マリーの中の寄生虫   作:ややや

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心傷:絶対魔獣戦線 バビロニア

 レイシフトの初期位置は地上500メートルの空中だった。

 

 マシュは息を呑んだ。マシュの頭の中に浮かぶ、存在する記憶。先輩が愛おしげに*1所長を抱きしめ*2、あまつさえ胸元に顔を埋めた出来事*3

 

 マシュの中のギャラハッドは『不義も逆レも駄目だ。未婚の女性は貞淑を心掛けるべきだ』とやんわりと主張したが、彼女の警戒心は最大のアラートを鳴らしていた。オルガマリー所長は押しの強い年下に弱く、先輩は潔癖で一途である。無主張は─敗北拳なのだ。

 

「げふっ」

「所─わぷっ!?」

 

 マシュは藤丸を両手で胸元に抱き寄せ、オルガマリーの腰を蟹挟みにした。重力操作で安全に着地しようとしたオルガマリーは出撃前に飲んだ紅茶を吹き出し、藤丸はマシュの胸で窒息死寸前だった。

 

 宝具を展開し、減速するマシュは混乱していた。オルガマリーに任せれば容易く着地可能な事柄に全力を出している。ウルクの都市結界によって弾き出された彼らは、マシュを起点として風車のように廻り飛んでいた。

 

 出来の悪い組体操のような姿勢にまともな制御など行える筈もなく。

 

「…えっなにあのぶった─きゃあぁ!?」

 

 カルデア組はたまたま空中を飛んで(暴走して)いた女神イシュタルと衝突し、仲良く地上に墜落した。

 

 ⭐︎★⭐︎★⭐︎★

 

「おろろろろろ」

 

 何とか正気を取り戻したマシュにより着地は成功した。本来なら叱咤激励をするべきなのだろうが、オルガマリーに余裕はない。景気付けに食べた朝食を全て吐き出すのに精一杯だった。

 

 なお、藤丸はその横で泡を吹いて完全に気絶していた。ロマニが必死に声を上げるが、身動きすらしない。一応バイタル的には生存しているが、当分目を覚まさないのは明らかだった。

 

 唯一無事なマシュは、被害を与えてしまった存在に対して平身低頭でひたすらに謝っていた。何故なら、怒り狂っているのはサーヴァントであり、女神を名乗る女性。おそらくはウルクの味方として召喚に応じてくれた現地サーヴァントだったからだ。

 

「あーなーたーねー!!このイシュタル神を地面に落とすなんて、覚悟は出来ているんでしょうねぇ!!」

「す、すみませんでした!!」

 

 イシュタルはウルクの女神である。正確には、特異点の発生に伴いウルクに人間を依代として召喚された擬似サーヴァントである。憑依先の肉体が善よりの人格故に残忍さの大部分が抑えられているが、本質は苛烈で傲慢な存在だ。

 

 頭を下げたマシュに不敬として宝石魔術で攻撃する。挨拶がわりの一撃に、マシュは何とか防ぐことに成功した。それでも謝り続けるマシュに毒気を抜かれたのか、イシュタルは深いため息をついた。

 

「まあいいわ。今はアナタの話をしましょう。この私の肢体に(からだ)断りもなく触れた、不埒者の処分(はなし)をね」

「じ、示談は許されるでしょうか…?」

「手足を撃ち抜いた後、エビフ山にばら撒いてあげるから」

 

 イシュタルが不機嫌さを隠しもせずに藤丸へ敵意を向けた。神を叩き落とすなど、シュメル人なら家財丸ごと差し出しても許されない不敬さ。見覚えのない服装は間違いなく異邦から来たからだろう。つまり、無一文。

 

 財がなく、身分もなく、敬意もない。殺す理由には十分だったが、イシュタルは依代により多少は寛容となっていた。何処かに落としてしまった宝物(グガランナ)を探すための手足(どれい)となって貰おうと口を開こうとして─吐瀉物を土の下に埋めていたオルガマリーに固まった。

 

「ゔぇ…気持ち悪ぅ…。マシュ、イシュタル神は美と愛を司る豊穣と戦の女神よ。謝罪だけじゃなくて奉納や夫役を提案したほうが─」

 

 口を濯いだオルガマリーは、彼女だけが知っている言葉を口走った。

 

「─()()?」

 

 イシュタルの身体ががたがたと震え始めた。全員が驚くなか、最も驚愕していたのはイシュタル自身だった。確かにイシュタルはオルガマリーが強いことは理解しているが、彼女の力が敵わない訳ではない。藤丸を抱えて逃げることは難しくない筈であるのに、身体の震えは治らなかった。

 

「な、ななな!?女神(わたし)依代(からだ)が震えてる…!?」

 

 右腕粉砕骨折。左膝靭帯挫滅。右第6〜10肋骨の螺旋骨折。その他全身に打撲。ついでに軽微炎症。オルガマリーが聖杯戦争にて遠坂凛(イシュタルの依代)に与えた怪我である。

 

 オルガマリーはアンナマリーとの戦いにより物理攻撃が岩を砕けるほど高い。遠坂は時計塔の魔術師という立場と見た目に騙されて裏をかくために近接戦を挑んでしまった。幸い、アーチャー(エミヤ)に令呪を切ることで後遺症もなく完治したが、肉体はオルガマリーの暴力を覚えていた。

 

「そういえば─彼女とは聖杯戦争以来まともに話せてなかったわね」

 

 オルガマリーは呟いた。戦闘の負傷はお互い様なのでどうでも良かったが、間桐家の殲滅で邪魔をされたのは理解が及ばなかった。

 

「イシュタル神。その依代は私の知人なのですが、聖杯戦争の記憶は抱えていますでしょうか」

「─…」

 

 突如。

 イシュタルの脳内に溢れ出した。

 ()()()()()()()

 

『…そう。話し合いの余地はあったと思うけど』

 

 カーミラ(アサシン)を引き離し、背後から奇襲した無防備の一撃。アーチャーが投影した宝石槍を用いた現代魔術師ならば防御不可のはずの決死の一撃。それを皮一枚で避けたオルガマリーは、今までの狼狽が嘘のように冷徹な眼で遠坂(わたし)を見下ろしていた。

 

『まあ、しょうがないわね』

 

 遠坂(わたし)の膝が爆発した。前傾態勢となっていた身体は間桐邸の屋根を壊してぐるぐると回っていた。噴き出す血を虚に捉えて、ようやくオルガマリーの蹴りが遠坂(わたし)をかちあげたのを理解する。完全に死に体となった遠坂(わたし)の顔面を、オルガマリーが蹴り潰そうとしているのがはっきりと分かった。

 

 しょうがない。オルガマリーはそう言った。余裕からくる優雅だった。私の慢心を彼女は甘んじて受け止めていた。彼女が警戒していたのはサーヴァントであり、マスターではなかった。政治の面倒臭さが、遠坂(わたし)の生命を繋いでいた。

 

 オルガマリーの軸足が間桐邸の床を踏み抜く。走馬灯により、背中を向けた彼女の蹴りの軌道がはっきりと見えた。靴を保護している結晶体は弾けた床材を容易く粉状に粉砕しており、人間の頭蓋骨など障害物にもならないことがよくわかった。

 

 死ぬ。殺される。無惨に散る。

 

 弱小サーヴァントを引き連れて勝ちを2度も重ねたことに、もっと気にかけるべきだった。慎二と士郎を知って、何故遠坂(いなか)時計塔(さいせんたん)を互角だと思えたのか。慎二を見下したことを笑えない。遠坂(わたし)もまた、彼と同じだった。

 

『マスター!!』

 

 彼女の後ろ回し蹴りを防いだのは、鷹の目で遠坂(わたし)を見たアーチャーが作戦を投げ捨てたからだった。盾を展開する余裕もなく、アーチャーは遠坂(わたし)とオルガマリーの間に挟まって肉盾となった。爆音と共に遠坂(わたし)は吹き飛び、2度目の空中浮遊を味わった。激痛を代償に、遠坂(わたし)はかろうじて即死を免れ、庭先の樹木のひとつと化した。

 

『遠坂!?』

『アーチャー!?─ック!』

『うおお燃え上がりなさい私の拷問魂ぃい!』

 

 カーミラは魔力弾を半ば暴発させる形で強引に距離を取った。令呪によるブーストが切れたカーミラはとうの昔に右腕を失っていた。だらだらと冷や汗を流しながら、オルガマリーは衛宮を牽制しつつカーミラに飛び付いた。横からタックルを受けたカーミラは間桐邸の生垣を突き破り、2人は雑草と土まみれとなった。

 

『ヴ、ヴァンパイヤステーキになるところだったわ…』

『─無理!死ぬ!サーヴァント=シンピ=キカナーイ!!アレで殺せないなら無理無理カタツムリ!!アサシン!脱兎よ脱兎!!』

『同感。あんな化け物達は若作りの中年マダムの手に負えないわ。逃げ逃げ、令呪逃げ!死にたくなーい!!」

I'm not ready to kick the bucket(シニタクナーイ)!』

『『ヤー!!(令呪転移)』』

 

 アサシンとオルガマリーは遠坂(わたし)の負傷を見てなお無様に逃げていった。ふざけているわけではない。彼女にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()。指1本動かせない人間へ向けるものではない。大した警戒心だ。此方には駆け寄ってくる誰かの顔すらわからない状態だというのに。

 

『嫌だ!起きて!─姉さん!!』

 

 なんて、ぶざま─。

 

「……、……」

「あの、先程の事故は私の過ちによるものです。先輩は無関係で…あ…あの、聞いていますでしょうか…?」

 

 モジモジと頭を下げるマシュに対して、イシュタルは爽やかに笑った。

 

「じ、じじじだんのののはななしを…はなひをしまひょうか!」

 

 意志と体が一致していない。擬似サーヴァントもメリットばかりではないのだなとマシュは頭を下げながら思った。

*1
誤解

*2
誤解

*3
事実




遠坂が提案した作戦は彼女が最もリスクを抱える内容だった。
それに対して俺は─
> 遠坂に任せる
 俺が囮になる(DEADEND)
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