ガイル少佐のヘルシーフード戦記 ~食文化に撃墜された空軍士官~   作:パワーポイント・レンジャー

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第一章 納豆との遭遇 / 第二章 傭兵たちとの邂逅

 第一章 納豆との遭遇

 

 俺の名はウィリアム・F・ガイル。空軍大尉だ。

 任務で世界中を飛び回ってきた。敵の弾丸も、爆発も、真冬のシベリアも切り抜けてきた。

 だが、あの日本の山麓の町で出会ったものは、それらのどれよりも俺を震撼させることになる。

 

 ユリアと一緒に日本を旅行していた時のことだ。妻は日本の古い寺や庭園に興味があると言っていた。

 俺はどちらかといえば、任務で訪れた国々をゆっくり見て回る機会が欲しかっただけだ。軍人としてではなく、ただの観光客として。

 

 山の麓にある小さな町。観光地というには地味すぎる場所だった。

 俺たちは腹が減って、大衆食堂に入った。いかにも地元の人間が通う店といった雰囲気だ。カウンターには年季の入った傷がついていて、壁には色褪せたポスターが貼ってある。

 

 そこで、あいつと出会った。

 

 白いTシャツにスカジャン、穴の開いたジーンズ、雪駄。たくましい体つきをした若い男だ。

 一目で格闘家だとわかる。筋肉の付き方が違う。実戦を経験した者特有の、無駄のない体だ。

 

「やあ、君たち。観光で来たのか?」

 

 彼はカウンター席に座っている俺の隣にやって来て、英語で話しかけてきた。独特の抑揚はあるが、流暢だ。

 

「ああ」

 

「どこから来たんだ?」

 

「アメリカだ」

 

「そうか。この町に外国人が来るなんて珍しいなあ」

 

 男は人懐っこい笑顔を見せた。彼はリュウと名乗った。

 

「俺はウィリアムだ」

 

「いい名前だな。ビリーと呼んでいいか?」

 

 俺は即座に首を振った。どこぞの悪徳企業に飼われている、棒術使いのチンピラを思い出したからだ。

 

「いや、ビリーだけはやめてくれ」

 

「それじゃあ、リアムは?」

 

「それもちょっとな……。響きが柔らかすぎる。俺のスタイルじゃない」

 

 俺が難色を示すと、リュウは「結構こだわりがあるんだな」と苦笑した。

 

「じゃあ、ウィリーはどうだ?」

 

「……それならいいだろう」

 

 ようやく妥協点を見つけた。

 横でユリアがクスクスと笑いながら、「可愛い名前じゃない、ウィリー」と茶化してくる。俺は妻を横目で見ながら咳払いをして、グラスの水を呷った。

 

「ウィリーは格闘家か?」

 

 リュウが興味深そうに尋ねてきた。俺は首を横に振る。

 

「いや、空軍の士官だ」

 

「軍人なのか。なるほど、どうりでガタイがいいわけだ」

 

 リュウは納得したように頷いた。

 俺も彼について尋ねた。普段は山で修行をしていて、時々町に下りてきて銭湯に行ったり、食材の買い出しをしたり、道着をコインランドリーで洗濯しているのだという。

 今時珍しい若者だな、と俺は思った。

 

 食事が運ばれてきた。俺が頼んだのは焼き魚定食だ。

 ご飯、味噌汁、焼き魚に、小鉢がいくつか。その中に、小さなパックに入った茶色い豆があった。

 

 リュウは俺の定食についている同じものに醤油を注ぎ入れ、箸でかき回し始めた。

 豆からは得体の知れない生物の触手のような糸が引き、異様な臭気が漂い始める。

 

「……リュウ、正気か? そんな腐った豆を食って大丈夫なのか?」

 

 俺は本能的に椅子を引いた。だが、リュウは至福の表情でそれを口に運ぶ。

 

「ああ。これは『納豆』と言って、ジャパニーズ・ヘルシーフードだ。食ってごらん、ウィリー」

 

 リュウが笑顔で勧めてくる。

 ユリアも「あら、ウィリー。挑戦してみたら? 郷に入っては郷に従えよ」と、悪魔の微笑みを浮かべて俺の背中を押した。

 

 俺は覚悟を決めた。

 自分の定食についているその物体――納豆に醤油を注ぎ、かき回し、一口運ぶ。

 

 次の瞬間、俺の口内は地獄と化した。

 ネバネバした食感。独特すぎる匂い。これは本当に食い物なのか? 生物兵器じゃないのか?

 俺は慌ててお茶を掴み、一気に飲み干して納豆を胃に流し込んだ。

 

「……君は、こんなクソ不味いものを美味いと言って食っているのか。信じられん」

 

 思わず本音が漏れた。ユリアが「あらあら」とハンカチを差し出してくる。

 

「慣れだよ、慣れ」

 

 リュウは爽やかに笑った。

 慣れ。慣れで食えるものなのか、あれが。

 

 俺はその日、固く心に誓った。納豆は二度と食わん、と。

 

 

 

 

 

 第二章 傭兵たちとの邂逅

 

 数年の月日が流れた。

 俺は少佐となり、ある極秘の合同作戦に当たっていた。

 我々に協力するのは、ハイデルン傭兵部隊の精鋭たちだ。

 

 ラルフ・ジョーンズ大佐、クラーク・スティル中尉、レオナ・ハイデルン、ウィップ。

 四人の傭兵が俺の前に立っている。

 

 ラルフは伝説の男だ。彼は二十代でデルタフォースの大佐になった。アメリカ陸軍時代の話だが、その功績は今でも語り草になっている。俺は彼に敬意を表した。

 

「少佐、敬礼は結構だ。俺がデルタの大佐だったのは、もう十年も前の話だ。今も大佐という肩書だが、傭兵部隊の階級なんざお飾りみてえなもんだからな」

 

 ラルフは気さくに笑った。筋骨隆々とした体躯に、戦場を生き抜いてきた者特有の鋭い目つき。だが、その笑顔には親しみがあった。

 

 一方、クラークは俺に敬礼した。彼は陸軍の情報将校だったという。だが、中尉の時に辞任して傭兵になったとも言った。

 わずか数年で情報将校をやめたということは、よんどころない事情があったのだろう。

 だが、その件については触れないでおいた。男には聞かれたくない過去があるものだ。

 

 レオナは無口だった。彼女は最低限の挨拶しかしなかったが、その無駄のない動きと冷徹な視線でわかった。彼女は「本物」だ。

 

 ウィップは一見、傭兵とは思えない普通の少女に見えた。

 だが、握手をした瞬間に戦慄した。ラルフやクラークと遜色ない握力。この細い腕のどこにそんな力が隠されているのか。

 凄まじい力で俺の手を握りながら、勝気な微笑を浮かべているウィップ。その異様な力に触れて、俺は目の前にいる少女傭兵の深淵を垣間見たような気がした。

 

 

 

 合同訓練の後、俺たちは基地の食堂で一緒にランチを取ることにした。

 俺のトレーには、アメリカ人の魂とも言える布陣が敷かれていた。

 ミートローフ、マッシュポテト、フライドポテト、そしてマカロニ&チーズ。茶色こそが勝利の色だ。

 

 ラルフのトレーには、グリルチキン、豆のスープ、ブロッコリーと卵のサラダ、プロテイン入りの牛乳が乗っている。いかにも筋トレ愛好家が選びそうなメニューだ。

 

「この食堂のメシは美味いな! うちの傭兵部隊も見習ってほしいもんだ」

 

 ラルフは目の前の料理を凄まじい勢いで口に運び、胃袋に収めていく。彼の食べっぷりは豪快で、見ていて気持ちが良い。

 

 対するクラークは、ハーブチキンと蒸し野菜、スクランブルエッグ、そしてオートミールという布陣だ。

 まるで健康に気を使うニューヨーカーのようなチョイスだ。そういえば、彼の英語には若干の東海岸訛りがあったような気がする。

 

「少佐、やっぱり主食はオートミールに限りますよ。バリエーションが豊富ですし、なんと言ってもヘルシーフードですからね。少佐もいかがですか?」

 

 クラークが笑顔で勧めてきた。

 ヘルシーフード。その言葉を聞いた瞬間、日本の山麓の町での悪夢が蘇った。

 

「納豆よりはマシだが……俺は結構だ」

 

 俺は即座に断った。

 

 一方、レオナは無言でフォークを動かしていた。

 彼女の皿には、山のような生野菜と蒸し野菜、そして大量のひよこ豆が鎮座している。肉っ気が微塵もない。

 

「そんな食事で、厳しい訓練や任務に耐えられるのか?」

 

「大丈夫です。タンパク質も摂取していますから」

 

 彼女は真顔で、フォークの上に一粒のひよこ豆を乗せて俺に見せた。

 ……いや、そういう問題じゃないだろう。

 

「少佐も、もっと野菜を召し上がったほうがいいと思います」

 

「食べているさ。マッシュポテトとフライドポテトをな。ポテトは野菜だ」

 

「……アメリカ人にありがちな主張ですね」

 

 レオナに冷たく一蹴された。俺のプライドに微かな傷がついた。

 

 だが、一番の衝撃はウィップだった。

 彼女はハニーグレーズのローストポークを食べていたが、あろうことか、その上からさらに追い蜂蜜を、ボトルの半分ほどぶちまけていた。さらに、ハニーマスタードのドレッシングがかかったサラダにまで蜂蜜をドボドボとかけている。

 

「ウィップ。そんなに蜂蜜をかけたら、甘くなりすぎて素材の味が死ぬぞ」

 

「だからかけてるんじゃないですか! 私、蜂蜜が大好きなんです!」

 

 彼女は満面の笑みで答えた。その目には一切の迷いがなかった。

 ひたすら草を食むレオナと、蜂蜜の海に肉を沈めるウィップ。

 俺はマッシュポテトを口に運びながら、密かに頭を抱えた。

 この娘たちの食生活は大丈夫なのだろうか……。

 

「少佐、気にすんな。こいつらはこれで強いんだ。食い物なんざ、体が受け付けりゃ何でもいいんだよ」

 

 ラルフが豪快に笑った。その横で、クラークもオートミールを食べながら微笑んだ。

 

「そうですよ、少佐。戦場では食えるものを食う。それだけです」

 

 俺は自分のミートローフを見つめた。

 任務で世界中を飛び回ってきた。敵の弾丸も、爆発も、真冬のシベリアも切り抜けてきた。

 だが、食い物の好みだけは、どうにも理解できない。

 納豆も、山盛りのサラダも、蜂蜜まみれのローストポークも。

 

 俺はソニックブームで敵をなぎ倒すことはできる。サマーソルトキックで敵を蹴散らすこともできる。

 だが、「食の多様性」という名の戦場では、俺はまだまだ新米だった。

 

 ミートローフを咀嚼しながら、俺は静かに決意した。

 次の休暇は、ユリアの手料理だけを食べて過ごそう。

 もちろん、メニューに納豆とハチミツのトッピングがないことを確認してからな。

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