帝国にこき使われてます。   作:未履修くん

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話数が思ったよりも多くなってきたので、「短編」から「連載」に変更しました。




攻撃魔法を開発する……?

 

今日の研究室は、いつもより人の気配が少ない。

 

というか本当に、人が少ない。

 

朝一で来た時から薄々感じてはいたが、時間が経つにつれてその感じははっきりしたものになった。

 

廊下が静かすぎるし、誰かの議論する声も、実験器具の動く音も、今日は控えめだ……もちろん理由は分かっている。

 

どうやら今日は、別部署で"魔法の披露会"が開かれるらしい。僕たちの研究室に言い換えれば研究報告会みたいなものだね。

 

研究所内で噂程度には聞いていたが、想像以上に人がそちらへ流れているようだった。対魔族を想定した魔法とかその出力効率が上がったとか、実践想定での威力を披露するとかなんとか。

 

朝、すれ違った人達がそんな話をしていたのを思い出す。

 

まあ表向きは披露会だが、実質は業務報告に近い。だからこそ、研究室の人間がごっそり抜けているわけだ。部署や職種によっては参加が任意扱いになるのも、いつものことだね。

 

……攻撃する類の魔法は、分かりやすい。威力があって、成果が一目で見える――披露の場では、成功か失敗かが特に分かりやすいだろうね。当たった瞬間に結果が見えるからとも言える。

 

その点、僕の研究はどうだろうか。精神魔法は、使ったからといって外から見て派手な現象が起きるわけではない。

 

うまくいけば、何も起こらないように見えることすらある……まあ、そりゃ地味だよね。

 

というか気がつけば精神魔法ばかり開発してるけど、うーん……攻撃する類の魔法も作れるっちゃあ作れるけど。精神魔法と比べたら、あまり気が乗らないというか。

 

周囲を見渡す。普段なら埋まっているはずの席が、ぽつぽつと空いている。

 

研究室特有の雑音が少ない分、頭の中まで静かになった気がした。

 

この感じは嫌いじゃない。誰かに急かされることもないし、余計な雑談に引っ張られることもない。ただ、考えるための時間がそこにある。

 

とはいえ――魔法の披露会、か。

 

興味がないわけじゃない。むしろ、理屈としては普通に気になる。派手な魔法も見てる分には普通に面白いとは思うし。

 

どんな術式構造で、どこまで効率化されていて、どんな前提で組まれているのか。見てみるだけでも、得るものはあるだろう。

 

……まあ、そんなことを言っても、披露会が始まる時間はもうすぐだけど。

 

僕は一度だけぺンを置き、立ち上がった。せっかくだし、少しだけ様子を見に行ってみようか。

 

人が集まる場所で、何が評価されているのか。その空気を知るのも、研究の一部だろう。うん、そう思うことにしよう。

 

そんな言い訳を胸の中で転がしながら、上司に要件を伝えてから静かな研究室を後にする。

 

会場が近づくにつれ、人だかりが見えてきた。中心には大きな円が作られ、その円の前方にはいわゆる木製の模擬対象と呼ばれる……有り体にいえば立てられた長方形の木材なんだけど。

 

そのようなものが立てられていた。

 

被害が外に及ばないよう、木材の後ろには人がいない。というか整備されているみたいだ。かなり余裕を取った構成というわけだね。

 

円の内側には、ひとりの研究者が立っている。その隣には魔法使いと思われる者がいる。どうやら魔法使いと思われる者が魔法を披露するようだ。

 

あーなるほど。つまり研究者が開発した魔法を、魔法使いが行使する。誰でも習得できると言うことをアピールする感じかな?

 

まあ、実用性や再現性については、もう嫌というほど経験しているから僕がそう思うだけかもしれないけど。

 

するとどこからか鳴る合図と同時に、魔法使いが魔法陣を発現させた。

 

披露の場だからか、ゆっくり目な速度で魔法陣が構築されていく。

 

炎弾を打ち出す魔法(フランべーゲル)>、と拳大の炎の塊が空中に生成され、一直線に二、三発射出された。その炎弾は木材に命中して乾いた音とともに燃え広がる。

 

会場がどっと湧いた。威力、安定性の取りやすさ……シンプルながら、確かに実用としては十分だ。

 

……なるほど。

 

僕は無意識のうちに、視線を炎そのものではなく魔法使いがゆっくり目に構築していた魔法が発動された所へ。それを思い返していた。

 

術式は単純だ。

 

炎を「塊」として捉え、生成・圧縮・射出という直線的な工程に落とし込んでいる。

 

だから術式も素直で、再現性が高い。ある程度のイメージがあれば、誰が使っても大抵似通った同じ結果が出るだろう。そういう面でもやりやすい魔法であることは間違いない。

 

ただ、堅実な設計ではあるね。披露会で見せるなら、ああいう"誰にでも伝わる形"が正解だろう。

 

炎を「塊」として扱う、という発想自体は悪くない。むしろ、多くの魔法使いにとっては最適解に近い。形がはっきりしていて、生成の成功・失敗が分かりやすい。圧縮と射出の制御もしやすい。

 

だからこそ、あの魔法は安定していると言える。

 

ただ――それは同時に、発想の余地を自ら狭めているとも言える。炎を塊として固定した瞬間、この魔法は「打ち出す」以上のことができなくなる。

 

なぜなら、形を与えるという行為は、同時に振る舞いを決めてしまうからだ。命中した後の振る舞いも、ほぼ予測通りだ。燃えて、広がって終わる。

 

それだけ。

 

僕なら、ここを一段階ずらしてみる。炎を塊として完成させる前に、あえて"未完成"の状態で射出する。

 

圧縮はするが、形は固定しない。命中の瞬間に、ようやく意味を持たせるようイメージする。射出に関わる術式も負荷が高くなりすぎないように、かつ速射性を高めるよう改良を施せる。

 

そうすれば、炎は単なる弾ではなく――触れた瞬間に、周囲を巻き込んで振る舞いを変える"現象"と化する。

 

まあ、この改良だと……<劫炎を拡散させる魔法(ヘルレンザルム)>ってところか。僕個人の癖での話だから、実用化となると難しい点もあるけど。

 

それにこの魔法だと制御というか場を選んでしまうんだけどね。

 

まあ、でも防御魔法との相性も読み替えられる上にこの方法ならそれほど魔力消費は変わらないはずだ。

 

……ただ、攻撃魔法として考えるなら、そこまでする必要はないかなぁ。

 

魔法使いとしてきちんと戦うなら、<炎弾を打ち出す魔法(フランべーゲル)>で十分だろうね、間違っていない。

 

次は……年齢は中堅どころだろうか。派手さはないが、落ち着いた所作で周囲を見回し、軽く一礼している。

 

どうやら、次の人は魔法使いではなく研究者自らが披露するようだ。

 

披露するのは……<風圧を収束する魔法(ヴェントウルべ)>ね、うんうん。研究者の声が響くと、会場がざわめいた。

 

風の魔法は珍しくない。だが「収束」という言葉がつくと、途端に意味合いが変わる。拡散させるのが基本である風を、あえて収束する。

 

聞くだけで難しいな? と分かる。

 

合図とともに、研究者が魔法陣を展開した。薄く、幾何学的な陣が広がる。こちらも披露するからかゆっくりめに魔法を発動させつつある。

 

次の瞬間<風圧を収束する魔法(ヴェントウルべ)>と、空気が爆ぜた。

 

轟音はない。ただ、低く重い衝撃。

 

木材が、押し潰されるように砕け散った。一拍遅れて、会場がどっと沸く。おおお……見たか今の! 風で、あそこまで……! といった声が聞こえる。

 

派手な炎も雷もない。それでも、純粋な破壊力は疑いようがなかった。実戦を想定すれば優秀だね。いわば小さい竜巻を一点に作るみたいなイメージか。

 

……なるほど。

 

僕は歓声には加わらず、静かに魔法陣の構造を思い返していた。術式は<炎弾を打ち出す魔法(フランべーゲル)>より一段複雑だ。

 

風を生成するのではなく、周囲の空気を制御対象に設定している。流れを作らず、逃がさずに均等に圧をかけ、最後に解放する形であの威力を生んでいる。

 

つまりは、一点に向けて圧力を積み上げる設計。

 

理屈としては分かりやすい上に再現性もまあそれなりには高いって感じだね。手順化が可能な術式構造をしているから、後は使い手のイメージ次第で似た効果は及ばせるはず。

 

炎弾を打ち出す魔法(フランべーゲル)>ほど簡単ではないが、それでもある程度の取り組みやすさは確保されている。いわば披露会向き、量産向き、軍事向きとも言えるか。

 

そこで、僕の思考は自然と次の段階へ進んでいた。

 

この魔法は、「風圧を収束解放する」ことを目的に設計されている。だから完成度は高い。だが同時に、役割も明確すぎる。

 

何をする魔法かが分かりやすすぎて、逆に応用が利かないように見える。

 

いや、魔法使いとして行使するなら十分すぎるんだけどね。

 

もし僕がこれを使うなら、まず"収束"の定義を変える。今の術式では、空気圧を均等に集め最大値で解放する仕組みだ。

 

いわば、圧力の山をひとつ作って、それを叩きつけている状態だ。分かりやすいし、強い。だが、圧力は本来均等である必要はない。

 

むしろ、偏らせた方がいい。

 

もっとも、そういう設計は安定性を犠牲にする。だから教本などにはまず載らないだろうね。

 

収束させるのは同じでも、内部に勾配を作る。中心と外縁で圧の差を生じさせ内部で"歪み"を発生させる。そうすれば解放の瞬間、ただの衝撃では終わらない。

 

力は一方向に逃げず、内部で噛み合い、破壊の向きを持ち始める。そうすると外から潰されるだけでなく、ただ風に潰されるようになるのだ。

 

けど、ここからさらに踏み込む余地はあるね。

 

収束点を固定しない。対象の動きに合わせて、収束点そのものを滑らせる。

 

逃げ場を塞ぐように圧の中心を追従させるよう術式に設定する。使われる側からすれば、空気そのものが敵になる訳だ。

 

圧は常に"そこ"にある――ましてや、そうした風を相手に、単なる回避ではまず避けきれないだろう。回避しようが関係ないっていう脳筋に似た事になってるけど。

 

最終的に解放する必要すらなくなるかもしれない。風の圧そのものが戦場を支配する。

 

相手は倒れるのではなく立っていられなくなる……かなりの広範囲に及ばせるよう改良を施すことは可能だろう。

 

名付けるならば……<颶風を解き放つ魔法(オルカンべラルム)>かな?

 

まあ、そこまでやると、さすがにやりすぎだけど。使う場所によってはこの魔法で小石や砂を飛ばすだけでも充分武器になるぐらいだし。

 

何より、魔力消費が増える上に再現性が損なわれる。

 

自分だけが使うつもりなら問題ないだろうが、実用化となるとなかなかね。平常時ならともかく戦場でとなると制御が難しいのではなかろうか。

 

……よく考えてみると、これ<劫炎を拡散させる魔法(ヘルレンザルム)>の術式を応用して<颶風を解き放つ魔法(オルカンべラルム)>と掛け合わせるよう改良もできるな。

 

そうなると……うーん、どういう感じがいいんだろう?

 

まあ、シンプルに<炎嵐を招く魔法(フラシュトルム)>とかかな。

 

――いやこれ以上考える必要はないなコレ。というか何を考えてるんだ僕は。

 

考えるなら精神魔法が良いよ、どうせだったら。

 

まあ、うん……攻撃魔法も確かに面白かったね。構造を読み、威力を積み上げ魔法として成立させる。

 

その過程には、純粋な快感というものがある。強ければ強いほど、分かりやすく結果が出るのも悪くない。

 

というか小さい頃の僕は、こういう魔法の開発にも手を出したりとかもしてたっけな~。

 

うん、まあこんな感じか。見てる分には面白かったね。一応、僕なりに攻撃魔法として組み立てるならばの経験にはなれたかな。

 

そろそろ終わりそうな空気だし、自分の持ち場に戻って魔法の開発を進めるとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――披露会が行われている時間帯、研究室は妙に静かだった。

 

正確に言えば、人はいる。最低限の人員は残っているし書類も仕事も消えてはいない。だが、空気が軽い。

 

どこか"大事な行事は別の場所で起きている"という感覚だけが、置き去りにされている。

 

……まあ、仕方ない。

 

攻撃魔法の披露会ともなれば、人が流れるのは当然だ。研究者にとっても、魔法使いにとっても、ああいう場は刺激になる上に評価にも繋がるから出世や予算の話にも直結する。

 

だが、私は行けなかった。

 

別部署との調整。書類の山。緊急ではないが、放置できない案件など……気づけば机に縛りつけられたまま、披露会が始まり、そして終わろうとしている時間だった。

 

ふう、と息をつく。

 

一息入れようと、椅子にもたれかかった、その時だ。

 

「ただいま帰りましたー」

 

顔を出したのは――彼だった。

 

「ああ、おかえり。披露会、もう終わったのか?」

「はい。だいたい見終わりました」

 

あっさりした返答。

 

見たところ、興奮した様子もない。

 

面白くなかったわけではなさそうだが、少なくとも浮かれてはいない。それに私は少しだけ、意外に思った。

 

彼は精神魔法を専門とした研究者……といえば一言で済むが、その実績は誇り切れるものがある。

 

なんせ、あの<やる気を出す魔法(アンツリープト)>といった類の魔法を開発した本人なのだから。

 

精神魔法は、攻撃魔法とは畑が違う。だが、理論屋としての資質は誰よりも高いように見えた。

 

ああいう披露会を見れば、何かしら刺激を受けるのではないかと思っていたが。

 

「どうだった?」

「面白かったですよ。よくまとめられてましたし、実用性も高いかなと」

 

……模範解答のような感想だ。だが、そこで話を切るのも何なので、私は続けた。

 

「……攻撃魔法も、作るつもりはあるのか?」

 

ほんの雑談のつもりだった。将来の方向性を探る、上司としての軽い問いかけ。すると彼は、少しだけ考える素振りを見せてから、こう言った。

 

「まあ、作ろうと思えば。<劫炎を拡散させる魔法(ヘルレンザルム)>とかですかね。あくまで理屈の話ですけど」

「んっ?」

 

何だろうか、今とてつもなくおかしい単語が聞こえてきたような。思わず聞き返す。

 

「単なる、技術的な話ですね。攻撃魔法として成立させるだけならまあ難しくはないです」

 

……この言い方はなんだ? 引っかかりを覚えながらも、私は改めて聞く。

 

「……<劫炎を拡散させる魔法(ヘルレンザルム)>、とはどういう魔法だ」

 

私の問いに、彼は特に気負う様子もなく答えた。

 

「炎を弾として打ち出す魔法がありまして。それを参考にしつつ、炎を弾として扱うのをやめて、現象としてばら撒くだけです。着弾点を作らず、周囲に"燃える現象"だけ残す感じですね」

 

いや、待て待て待て。

 

「……対象は選べるのか?」

「いえ。選ばない方が安定します。だから、使用環境はかなり限定されますけど」

 

使用環境……先程の説明を聞くに、実戦で使えそうだがどうなのだろうか。そう聞いてみると。

 

「使えますよ。場所は選びますけど」

 

さらっと言うな。

 

私は、咳払いをして話題を戻そうとした。

 

「だが、お前は精神魔法が専門だろう」

「はい」

「それでも、攻撃魔法を主軸にする気は……?」

 

彼は、首を横に振った。

 

「ないですね、性に合わないんです」

 

即答だった上に淡々とした声。

 

「攻撃魔法は、完成したら終わりです。強ければ強いほど、それ以上やることがない――まあ正確には、終わるわけじゃないですけど。術式の最適化とか、運用の安定化とか、扱う側の技量とか、改善点はいくらでもあると思います」

 

そう前置きしてから、あっさりと言った。

 

「ただ、それ以上に"増えない"んですよ。攻撃魔法は」

 

その言葉に、思わず私は黙った。

 

「精神魔法は違います。人の感情や思考、行動に関わる。完成形がすぐには見えない分、調整が続きます」

 

そういう構造の魔法なんですよね。彼はそう言って、少し微笑んだ。

 

沈黙が落ちる。私は、ようやく理解した……作れないから作らないのではない。作れるけれど、作らないという選択をしていただけなのだと。

 

……とんでもないやつだなぁ、と私は思うのだった。

 

 

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