魂とは、物質界において唯一永劫不滅の存在である。
カタログスペックだけならば不老不死は容易なはずのそれは、肉体という保管物に容易く影響して劣化して変質する。不滅である魂のエネルギーは無限である。正しく扱えば魔力に制限など存在しない。
アンナマリーというビーストの本質は魂から漏れ出たエネルギーの塊である。無尽蔵に魔力を生み出せる源泉であり、全てを侵略する汚染物質。それを討伐するためにマリスビリーは一計を案じた。
第5次聖杯戦争にて間桐臓硯が間桐桜に小聖杯の欠片を埋め込んだように、マリスビリーは第4次聖杯戦争にて死体漁りを行い、オルガマリーに自作した聖杯の欠片を埋め込んだ。オルガマリーにアンナマリーの魂を格納する肉体を与えることで急所を創り上げたのだ。
アンナマリーは宿主の肉体を侵食する際には精神世界で歓待を行う。これはアンナマリーの機能としての仕様であり、その中身は
ゲーティアとオルガマリーが睨み合う。
ふわふわと、魂が浮き上がるような感覚。
自分の価値を確信したような、全てが下だと実感するような自惚れの侵食がオルガマリーを襲う。幼い頃に使ったモドキとは桁が違う。あの頃は世界に無知な子供だった。何もわからない世界に上があると無根拠に確信していた年頃だった。
欲に負けない。自分の中身を全て知り、それを完璧に動かせるならば、
理想ならばこうだろうとぶっつけ本番で成し遂げた奇跡は、世界でも随一の本物だった。オルガマリーが成人し、魔術という世界の裏を知ってなお、オルガマリーの特別は揺るがない。他人を見下してしまう性根が、オルガマリーの悪癖となった。
自惚れる。他人を駒と見てしまう。見下してしまうそれを認識しながら、オルガマリーは蒸発する肉体から漏れ出たマシュの魂を保護した。役目を終えた存在に対しての無意味な行為。オルガマリーがオルガマリーとして他人を思いやれた証拠。
楔として打ち込んだカルデアのみんなからの感情が流れ込む。喜怒哀楽、正も負も入り混じったオルガマリーの評価。完璧などいないと実感する、孤独ではないと確信する。
取りこぼしていた何かをようやく握りしめた。
「理想魔術─その果てを見せてやるわ!」
オルガマリーはアンナマリーとの初戦で命を懸けて手助けをしてくれた父の愛を実感し、理想魔術の究極の果てを掴んだ。満ち足りて不満がない状態。心から望ましいと感じられる状況。主観的で個人の心の中に存在するものを、理想魔術で実現する。
幸せに『成る』魔法。
「私の理想とは!
ゲーティアに対峙するオルガマリーに結晶は存在しない。アンナマリーを完璧に掌握し、全てを頭部に生える角に落とし込んだ彼女に
「その輝きは星と同義!
魂に侵食し、食い破る
「
ゲーティアが展開した魔神柱が蒸発する。無限に再生する永劫機構が力技で擦り潰される。恒星級の魔力が光の束としてカルデアの周りで盾となる。無限・無尽蔵・究極の単独種。その力をオルガマリーは掌握し、ゲーティアに牙を向けた。
ゲーティアの驚愕は納得へと塗り変わる。エクスカリバーの規模を込めた牽制代わりの砲撃も全てが弾き返される。星の生命力がオルガマリーの支配下となった今、ゲーティアの攻撃は星を殺す規模でないと通用しない。
ゲーティアは攻撃の質を切り替えた。肉体を星に見立てることにより『星同士の衝突』として概念を共有化し、オルガマリーの実体を捉える。アンナマリーのスペックを完全に把握したオルガマリーの肉体は魔神柱の思考速度を凌駕してゲーティアの肉体を砕く。
野蛮そのものの力技。スペックの暴力による敵の殲滅。解析不能の事象を強引に仮定して、ゲーティアはオルガマリーに喰らいつく。天秤はオルガマリーに傾いているが、決してゲーティアに目がないわけではない。
「マリスビリーの信仰元はコレか!魂の物質化、
ゲーティアの警戒は正しかった。レフの暗殺は誤っていなかった。あの時、あの場面こそ、オルガマリーを抹殺出来る機会だった!
力任せに振りきられた顔面へのテレフォンパンチを、ゲーティアはモロに受けた。現代人による召喚の欠片も無い一撃が顔面を半壊させる。肉体の再生は魔神柱の再構築に回され、絶対性はそのままにゲーティアの生命は死を持たされた。
「完成したのは貴方の暗殺が原因よ。不完全に混ざった私とワタシを分離させ、私だけの魂の真髄を掴む時間。抑止力が弱った此処だからこそ、私は全身全霊で力を振る舞える」
「だが!勝ちを譲るつもりは毛頭無い!」
ゲーティアの肉体が復元を再開する。
インファイトの応酬が加速する。魔力の操作はゲーティアに軍配が上がるが、近接はオルガマリーが上だ。剛腕の連撃を無理矢理受け流しながら、オルガマリーのボディーブローが複数回ゲーティアに放たれる。
だが、魔術式のゲーティアに急所は存在しない。意趣返しのハイキックがオルガマリーのこめかみに直撃したが、オルガマリーの戦意は揺るがない。咆哮と共に反撃の一撃をお見舞いし、ゲーティアも同様に吠え倒した。
「何処まで至っても貴様は孤独だ、オルガマリー!貴様が永劫に住み着こうとも、我が敗北は訪れない!」
「いいえ。私は孤独じゃないわ、ゲーティア。カルデアには、いつだって私をヒトに戻してくれる魂がある」
「憐れで儚き塵どもの力で何が出来る!」
ゲーティアの殺意が完全にオルガマリーへ向いた。アンナマリーのネガスキルが無効化され、オルガマリーとゲーティアの削り合いが始まる。異常な攻撃力と比例する無常な再生能力が拮抗し、2人の戦いが互角となった。
ゲーティアとオルガマリーの戦いは完全に膠着している。優位に立てる格闘戦も、ゲーティアが学び切るのに時間はかからない。オルガマリーは無理矢理にゲーティアを蹴り飛ばす。
ゲーティアの咆哮が遠くなる。僅かに空いた時間で、オルガマリーは複雑な表情で立ち竦む藤丸とロマニを見た。
「藤丸、ロマニ」
「……」
オルガマリーは渋顔で涙目となった。
「やっぱり無理!殺せなーい!いやよ何年も戦闘する結末なんてぇー!」
「よし!物理で殺せないと途端に気が弱くなる所長だ!」
「いつもの所長が帰ってきたね、すごく安心したよ」
のほほんとしたいつものやり取りにオルガマリーは苦笑した。オルガマリーが一歩だけ足を踏み出すと、発狂したように溢れ出す魔神柱がカルデアを襲い出す。カルデア施設の破壊はオルガマリーの敗着と同じ。
ゲーティアはオルガマリーにリソースを吐き出さねばならず、オルガマリーはゲーティアにリソースを使わなければならない。
「敵の不死は壊した。でも、私だとトドメを刺し切れない。…最後の一手は、貴方達に任せるわ。今を生きる人類として─勝利して来なさい」
藤丸とロマニは頷いて走り出した。その背中を見ながら、オルガマリーはアンナマリーのツノを撫で付ける。アンナマリーは嬉しげに震えた。
『何やら不満げですね』
「思ったより、脇役だなぁって」
ゲーティアを力任せに潰すことは出来ると思う。だが、彼は人類を真に憂いて計画を実行した。ただの魔法使いが無慈悲に潰すより、巻き込まれた藤丸こそが正しく彼を止められると、オルガマリーは理解していた。
『魔法使いですからね。シンデレラを運び込んだ後は、魔法を維持するだけです』
いつにないアンナマリーのわかりやすい例えに、オルガマリーはクスリと笑った。シンデレラの魔法は30分間で充分だった。ゲーティアの力が失われ、魔神柱がオルガマリーにより消滅していく。
「所長!やりましたね!」
藤丸達を回収しようと動いたその時、手ぶらのマシュがオルガマリーの背中に抱きついた。あまりにも急な復活に、オルガマリーの魔法が解けてアンナマリーの本体が胸ポケットに滑り落ちた。
「ふぁっ!?マシュ!?」
「はい!マシュ・キリエライトです!ダヴィンチさんから聞きましたが、所長により寿命も復活しました!消え掛かっているギャラハットさんの力が失われる前に、先輩達を手助けしに向かいます!」
マシュは叫びながら突貫し、数分もしない内に崩壊し始めた固有結界の足場を藤丸達を抱えながら跳び帰ってきた。数箇所を打撲した藤丸に、盛大に殴られて腫れ上がった顔をしたロマニ。
「やりました!マシュ!所長!みんな!」
成し遂げた男の顔だ。その眩しい笑顔に目を細めたオルガマリーは、横でむくれるマシュにより痛みで顔を顰めた。つねられたのだ。
「私のです」
「…え、ええ。分かっているわよ?」
「わたしの、です」
取り敢えずゴッフを紹介しようと、オルガマリーは引き攣った顔でマシュを宥めた。
なお、挨拶もそこそこに突貫でマシュを治療した