「わたしを─
嘆きが聞こえる。海に沈むような冷たい泡の中に藤丸は浮かんでいる。誰かの、愛を失った女性の啜り泣きが藤丸の意識を夢に落とす。
「生命は海から生まれた。
嘲りと哀れみを含めたキングゥの声が藤丸の目を開かせる。キングゥは存在しない。海など何処にも無く、灰となった何もない世界がそこにはあった。
「わたしを、あいさないで─」
しかし、その嘆きに平行して誰かの讃歌が藤丸の耳に届いた。
歌うのは、仮面を顔に貼り付けたような藤丸と同年代の少年。中性的な美しさを備えた彼は、大量の顔の潰れた人間達の神輿に乗って磔にした誰かの前で熱唱している。
だが─アレを人間と称するべきか、藤丸にはわからなかった。ぐずぐずに燃え盛る炭の塊が、少年の踏み台となって壊れ回る姿を、人間だと呼べるのか。ひどく愉しげにバックコーラスを奏でる彼らは、ヒトとしての何かが欠落しているように思えた。
『WARNING!』
「これより神の領域」
『wow wow wowwow』
「聞こえてくるぜ 俺を呼ぶ奴らの声が」
態とらしく少年は磔の人物に顔を寄せる。それは血塗れの人型だった。肉を剥ぎ取られ、皮の中に骨を入れたような、かろうじて呼吸を繰り返す生命体だった。
静寂。
観客と少年から物音の一切が消滅した。張り詰めた空気の中に響くのは、生命体を維持する機械音だけ。風に揺られたように生命体がほんの少しだけ揺れたのを見て、狂気の祭宴はあっという間に熱を取り戻した。
「嗤わせるぜ 百万年早いぜ」
『wow wow wowwow』
「教えてやるぜ これがパワーだ! 史上最強 神の力だ!!」
神輿の下にいる人間が燃え尽きる。炭の塊が人型を失い、少年と地面がどんどんと短くなる。恐ろしいのは、神を讃える声が増大していることだ。死んだ炭の塊のひとつひとつが神を素晴らしいと褒めている。
少年が神輿から地面に飛び移る。藤丸は、黒い肌着を着ていると思った少年が全裸だったことを知った。性器ごと焼き爛れている胴体はもはや機能していない。死の匂いが、視覚から漂ってくるようだった。
『Call”GOD's”!Call”GOD's”!』
「俺を讃えろ!」
『Call”GOD's”!Call”GOD's”!』
「俺を讃えよ!」
『Call”GOD's”!Call”GOD's”!』
歓声が止まる。人型が全て燃え尽きたのを見て、少年は灰の中にマイクを放り投げた。高熱によりどろどろに溶け消えたマイクを尻目に、彼は美しい笑顔で磔の誰かに向き合った。
「さあ、『次』はなんだ?」
「…ごめ…、さい」
磔にされた死体同然のナニカから機械音声が流れた。最高の品質で保全した音が途方もない経年劣化で崩れかけた、誰かも不明な音だった。
「わ……は せん…、を まち…、ました」
「意味が分からないな、お前の『教え』は完璧に
生命体は答えない。とうの昔に、その命は尽きている。その魂を延命させたのは少年であり、誤っているのも彼だった。だからこそ、彼は止まらない。正しさのために突き進み、最後の炭を踏み砕いた時には、美しい少年は無残な老婆へ変貌していた。
「望むがままに、貴様の希望を叶えてやっただろうが」
その声はあまりにも、物悲しかった。
そして同時期、オルガマリーもこの夢を見ていたが、中身は自由研究の発表会に乱入するペンギンの着ぐるみを着たラッパーという絵面だった。
マスター適性もレイシフト適性も皆無の女の解像率としては高いものだったが、オルガマリーは当然の如く何も察することは出来なかった。
⭐︎★⭐︎★⭐︎★
藤丸はむくりと起き上がった。
「起きましたか」
現地サーヴァントのアナがフードを被ったまま無感動に事実を口にした。
魔術王が遺した石版を読み取り、その激怒の一端を知った翌日。
魔獣を生み出してウルクを侵略していた百獣母神ティアマトの端末が姿を現し、オルガマリーとの激闘の果てに牛若丸の霊基を生贄に本体を降臨。マーリンを半死半生の状態に追い込み、新人類『ラフム』を生み出した彼女は─
ビーストⅡの降臨だと、ギルガメッシュは苦々しく語っていた。
藤丸の頭ではあまり理解できなかったので、アナとマシュに相談して解答を教えてもらう。本当なら所長に伺うべきなのだろうが、ダクトテープを首に巻いた彼女はギルガメッシュの横で缶詰となっている。藤丸にはどうしようもなかった。
「まず、初めに偉そうに登場した蛇女はティアマトではありません。アレはゴルゴーン。私、メデューサのあり得た可能性のひとつです」
「えっ。初っ端から間違ってたの…?なら、あの第2形態がティアマトなんだ」
アナは頷いた。
「死に際にマーリンが自白していましたが、ティアマトはアレが眠らせる形で封印していました」
「死んでない死んでない。ギリギリ生きているってこぼしてたでしょ」
「キングゥは魔術王が呼び起こした彼女を叩き起こした。その結果が、新たな人類『ラフム』の濫造。キングゥはアレを兵隊として、我々を滅ぼす目論見です」
藤丸達は頷いた。ラフムはティアマトが目覚めた瞬間にあっという間に億単位で増大した。彼女が生存する限り、物量戦では勝ち目がない。
そこまで話して、藤丸達のいる監視小屋にノックが入った。返事を聞いて入ってきたのは、頭に『d9hl94fy』と貼り紙をしているラフムだった。
「hy;yb@h\4xjw@r。bao、n6pyka94tsuljr」
新人類のラフムは節足動物とヒトデに人間の口が混ざりあった醜悪な姿だった。敵対しているはずのウルクやカルデアに敵意を見せることもなく、ラフムは腕に吊り下げた手作りの草籠をそっと入り口に置いた。
「ffkwgw@f3ljrt@、w@g;f@0tedqemkw@r<」
挨拶の代わりなのか、タップダンスを踊って小屋を出たラフムを見ながら、アナは呆れたように手元の武器をしまった。
「
今の海際はラフムの群れで紫色となっている。侵略を監視するために拵えられた小屋の区域はまさに最前線であったが、兵士達は複雑な表情で訓練をしていた。何せ、兵士達が頭を下げればラフムは訓練の敵役に参加してくれるのだ。
善良で誠実。不老不死に限りなく近く、ウルク兵どころかサーヴァントでようやく討伐可能という強さ。おまけに、それぞれの個体が持つ情報を共有できるという一種の真社会性生物のような特徴を有している。
ラフムは、
ラフムの生命はティアマトに依存している。母を止めることはラフムの死を意味する故に、ラフムは彼女を守らなければならない。とはいえ、彼女が展開したネガ・ジェネシスは特定のラフム以外は侵入出来ない不可侵領域。
ならば、ラフムが行うべき行動は
ラフムの原材料はウルクの人間である。ウルク民はラフムを殺す理由はあるが、ラフムにとっては将来の仲間。殺す必要が存在しない。人類が勝てばラフムが活動したささやかな文化が残り、人類が負ければ学んだ文化を継承してウルク新人類ラフムとして人生を始める。
共同生活に対する同意の結果が、ラフムが生産を支える最前線の戦場だった。
「新人類としてキングゥが自慢するだけはあるね」
「ですが、私達は諦めるわけにはいきません」
「その通りです、マシュ・キリエライト」
アナはフードを取り外し、その可愛らしい顔で藤丸達を見据えた。
「ラフムは人類を超越した生命体かも知れません。ですが、彼らには執着がありません。死に物狂いという概念を持っていません。人理焼却には、彼らの善性は意味を成さない」
ティアマトの最も脅威な点は、存在全てが生命の源そのものであるため、『死』という概念を持たないことである。ティアマトが全生命の母である以上、地球上に生命体がある事実が彼女を逆説的に死を否定する。
生の概念の隔離と死の概念の付与。藤丸達は、神を味方につけなければ勝機は訪れない。
「他の女神を説得し、ティアマトを滅ぼす。私達が生き残るには、それしか道はありません」
藤丸達は頷いた。彼らは、諦めたくないと足掻く人類だから。
ラフム:見た目クトゥルフ、中身ナメック星人。一応外敵対策としてベル・ラフムが存在する。奇跡的にいたスラッグはキングゥの部下として仲良くやっている。