少女は笑っていた。
うさみみのカチューシャが、呼吸に合わせてぴょこぴょこと揺れる。
ツインテールは弾むように跳ね、まるで彼女の内側から溢れ出す高揚を受け止めきれないかのようだった。
「――あは、あはははっ!」
作業台の上に置かれた、真っ赤な物体。
不自然なほど鮮やかで、光を吸い込むような赤。
それを見つめる少女の瞳は、完全に焦点を失っている。
ハサミが振り上げられる。
ちょきっ。
「っふ、ふふっ……!」
一度切っただけでは足りない。
少女はすぐに刃を入れ直し、同じ赤を、さらに、さらに刻み始める。
ちょき、ちょき、ちょき、ちょき。
音がリズムになる。
呼吸と、笑い声と、切断音が混ざり合い、奇妙な旋律を奏でていた。
「だめだめだめだめっ、まだ大きいよぉ!」
楽しそうに叫びながら、ミコトは赤い欠片を押さえつける。
指先に伝わる感触が、たまらなく心地いいとでも言うように、肩を震わせて笑った。
うさみみがぶんぶんと揺れ、ツインテールの彼女の髪が円を描く。
「ほらっ、ほらほらほらっ!」
切る。
切って、切って、切り離して、形を壊す。
赤はもう「物体」としての意味を失い、ただの断片の集合体になっていた。
それでも少女は止まらない。
「ねぇ、きれいでしょ? すっごく、すっごく……」
言葉の途中で、再び笑いが爆発する。
「あはははははははっ!!」
ハサミは踊るように動き、机の上は赤一色に染まっていく。
床に落ちても気にしない。
むしろ、散らばるほど楽しい。
「ばらばら! ばらばらだぁ!」
狂ったように声を上げ、少女は自分の仕事を称賛する。
誰かに見せる必要なんてない。
この瞬間、この行為そのものが、彼女のすべてだった。
電球が揺れ、影が壁で歪む。
その影の中で、うさみみをつけた少女が、何度も何度もハサミを振り下ろしている。
ちょき。
ちょき。
ちょき。
「――あー、楽しい……っ」
息を荒くしながら、ミコトは笑う。
机の上に広がる赤い断片を見下ろし、恍惚とした表情で呟いた。
「なくなるまで、やめられないよね?」
そして彼女は、次の真っ赤な物体に手を伸ばす。
目を輝かせ、期待に満ちた笑顔で。
この遊びが終わることなど、最初から考えていないかのように。
ザクロは赤い断片を手のひらに集め、にやにや笑っていた。
うさみみのカチューシャがぴょこんと跳ね、ツインテールが揺れるたび、息が少し荒くなる。
「はぁっ、はぁっ……まだまだ切らなきゃ……あははっ、楽しいなぁ……!」
机の上の赤はもうぐちゃぐちゃに散らばっている。
それでもザクロは止まらず、ハサミを振り上げる。
ちょき、ちょき……
そのとき、入り口から軽やかな足音が響いた。
一歩、二歩……柔らかく、でも確かな足取り。
「ザクロ、こんにちは。」
ザクロは一瞬手を止め、刃先を赤い断片の上で止めた。
眉をひそめ、首をかしげる。
「だあれ……?」
足元に差し込む光の中で、黒いロングコートの女性の姿が見えた瞬間、ザクロの瞳がぱっと輝いた。
「あ……イチゴ……!」
声が弾み、にやにやと笑う。
「まさか、イチゴが来るなんて……ふふふ、びっくりだよぉ……!」
イチゴは穏やかに微笑み、机の端にそっと手を置く。
赤い断片には触れず、子供に話すような柔らかい声で話しかける。
「驚いてくれて何よりです。話は変わりますが、ザクロにお願いあります。」
ザクロは赤い断片をぎゅっと握り、指先でつまみながら笑った。
「えー?お願いってなにぃ?……でも、面白そう……ふふふ、やってあげてもいいけど、途中でやめちゃうかもだよぉ~」
イチゴはくすっと笑い、首をかしげる。
「大丈夫です。あなたは依頼をきちんとこなすので。依頼は簡単な物なのですぐに終わりますよ。」
ザクロの手が小さく震える。
ハサミの刃先が赤い断片に触れるたび、微かな音が部屋の空気を切り裂く。
「うーん、じゃあやってあげよっかなぁ……ふふふ、楽しいなぁ……!」
狂気じみた楽しさと柔らかい声が混ざり合い、部屋の空気は殺伐として揺れた。
赤い断片と影が、二人を包み込むように蠢いている。
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「ふぅ……やっぱりあの子は手強いですね。」
背後から低めの声が響いた。
「お疲れ様です、イチゴ様」
振り向くと、そこにはナツメが黒髪をきっちりまとめてうさ耳を付けて立っていた。
目は冷たく、無言でも殺伐とした空気を纏っている。
「ナツメ、ちょうどいいところ来ましたね。少し話しておきたいことがあります。」
イチゴは軽く微笑み、椅子の背もたれに凭れた。
「先ほど、ザクロに仕事の依頼をしてきました。」
ナツメの眉がわずかに動く。
「ザクロ……ですか」
その名前を聞いた瞬間、ナツメの表情は微かに硬直した。
唇を引き結び、視線をそらす。
「ナツメはザクロが苦手ですか。」
「正直、あの名前を聞くだけで……ぞっとします」
声は低く、嫌悪と警戒が混じった響きだった。
「話に聞く限りでも、あの子は普通じゃないですし……。」
イチゴは静かに頷く。
「ええ、知っています。でも、お願いした理由は明確です。あの子にしかできないことですから。」
目は柔らかく、相手を安心させるように落ち着いていた。
ナツメは眉を寄せ、少し間を置く。
「……なるほど、仕事は”仕込み”ですか?」
イチゴは微笑み、落ち着いた声で言った。
「ええ。」
ナツメは視線を上げ、肩をすくめた。
その様子を見て、イチゴは息を吐く。
「私はあの子を嫌ってはいません。危ないところはありますが……頼れる力を持っています。特に仕込みの仕事に関しては。」
「……はい。承知しています。」
イチゴは手元の資料を広げた。
そして、まるでおもちゃを見つけたかのようにナツメを見据える。
「今回お願いした仕事は、彼女にとっては小さな任務です。でも、私達にとっては重要なもの。だからナツメさん、あなたにもフォローをお願いしたいのです。」
「えっ。」
ナツメの顔が明確に引き攣る。
彼女は静かに、そして柔らかく言った。
「大丈夫ですよ。あなたならザクロが暴走しても、対処可能です。」
ナツメは一瞬視線を逸らし、深く息をつく。
「……はい……やります」
沈黙の中、二人の間には緊張感が漂った。
ザクロの名前と、これからの仕事の重みが、静かに、しかし確実にナツメの心を締め付けていた。
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ラビットキラーの仕事内容は3つ。
まず最も基本的な仕事が「給仕」だ。
これは店のキャストとしての勤務を意味する。
客に飲み物を提供し、会話を盛り上げ、店内の空気を支配する――一見楽しげで無邪気な業務だが、ラビットキラーの給仕はただの接客係ではない。
笑顔の奥に狂気や緊張感を隠し、常に周囲を観察し、客の動向や異変に即座に対応する必要がある。
まさに、可愛らしいうさみみの下に、鋭い神経を隠した暗殺者のような役割を担うのだ。
次に「事務」と呼ばれる業務がある。
これは裏方の仕事だ。
客に出す飲食物の管理や売上の記録、イベントの準備、在庫確認など、通常の店舗業務に近い部分もある。
しかし、単なる帳簿付けや在庫管理ではなく、イチゴの指示に従い、店の「表の顔」を維持しながら、時には情報の整理や潜在的リスクの調査も含まれる。
そのため、表面上の業務が落ち着いた雰囲気で進行する一方、裏側では常に緊張が張りつめている。
そして、ラビットキラーの最も危険で裏の顔を表すのが「依頼」だ。
これは店の外で行われる業務で、給仕や事務の枠を超えた裏稼業を意味する。
依頼の多くは犯罪行為に関わるもので、相手の警戒心を掻い潜るために、キャストとしての可愛らしい外見や仕草が武器として使われることもある。
この三層構造――給仕、事務、依頼――が絡み合うことで、ラビットキラーは表向きの華やかさと裏の危険性を同時に保っている。
給仕として笑顔を振りまき、事務で店の秩序を保ち、依頼で裏の世界に手を伸ばす。
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薄暗い事務所の中、大きな影が壁に落ちていた。
背の高い大柄な男――ボスは、分厚い椅子に肘をつき、鋭い視線をイチゴに向ける。
室内には静寂が張りつめ、微かな紙の擦れる音や時計の秒針の音さえも重く響いた。
「ボス。今回はザクロに”仕込み”の依頼をかけました。」
イチゴは落ち着いた口調で話す。
「今回の依頼は小規模ですが、迅速な対応が必要な案件です。彼女のスキルの考えて適材化と。」
ボスは椅子からゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと歩きながらイチゴを見下ろす。
「ザクロか……。一人で大丈夫か?」
声には軽い嫌悪と警戒が混ざっていたが、決して否定的ではない。
イチゴは頷き、薄く微笑む。
「はい。万が一のためにナツメを同行させています。ザクロの暴走や予測できない動きも、最小限に抑えられるはずです」
ボスは腕を組み、しばらく沈黙した。
イチゴの声は穏やかだが、その言葉の裏には冷徹な計算と自信が宿っていた。
ボスはゆっくりと息を吐く。
「何かあったときはイチゴ、お前の判断で動け。」
イチゴは静かに頷いた。
「承知しました。依頼は確実に、そして安全に遂行します」
室内に再び静寂が戻る。
だが、その空気は決して安堵ではない――
殺伐とした緊張感を孕み、二人の間に重くのしかかっていた。
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ボスと呼ばれていた男……優斗は事務所の窓際に寄りかかり、夜景を眺めながら眉間に深いシワを寄せた。
脳内はイチゴから放たれた「仕込みの依頼」という文字だけが残っている。
「仕込みの依頼……か……」
低く呟き、拳で顎を叩く。
大柄な体に似合わぬ深刻な思索。
だが、考えれば考えるほど頭の中で妄想が暴走し、微妙に滑稽な状況が浮かぶ。
「フードの仕込みか?いやそれともドリンク……?なんでわざわざ仕込みの話を俺にしてきたんだ……?」
拳を顔の前で組み、眉を寄せて小声で呟く。
しかし、思考は止まらない。
「まさかまた変なことをしでかすんじゃないだろうか……。」
大柄な体を小さく丸め、頭を抱える姿は、外から見たら笑えるほど滑稽だった。
優斗は深呼吸して窓の外を見返す。
「はぁ、どうしてこうなったんだろうな……苺。」
彼の視線には、1枚の写真盾があった。
そこに飾られた写真には、優斗・苺・琴音の3人が写し出されていた。
「俺に少しの勇気があればこんなことにはならなかったのかもな……。」
後悔の念が押し寄せる。
しかし彼はそれを否定するかのように大きく首を振った。
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薄暗い倉庫の中、ザクロはうさみみをぴょこんと跳ねさせながら作業台に向かっていた。
ハサミを握る手は小さいが、動きは正確で迷いがない。
「ふふふ……これを切るの、楽しいなぁ……」
無機質に”調理台”に置かれた対象物を見つめ、ザクロはにやりと笑う。
「ちょき……ちょき……あははっ、まだまだいっぱいあるぅ~」
対象物にハサミを当てると、細かく分かれた”パーツ”が作業台の上に転がる。
ザクロは手際よくそれを分類し、パーツごとにきちんと並べる。
手元の動きは子供じみているが、まるで遊ぶように楽しみながらも、計算された正確さがある。
「これがこっちで、あれがこっち……ふふふ、わかるかなぁ、これ全部そろったら……あははっ、面白くなるんだよぉ~」
時折、小さな息が荒くなり、頬が赤く染まる。
ハサミの金属音が倉庫に響き、空気を切り裂く。
だがザクロはその音さえも楽しそうに感じているかのようだった。
「うーん、ここはこうして……あ、こっちはちょっと変えたほうがいいかもぉ……」
パーツを一つずつ手でつまみ、軽く並べ直す。
手先の器用さと集中力は、子供らしい無邪気さとは裏腹に、狂気すら感じさせる精密さだった。
台の上に小さな山が次々とできる。
ザクロは立ち上がり、少し背伸びをして全体を眺める。
「よしっ、順番もバッチリ……あはは、もう少しで全部終わるかなぁ~」
そのとき、倉庫の暗がりに自身の影が大きく揺れ、ハサミの音がひときわ響いた。
ザクロは一瞬振り返り、にやりと笑う。
「ふふふ……面白いことになりそうだなぁ~」
手元の作業は止まらない。
小さなパーツが整然と並ぶたび、ザクロの瞳は輝き、まるで遊びながらも”命を削る”かのような集中がそこにあった。
薄暗い倉庫に響くハサミの音――
ザクロの楽しげな声と、静かな殺伐の空気が入り混じり、どこか異様な緊張感を漂わせていた。
倉庫の隅で、ナツメは黙って立っていた。
大柄な作業台を挟んで、ザクロはハサミを片手に、まるで楽しげにパーツを分け続けている。
金属音が響くたび、ナツメの肩に微かに力が入る。
表情はいつも通り冷静で、目も感情を映さない。
だが、視線の端でザクロの動きを追うその目は、内心で思わず縮こまっていた。
「……。」
口元も声も変化はなく、ただゆっくりと息を整え、手を前で軽く組み直す。
全身の力を抜き、平静を装っているが、心の中ではドン引きと緊張が入り混じる。
ハサミの音、パーツがカチカチと並ぶ音、そしてザクロの楽しげな笑い声――
どれもが妙に生々しく、静かな倉庫の空気を支配していた。
(これも仕事の一部……か……)
無理やり自分を納得させるように思考を切り替えるが、内心ではやっぱりドン引きしている。
ザクロは笑いながらパーツを分類し続け、ナツメはそれを静かに見守る。
表向きは冷静な付き添い役。
しかしその心の奥では、狂気に触れた緊張感と軽い恐怖が、しっかり刻まれていた。
年末年始私の知らぬ間に評価をいただきとても感謝しております。
今後ともよろしくお願いいたします。