帝国にこき使われてます。   作:未履修くん

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平常心を保つ魔法を開発する

 

城での授賞式は、思っていたよりもずっと静かに終わった。

 

豪華な広間、整列した文官や軍関係者、形式ばった進行。皇帝さんの言葉も丁寧で、どこか距離を保ったものだった。

 

僕はと言えば、ひたすら失礼のないように受け答えをし、余計なことを言わないよう注意していただけだ。

 

研究内容について軽く触れられはしたものの、踏み込んだ話にはならない。

 

 

「<やる気を出す魔法(アンツリープト)> について、今後も研究を続けていく予定は?」

 

 

そんな探るような質問はあったが、正直に答えた。

 

 

「特に何かを拡張する予定は。あれは生活補助として作ったもので、他意はありません」

 

 

実際、嘘は言っていない。帝国のためにどうこう、魔族対策がどうこう、そんな大仰な目的で作ったわけじゃない。

 

朝起きるのが少し楽になればいいな、ついでに職を失わなければ御の字、くらいの感覚。

 

……だからこそ、実際に授賞する事になったんで戸惑いの部分が大きいわけだけど。

 

ともあれ、それ以上追及されることもなく授賞式は滞りなく終了した。

 

それから研究室に戻ると、上司が苦笑混じりに言った。

 

 

「しばらくは自由にしていい。成果も出したし、周りも騒がしいだろう」

 

 

ありがたい話だ。というわけで、僕は文字通り、しばらくのんびり過ごすことにした。

 

朝は少し遅めに研究室へ行き、必要最低限の事務仕事だけ済ませる。資料整理をしたり、棚の奥に眠っていた古い魔導書を眺めたり。

 

急ぎの研究はなく、研究室も静かだ。いやぁ、のんびりできていいね。

 

帝国全体の空気も、以前より幾分か軽くなったように感じる。街のざわめきも、どこか前向きだ。

 

やる気を出す魔法(アンツリープト)> の効果かどうかは分からないが、少なくとも沈み切っていた頃よりはマシだろう。

 

もっとも、ずっとこのままでいられるわけでもない。研究員という職に就いている以上、次の成果を出す必要がある。

 

猶予をもらったとはいえ、ずっとのんびりしていい訳でもない。いずれ「次は?」と聞かれるのは目に見えていた。

 

もって数週間ほどだろうか。

 

その間はのびのびとやれていたわけだが、それ以上となるとまずいだろうなという自分の直感に従うことにしたわけだ。

 

さて、次はどうしようか。

 

ぼんやりと机に頬杖をつきながら考える。

 

やる気を出す魔法(アンツリープト)> を作れたということは、脳内のホルモンや感覚に関する魔法にも、ある程度手が出せるということだ。

 

前世の知識と、今の魔力操作。その二つの相性が妙に良いのは、これまでの研究で嫌というほど分かっている。

 

なら、次に触れるとしたら……感情、か?

 

両親やメイドさんからも僕は感情が希薄なタイプと言われていたのもあって、僕自身激昂したりとかそういったことはまったくない。

 

というか疲れるんだよ、それをしたら。

 

そんな僕が感情をどうにかする魔法を作れるんだろうか? という心配はあったが……思いついたらすぐ実行という訳で取り掛かることにした。

 

ハッキリと形にしなくても、こういう研究をしてますという成果があれば周囲に示しがつくのもあるし、尚更である。

 

それから感情に関する魔法が存在するかの裏付けや先行研究などなど調べていると、ふと、魔族のことが頭をよぎった。

 

魔族は言葉を巧みに使ってくる。こちらの心情を探り、揺さぶり、時には同情や希望を装って語りかけてくる。

 

分かっていたことだ、魔族は人ではない。

 

理屈でも、知識でも、それは理解している。それでも――こちらが人間である以上、完全に無視できるかと言えば、そうでもない。

 

見た目は人と大差なく、流暢に言葉を操り、時にはこちらの弱さを正確に突いてくる。

 

そんな相手に言葉を投げかけられれば、「もしかしたら、この魔族は違うかもしれない」なんて考えが、頭をよぎることもあるだろう。

 

そうでなくとも、一瞬でも言葉に同調してしまったら魔族はその隙をついてくる。

 

そこで判断を誤る。感情に引きずられ、決断が遅れる。結果として、取り返しのつかない事態になるんだ。

 

――じゃあ、それを防げたら?

 

感情を消すわけじゃないし、操るわけでもない。

 

ただ、感情の大きな揺れを、自制できるようにする。恐怖や動揺に流されず、冷静に判断できる状態を保つ。

 

いわば、平常心を保つ。

 

いいかもしれないね。対魔族という目的も明確だし、帝国としても納得しやすい。

 

なんか帝国のためになってるような気もするけど、まあたまには大げさに"帝国のために頑張りましたよ"アピールをしても損はないだろう。

 

こんなんでも僕、帝国民だしな。両親は帝国の深い所に関わる仕事をしているというのもあるけど、まあ……変に帝国に対して良からぬ気を起こしている、と思われても面倒だしな。

 

それを踏まえて、改めて魔法の開発に取り掛かることにする。

 

精神を強制的に縛るようなものでもないし、あくまで補助。判断を誤らないための補助魔法。

 

僕は椅子にもたれ、天井を見上げた。次の研究テーマは、これでいこう。

 

それから僕はしばらく机に向かったまま考えていた。

 

平常心を保つ。

 

言葉にすると簡単だけど、扱う領域としてはかなり曖昧だ。感情を抑える、消す、鈍らせる。そういう方向に振り切ってしまうと、流石に危ないし、人としてもおかしな方向に行ってしまうだろう。

 

僕がやりたいのは、そこじゃない。あくまで「振れ幅を小さくする」だけだ。強く揺れた感情を、元の位置に戻しやすくするだけ。

 

前世の知識を思い出す。人の感情は、刺激に対する反応だ。なら、反応そのものを止めるのではなく、反応の持続時間を短くする方向ならどうだろう。

 

一度深呼吸をして、簡単な術式を書き始める。ストレスホルモンであるコルチゾールや、気分調整物質などといったものを意識しつつ、対象はまず自分にする。

 

いきなり他人に使う気はないし、自分で確かめられないものを、外に出すつもりはなかった。魔力を巡らせると、いつもより思考が静かになる感覚があった。

 

頭の中が澄む、というより、余計な雑音が減る感じに近い。試しに、少し嫌なことを思い出してみる。前世での失敗。今世での気まずい出来事。

 

普段なら、ほんの少し胸がざわつくような……あれ、あんまりざわつきがないな。

 

ああ、そういえば僕ってこういうのあんまり感じないタイプだったんだ。どうしようか、これだとあまり実感が湧かないぞ。

 

ともあれ、何度か試してみて僅かにだけど感情が浮かんだ瞬間に、すっと引いていくのを掴めた。

 

なるほど、これは確かに「平常心を保つ」と言っていい。

 

恐怖や動揺も、同じように処理されるだろう。一瞬感じても、必要以上に引きずらない。判断に移るまでの時間が、明らかに短くなる。

 

悪くない。むしろ、かなり実用的だ。

 

ただ、少しだけ違和感もある。嬉しいことを思い浮かべても、盛り上がりが控えめになる感覚もあるのだ。

 

喜びが消えるわけじゃないが、波が低い。まあ、この程度なら誤差だろう。

 

常に使い続けるわけでもないし、戦闘時や交渉時など、必要な場面だけ使えばいい。対魔族を想定すると、なおさらだ。

 

魔族は言葉が巧みだ。恐怖や同情、希望を餌に、こちらの判断を鈍らせてくる。だが、この状態なら――言葉は言葉として受け取れる。

 

感情に流されず、情報として処理できる。これは、確実に有利だ。

 

魔法を解除すると、元の感覚に戻った。感情の波も、ちゃんと戻ってくる。一時的な補助魔法としてなら、問題はないだろう……うん、許容範囲だ。

 

 

「強いて言うなら、<平常心を保つ魔法(ベゾンネンハイト)>って所かなぁ」

 

 

そう独り言をしながら、あとはこの魔法の調整に入る。安全性や効果等もあるから色々必要な段階だ。

 

やる気を出す魔法(アンツリープト)>が"前に進む力"なら、<平常心を保つ魔法(ベゾンネンハイト)>は"立ち止まって考える力"だ。

 

――なんて一人で考えてみたりもしていたが、我に返る。

 

要約すると、人が判断を誤らないための魔法。そういうことにしておこう、うん。

 

それからこの魔法を完成させて、恒例の研究報告会で発表した。

 

前回と違って、なんか皆妙に静かな様子で聞いているし、素人質問の回数も少なかったけど、まあ無事終えられて良かった良かった。

 

と思いきや、またもやお偉いさんが舞い込んできた。何となく想定はできたけど、この魔法を詳しく教えて欲しいとか。

 

しかもくれるお金も前回より倍以上増えてるし……

 

それと、帝城で働いてみないかって誘いも来た。

 

 

「光栄なお話だとは思います。ただ、私の強みは帝城の中では活かしにくいかと。今の研究室だからこそ、結果を出せている部分もありますので」

 

 

そう断っておいた。お偉いさんはひとまず身を引いてくれたけど、あの目は諦めてないようにも見えた。

 

まあ、いいか。考えても仕方ないしな、うん。

 

それから、この魔法の注意点うんぬんもちゃんと説明した上でお偉いさんに任せることにした。

 

お金入ってくる分にはいいけど、正直使い道に困るんだよな……次は<のんびりできる魔法>なんて作ってみようか。そのための費用に使ってみよっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、頼む……か、家族がいるんだ……」

 

そう言い漏らす魔族を、魔法で消し飛ばす。

 

「――はぁッ」

 

ひとまず魔族との戦いが終えたことに息を吐く新米。

 

「よし、上手くいったな。どうだ、初めてお前一人で魔族と対峙してみて?」

「……クソですね」

 

先輩にそう口にする。

 

帝国に所属する魔法使いとして、初陣でもあった身としてはハッキリ言って最悪の他にならなかった。

 

魔族。その実態は確かに分かっていたはずなのに、いざ対峙してみるとこんなにもこたえるのか。実際、何度か危うい時もあった。

 

けれど、<平常心を保つ魔法(ベゾンネンハイト)>のお陰で事なきを得た。魔族の最後の言葉にも感情を引っ張られず、撃破できたのも良かったのだ。

 

「だろ? 魔族ってのはとにかく言葉が上手い。分かっていてもぐらっと来てしまう事もあるから厄介なんだよ」

「……そうですかね。先輩は<平常心を保つ魔法(ベゾンネンハイト)>を使ってなかったみたいですけど」

 

感情の揺れを小さくする魔法<平常心を保つ魔法(ベゾンネンハイト)>。自分の国の研究者が開発した魔法らしいけど、その効果は劇的なものだった。

 

この魔法がなければ恐らく魔族相手にここまで善戦は出来ないんじゃないかと思うぐらいに。だから心のどこかで引け目に感じてもいた。

 

この魔法がなければ魔法使いとして大成できないような……

 

「ん? いや、俺も使ってるぞ?」

「はい?」

 

ところが、先輩も使ってると聞いて呆気を取られた。自分としてはこの魔法に頼ってばかりでは大成出来ないのではないかと思った矢先にこれだ。

 

「いや、嘘ですよね?」

 

自分から見た先輩は、戦闘経験もあって魔族相手に冷静に判断を下して倒してきた。その背中を見ていつか追いつきたいと思わせるぐらいに。

 

「まあ、この魔法にあまり頼ってばかりもいられないのは分かるけどな。俺もできるだけ多用しないようにはしてるんだが……それでも、人間ってやつは"どうしても無理な時"ってもんがあるんだ」

「……」

「……正直なところな」

 

先輩は少しだけ視線を逸らし、頭の後ろを掻いた。

 

「毎回ああ上手く割り切れるわけじゃない。今日はたまたま、調子が良かっただけだ」

 

意外なほど、あっさりした口調だった。

 

「魔族の言葉に引っかかって、後で一人反省会する日も普通にあるぞ」

 

その言葉に、胸の奥で何かがほどける。

 

ああ――この人も、同じなんだ。

 

完璧に見えていた背中が、少しだけ近くに感じられた気がした。

 

「……魔族の言葉、あまり気にならなかったんですよね」

 

だから、自然と口を開いていた。そうぽつりと漏らすと、先輩が少し意外そうな顔をした。

 

「ほう?」

「最後に、家族がいるとか言ってましたけど……ああ、そういう手口か、って」

 

自分の声が、やけに落ち着いているのが分かる。まるで、どこか他人事みたいだ。先輩は一瞬だけ黙り込み、それから小さく息を吐いた。

 

「まあな、<平常心を保つ魔法(ベゾンネンハイト)>ってそういう魔法なんだよ。最初の頃は俺もちょっと怖かったんだ。けど、慣れてくると逆に重宝もんよ。やっぱり疲れてくると"分かっているのにできない"事って増えてくるもんだからな」

 

そういう点では、この魔法を作った奴に足を向けて寝れねーな。はっはっは、と先輩は肩を強く叩いてくる。それから何事もなかったかのように、討伐後の確認作業へと戻っていった。

 

取り残されたような気分で、僕はその背中を見送る。

 

――助かっている。先輩も、他の魔法使いたちも。そして、自分自身も。

 

平常心を保つ魔法(ベゾンネンハイト)>は、確かに役に立っている。

 

今日の戦いで、それははっきりした。魔族の言葉に揺れなかったし、恐怖にも、同情にも、引きずられなかった。

 

判断は早く、結果も最良に近い。なら、使わない理由はない。むしろ―これがない状態で、同じ戦場に立てと言われたら。

 

少し、嫌だなと思ってしまうぐらいに。

 

気づけば、胸の奥で小さく息を吐いていた。安堵に近い感情のそれ。

 

(ああ……しばらくは、手放せそうにないな)

 

平常心を保つ魔法(ベゾンネンハイト)>があれば、判断を誤らずに済む。

 

感情に足を取られず、やるべきことに集中できる。それは、魔法使いとして正しい姿だ。

 

帝国の魔法使いとして、きっと評価されるに違いないのだから。

 

それでいい。それで正しい。

 

そう考えて、先輩の後を追うのだった。

 

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