初執筆&初投稿です。生暖かい目で見守ってくださるとありがたいです。
薄暗く、物が乱雑に散らかっていて汚い、アパートらしき一室に私は座っていた。
目の前には見上げる程のゴミ袋で埋め尽くされており、足の踏み場も無いとはまさにこのことだろう。かろうじて今いるリビングであろう場所から玄関までは細い、線のような道があるだけだ。
部屋にはカップラーメンやコンビニ弁当の残骸がそこかしこに投げ捨てられており、ここからでも見えるくらいグズグズに溶けて、腐敗し、なにかの液体を垂らしている。見渡す限りでも両手、両足の指では足りないほど散らばっている。
少し前方に進んだ先にある、半分程襖が開けられている押入れにはペットボトルが土砂崩れを起こしそうなぐらい高く積まれている。
押入れは一般的な上下二段だが、まだ中身が入っているペットボトルもあるらしく、真ん中にある仕切り板がその重さによりぐにゃりと折れ曲がっている。
襖には中身が漏れていたのか引き手の部分から幾筋も垂れ下がり地面にかけてドス黒く変色し、引き手の周囲も経年劣化や虫喰い、手垢に塗れている。
元の襖の奥ゆかしさを感じる、綺麗な
――ああ、これは夢だな。
何となく、でも、確実に私はそう思った。だって、私はこんな景色知らないし、観たこともない。
それにこういう、所謂汚部屋と呼ばれるような部屋では必ずする悪臭というのもが全く感じられない。
――ふと、黒い何かが煩わしい羽音をたてながら目の前を横切る。――蝿だ。
周りを見渡せば四方八方に決して小さくない羽音をたてながら蝿が飛び回っている。
何故、今の今までに気がつかなかったのだろう。……いや、今、急に飛び出てきたような……。
――視界の端の何かが動いている。
何故か動かしにくい首を回し、焦点を合わせる。ここからそう遠くもない位置にありゴミ袋で遮られていて全貌は掴めないが――黒い棒のような物がまるでモザイクがかかったようにブレている。
――――興味が湧いた。
どうしてかは分からない。ただ、気づくと足が勝手に動いた。
少しずつ、ゴミの山を掻き分けながら、避けながら向かう。――あと、少し。
あと――。
あ、
――――世界が赫赫と染まっていく。
世界が数瞬のうちに赫に塗り潰される。周囲がどんどん塗り変わり元のゴミ屋敷は燃え去り、代わりに無機質なコンクリートの壁に切り替わっていく。
まるで演劇の場面転換のようなスピードであっという間に何処かのコンクリ部屋に早変わりした。
さっきまでのゴミ屋敷とは打って変わり、部屋は狭く、5畳程の広さしかない。暖かさを感じない冷たい打ちっぱなしのコンクリートで三方を囲っており窓はどこにも無く、息が詰まりそうな空間だ。
正面には鉄のフレームに守られるようにして分厚いガラスが収まった、いかにも頑丈そうな扉があった。ドアノブはこちら側にないため、開けることは不可能であり、全体的に独房のような印象を受けた。
私はここを知っている。忘れることのできない、いや、絶対に忘れてはいけない唾棄すべき、苦い記憶。――ぞわりと背中が粟立つ。
そうだ、この後の展開を私は知っている。私の人生の最大の失敗。
自身の臆病さが生み出した、偶然という名の理不尽が牙を剥いて私たちを襲った日。
――突如爆発音が鳴り響く。その轟音により建物が、部屋が、全体が、揺れる。気付けば周囲は先程と同じように赫で塗りつぶされており、本来燃えるはずのないコンクリートが
正面にはあった鉄製のガラス扉はとうに溶けかかり、元の原型が見当たらない。皮肉にも部屋の外に出られるようになったため、急いで通路を駆け抜ける。駆け抜けて、駆け抜けて――――――――。
出口が見える。あと、少し――。
刹那、一際大きな爆発音が聞こえ、目の前に巨大な影を落とす。上を見上げると、熱により爛れたような真っ赤な鉄筋が重力に従い、今にも私を潰そうと襲いかかってくる。
(あ、これ、間に合わな…………)
「⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎」
トン、と背中を押される感覚と同時に、誰かの声が聞こえたような気がした。
また、切り替わる。
周りを見渡す。夜なのにまるで太陽のように光り輝く、轟々と燃えていく建物を見上げる。どうやらあの場所から抜け出せたらしい。
突如、ぐるぐるとした嘔吐感に襲われ、得も言われぬ倦怠感が体を覆う。――気持ち悪い。いまだに鳴り続ける破裂音が耳の奥を劈き、鼓膜にべったりと張り付きそれに続いて頭が割れるような頭痛が止まない。
今まで匂いなんて感じなかったのに、急に咽せ返るほどの、肉の焦げる、焼けたような匂いがする。――吐き気が止まらない。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、
気持ち悪い、気持ち悪い、き持ち悪い、気もちわるい、き、もち……わ、るぃ 、き……も、っち……わ、る……
「…………ッは、き、……そっ……」
「ぅ……ッ、ゔぉえ、ゔ……」
堪えられず、私は吐いた。とうとう立っていられなくなり、地面に膝と手をつく。胃の中が逆流し、空っぽの胃からは何も出てこないはずなのに、黄土色の汚い胃液だけが間欠泉のように口から噴き出す。目の前がチカチカと点滅するような激しい眩暈と、さっきから全く止まない割れるような頭痛が再び私を襲う。
「……っ、……ゔ、えっ……ご、め゙ ……な゙ざ、ッ……ッヒュ、ごめ゙、……な゙……い、お゙……ぇ……」
誰に向けたのかも分からない謝罪を繰り返す。
繰り返す、繰り返す。えずきながら、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して――――。
「大⬛︎⬛︎で⬛︎か!、⬛︎ーロ⬛︎⬛︎す!」
大きな男性の声につられ、声の方向に視線を向ける。声の発信源は少し離れた位置におり、屈んで何かに声を掛けている。……こちらには全く気づいていないようだ。
涙と汗と胃液を拭いながらその何かに目を凝らす。それが男だと分かった時、それは――。
「ッまだ、中⬛︎! 子供達がいる⬛︎だ! なぁっ! ヒー⬛︎⬛︎なんだろッ! 助け⬛︎いってく⬛︎よ!」
は、な……に、を……言って……。
また、世界が、回る。
今度は赫ではなく黒だった。
◆ ◆ ◆
「――っ!、ハァッ!……ハッ……ぁ、」
――全身が反射で飛び起きた。荒い息は未だに止まらず、肩で呼吸を繰り返す。夢の出来事だけだったはずの吐き気と頭痛は、現実にまで尾をひき、今もなお私を蝕み続けている。
さながら不快感と嫌悪感と倦怠感の三重奏であり、それらが一層気分を悪くさせる。
そしていま、私は全身にぐっしょりと汗をかいていた。不意に体全体が寒さで粟立つ。
(……着……替え、なきゃ……)
一人用にしては余りにもサイズの大きい、天蓋付きの豪華なベッドから抜け出そうともぞもぞと体を動かす。
普段なら私の体を休ませてくれるふかふかの高級感溢れるマットレスが、ただでさえ酷い悪夢で腕に力が入らないのに、更に沈み込み、自身の行動を制限するものだから、今や、非常に煩わしい存在に成り下がりつつあった。
外はまだ夜明けには程遠く、月が煌々と空を照らしている。
決して短くない時間を掛けて、何とかベッドから降りることができたものの、夢遊病者のようなふらふらとした覚束ない足取りのせいで上手く、クローゼット部屋に辿り着く事ができない。
依然として続く頭痛に苛まれ、ぼんやりとする頭でさっきの夢を思い出そうとして――。
きっと罰が当たったんだな、そう思った。
当然の報いか。最近は忙しく皆ともあまり喋れていない。大丈夫だよ皆、忘れてない。忘れるものか。
「……ぁ、ぃじょー、ぶ、ッゴホ、……だい、じょうぶ、大丈、夫」
思っていたより寝起きでガサガサだった声は、誰も居ない静まり返った暁闇の部屋に虚しく飲み込まれていった。
安心させるために放った言葉は、誰に向かって放たれたものか私でさえ、よく分からなかった。皆に向けたものか、それとも――。
考え事をしているうちにどうやらもうクローゼット部屋に着いたらしい。扉を開け、着替えを探す。
(……適当で、いいか)
そう考えた私は、特に何も考えず一番手前にあった服をさっと取る。
(選ばれたのは黒のネグリジェでした。…………なーんて)
意識が混濁しているせいか場違いな冗談が頭に浮かぶ。
…………全部夢のせいということにしておこう。
私が手に取ったネグリジェはまるで帳を下ろしたような漆黒の生地で、柔らかな月の光を反射し、僅かに落ち着いた光沢を放っている。きっと素晴らしい上質な素材と技術を使っているのだろう、そう思うほどには、肌触りも良く意匠が凝らされている。
ただ一つ欠点があるとするならば体のラインがはっきりと見えることだ。勿論私だって人前に見せても恥ずかしくないぐらいには体型に気を遣っている。が、それでも嫌なものは嫌なのだ。
数巡の思考の後、
(……どうでもいいか、どうせ誰も見ないし)
そう思い緩慢な動きでネグリジェを着る。湿った肌の不快感ですら今の私にはどうでもいいものとして認識されていた。
(あー脱いだ服どうしよう)
全部適当でいいか。そのままぽいっと椅子に掛ける。普段の私なら絶対にそんなことをしないが今日だけは許してほしい。なんて誰に許しを乞うわけでもなく、またベッドに潜り込む。
先程よりまだマシになった頭痛と吐き気に安堵しながら布団を頭から被る。
――――目が、あった。
「…………ッ!」
大きな目は暗い布団の中におり、こちらを真っ直ぐと見つめている。アーモンドの外枠に黒丸を嵌め込んだだけのチープな目がギョロギョロ焦点を、彼方此方に向けていて酷く気味が悪い。悲鳴が出そうになった口元を抑えながら急いで布団から抜け出す。
顔を上げるといつの間にか部屋は闇のような黒色の空間になっており至る所に目、目、目…………。
「アアっあぁあ」
なんとも意味を為さない情けない悲鳴をあげながら後ずさる。
――動けない。
そう思ったのと同時に手の方からガチャガチャとと金属が擦れるような音がする。つられて、手を見るといつの間にか冷たい金属の手枷が両手に嵌っていた。
ならばと思い足を動かすが、足も同様に枷が嵌められておりその場に縫い付けられたように動けない。
最後の抵抗として目を閉じようとするが、その瞬間闇から黒い手のような物が伸びてきて私の顔に覆い被さる。
ブチリ、と何かをちぎった音がした。それが何かを理解する間もなく、覆い被さっていた黒い手は何かをぽいっと捨て、闇の中へ戻っていった。
もう一度目を閉じようとするが閉じれない。視界が赤に染まっていく。ああ、瞼をちぎられたんだな。特に痛みは感じなかった。
嫌に冷静な頭で――現実逃避ともいうかもしれないが――思考する。が、自分の意思とは裏腹に目の前の光景に無理矢理連れ戻される。どうやら夢はまだ続いているらしい。
沢山あった目に視線を戻すと、目はドロドロに溶け、何か別のものになろうとしているようだった。
そのまま再構築を繰り返し、数瞬の間に
ある顔は憎悪に染まり、ある顔は嫌悪し、ある顔は敵意を向け、ある顔は――顔は――顔は――――。
気が狂いそうだ。早く、早く夢から覚めてほしい。そう願うが、現実は非情でありどこまでいってもこの夢は悪夢だった。
ああ、
「
――隠したい、見られたくない、知られたくない―――。
「欲しい」
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