帝国にこき使われてます。   作:未履修くん

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女神様の魔法を分かろうとした昔の話

 

屋敷にある自室は、相変わらず紙で埋まっていた。

 

ほとんどが、走り書きのメモだ。術式の断片、構造の試算、思いついた仮説。ひどいものになると、「あとで考える」とだけ書かれたメモまである。

 

……いや、これ整理する気あるのか? なんて自分で自分に突っ込みを入れながら、僕は一枚一枚を手に取っていく。

 

いとこを一度招いたというのもあって、一応にと思って整理しようと思ったわけだ。

 

またいとこが来た時のために……まあ、うーん。1回目があったら、2回目も3回目もあると思った方がいいだろうと思っての事だ、うん。

 

研究報告会で発表した、<やる気を出す魔法(アンツリープト)>などといった魔法のメモはちゃんと整えられている。

 

まぁ、発表する以上そうなるのは自然だ。

 

それに最近のものは比較的まとまっている。発表したもの、記録に残したもの、父に一度見せたものなどなど色々ある。ただ、問題は、それ以前の僕が書き残したメモだ。

 

幼いころの僕は、思いついたら即作って動くかどうか試す。それから結果を簡単に書き残す……その繰り返し。

 

だからこうして、紙の山になる。いや、今とそんなに変わりないだろうけど、ホントに昔の僕はひどいもんだったんだよ。

 

けれど、メモを整理するこの時間自体は嫌いじゃない。むしろ、結構好きだ。

 

自分がこれまで何を考えて、何を作ってきたのか。紙越しに振り返ると、少しだけ安心する。ちゃんと、積み重なっている感覚というか、それが好きなんだよね。

 

そんなことを考えながら、机の引き出しを開け、そこにあった古いメモの束に手を伸ばした時だった。一枚、紙の色が違う。今使っているものより、少しだけ黄ばんでいる。

 

 

「これ、いつのだ?」

 

 

無意識に声が漏れる。そのメモを取り出して見てみる。

 

字も幼いし、線も雑だし、余白の使い方も適当だ――ああ、これはアレか。

 

懐かしいなぁ~と思わず、そう呟いていた。女神様の魔法についてちんぷんかんぷんな頃の僕が書き記した魔法。

 

――まだ背が今より低くて、机に向かうのにも背伸びしていた頃。魔法が"研究"じゃなくて、"遊び"に近かった頃のメモ。

 

当時は、とにかく本を漁って魔法というものを勉強したい気持ちであふれていた頃。その中には女神様の魔法なんてものが記されている"聖典"というものもあった。

 

その聖典に記された女神様の魔法というのは非常に難解なものだった。今まで勉強してきた魔法の体系とは根本的に違うというか、うーん……当時は上手く言葉にできなかったんだよな。

 

けれど、このメモを見た瞬間、思い出した。いや、正確には、思い出してしまったとも言えるか。

 

この魔法は小さいころの僕が勢いよく開発して、父にも見てもらおうと思って――見事に怒られた魔法だ。メモの裏をめくると、さらに続きがある。

 

これを読んでみて、まず思ったことは「ひどいな」という事だった。

 

今見返すと、我ながら雑すぎる。小さい頃の僕は、なんというか……頭のねじが外れていたのだ。いや自分を悪く言うのもアレだけど。

 

でも当時は、本気だった。真面目に考えて、最短距離を選んだ結果だった。

 

 

『女神様の魔法、難しいんだもん』

 

 

子供の頃の自分の声が、頭の中で再生される。聖典の文言はとにかく読みづらくて、暗号文だらけで、核心に触れられない。

 

解明できても、今度は"資質"とかいう曖昧な定義が必要で、それを持つ者が行使すれば女神様の魔法が発動する。

 

それがどうしても納得できなかった僕が、色々考えた末に勢いよく開発してしまった魔法だ。

 

まぁ、今思えばその発想自体は今も否定しきれない。

 

効率だけを考えれば、まあ間違っていないだろう。ただ、問題はそのやり方だった。

 

紙の端に描かれた、簡単な図。女神様の魔法に、光の輪郭。象徴的な文言……全部、僕が知っている範囲の情報だ。

 

 

「そういうつもりはなかったんだよな、これ」

 

 

そう、最初から分かっていた。この魔法が本当の意味で発動することはないと。

 

魔法の主導は僕にある。魔力も、術式も、制御も。そんな条件で、本当に発動するわけがないと。

 

だけど、当時の僕はとにかくできると信じて疑わず、作ってしまったんだという事を思い返す。

 

紙の端を指でなぞりながら、苦笑する。

 

結果として、あれは"失敗"だった。まぁ、今考えれば分かり切ったことだけど。

 

だから、厳重に封印。父にも一度だけ説明して、それきりだった。

 

当時の自分に対して、感心半分、呆れ半分といったところか。子供だったし、考えが浅かった。でも、変な部分で躊躇がなかったといえる。

 

だからこそ、この魔法が出来てしまったのだ。

 

多分、あの魔法は二度と使うことはない……そう決めている。決めてはいるんだけど――でもまあ、参考にはなったよね。

 

頭の片隅には残っている。あの魔法の感触。自分のイメージだけで、"それらしい存在"が形になった瞬間。

 

「……うーん。いや、やっぱり止めとくか」

 

そう自分に言い聞かせながら、僕はメモを元の束に戻してそっと引き出しの奥へしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは、息子がまだ幼かった頃のことだ。

 

年の頃で言えば、十にも満たなかったはずだが――妙に理屈っぽく、質問の仕方は一人前のそれだった。

 

「ねえ、父さん」

 

そう前置きしてから、必ず一拍置く。何かを考えて、言葉を選んでから口を開く癖は、あの頃から変わらない。

 

「女神様の魔法って、どういう仕組みなの?」

 

その問いを聞いた瞬間、私は一度、手元の書類から視線を上げた。

 

――女神様の魔法。それは我々が扱う魔法とは、根本から異なるものだ。

 

理論として解明されている部分が少なく、実例も乏しい。現在確認されているものも、断片的な記録や一部の魔法ばかりだ。

 

「女神に関わる魔法か……」

 

一瞬考えてから息子にこう答える。

 

「私達が使ってる魔法とは、違う考え方で成り立っている。だから、詳しく説明できる人間はほとんどいないだろうな」

 

息子は、うーん、と小さく唸った。納得した……というより、情報を整理しているような顔だった。

 

「じゃあ、今も見つかってない魔法もあるってこと?」

「ああ。女神に関わる魔法は、未解明な部分がほとんどだ」

 

その返答に、息子の目がわずかに輝いたのを、私は見逃さなかった。

 

好奇心。純粋で、無邪気で、そして――危うい。今思えば、あの瞬間に気づくべきだったのだろう。

 

だが当時は、ただの学習意欲だとしか思わなかった。

 

「……女神様の魔法って、聖典に書いてあるよね?」

 

書斎の奥、普段はあまり手を触れない棚に、数冊だけ残してある聖典の写本のことを言っているのだろう。

 

「読んだのか?」

「うん。よく分からなかったけど」

 

そうだろうな、何せ読んで分かるような内容ではないのだから。だが、閲覧自体は許していたが魔法に結びつくとは思わなかった。

 

「神話の物語の部分が、比喩めいた長い暗号文みたいでさ…結局どういう魔法が記されているのか、よく分からなかったんだよね」

 

息子はそう言って、首を傾げた。それに対して私はこう返事をする。

 

「それで正しい。あれは理屈で割り切って理解できる類じゃない」

 

すると息子は、少し考え込む様子を見せる。

 

「――それじゃあ"女神様の魔法"ってどういう風にやるの?」

「……私にも分からんな。そもそもの話だが、聖典があっても誰もが使えるわけじゃない。何が決め手なのかは、はっきりしない」

 

私がそう口にすると、息子はそのまま黙り込んだ。

 

眉をひそめ、唇をきゅっと結び、頭の中で何かを組み立てている時の顔だ。問いに納得できない時、答えを受け入れられない時、息子は必ずこうなる。

 

それ以上、言葉を足さなかった。無理に説明したところで、女神の魔法という曖昧さは埋まらない。

 

そして――息子は、分からないまま放置する性格ではないという事も。

 

それから、数週間ほど経った頃。魔導特務隊の任務を終え、休みの機会をもらい、屋敷に戻った時の事だ。

 

「ねえ、父さん! 前に女神様の魔法の事、話したよね? あれについて思いついたのがあって……試してみてもいい?」

 

息子はワクワクを抑えきれないように、そう口にした。時間もある為、良いぞと言いかけたところで――口を慎んだ。

 

予感。魔法使いとしての直感といえばいいか、魔導特務隊としての直感といえばいいか……それを感じ取っていた。

 

だから私は息子に少し待って欲しいと伝え、隊には私用の外出として届けを出す……休暇の範囲だ。

 

それから帝国の外に息子とともに出かけることにした。

 

「それで。話を聞かせてもらってもいいか」

 

程よいタイミングで、改めて息子に聞く。

 

「うん、えっと……あれから僕、女神様の魔法を調べてみたけどどうしても分からなかったんだ。だから、女神様の魔法を僕でも理解できるようにしたくて、作ってみたんだ!」

「……そうか」

 

想定していた通りでもあった。息子は何かととんでもない魔法を作ることがある。それを知っていた身としても、ああやはり……と思うしかできない。

 

「話はわかった。ひとまずお前が作ったという魔法を見せてくれまいか」

「うん、分かった! じゃあ行くね――」

 

と、息子は魔法を発動させる準備に入る。

 

さて、何が出てくるのか。女神様の魔法を息子なりに独自で編み出して発動させるのか。

 

いや、もしかすると体系を無理やり我々の魔法に変えて発動させる、なんて事をしてもおかしくはないな。

 

息子のことだ、あんなにも試さずにはいられない様子を見るによっぽどの魔法なんだろう。

 

そう心構えを作って、息子が魔法を発動させたのを見届けて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「<女神を呼ぶ魔法(アンエルラウプテ)>」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あの時を振り返ると、帝国から離れるという判断を下した己を褒めても褒めきれなかった。

 

「ハァ……」

 

思わずため息を吐く。

 

あの時、息子が発動させた<女神を呼ぶ魔法(アンエルラウプテ)>という魔法。

 

息子が呼び出した"アレ"が、本物だったのかどうか――あの時点では分からなかった。

 

だが、姿だけは確かに、聖典に描かれていた女神そのものだった。

 

長い髪、穏やかな微笑、光を帯びた輪郭。そして女神を象徴する白く美しい翼。絵や文章で幾度となく見てきたはずの象徴が、立体となって、目の前に立っていた。

 

そして、それは決して幻覚を見せる魔法などといったありもしないものを見せる類の魔法とは比べようもない。

 

私は、その瞬間を今でもはっきりと覚えている。

 

視界が一瞬、揺れた。思考が止まり、足から力が抜けかけた。魔法だと理解していたはずだった。息子が発動した魔法でしかないことも理屈では分かっていた。

 

それでも――思わず、祈りを捧げてしまってもおかしくないと感じた。信仰心など持ち合わせていないはずの私が、だ。

 

正確に言うなれば、私が跪きかけたのは、あれが"女神だったから"ではない。

 

女神だと理解してしまう構造を、突きつけられただけだ。

 

あの魔法の前では、建前や理屈が一切通じない。少なくとも――聖典に描かれていた女神と、区別がつかなかったのもある。

 

……どういう術式構造を描いたらあのような事になるか想定もつかない。

 

実際、術式として捉えようとした。

 

魔力の流れも、干渉の形も、理屈として追おうとした。だが――どこも分からなかった。

 

「女神様の魔法がどうしても分からなくて。だったら、女神様に直接聞けばいいかなって」

 

……この魔法を作った息子はこうも言っていた。

 

あまりにも、自然な発想だった。幼さゆえの、躊躇のなさ。魔法を"作るもの"として捉えていたからこそ、辿り着いてしまった結論。

 

息子が呼び出したと思われるその存在は、問いかけても、何も返らない。いや――返らないのではない、問いが成立していない。

 

私は悟った――これは、見せてはならない魔法だ。研究対象にすらしてはいけない。

 

女神を信じる者が見れば、跪くだろう。信じぬ私でさえ、理屈より先に心を折られてしまう。

 

これが世に出れば……帝国の秩序が揺らがないと、誰が言えるだろうか。宗教が、政治が、戦争が形を変えるやもしれない。

 

私はその先を考えるのをやめた。この魔法は、記録に残してはならない。ましてや発展などさせてはならない。

 

あの時、帝国の外で発動させた判断だけは、間違っていなかったのだ。帝国の内側であれば、即座に異常を感知されていたはずだろう。

 

あれは――魔法ではない。"人の理解を超える何か"だ。

 

そして、息子はそれを、「聞いてみたいから」ただそれだけの理由で、あの魔法を生み出してしまった。

 

そもそも、女神そのものを呼ぼうと考える発想自体が、私の知る魔法使いの思考からは、あまりにも遠かったのもあるだろう。

 

ほとぼりが冷めてから息子と向き合って、あの魔法について聞いてみると……「失敗だった」とそう口にしていた。

 

「女神様を呼ぶって言っても、この魔法の主導は僕なんだ。だから僕が想像するものでしか、来られないから……失敗だった」

 

頭をかいて、無念を表すかのように苦い顔で。

 

「女神様に聞ければという考えは、女神様という本物を前提にしたもの。けれど()()()()()()()でしか来れないから、違うんだってことが分かったんだ」

 

だから、ごめんね、父さん――と息子はそう謝罪を口にした。

 

……アレは、息子の思う女神を形にしたもの。だから本物ではない。だから失敗。

 

だが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それほどの魔法だったのだ。

 

もしアレが広まったら――女神を信仰する風潮はより一層進む。いや、それどころではない。

 

信仰する集団が出来上がり、ひいては国家そのものが出来兼ねない。それほどの規模が起こりえる魔法。

 

……理解できないものを、理解しようとする。それ自体が、魔法使いの業とも言えるだろう。それで人類は発展した。

 

だが息子のそれは、幼さゆえに"境界線"が無かったとも言える。

 

だから、私は静かに、そう結論づけた。

 

女神を呼ぶ魔法(アンエルラウプテ)>。あの魔法は二度と発動させてはならないのだと。

 

 

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