◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
廻が圧倒的な結果を叩き出した一週間後――広大な訶複邸のリビングでは琥珀色の静寂が漂っていた。
ソファに深く腰掛けた廻の父親である訶複壱児は、自身の傍らに置かれた部屋の空気と類似している黄金色のウイスキーの入ったグラスをゆっくり、ゆっくりと転がすように回している。部屋を占めるのは、芳醇なアルコールの匂いと、廊下の飾り棚にある苺が放つ、どこか生温かい甘酸っぱさだ。
壱児は手に持った紙を廻に渡しながら優しい声色で言った。
「おめでとう、廻。首席合格だ」
紙を渡された廻は仮面の奥から無機質な碧眼でその紙を見る。
「訶複 廻。――総合成績1位。首席合格」
瞳と同じような無機質な明朝体で記されたその紙切れが廻にとっては酷く滑稽な物に見えたのか、また一段と瞳の温度が下がっていく。
「……廻ならきっと出来ると、僕は信じていたよ。本当によくやった。きっとお母様も天国で喜んでいるはずだ。……だって僕たち2人の娘がこんなにも立派に育ってくれたのだから」
彼はソファから立ち上がり何歩か進んだ所で廻の肩に手を回し、抱きしめる。まるで壊れやすい物を触るかのように優しく、慈愛に満ち溢れた表情で丁重に抱擁する。
仄かにアルコールの匂いが漂い、微かに熱を纏った指先が廻の右肩へ滑らされる。そのまま右肘に滑り下されるかと思われた指先は右肩の付け根辺りで急停止し、違和感を探るようにその指先で押していく。――一週間前、試験で酷使した場所。
「…………ッ、ふ…………」
「痛いのかい? 廻? 」
まだ癒えていないそこを探り当てる。その瞬間僅かに壱児の顔から表情が抜け落ちた。だが、すぐに元の穏やかな顔に戻る。
「……っぁ、……ごめ、んなさい。お父様」
「謝ることはない、廻。…………ただ、少しだけ、悲しいかな」
一呼吸置いた後――。
「……せっかくお母様とよく似た、綺麗な肩のラインなんだ」
「――なのに、こんなにも君は傷ついて」
手に込める力が強くなる。
それも次第に収まり手を離す。先程と全く変わらない穏やかな顔を見せ、廻の頭を撫でる。
「個性の使い方をきちんと、ね? ……おやすみ、廻」
琥珀色の匂いは夜の闇に溶け、訶複邸に静寂が訪れる。そこに
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
春の陽気が訪れる。
――入学初日の朝、自室にて私は何だからしくもない緊張をしていた。緊張しすぎて心臓破裂しそう。こう……バーンって。いや、だって何事も初日とか初めては緊張するもんだと思うんだよね。……え、私だけ?
そんなことを思いながら雄英高校の制服に袖を通す。新品によくあるパリッとした感じがなんだか心地よく感じられる。
サイズはぴったし。
「――あは」
靴下を履いて、荷物を確認し、いつもの仮面をつけて準備完了。
……ヒーロー科。ヒーローは、嫌いだ。でも、今冷静に考えたらサポート科よりも良いかもしれない。サポート科は影が薄い。それに比べてヒーロー科はこの一年か二年ぐらいの間、ずっと何かしらの事件が起きる。敵連合やらAFOとか……ね。ヒーロー科に入れば名声も地位もついてくる。……はは、初めてあの人に感謝しそう。
――ありがとうございます、お父様。このヒーロー科で私は「聖人の娘」として最高の結果を、評価を得ますね。
――そして、貴方を――。
「…………行ってきます」
そんな私の声はまだ少し寒さの残る春の風に掻き消された。
◆ ◆ ◆
流石に早くに着きすぎた。いやーちょっと時間ミスったなぁ。
誰も居ない長い長い廊下を1人進みながらそんなことを思う。っていうか1-Aってどこ? 中学も広かったけど、ここは次元が違いすぎる。さっすが国内最高峰。
歩く。歩いて――。
「……扉でか」
思わず声が少し漏れる。扉がこんな大きいの初めて見た。ウチでもこんなでかい扉は……あいや、あったわ。門とかこれより、もうちょいデカかったはず。……経済力、恐るべし。何でこんなデカいんだろ。――あーバリアフリー、とか? 個性のせいでサイズがおっきくても楽に入れますよ的な? ……納得。少しだけ気分が上がる。まぁ元々マイナスだからあんまり変わんないんだけどね。
朝にしては中々冴えている自分の頭に感心しながらその大きい扉を開ける。
「あ、ラッキー。……一番乗り」
教室は時間が早すぎたため当たり前だがまだ誰も居なかった。……なんか1人だけの教室って不思議な気持ちになるよね。ノスタルジーを感じる。――それが前世の記憶のせいかは分からないけど。……前世もこんな気持ちを味わったのだろうか。
指定された席へ座る。廊下側から2列目の、前から2番目の微妙な席。うーん、ここじゃ寝にくいなぁ。
ふと前世のことを考える。先程の思考が尾を引き、脳が望んでもいないのに回転を始める。前世、……前世。名前も、性別も、死因もわからない。でも多分、恐らく普通の人生を送っていたと思う。――脳裏を掠める赤の記憶。そんなものが私の視界にパッと映り込んで――。
――やめよう。今考えてもしょうがないし、思い出したからと言って何か変わるわけでもないだろうし。うん。そうしよう。
ふあ、と仮面の下で控えめの欠伸を一つ。……眠い。柄にもなく朝から脳を回転させたせいか睡魔が私にちょっかいをかけてくる。うざい。
「……寝よ」
惜しくも睡魔に負けた私は机に両腕を乗せて突っ伏す。仮面が少し邪魔だけど外すことはしない。絶対に。仮面は私を守るシェルターだ。これが無いと私死んじゃーう。……なーんて。
寝るのは好きだ。誰にも邪魔されない、私だけの時間。所謂至福の時間ってやつだ。
(チャイムが鳴るまで、おやすみなさーい)
静かな教室や丁度いい室温だったからか、すぐに心地のいい眠りに私は入った。
◆ ◆ ◆
「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよ、てめーどこ中だよ端役が!」
――微睡んだ視界や耳にダイレクトアタック!うるさ。
「…………んー、うるさい。……」
あ、やべ。口に出しちゃった。
机に突っ伏した体を起こす。自分でも思っていたより不機嫌だったその声はどうやら騒音の原因でもある2人に届いていたらしい。2人の喧騒が止み、視線がこちらへ向く。今の状況は蛇に睨まれた蛙だ。……怖いよー。
試験会場で質問してたメガネの真面目そうな男子。ああ、そうだ。飯田……だったっけ。思い出した思い出した。飯田君が何かを言おうと口を開きかけるがそれを遮るようにさっきまでの会話より数段苛立った声が響く。
「……アァ? てめェ、今なんつった。……つーかてめェ……」
発言が地雷だったのか、それとも私という存在そのものが地雷なのか爆豪君はゆっくりと立ち上がり青筋を立てながら向かってくる。爆豪君が口を開く前に先に言う。
「――あは、おはよう爆豪君。朝から元気だねぇ」
「……てめェ、何で俺の名前知ってンだよ」
爆豪君の目つきは更に鋭さを増す。得体の警戒心と苛立ちが混ざった瞳。
「だって、君有名人じゃん。ほら、あれでしょ? ヘドロ事件の被害者。」
おどけたような口調で言う。イメージはピエロっぽい感じ。飄々と。明るく。
「――オイ」
教室の温度が一気に下がるような感覚に陥る。あー地雷踏みすぎたかも。そりゃそうか。彼にとって、あの事件は人生最大の汚点のはずだ。無個性で下だと思っていたはずの「デク」に助けられ、世間からは「個性が凄かった被害者」として同情の入り混じった目で見られた、汚点。彼の手からはバチバチと火花が散る音が聞こえる。
「……潰す。首席だか何だか知らねェが……てめェだけは、完膚なきまでにブチ殺す……!」
わお、殺意マシマシ。どうしよう、なんて思っていると……来た。というか居た。
「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」
寝袋に入りながらゼリー飲料を飲み干す抹消ヒーロー……イレイザーヘッド。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね。」
「……担任の相澤消太だ。よろしくね」
中々不衛生そう。髪、大丈夫そ? そう言った後、相澤先生はゴソゴソと寝袋の中から何かを取り出す。四次元◯ケットかな?
「早速だが体操服着てグラウンドに出ろ」
何かは体操服らしい。……え入学式は?
あ、着替えないとダメなんですね。拒否権も無いんですね。OKです。
爆豪君の殺意に溢れた視線を感じながら教室を後にする。……いつか殺されそう。大丈夫かな。
あ、ちなみに着替えは更衣室じゃなくてトイレに行ったよ。肌とか見せたく無いからね!
……そういえばまだ百と話してないなぁ。……タイミング合えば話せるよね。
次なるべく早く投稿します!