帝国にこき使われてます。 作:未履修くん
あれからお偉いさんと二度目の話を済ませてからの話になるけど、上司に「お前の頭を覗いてみたいよ」と変な呆れ方をされた。
どうやら魔法の内容もそうだけど、お偉いさんがいち研究者にわざわざ会いに来る事自体異常らしい。
その上、帝城に誘われた事も。断ったと言ったらますます呆れた顔をされた。いや、そんな事いったって僕はここにいる方が合ってますって。
とりあえずまた自由にさせてくれる時間をもらえたので、またのんびりと暮らすことにする。
遅めな時間に来て、のんびり作業して家に帰る。いやあ、こんなのんびりとした暮らしっていいよねえ。のんびり最高!
そんな風に暮らしていたら、同僚が机に突っ伏していた。書類の山に顔を埋めるような格好で、微動だにしなかったのもあって僕は「どうしたんですか」とそう声をかけた。
話を聞いてみると、研究報告会でミスしたとの事でずっと頭から離れられないらしい。確かにミスはしたと思うけど次から気をつければいいんじゃなかろうか。
そう言うと、なんか驚いたような顔をされた。「逆に君は引きずらないのか?」と聞かれたけど……うーん、僕は別にミスしたとて、次から気をつければいいだけだと思うけど。
そういう感じの回答をした。
「えぇ……マジで?」と相変わらず驚かれた。話が見えないので、聞いてみたところ"後悔しないと気持ちが追いつかないというか、そんな感覚がする"との事だ。
うーん、なるほど……? つまり後悔という感情がないと前に進めないとかそんな感じだろうか。
前世では……多分なんか後悔したことあるんだと思うけど、今思えばそんな大したことない気もしてくるもんだからいいやって思ってたんだけど。
いや、これって実は結構なヒントでは? 次の開発の。後悔は大事なものでもあるとは思うけど、後悔しすぎるのも何かとストレスではなかろうか。
後悔そのものは、判断とは別物だ。正しいか、間違っていたか。そことは切り離された、感情の残留物。
ならばそれを、引きずらないようにすることはできないだろうか。
感情を消す必要はないし、反省を奪う必要もない。ただ、必要以上に留まり続ける“後悔”だけを、早く手放せるようにする。
……理屈としては、可能な気もするな。僕は机に向き直り、白紙のメモを引き寄せる。
呟きながら、ペンを走らせる。自分のためじゃない。必要としている人が、案外多そうだと思ったんだ。
それに――引きずらなくていいものまで、引きずるのは、効率が悪い。研究者としては、それだけで十分な理由だった。
それからしばらくの間、僕は机に向かったまま考え込んでいた。
後悔、後悔ね。
正直に言ってしまえば、僕自身がそれを強く引きずった経験はほとんどない。感情が薄い、と言われれば否定できないし、嫌な出来事があっても「まあ、そういうこともある」で済ませてきた人生だ。
だからこそ、さっきの会話が少し引っかかっていた――普通は、後悔って引きずるものらしい。
魔族との戦いで、助けられなかった誰かのこと。判断を一歩間違えた結果、起きてしまった被害。頭では分かっていても、「ああすればよかった」「違う選択肢があったんじゃないか」と、何度も何度も思い返してしまう。
そういう感情が、長く残る。残り続けて、人を削る。それは感情豊かな人間ほど顕著で、真面目な人ほど深く刺さる――らしい。
……なるほどね。
そう考えると、僕が作った<
恐怖や動揺を、判断の前に鎮める魔法。後悔というのも感情に該当するから、この魔法を使っても平常心を保つことはできる。けれどそれは魔法が効いている間だ、魔法の効力が切れたら元に戻る。
そこに残る“感情”は、誰が処理するんだ? まあ、別に、消す必要はないんだけど。
例えば、後悔をなくす。反省を奪う。記憶を消す……それは論外だ。それをやった瞬間、人は学ばなくなる。
いや、それ以前に――それはもう人間じゃない。僕が考えているのは、もっと単純な話だ。感情が“残り続ける”のが問題なら、“切り替えられるようにする”だけでいい。
判断は判断として残す。反省は反省として残す。ただし、それを何度も何度も脳内で再生しない。
再生回数を減らし、引きずる時間を短くする。これは効率の問題だ。
……うん、合理的だね。
自分で思っておいて、妙にしっくり来た。後悔を感じること自体は自然だろう。けれど、それを何日も何週間も抱え続けるのは、明らかに非効率だ。
前世の知識を引っ張り出す。人の脳は、シグナルを通して刺激と感情を結びつけて記憶を強化する。なら、その“結びつき”を弱めればいい。
記憶は残すけれど感情だけ、切り離す。僕は術式を書きながら、対象を自分に設定した。他人に使う前に、自分で確かめるのは当然なのだ、研究者だからね。
――といっても、僕自身後悔という事を延々するようなタイプじゃないので、最初はあまりよく分からなかった。
けれど、前世の記憶を引っ張り出してきて……「ああすればよかったな」と思う余地があるものを思い返しながら術式を調整する。
それ以上、何も湧いてこない。嫌悪も、同情も、ざらつきもない。ただ情報として処理されて、そこで終わる…うん、悪くないね、これ。
別に冷たいわけじゃないし、無感情でもない。ただ、次に進める。後悔を引きずらない……それだけだ。
魔法の名前を考えて、少しだけ悩んだ末、僕は軽く決めた。
「<
そう魔法名を決めることにして、それから細かい調整作業を済ませて……それから毎度ながら恒例の研究報告会で発表した。
なんか<
まあ、いいか。静かに聞いてくれる分には良いし素人質問も減るならめちゃ嬉しい。ハッピーエンドだ、うん。
――というわけで、今回も"お偉いさんまた来るんじゃないか"とヒヤヒヤしながらも、心構えていたところ……今度は父がやってきた。
珍しく僕より先に家にいたと思ったら、<
耳早いね、父。発表したばかりだし、というか報告会にいなかったよね父よ。ま、父には父なりの情報通とかあるんだろうと気にしないことにして掻い摘んでこの魔法の説明をすることにした。
「そうか。お前が良ければの話だが、私の同僚が"是非使ってみたい"と言っていてな。かくいう私も興味がある」
――ふむふむ、なるほど。話はわかったけど、その知り合いって魔導特務隊の人でしょ? そんなんいち研究者でしかない僕の魔法を関わらせて大丈夫なの?
あ、大丈夫? ちゃんと上には許可を取ってる? さいですか……いや、金なんて要らないよ。肉親の頼みなんだしこれぐらいの事はさせてもろてよ……なんちって。
「……助かったよ」
そう言った同僚の声は、驚くほど穏やかだった。つい先ほどまで、明らかに様子がおかしかった男だ。
任務明けにもかかわらず眠れず、些細な報告書の誤字で手が止まり、判断が遅れる。それを自覚しているがゆえに、さらに自分を責める。
ましてや、魔導特務隊という名誉のある職に就きながらも成果を出せないことに焦りを覚えての繰り返し、悪循環に陥っていた。
交戦、判断の遅れ、割り切れなかった選択。生き残った者ほど、それを背負う。特に帝国の内乱を収めるという事に至っては必然的に内乱の理由を知ることになる。
その中には、理解できてしまう理由から起こった内乱もあった。もちろん、帝国のためにという忠義は揺らがない。けれど、それとは別の部分で、同情してしまう事が全くないとまでは言えない。
そして、その時に限って夜思い返してしまうのだ。だが――<
「これを使ってから、夜に同じ場面を思い返さなくなった」
そう言って、彼は自分のこめかみを指で軽く叩いた。
「忘れたわけじゃない。ただ……終わった、って思えるようになった。優秀だな、例の研究者は」
顔色は確かに戻っていた。張り付いていた疲労の影が薄れ、仕事帰りに見せる“普通の疲れ”に近い。長年、彼を知っている身として、それがどれほど異常な回復かは分かる。
私もまた、同じ場面を夜がやってくる度に思い返していることが多かった。同僚ほど思い詰めてはいないがストレスになっているのは事実。それが正しい判断だったと分かっていても、なお……だ。
後悔は、確かに人を蝕む。だが同時に、人を止める役割も持っている。
我々は、その痛みに耐える訓練も受けてきた。むしろそれを越えなければ帝国の為という忠義を掲げて活動などできない。
それでも――耐えられなくなる瞬間が、確かに存在する。
踏み越えてはいけない一線を、思い出させるための痛み。判断を見直し、次に活かすための引っかかり。
それを“整理する”ことと、“感じなくなる”ことは、似ているようで違う。だが、その違いは使う側には分かりにくいのだろう。特に、疲れ切った人間には。
「上からも、戦闘後の精神ケアとしては理想的だ、って評価だよ。例の研究者は期待の新人……どころじゃない、化け物だ。いや誤解しないでくれ。帝国に必要な種類の、だ」
そう言って、彼は笑った。
その笑顔が、どこか“静かすぎる”ことに、私は気づく。言葉を選び、結局は何も言わないことにする。
<
それなりの力量を持つ魔法使いだからこそ、その恐ろしさを分かってしまうこともある。
そんなことをいとも簡単に開発出来てしまう息子だからこそ、そう口にしたのだろう。
任務は続く。戦いは待ってくれなどしない。この魔法があれば、前に進める者は確実に増える。だが――戻れなくなる者も、きっと出るだろう。
息子は悪くない。あいつは、ただ合理的なだけだ。効率が良く、楽になる方法を示したに過ぎない。
それをどう使うかは、我々の問題だ。そして――父である私の問題でもある。
息子は、小さい頃から何かと思いついたら形にせずにはいられない性質を持っていた。
帰り際、私は空を見上げた。あの魔法が、誰かを救うものであれ。同時に、誰かを壊すものにならないでほしくも思う。
だが、そんな願いが通るほど、帝国も、戦場も、優しくはない――あいつは、まだ知らない。
自分の作った魔法が、どれほど“静かに人を変えるか”を。そして、その静けさにどれほど人は救われ、同時に削られていくのかを。