意味ある願い   作:平成の亡霊

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意味ある対話

物静かな雰囲気の住宅地。

周りの家庭から夕食の匂いが漂ってくる。

高級住宅が建ち並ぶその一角に、石楠花の家はあった。

 

 

大きな邸宅と駐車場、庭に倉庫まで備えた彼女の城だ。

しかし庭には草が生い茂り、駐車場は空っぽで長らく使われていないのだろう。

 

 

「さて藤咲くん、さっきはお願いしたけれど、それを受けるかは君の自由だ。まだ引き返せるよ?」

 

 

「いえ、俺は俺の責任は自分で持ちたい。だから多分お願いされなくてもこの件に首を突っ込んでいました。」

 

「そうかい、なら安心だ。」

 

そう静かに返したマムを名乗る初老の男性。

彼が石楠花さんの家を知っているのも気になるが、それ以上に名前に少し違和感を覚える。

彼の風貌はとても母親とは重ならない。

 

 

「それはそうといい加減機嫌を直してくれないかな?石楠花ちゃん、ほんと頼むよ。」

 

 

「…」

 

移動中ずっと無表情で口を閉じている石楠花さん。

俺が踏み込んできたことが不愉快なのか、それとも勝手に俺を家まで案内してきたマムに不満なのか、はたまた両方なのか。

定期的にため息を吐くのはその不満の吐きどころがないからだろう。

 

「とうとう家までバレてしまったのね…そろそろ引っ越しを考えるべきかしら。」

 

ようやく口を開いたかと思うとそんな事を諦めたような口調で言う。

 

 

「…そんなに俺が嫌いなのか。」

 

「黙りなさい、このストーカーが。」

 

 

 

俺はこの日、人生において大切な事を二つ学んだ。

 

一つ目は間違いはすぐに訂正すべきだということ。

 

二つ目は犯罪者呼ばわりされるのは意外と堪えるということだ。

 

 

 

「まあまあ、藤咲くん、そんなに落ち込まなくて大丈夫だよ。僕が前に煌華ちゃんって読んだ時は『気安く名前で呼ばないで』って酷く怒られちゃったからさ。その時に比べればまだ平気だよ。」

 

 

「別にちゃん付けを許したわけじゃありませんけどね。」

 

 

マムは一幕おいて優しく語りかける。

 

「僕たちは同じ目的を持った仲なんだ、もう少し親しみをもって欲しい物だけどね。」

 

 

あまり親密な関係とは思えなかったけれど、それほど険悪でもない。

そんななんとも言えない空気感が伝わってきた。

 

石楠花の視線の先は玄関ではなく倉庫を向いていた。

 

「あれ?家に行くんじゃないのか?」

 

「不審者を家に入れるわけないでしょ?」

 

ストーカーから不審者に格下げされたと見るべきか、それとも格上げされたと見るべきか判断に困る。

 

 

「目的がわからない分ストーカーより恐ろしいわ。」

 

どうやら後者らしい。

 

 

 

◇◇◇

 

 

倉庫の中は意外と綺麗で机と椅子、電球まで取り付けてあった。

さながら秘密基地と言ったところだろうか。

生活感があり、通常の倉庫としては使われているわけではないのだろう。

 

 

「僕にも色々事情があってね。家も無ければ賃貸も借りれない。

だからこの倉庫に間借りさせてもらっているんだよ。」

 

そう言って天井から吊るされた紐が引かれると白色電球の強い光が部屋全体を露わにする。

 

正直言って興奮した。

こんなロマンの塊みたいな生活をしてみたいと思うのはおそらく全日本男児の夢だろう。

 

 

「そんなに目を輝かせてくれるとは、僕としても鼻が高いよ。」

 

「私の倉庫ですけどね。」

 

 

 

肩をすくめながらそう言う石楠花。

 

「家賃はちゃんと払っているんだからそんな堅いこと言わないでくれ。

男の子にはこういう時間が必要なんだ。」

 

「はあ、そうですか。」

 

呆れを超えて諦めの域に入った彼女の声から、これが初めての事ではないと伝わってくる。

 

「どうだい?若い君たちはお腹が空いたんじゃないかな?ちょうどカレーを用意してあるんだ。食べていってくれ。」

 

 

◇◇◇

 

 

 

マムは「用意してくるから若い二人で談笑でもしててくれ。」と言い残し外へ出て行ってしまった。

 

…沈黙が続く。

 

 

同じ机に向かい合っているはずなのに、二人の距離は月よりも遠い。

嫌でもそれが心の距離だと理解できた。

 

「結局、あなたはなんでここまでついてきたの?」

 

 

先に沈黙を破ったのは石楠花の方だった。

 

 

「…それが俺の責任の取り方だから。」

 

 

手を組み視線を鋭くして石楠花は続ける。

 

 

「それはさっきも聞いた。言い方を変えるわ、なぜあなたは責任を取ろうとするの?関わる必要なんてないのに。それとも本当に…下心なの?」

 

 

「それは…」

 

その言葉を否定したかったけれど、それが出来る言葉を俺は持っていなかった。

 

「…そうかもしれないな。正直自分でもよくわからない。責任の話だって、俺がそうしたい事の理由付けでしかないのかもしれない。」

 

 

自分の心は他人以上にわからない。

 

石楠花は一呼吸おいて視線を緩める。

 

「そう…少なくとも、責任とか云うわけのわからない理由よりは健全ね。

 

…実際私は綺麗だし。」

 

微かに籠ったその声に、俺は心の中ですらツッコめなかった。

 

 

◇◇◇

 

「さあ、遠慮なく食べてくれ。」

 

マムが差し出した皿にはカレーが豪快に盛られていた。

 

「「「いただきます」」」

 

 

…おいしい。

 

正直うちの母が作ったカレーよりもおいしいかもしれない。

正面の石楠花は無表情だったけれど、文句も言わずに食べている。

 

 

味の趣味は合うのだろう。

 

そんな俺たちの様子を頷きながら満足げに見るマム。

 

なるほど、確かにマムを名乗るだけの事はあるようだ。

 

その仕草の一つ一つに気遣いがあった。

 

「どうだい?さっきの時間に少しは仲良くなれたかな?」

 

 

………沈黙。

 

 

ニコニコしながら尋ねてくるそれに、俺も石楠花も言葉を返す事ができなかった。

 

 

「人間関係の始まりというのはだいたいそんなものだ。むしろマイナスから始まっているのにここまでなのはいい事じゃないか。」

 

 

その言葉にも反応できない。

 

 

「今日この時間を過ごせただけでも僕は大満足だよ。」

 

 

その後は誰も言葉を発さなかったけれど、そこには確かに温かさがあった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「さて、腹拵えも済んだことだし、本題に入ろうか。」

 

食器を片付けた折、マムはそう切り出した。

 

机の上のキャンドルの炎が揺れる。

 

 

「僕は二つ、君たちにお願いをしたけれど、『この町で起こっている現象』の解決は一朝一夕でなんとか出来るものじゃない。

だからこそ先に解決できそうな『孔の埋め立て』を優先しようと思う。」

 

 

石楠花はそれに頷きお茶を啜る。

 

 

「石楠花ちゃんにはもう言ったけど、『孔の埋め立て』に必要なのはアレが役割を果たすこと。

現在投げ入れられている、かつ、叶ったことが確認できてない願いは二つ。

この二つが達成された時、この孔は一時的に埋まる。」

 

「一時的に?」

 

「そう、今回はマンホールの形を取っているが、いろいろな時代に色々な形で現れている存在なんだ。だからこそ解決法もわかる。先人の知恵ってやつだよ。」

 

 

「本当に対処療法でしかないけどね。」と付け加えるマム。

 

 

「対処療法って…そんなの未来の世代に押し付けてるようなものなんじゃ…」

 

 

「まあ、確かにそういう捉え方もできなくはない。けどそれは未来の世代が考える事だ。現に君はこの現象を自分で解決すべきだと思っているんだろ?」

 

 

 

確かに俺は今、自分で解決したいと思っている。

けれど未来の人たちが同じように思うとは限らないだろ。

 

 

「完全に解決する方法はないんですか?」

 

 

 

マムは少し間を置いてから答えた。

 

 

「…少なくとも僕の知ってる中ではないね。あり得なくはないけれど、『孔』は消えないよ。形を変えて残り続ける。」

 

 

「これは人伝じゃない、経験則だ。」そう答えたマムの瞳には、一瞬何か黒いものがあったような気がした。

 

 

正直少し納得できない、でもあり得なくはないのなら——

 

 

「ああ、そうだ、願いについては両方とも把握してる。

一つは君の願いだ。

これの解決は藤咲くんに任せる。

もう一つについては石楠花ちゃんがなんとかしてくれるだろう。」

 

 

「…なんで、もう一つの願いは教えてくれないんです?」

 

マムは少し唸り、天井を見上げたあと、石楠花の方を見る。

 

 

「教えたいのは山々なんだけど、口止めされててさ。」

 

 

石楠花は冷静にお茶を啜り続ける。

その様子にマムは肩をすくめ、

 

「でも、その願いは知らない方が解決しやすいかもね。」

 

 

そう締めくくった。

 

キャンドルの火はまだ揺らめく。

 

 

◇◇◇

 

「それじゃあ、また明日。またカレーを用意しておくよ。」

 

 

俺たちは倉庫から見送られ、家に帰ることになった。

本格的に動くのは明日以降、それが今日決まった唯一の事だった。

 

 

会話に参加していた過半数がほぼ無口であったのだから仕方ない。

 

 

 

「ねえ」

 

 

敷地から出ようとした時、石楠花に呼び止められた。

 

 

俺が振り返ると石楠花は続ける。

 

「お互いに”一応”協力者なのだから、今日みたいに何も決まらない無意味な会話は避けるようにしましょう。」

 

 

「合理的じゃないもの」と付け加え、こちらの反応を伺っている。

 

 

「それについては同感だけど、俺からできることはないよ。」

 

 

むしろこれ以上嫌われないように、何もしないのが最適解のような気すらする。

 

その俺の言葉に石楠花は苦虫を噛み潰したような表情をして、

 

 

 

「…今日は少し、ジョークが過ぎたわ。」

 

 

 

「…ジョーク?」

 

 

「ジョークよ、ジョーク以外の何物でもないジョークよ、もしかして本気にしてた?」

 

「そりゃ…まぁ。」

 

 

あのトーンで全部ジョークだったのか。

それともジョークだったという事にしろという意味なのか。

 

 

…多分後者だろうな。

 

 

「もしかして信じてない?ならこうしましょう。」

 

俺が敷地と公道の境に立った時、石楠花はニヤッと笑って指を差す。

 

 

「明日、私の家に来なさい。」

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