この町で起こっている現象』の解決だ。」