帝国にこき使われてます。   作:未履修くん

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判断を言語化する魔法を開発する

 

今日も今日とて、研究に没頭するこの頃。中間報告会が近くなって来たというのもあり、研究内容を固めたり、調整したりとやることがある中でのこと。

 

僕は自分の机で、書きかけのメモを閉じた。思考が行き詰まる前に、意識的に手を止めるのはもう習慣になっている。こうして一区切りをつけ、休憩していた頃にふと後輩がこう言葉を投げかけてきた。

 

 

「……先輩って、めちゃくちゃ自己分析得意そうですよね」

 

 

おう、突然どうした。

 

同じ研究室の後輩がそう聞いてきた。前に進捗査閲でかなり不安を覚えていた為、<不安を減らす魔法(べトラミルンデ)>を掛けてあげた、彼だ。

 

彼の手には資料。表情は、軽い雑談のそれだが、どこか探るような色も混じっている。

 

 

「いや、その……判断とか、選択とか。迷ってる感じ、あんまり見たことなくて」

 

 

ふんふん、なるほど。後輩から見た僕はそういう風に見えるのか。

 

会議で研究方針を決める時も、実験が失敗した後の切り替えも、僕はあまり間を置かない。周りが「どうしようか」と言葉を探している間に、もう次の手順を口にしていることも多い。

 

僕は一瞬だけ考えてから、首を横に振った。得意って言うか……勝手に始まるからなぁ。

 

 

「勝手に始まる?」

 

 

そうそう。判断するときさ、多くの人はどうするかから考えるでしょ? それが僕の場合は逆なんだ。

 

まずなんで今、迷ってるかを全部洗い出す。選択肢は後回しにする。感情、前提、恐れ、期待……どれが判断を歪めてるかを一つずつ言葉にする。頭の中にある曖昧な塊を、全部分解するんだ。

 

 

「……それ、全部ですか?」

 

 

そう、全部。例えば今なら――後輩にどう見られているかを気にしているのか、変に評価を下げたくないと思っているのか。それとも、説明が面倒なだけか……雑談として流したい気持ちと、誤解されたくない気持ちが、どこで競合しているのか。

 

そこまで行く感じかな。

 

どの感情が邪魔してるか? どの前提を疑ってないか? 何を失うのが一番怖いか? 本当は何を期待してるか……そこまで行く。それで、理由が全部言葉になるとどうなると思う?

 

 

「えっ? ええと……判断が、しやすくなる?」

 

 

それもあると思う。けれど……まあ、有り体に言えば"逃げ道が消える"んだ。

 

ぽつりとそう言うと、後輩の目が一瞬だけ見開かれていた。

 

理由が見えると、分からないって言えなくなる。選ばない、って選択肢が消える感じかな。

 

 

「それ、しんどくないですか?」

 

 

うん、まあ普通ならしんどいだろうね。けどまあ僕って感情が薄い――いや、むしろこういうのが性に合ってるといえばいいか。

 

自己分析が得意、なんて言葉で片付けられると誤解されがちだけど……正確には、止め方を知らないだけなんだろうね。考えなくていい場面でも、思考は勝手に走り出す。理由を探し、構造を組み、結論を迫るという思考の癖が染み付いていると言えばいいか。

 

便利ではある。でも、他の人も同等にできるか? と言われるとなんとも言えない。

 

僕のこれは、研究者には向いているだろう。けれど、後輩の言う通りこれは本来しんどいものだ。だから、これを他人に勧めようと思った事自体ない。

 

……少しの沈黙が落ちる。

 

後輩は資料を手に抱えたまま、何か言いたそうに口を開いては、また閉じる。その様子を見て、僕はふと気づいた――ああ、今の説明も、彼にとっては少し重かったかな。

 

まあさ、うん。別に、こう考えなきゃいけないって話じゃないよ。人にはそれぞれ、向いてる思考の仕方があるよねって話。

 

 

「です、よね」

 

 

うん。だから、これをそのまま真似しろとは言わないよ。後輩は小さく頷いたが、表情にはまだ引っかかりが残っている。たぶん――「分かった気がするけど、できない」という感覚だ。

 

それを見て、僕の中で、別の思考が静かに立ち上がった。

 

できる・できない、の話じゃない……これは――入口の問題だろう。

 

判断理由を全部言語化する、なんて話をすれば、誰だって身構える。しんどい、怖い、面倒だと感じる。それ自体は正しい反応だ。

 

でも、もし最初から「全部」やらなくていいとしたら。

 

もし、判断を代わりに下すわけでも、感情を消すわけでもなく――ただ、今、何が判断を曇らせているか? を一つだけ、言葉にできるとしたら?

 

後輩を見て、ふと思った。

 

彼が不安になったとき、迷ったとき、必要なのは正解じゃない。ましてや、誰かの判断でもない……自分が何に引っかかっているのかを、把握するための"足場"だ。

 

 

「先輩?」

 

 

考え込んでいたらしい。後輩に声をかけられて、我に返る。ああ、ごめん。ちょっと考え事をね。

 

 

「それって……いえ、何でもないです」

 

 

視線を逸らした後輩の表情は、どこか複雑だった。

 

僕は、机の上に閉じたまま置いてあったメモに目を向けた。判断を奪う魔法は作らない……それは決めている。

 

けれど――判断を「自分のものとして掴む」ための補助なら? 思考を代行するのではなく、思考に名前を与えるだけの魔法なら?

 

逃げ道を塞ぐんじゃない、立ち止まっている理由を、照らすだけ……うん、悪くないね。

 

むしろ、これは今まで作ってきた精神魔法の延長線上にある。僕はペンを取り、白紙のメモを一枚引き寄せた。

 

判断を言語化するための魔法、作ってみようか。後輩は、何の話か分からないという顔をしていたけど。

 

よおし、開発してみますか。

 

後輩が席に戻ったのを確認してから、僕は改めて机に向き直る。

 

判断を言語化する魔法。まず最初に、はっきりさせなければならないのは――この魔法は、何をしないかだ。

 

"判断を代行しない" "選択肢を提示しない" "正解を示さない" "感情を抑え込まない”

 

ここを間違えると、これは精神魔法ではなく思考の強制になる。過去にそれに近い発想をしたことがあるからこそ、よく分かる。便利そうに見える魔法ほど、人を壊しやすい。それに提示しないのはどうするべきか?の選択肢だ。やるのは"引っかかりの名前"を置くだけ。

 

では、何をするのか……それは"言語化"だ。

 

判断そのものではなく、判断を曇らせている要素を、言葉の形に浮かび上がらせる……それだけ。

 

たとえば――失敗するのが怖い、否定されたくないといった類の要素は、頭の中では"感覚の塊"として存在していることが多い。

 

だから人は、何が不安なのか分からないと言う。分からないから、動けない。ここから時間をかけて自己分析を重ね、ようやく何々だから不安なんだと分かる。

 

ならばやることは一つだ。その塊を、分解する前段階を用意する。この魔法は、思考を深めないし、掘り下げない上に整理もしない。

 

ただ、引っかかっているものに名前をつける……極端に言えば、魔法の効果はこれだけだ。

 

 

『今、引っかかっているのは――○○かもしれません。違うと思ったら捨ててください。これは“当てる”魔法じゃなく、"考え始める"ための札を置くだけなので』

 

 

……ずいぶんと地味な上に回りくどい言い方も含まれている。

 

だが、地味だからこそ効果は確かだ。人は、自分が何に縛られているか補助を受ける形で分かった瞬間選択の主導権を取り戻す。それにこういう形で回りくどい言い方を含むことで、判断を奪われるのではなく、判断を本人が主導する形で取り戻す事になる。

 

それに、断定しない形で終わらせているという点もそれを考えている。

 

問題は、どうやってそれを実現するかだ――そう考えると、反応。

 

検出するのは思考ではなく、"同じ結論に戻る癖"という反応であり中身には触れない。

 

人が迷うとき、必ず起きる反応がある。思考が止まるか、堂々巡りを始めるか、どちらかだ。

 

迷いは、思考の繰り返しとして現れる。以前開発した<不安を減らす魔法(べトラミルンデ)>はそれをトリガーとしている。その術式から応用することにする。

 

今回狙うのは、そこだ。

 

思考の流れが滞った"起点"を検出し、その周辺に付随する分類語を、本人が認識できる形で提示する。

 

提示の仕方は、あくまで補助的に。強制的に浮かび上がらせるのではなく、「気づける距離」に置く。

 

言葉は短くていい。一つだけでいい。

 

むしろ、複数提示したら意味がない。選択肢が増えれば、また迷うからね。

 

それと……人は迷いが出た時、進みたい方向自体はもう決まっていることが多い。迷っているのは、"それを選べない理由"が言語化できていないだけで。

 

どれか一つ……それだけ分かれば、人は考え始める。そう考え始めた時点で、この魔法の役割は終わりだ。

 

だからこの魔法は、ひとつ提示した時点で自壊する。そして再度使うためにしばらく時間を置く必要があるように術式を調整する。連続使用できる形にした瞬間、これは"考える魔法"じゃなく"考えない魔法"になるからね。

 

ここまで整理して、僕はふとペンを止めた。

 

判断を奪わない。けれど、逃げ道を塞ぐんじゃない。立ち止まってる理由に"名前"を置くだけだとも言えるね。

 

まあ、使う人間が自分で考えることを放棄していれば、ただ苦しくなるだけだとも言える。

 

でもそれでいい。

 

この魔法は、楽をさせるためのものじゃない。前に進むための"取っ掛かり"だ。

 

名前は……そうだなぁ。

 

「<判断を言語化する魔法(ベグリュンデン)>って所かな」

 

方向性は見えた。

 

僕は新しいメモに、「判断を奪わない」と書いてからそこに大きく丸を描く。

 

その文字を中心に据えて、術式の草案を書き始める。さて――この魔法、使いこなせる人間は、どれくらいいるだろうか。

 

そんなことを考えながら、僕はもう一度ペンを走らせる。

 

まずは出力を一語に固定した試験版に落とす。暴走しようがない形にしてから、試す……こうして術式は一通り完成させ、自分に試してみる。

 

……ああ、これ僕にはあんまり役立たないのか。僕は元々から判断を言語化する思考の癖が染み付いてるのもあり、頭の中で一度出した結論を、改めて再度示されるだけでしかない。

 

やっぱりこれは自分以外の人に試してもらうのが良さそうだな。まあ、今すぐでなくともいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中間報告会の前日、夜。

 

中間報告会の準備は、終わっている。資料も、発表の流れも、想定質問も。

 

それなのに、机に向かうたび、頭の中が同じ場所に戻ってくる……ああ、これは前にやった進捗査閲の前の時と似た感じだ。

 

同じ文面が、何度も何度も再生される。打ち消そうとして別のことを考えようとしても、結局そこに戻る。思考が進まないのではなく、同じ場所を踏み固めているみたいだった。

 

自分でも分かっている。これは、準備不足じゃない。準備はできている。だからこそ、余計に困るんだ。

 

何が足りないのかが見えないからだ。前に先輩に掛けてもらった<不安を減らす魔法(べトラミルンデ)>のおかげで感覚を掴めたからか、前回と比べて客観視はできている方だと思う。

 

だが、不安はまだそこにある。先輩から聞いたが、<不安を減らす魔法(べトラミルンデ)>は決して不安を消すような魔法ではないと。一定を超えた不安のみを対象としていると。

 

だから今感じているこれは、過剰なものではない正常な不安感だ。そんなとき、背後から椅子を引く音がした。

 

「まだ残ってたんだ?」

 

先輩だった。いつもの、淡い調子。責めるわけでも、急かすわけでもない。

 

ただ、机の上の資料を一瞥して、こちらを見る。

 

「随分と進んでない顔してるね」

 

図星すぎて、喉が詰まった。

 

「進んでない、というか……同じことばっかり考えてる感じです。分かってるんですけど、止まらなくて」

 

先輩は「ふうん」と短く頷いた。

 

「じゃあ、ちょうどいい。実験に付き合ってくれないかな?」

 

嫌な予感はしなかった。怖い、というより……先輩がそう言うときは、だいたい"面倒な方向に転がらない安全装置"が入っている。

 

けれど、それでも心臓が少し速くなる。

 

「また、魔法ですか?」

「うん。今回は、落ち着かせるやつじゃない、判断を代行もしない」

 

先輩は念押しするように言った。

 

「出るのは一語だけ。出力は、こちらが用意した分類語――まあ、迷いに一番近い“名前”だと思ってくれていい。迷いの型に一番近いものを一枚の札として置くみたいなイメージかな」

 

……一枚の札?

 

それって、助けになるのか。半信半疑のまま小さく頷いた。

 

「ただ、勘違いしないでほしいんだけど……出るのは正解じゃない。迷いに近い札を一枚置く」

 

迷いに近い札……か。

 

先輩は、返事を待たずに指先を軽く上げた。

 

薄い膜が、空気に一瞬だけ"張られた"ように見えた。幻覚かと思うほど控えめだ。

 

「<判断を言語化する魔法(ベグリュンデン)>」

 

その瞬間――頭の片隅に、札が置かれたような感覚。

 

それは言葉だった。

 

声でもない。誰かが囁いたわけでもない……ただ、自分の思考の海に、小さな板が浮いたみたいに、そこだけ輪郭が立つ。

 

 

『今、引っかかっているのは――他者視線かもしれません。違うと思ったら捨ててください。これは“当てる”魔法じゃなく、"考え始める"ための札を置くだけなので』

 

 

それは"当てる"ための言葉じゃなく、考え始めるための札が、そっと置かれただけだった。

 

だが、それよりも他者視線という言葉に呼吸が止まりかけた。

 

他者視線。これは違うか、合っているか。

 

次の瞬間、胸の奥が熱くなる。怒りでも不安でもない、恥ずかしさに近い熱。

 

そうだ……失敗が怖いんじゃない。突っ込まれるのが怖いんでもない、"格好悪い自分を見せるのが嫌"なんだ。

 

評価者に、同僚に、先輩に"こいつはこの程度か"と思われること。それを避けたい気持ちが、ずっと判断の前に立っていた。

 

だから準備しても不安が消えない。不安が、状況じゃなく"見栄"に紐づいているからだ。

 

気づいた途端、思考が進む。資料の端を指で押さえながら、言葉を探した……魔法が当てたんじゃない。言われた瞬間、それを否定できなかったから。

 

「……他者視線っていう札が出てきました。恐らく、他者視線――体裁を守ろうとして、変に完璧にしようとして……止まってました。今考えると確かにそうだと思えます」

 

先輩は、やっぱりという顔もしない。ただ、少しだけ目を細めた。

 

「うん。言葉になったなら、もう魔法の役目は終わりだね」

 

そう言って、先輩は指先を下ろす。薄い膜みたいな感覚が、すっと消えた。札も、沈むみたいに見えなくなる。

 

「今、楽になった?」

 

問われて、首を振った。

 

「……楽、ではないです。むしろ、ちょっと痛いです」

「それでいい」

 

先輩は、淡々と言った。

 

「楽にする魔法じゃない。言い訳を増やさず、足場を作るだけ。で――ここから先は、君の判断だよ」

 

言い訳。

 

確かに、"他者視点"と分かった瞬間、言い訳が消えた。同時に、やることが見えた。

 

評価者にどう見られてもいい、とは思えない。でも、体裁を守るために止まるのは、もっと格好悪いと思った。

 

だったら、他者視点……体裁を守りたい自分を認めた上で、発表に必要な準備だけをやる。

 

「……先輩。これ、連続で使えます?」

 

聞くと、先輩は即答した。

 

「できないようにしてある。連続で出せたら、人は"考えなくなる"からね」

 

その言い方が、なぜだか少し怖かった。優しいのに、容赦がない。助けるのに、甘やかさない。

 

「じゃあ、やります。今夜は体裁を整えるんじゃなくて、発表を終えるために」

 

先輩は「うん」とだけ言い、椅子から立ち上がった。

 

「終わったら、ぐっすりと寝てね」

 

それだけ言い残して、先輩は帰って行った。不安はまだある。胸の奥で、じくじく残っている。でも今は、同じ場所を踏み固めていない。

 

"見栄"の札は消えたのに、言葉だけが残っていた……それが、自分の判断の取っ掛かりになっている。

 

……先輩は、やっぱり怖い。

 

けれど、その怖さは壊すためじゃなく――進ませるために置かれている。

 

そういう怖さだと感じたのだった。

 

 

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