「げぇー!」
冥界にばらばらとなって堕ちたティアマトの内部で、ベルは無様に呻いた。
「すまない、僕の説明不足だ。まさかカルデアが自身を葬った爆弾を後生大事に抱えてるとは…」
「そんなモン後でいいよぉ!母ちゃんの状態はどうなん!?」
周りはウルク兵の咆哮で地形すら判別出来ない。ベルが乱雑に
『いたい…(半泣き)』
「ょっし大丈夫そうだ!」
「一応だけどね。確かに死んではいないし、ネガスキルはまだ健在だ。サーヴァントからの攻撃は問題ないだろう。だが、放置はしてくれないだろうね」
キングゥは垂れ流しているケイオスタイドが花と変化しているのを見逃さなかった。本来ならば冥界は生者の立ち入りは不可能な領域。しかし、ウルク兵は生命を散らさないまま士気高くティアマトに向かっている。花畑がティアマトの生命を生み出す力をウルク兵の生命として補完しているのだ。
生身の人間にティアマトのスキルは役に立たない。サーヴァントがラフム達を牽制し、ウルク兵が仕留める。見事な戦略に、ベルは情け無い悲鳴を上げた。
「ぎゃー!ウルクに放ったスパイ達はぁ!?」
「スパイというか裏切り者というか…まあ、全滅だね。人型に擬態したラフムもカルデア達に討伐された。生き残りはいるだろうけど、冥界では
「うごごご…!!」
逃げるか、撃退するか。ベルは判断を付けるのに躊躇した。その進退窮まった思考をグランドアサシンは逃しはしない。マーリンの指示に合わせて山の翁は自らの業を披露する。
ティアマトの角翼もろとも首が切断され、首の下にいたベルの首がぼとりと堕ちた。グランドの霊基を糧にした死の概念が付与されたティアマトは絶叫する。
「ベル!」
「首が取れただけだ、死にゃしねぇ!母ちゃんが末期になったくらい、いやヤバいやばい!母ちゃんが死んだら俺様達死んじまう!」
ティアマトの死はほぼ確実だった。身動きの取れないティアマトに近寄るのはネガスキルを受け付けない生者達。藤丸、マシュ、そしてギルガメッシュ。絶対絶命の危機に、キングゥは思わず舌打ちをした。
「標的、確認しました!」
『ロマニ、私の存在証明はまだ!?決戦始まってるわよ!?』
『ダメです!冥界クラスの異界だと所長の存在証明が維持できません!今でさえ10%切ってます!入ったら死にます!』
運良く─というよりかは魔術王の目論見通り、カルデアは
かつて無いほど真剣な表情で、ギルガメッシュはベルを見据えた。
「貴様が、ラフムの王か」
「おーん?…そうかな?…そうかもしんねーなぁ」
ギルガメッシュが宝具の山を放つ。首が切れたベルに回避は出来ない。胴体にいくつも武器を貫かせて、ネガスキルの範囲外に吹き飛ばされる。キングゥの救助は藤丸達によって防がれ、彼らの間には邪魔者がいない。
「貴様はこの我が直々に処刑してくれよう。喜べ、人類最古の罪人よ」
「へぇ。罪ってのは生まれる前からかせられんのか」
2度目の
「うせやろ?か、身体が勝手に歩いていくヨォ〜!?」
ぼろきれと化したベルの胴体が首を持って弁慶に駆け寄る。ラフムの山を駆ける様はまさに八艘飛び。胴体は奮闘している弁慶の前に着地すると、頭を自らの刀で串刺しにした。
「ぎゃー!いやー!」
「…我が主君よ、最期までお供いたす!
義経の意思を確信した弁慶は迷わず宝具を発動した。遊行聖の大行列が呼び出され、ベルの魂を押し流さんと旅路が始まる。浄土を目指し、舟に封じ込め、流される即身成仏の行。最終的には浄土へ連れて行かれ成仏する、半強制的な即死魔術は、ティアマトの加護を突き抜けるほど強力である。
だが、相手が悪かった。
「…がっ…!?」
「…いや、マジで助かるとは。それにしても、失礼すぎんだろコイツ」
法語のひとつに『動物は仏教の教えに巡り合えず、長い間輪廻を繰り返すことになる』という言葉がある。新人類であるベル・ラフムは弁慶の主義主張で語れば動物そのもの。義経とベルのタイムラグは、ラフムの肉体には反応出来る時間だった。
ベルは弁慶の首を握りつぶしながら膝蹴りで心臓をくり抜いた。弁慶は言葉も話せず霊核を砕かれる。その死体に齧り付きながら、ベルは死体を盾にネガ・ジェネシスの結界の中へ飛び込んだ。
「俺様は俺様だ。なに勝手にケモノにしてんだ。頭が悪りぃと魂も区別できねぇんだな。この似非平等差別野郎は」
「弁慶!」
「なんて…酷いことを…!」
藤丸達がネガ・ジェネシスの結界に入った頃には全てが遅かった。
ベルは弁慶の死体を食い散らかして肉体を復元させる。ティアマトの肉体と霊基単位で混ざり合った彼女の頭にはビーストの幼角が見えていた。藤丸の叫びと目つきに苛立ったベルは、その矛盾を鼻で笑った。
「ああ!?多人数で寄ってたかって襲い掛かるテメェらにズルして何が悪い!逆に言ってやんよ!
「ハッ。我のウルクを侵略して殺戮した存在に言われる筋合いはないな。貴様らのような害悪は我がウルクに必要無い」
「あー!いっちゃう!?それ追求しちゃう!?ソレ指摘されたらラフムちゃん生きていけなーい!ラフム、切腹しちゃーう♡」
ギルガメッシュの指摘にベルは戯けてハートマークを作った後、サーヴァント達に肉盾をしていたラフムが膝をついた。否、冥界にいるラフムだけではなかった。全てのラフムが泣き喚き、絶望して膝をついた。
「な…?」
戦闘が止まる。ウルクの全員が泣き叫ぶラフムに手を拱いている。ベルはつまらないとばかりにギルガメッシュを軽蔑した。今まで静観していた
冥界の上空から全体を見ていたオルガマリーは、海からやってくるラフム達が我先に冥界に飛び込んでくる光景を目の当たりにしていた。
「え!?じ、自殺!?」
『感情ステータスは絶望。おそらく、見方は間違いないかと。巻き添えを防ぐために100メートル高く浮遊してください』
冥界に降り注いでいた海水が止まった。代わりに流れたのはばらばらとなったラフム達。潔く諦めて、しっかりと死ぬために10億以上のラフム達が冥界の中へ飛び込んでいくのを、オルガマリーは困惑しつつ見ていた。
ラフムが死に落ちていく。
ネガスキルの結界外にいた全てのサーヴァントがラフムに流される。いくつかのラフムは結界に突入しようと試みたが、既にベルが調整した結界はラフムを侵入不可としていた。ラフムは頑丈で、不老で、ほぼ不死身だ。
ラフムは善良だ。善良だから、きちんと罪を償うために行動した。そして、人だから同族を殺せずに暴走した。死を忌避することは生命体として当然だから。
「…なにをした」
「あーあ。俺様はともかく、ラフムは繊細なお人好しだからなぁ」
「何をしたと、聞いている」
「何も?お前が死ねって言ったからだろ?だから死を選びやがった」
産まれが醜いラフムは、最初から薄氷の上で存在していた。
「まあ、仕方ねーか。投降したラフムはみんな死んじまったしなぁ」
「貴様が嗾けたわけではないのか」
「ンなもんできねーよ。新人類だぜ、し・ん・じ・ん・る・い。個人の意思はそんちょーされるに決まってんじゃん。共有はぜーんぶ任意の手動。そりゃあするやつはいるだろうけど、みんなウルクとして死ぬまで尽くすつもりだっただろうぜ…まあ、だからワンチャンができたんだけど」
ラフムの泥の中で光り輝く光線が辺りを焼き尽くす。イシュタルとエレシュキガルだ。冥界を維持するエレシュキガルはまともに動けず、イシュタルが飛び交いながらラフムを撃退していく。
「普段は冥界がマイホーム。おそらくをつけたくなりますが私の神話的背景を見れば推定は地の底の底。住み心地を求めるドゥムジです。女神が怖いので断言はしません。おお、
「喧しいわよこのダメ羊!!」
「…!?」
エレシュキガルの護衛として周囲を殲滅していたイシュタルが金色に光り輝く羊を抱えてるのを見て、ギルガメッシュは目を見開いた。
「それで、どうやって私達に貢献するの?」
「貴女の
口調に苛立ったイシュタルは乱暴にエレシュキガルにドゥムジを投げつけた。ふわふわと羊毛により減速した彼をエレシュキガルは苦笑いしながら受け止める。大量の魔力を譲り渡しながら、ドゥムジは疑問を口にした。
「ところで」
彼は言われたことをやり遂げただけだった。正直、残骸となったモノからサルベージした劣化品など見破られて仕舞いだと計算していた。人狼ゲームにおける狂人。本気で献身しても吊られて終い。彼の自認はその程度であり、何故ここまでうまく行ったのかすら疑問に感じていた。
まあ、死ぬべきならしょうがない。王が望むように、反逆者として死に行こう。
「実は私。スパイなのですが。何故、貴方がたは上部だけで私をドゥムジと判断したので?」
「…えっ?」
2人の顔が剣呑なものから驚愕へと変わる前に、行動は完了していた。
ドゥムジを自称していたソレはよく見た醜いラフムの姿となり、エレシュキガルの両手と同化する。かろうじて残っていた羊顔の仮面が、ドゥムジらしく軽やかに笑った。
「おお、
エレシュキガルの周囲に居たジャガーマンとケツァルコアトを含め、全ての女神はエレシュキガルを中心に存在していた。水爆にも匹敵する爆発がウルク兵を巻き添えにしてティアマトの左脚ごと更地に変貌させる。花畑は泥と混在し、ウルク全てが死地と成り果てた。
「無かったことになる。いい言葉だなぁー!叶えてやんよぉ!ギルガメッシュ王の最期の命令だ!お前ら、迅速に死になぁ!」
「…逆鱗に触れたぞ、貴様は」
「あっれれー?『ウルク王の敵』をきっちり務めただけじゃーん?なぁにぃ?もしかしてー、ラフムちゃんが大人しく皆殺されを選ぶと思ったぁー?」
ラフムは滅ぶ。新人類というまやかしの希望は奪われた。死ぬために生まれた事実にラフムは耐えられない。全てを察していた
「化け物が化け物らしく『望まれたように』暴れてあげるよ。気が楽になったでしょー?よかったねえ、人類様」
生死を確認する余裕はない。ばらばらとネガ・ジェネシスのバリアに張り付いていたラフムがあらゆる場所で爆発する。気に入った場所。友のいる場所。誰もいない場所。兵の中心。全てが思うがままに爆発し、指揮系統は完全に崩壊した。
「いいのかい?」
「仕方ねーだろ。あんたこそ、べつにいーんだぜ?」
「なぁに。たまにはバカの方が気持ちが良くなるものさ」
ラフムは、この局面でようやく戦争をする決心をした。
ラフム全てが神風と化し、海域で自爆したラフムによる
ドゥムジ・ラフム:融和特化体。ベル側としてはとりあえず神側の陳情ワンチャンとして差し向けられた。何故もぐりこめたのか自分でも良くわかっていない。ただ、イシュタルは美しいと心底思っていた。本来なら次回爆破予定だったが、ドゥムジ語がキツかったので爆破してもらった。