低頻度でくるアンナからの生存報告はのんびりとしたものだった。
パッチテストに始まり意思疎通の改善に数年。互いの立場の擦り合わせが終わるのに更に1年。アンナの扱いは墜落した他星人という形で落ち着いたらしい。
但し、推定である。この繋がり自体がイレギュラーだ。カルデアス内部で情報を発信していることも合わさって時系列が度々前後する。アンナの魔術的な価値は高い。『直に』ダヴィンチへ話さないことは私達の間柄を繋ぐ上で必要なことは了解してほしい。
気になるのは扱いだ。アレは食事さえあれば文句は言わないタイプではある。食事の代わりに機密情報をベラベラと喋り散らかさないか気になってしまう。私の魔力量がどんどんと出力が上昇しているのを考えると尚更。アレは一体、何をしているのか。
とにかく、第一特異点を無事に修復することは出来た。
西暦1431年のフランスに復活した、『竜の魔女』ジャンヌ・ダルク・オルタによる邪竜の侵略。負傷したジャンヌ・ダルクとジークフリートを誤魔化しながらの立ち回りは、中々に上手く出来たと確信している。
…いや、なんで私がまたレイシフトしてるのよ。ワタシ、トップ、エライヒト。人材不足は十分承知してるけど、サーヴァントと契約出来ない私がレイシフトする必要性、ある??
(長々と書かれた訂正線)
…ダヴィンチとロマニの検査の結果、アンナと私の精神は入れ替わることが可能だと判明した。どうも私の身体は寝ている間に大統領権限を使ってレイシフトを強行したらしい。
…何やってるのよ、あの寄生虫!!
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人類最後のマスター、藤丸立香はあくびをしながら所長であるオルガマリーの挨拶を聞いていた。それを見て、隣にいるマシュは嗜めるために肘で彼をつついた。
「先輩!所長の話はまだ終わってません。睡眠は昼食後に行いましょう」
「あ、ごめんマシュ。ちょっと…今日は夢見が悪くてね」
今でも鮮明に思い出せる、オルガマリーがカルデアスに投入された光景。美しい姿形があっという間に肉と脂肪の塊となり、焼け焦げて炭のようにカルデアスへ沈む姿は藤丸のトラウマになった。
だが、魔術は奥が深いとも思う。
レイシフトから帰還した藤丸達が見たのは、泣き喚く所長の姿だった。
『一か八か…正直、成功したのは奇跡よ』
生贄となったのはアニムスフィアの秘術により産み出した分体だとオルガマリーは言った。本物であり、偽物。ただし、咄嗟に発動したために後遺症が発生しているらしい。
『カルデアスに入れられた身体は私の使い魔…アンナマリーに制御を任せたのだけど、
悲しそうに呟いたオルガマリーだが、流石は国連所属機関のトップだ。縮んだ寿命など気にもせずに精力的に指示を行い、あっという間に特異点の場所を特定した。
出来る才女。それが藤丸とマシュの認識だった。
「つまり!ワタシの素晴らしさを魅せつければ自ずと頂点の地位に相応しくなるというわけだ!!」
オルガマリーはむふーと擬音がつくレベルで鼻息荒く胸を張った。普段とは異なる仕草に、藤丸達は首を傾けた。
「…なんだか、普段の所長と違くない?」
「よく言ったな!藤丸!!」
カッと目を見開いたオルガマリーがニカリと笑った。これ見よがしに拳銃に弾を込め、藤丸に近づいて抱き締める。柔らかな感触と女体独特の匂いに、藤丸の顔が真っ赤となった。
「その通り!今の私は少々演技派だ!憂いている!何故か分かるか、ジングル・アベル・ムニエル!!」
「えっ…ぎゃっ!」
発砲音。
ムニエルの脚から血が溢れた。苦悶の表情で倒れた彼を無視して、オルガマリーは笑みを絶やさずにシルビアに向けた。シルビアの口から小さな悲鳴が上がった。
突然の暴挙に、全員が唖然とした。
オルガマリーは笑顔のままだ。貼り付けたような綺麗な顔で、大仰に手を広げた。舞台俳優のようだと藤丸は場違いに思った。
「ダストン!貴様はカルデアに長年所属していたな!!」
「…ええ。10年以上働いております」
カルデアの空気が入れ替わった。南極の本来の気温が挨拶に来たようだった。不穏な空気に藤丸は不安げなマシュの手を握った。安心を与えるためであり、男としてのささやかな意地のためだった。
「貴様はレフの裏切りを予知できたか?」
「…いいえ、恥ずかしながら全く気付きませんでした」
「その通り!カルデア職員の人口は10分の1となり、特異点修復に必要なマスターはたったの1人!!なんともまあ、風通しが良くなったものだ!!」
大袈裟に肩をすくめたオルガマリーは、銃口をシルビアからダストンに向き直した。笑みは変わらない。その目線だけが、恐ろしいほどに冷たくなっていた。
「
「…!!」
「ワタシ達は人理焼却に向けて一丸となるべき組織だ。蟠りを捨てて真なる仲間として絆を深めなければならない『義務』がある。火傷も治らぬ内に
ロマニも、ダヴィンチさえ冷や汗を垂らしながら無言を貫く。手元から試験管を取り出したオルガマリーは、乱雑にムニエルの血液を採取した後、治癒魔術で傷口を塞いだ。
「オルガマリー・アニムスフィアを舐め腐っているわけではないよなぁ?」
「……いえ、そのようなことは、決して」
ダストンはか細い声で答えた。その回答に満足したのか、或いは如何でも良かったのか。オルガマリーはいつもの気難しい表情で頷いた。
「いいでしょう。ですが、人理焼却は全人類の命がかかっています。
ムニエルは中指を立てた。オルガマリーも中指を立てた。友好の儀式の後、ムニエルは怒りを含めて叫んだ。
「なんで俺を撃ったんすか!?」
「あなた、コフィン担当でしょう。二の舞をしないためにも、初動こそ引き締めないと」
「…俺、もしかしなくても」
「み・せ・し・め」
ムニエルは崩れ落ちた。その横でシルビアはホッとしながらムニエルに近寄ったが、次点が自分だったことを察して身震いした。あの目が性別程度で手加減をかけると思えなかったのだ。
「機械全般ならこのダヴィンチが入念にチェック・強化しているよ。君の懸念する事故は起こらないさ、アンナマリー。所長の使い魔さん」
ムニエルの傷を確認し始めたロマニを他所に、ダヴィンチは揶揄するようにオルガマリー、否、アンナマリーへ言った。
「へえ。貴女、人理焼却のエネルギーを使った洗脳に耐え切れる自信があるのね」
「それを言われると手厳しい。分かった。レイシフト前に遺伝情報の精査をマニュアルに加えよう」
「よろしい」
藤丸は魔術知識は皆無である。つまりよく分からない。だからか、過程を省略して結論を真っ先に理解できた。
「ええと、つまり今の所長は所長ではない…?」
「うむ!今のオルガマリーは過労と心労で気絶している!ワタシは
「補佐、ですか。私達が友好を深めることが重要なのですね」
「うむ。…いま、カルデアスは不具合を抱えている」
アンナマリーは少しだけ目を伏せた。
「人理焼却により保障はされなくなったものの、カルデアスが100年後をシミュレーションしているのは事実。ワタシが混入したことにより、カルデアス内は100年前に未来人と接触していたのが確定した。
過去の人間が未来を知ったとして、人類史が歩む歴史に大差はない。
変わるのは価値観。アンナマリーが100年後の人類の上澄みとして、ありていに言って化け物を理想として進み始めたのだ。
「カルデアス人類は
別世界といっても締まりが悪いとアンナマリーは自嘲した。
「ごめんなさい、藤丸、マシュ。貴方達にはキツイ光景だったでしょうけど、貴方達の安全には必要だったの。恨むなら
「いえ、素晴らしい引き締めでした」
「仲良くなるのは良いことだと思います!」
マシュ達の肯定に口元を緩ませたアンナマリーだったが、ロマニを見ると真顔で首を傾げた。
「ロマニ、悪役的な笑い声を出して」
「え!?う、えーと。…ローマロマニ!」
「ほなら違うかあ…」
「ねえ怖いんだけどこの子!?やっぱり使い魔ってみんなこんな感じなの!?常識とか!コンプライアンスとか!セキュリティは無いのかなぁ!?」
ロマニは叫んだ。心からの絶叫だった。
「美人で、頑張り屋で、人の為に心を砕くワタシを何故怖がる。ワタシはいつもオルガマリーの味方だ。その為にも、諸君達には全精力を懸けて働いて貰わなければならない。オルガマリーは、裏切りを怖がっているからな」
「そこまで大事にしているんだね、アンナマリーは」
「オルガマリーの寿命はあと半年だ」
アンナマリーの言葉に、藤丸達は口を噤んだ。
「但し、暫定だ。レイシフトさえすれば、ワタシが存在証明を経由してこちらで保管しているオルガマリーの霊基を差し戻せる。上手くいけば、マシュと同じデミ・サーヴァントとして強化できるかもしれない」
「君の肉体は消えていいのかい?」
「アテはある。というか、ワタシの本体はオルガマリーが管理している。ワタシの稼働時間のためにも、オルガマリーには修羅場を潜ってもらわなければならない」
アンナマリーは命懸けの行為に主人を迷いなく賭けた。オルガマリーなら容易く熟せるだろうと本心から信頼した結果だった。見事な信頼関係にマシュは感嘆し、流石所長だと敬意を深くした。
ちなみに、数時間後のオルガマリーは自室で半泣きになっていたりする。
「…む、そろそろ時間のようだ」
アンナマリーの胸元からピコンピコンと赤い光が点灯し始めた。ムニエルと藤丸はそれがカラータイマーだと気がついた。
「さて!諸君。ワタシはカルデアスでオルガマリーの─君達のために準備する!だから人理焼却阻止は君達の手で成し遂げてくれ!」
「なぁに!ワタシはカルデアを信じている!だから君達の人生を無にしない為に、ワタシは報酬を拵えてみせよう!
「
アンナマリーは椅子に座り込んで意識を落とした。少しして、オルガマリーの安らかな寝息が部屋に響き渡る。なんとなしに全員が仕事に戻り、特に問題無く人理修復の準備は進んだ。進んだが、全員の脳内には疑問がこびりついていた。
それ、報酬っていえるのだろうか。
※アンナマリーは自分に出来ることは全部オルガマリーがそれ以上に出来ると確信しています。