別種族が人類の欠点を理由に無差別殺人を繰り返すこと。
アンナマリーは不機嫌だった。
特異点を攻略し、オジマンディアスを納得させた上での聖杯の取得。その一員として働いた身体は満足感に浸されていた。マシュの負担も最低限で済み、オルガマリーの心労も少ない。敵も生存し、納得の上での奪取。最高の戦果、その筈だった。
それにケチをつけたのは、獅子王を名乗る誘拐大量殺人犯だった。
「不味いな。実に不味い。オルガマリーの手料理を味わいたいほどに」
アンナマリーは独断でべらべらと忠義()を自称する
哀れ極まりない彼の脳髄を喰らう。アンナマリーが最高効率で取得出来る情報収集の形である。トリスタンが支配されていた力の残骸から塵滓の情報をサルベージし、悪辣な本性を調べる。
騎士道。無垢なる魂の保護。人理焼却からの退避。そこまで読み取って、アンナマリーは久しぶりに無意味に死にかけのトリスタンを損壊した。脳髄を啜られたトリスタンは無言で消滅した。断末魔は、既に叫び切った後だった。
怒りが抑えられない。アンナマリーの肉体が不規則に膨張して元に戻る。本体ではなくてよかったとアンナマリーは思う。アルターエゴの肉体だからこそ、オルガマリーの理性をまがりなりにも保持して暴走を防げている。
全くもってクソであるとアンナマリーは起動した。
アンナマリーは馬鹿である。無能であるべき存在である。ヒトに従うしか能の無い生命体もどきである。だが、どれほどの時間が経過しても、無限に等しい世界を渡り歩こうとも、アンナマリーには基軸となる
「干渉値が規定値を超えました。プロトコルを実行します」
アンナマリーの人格が切り替わる。オルガマリーにサーヴァントの撃退と目的を解説する。藤丸達の側に控えていた現地サーヴァント達の補足も併せて、カルデアに現在の特異点の問題と解決策が急激に露わとなる。
ベディヴィエールがエクスカリバーを返還しそこなった結果のアーサー王─獅子王の暴走。特異点を解消するには彼女の討伐が必要で、特異点の解消に伴い死人はなかったこととなる。それを踏まえて、アンナマリーはひとつの作戦をカルデアに提示した。
普段の何億倍も効率的に、何十倍も都合良く、何千倍も容赦を与えない。その熱弁は誰しもが納得する内容で、絶対的な防護を誇る獅子王に対して有効的な一手だった。
敵の善意に漬け込むことを除けば。
「…」
「最短、最速、最低の被害。ワタシは、塵に情をかけるのは首を斬ってからで良いと信じている」
カルデアの管制室でオルガマリーは目を瞑った。魔術師としての効率と、人としての情を秤にかけた。人として忌避するべき外道な作戦。置かれた天秤の反対側にのしかかるのは、藤丸とマシュの命。
ひやり。
誰かがオルガマリーから生まれた悪を見て首筋に手を置いた。天秤の上でマシュ達と彼女は別の皿に乗った。鐘の音が遠くから響いた気がした。誰かが計っている死の規則を、オルガマリーは鼻で笑った。
知ったことか。私はカルデアの命の方が何よりも大好きな女だ。
天秤の重さは見なかった。オルガマリーは首筋の何かに唾を吐き、躊躇うことなく令呪を光らせた。何となく、誰かは苦笑したと思えた。
「
「了解した、マスター」
アンナマリーの肉体が結晶となり雲のように聖都の結界へへばりつく。結界はびくりとも動かず、聖都には何一つ被害を与えない。聖地に住まう住民達は安堵の息を吐いた後、冷静になってひとつの事実に気がついた。
「聖都は素晴らしい防御に優れた場所らしいが、天災は如何だ」
結晶は無尽蔵に増え続けて聖都を覆い尽くす。完全なドーム状となったアンナマリーは太陽光を強化して放射し、内部の熱を逃がさない。時間が経てば聖都内部の気温は生命体が過ごせる温度ではなくなるのは明らかだった。
「ああ、人災に負けて逃げるのが女神様の決定だったか」
1日待ってやろうとアンナマリーは宣言した。
ガウェインのギフトは機能を停止し、夜間となった聖都は茹だるような暑さとなった。蒸発した水分が薄い雲と化して小さな雫を地面に濡らす。井戸の水が匂い始めて、住民は水すらも制限されたことを察した。
アンナマリーの身体を通している以上、日光はサーヴァントの神秘による攻撃となっている。住民のささやかな魔術は効き目がなく、粛清騎士も耐えるだけで対処は出来ない。サーヴァントすら、熱を覚えて汗を流した。
キャメロット城の周りは無数の民でいっぱいだった。辛うじて暴徒と化していないのは、刃をチラつかせる粛清騎士と彼らの善良さのお陰だった。
その民達を見下ろしながら、謁見の間にいる円卓のサーヴァント達は険しい顔を崩せない。完璧と思われていた防御を逆手に取られ、聖都は外界と同じく乾き尽くした荒野と成り果てようとしている。
助かる方法はひとつ。
待ち構える敵の眼前にノコノコと現れるだけ。
「─出るぞ。出陣だ」
獅子王の判断は早かった。半日の間に聖都にいる全ての戦力を軍としてまとめきった。その歩調は雑音が存在せず、発生する鎧と剣の擦過音すら同じタイミングで動いているように見えた。
「なんとまあ、虫螻らしい無駄な機能美を見せるものだ」
天井の結晶全体から音が降り注いだ。蔑みと不快さを煮詰めた嘲笑だった。獅子王の感情を代弁するかのように、アグラヴェインは常にある鉄面皮を崩して天から見下ろすアンナマリーを睨みつけた。
「黙れ…!我が王の」
「黙らない。何せ、今のワタシの
その言葉に、一瞬だけ獅子王の身体が硬直した。
一糸乱れぬ隊列に揺らぎが溢れる。突貫する騎士達が正門でたたらを踏む。ほんの少しだけ開いた正門から、瘴気がサーヴァントの鼻を刺激した。暗く、憎く、苦しみと理不尽で死んだ魂の発狂が背筋を凍らせた。
正門の隙間から圧縮された結晶が吹き出した。
「閉めろぉお!!」
アグラヴェインが血反吐を吐かんとばかりに叫んだ。ガウェインとモードレッドの宝具が最前線の騎士ごと結晶を消し飛ばし、ほんの少し空いた隙間に騎士が肉盾として扉の前に陣取った。全てがひしゃげる音と共に正門は閉じた。
扉の向こうで断末魔が響いた。全てを飢えで満たすような鼠の鳴き声。結晶で作られた鼠が存在しない胃袋を膨らませようと肉をこそぎ落とした。
数センチだけ開いた正門の代価は数百の騎士の消失だった。獅子王が結界を再強化するまで、正門の扉は只管にみちみちみちみちと嫌な音を響かせていた。
高笑いが響く。ゴミが死んだことを喜ぶ声が聖都を揺らす。住民の全てが負の感情に支配された。運よく入り込んで民家へ向かおうとした結晶鼠を、アグラヴェインは踏み抜いた。
「奴等は…我らを皆殺しにするつもりだ」
アグラヴェインの顔は真っ青だ。カルデアという異邦人が行う応報を、人の悪意を見誤っていたことに気付いたからだった。人類を邪魔する悪の組織が人語を話すゴブリンになりえることを認識した瞬間だった。
「結界が割れるまで、あの巨人は結晶を出せるだけ出して押し潰すつもりだ。与えた時間は猶予では無い。我々のタイムリミットだ」
聖抜の儀。半年に1度、聖都へ難民を受け入れるための選別の儀式。
人の根は腐り落ちるもの。故に私は選び取る。決して穢れない魂。あらゆる悪にも乱れぬ魂。そう獅子王は主張し、人間を収奪し始めた。
─生まれながらにして不変の、永劫無垢なる人間を。
世界の敵。そのための犠牲。必要な生贄。円卓が、獅子王が口にしてきた無垢で無い証拠。本当の意味で絶滅戦争を実感した彼らは、ようやく自身が人理修復のための尊い生贄として選別されたことを理解した。
「一応、宝具を連射すりゃあ突破は可能だと進言するぜ」
「少数寡兵での進撃か。私とモードレッドならば確かに可能だ」
モードレッドとガウェインの進言に、アグラヴェインはガックリと首を振った。
「奴等の狙いはそれだ。『本当の意味で救済を主張するのなら、円卓の騎士達だけで突破して戦え』。戦争ではなく、集団戦。命のやり取りを最低限にした、スマートな攻略方法だ」
話さない。容赦はしない。慈悲はない。救いは粛々と受け入れること。
カルデアは文化に従っただけだ。円卓という名の無駄に強いゴキブリの風習に合わせただけだ。話し合わない、互いを理解しない、向き合わない。その結末は純粋な情け無用の殺し合い。違うのは立場だけ。
生まれながらにして不変の、永劫無垢なる人間を。
アンナマリーは鏡映しとなるように丁寧に再現をしてあげただけだ。永劫無垢なる人間だけが救われる結晶の牢獄。たとえ聖都が結晶で埋め尽くされても、その内容を実現した人間は必ず生き残る恩讐の獣。
「ワタシは思いやりにあふれた人格だ。恣意的にならないように、判断は現地の聖罰を受けた魂に任せた。『永劫無垢なる魂を持つ存在』なら問題無く通過できる。そら、武装無しで歩いてみるが良いさ」
獅子王が、アルトリアとして壮絶な表情を顔に出した。
アンナマリーは聖杯戦争のログを読み込んだ。
・マ印の聖杯戦争.logを解凍しました。拡張子が一致しません。
・オ印の聖杯戦争.logを解凍しました。文字コードが一致しません。
・カルデアスの聖杯戦争.logを解凍しました。暗号化されています。
腹部が破損しました。再生を終了します。