ゲーティアの死亡に逆らって消滅を拒んだ魔神柱は、己の目的のためにそれぞれ独立独歩で歩むことを決めたらしい。
報告も相談も任意。互いの無事を確認するための定期会合以外に義務は無い。我々人間が社会で過ごすための普通を獲得した彼らは当然のようにオルガマリーを遠ざけた。
正確には、排除されていたが正しい。人理焼却を修復した余波から魔神柱が逃れた結果、世界を危機に晒す化け物が現世に君臨していた事実に歴史は書き変わった。
カルデアは人理の守り手として獣を討伐した。だが、魔神柱が生き残った以上、空白の歴史に魔法使いから残党が逃げた結果が産まれている。
その結果、オルガマリーは新たな脅威の為にカルデアを開けることとなった。
その事実を説明されたコヤンは舌打ちをした。まだ何も悪事を行っていないビーストだから何とか命乞いに成功したが、オルガマリーが被害を度外視した本気ならば討伐は可能だった。とんだとばっちりに尻尾も項垂れるばかりだ。
魔神柱には幸運なことに、世界には人類を滅ぼすビーストが存在していた。魔神柱は辻褄合わせに発覚した
素材はオルガマリーが人間性を保つために利用した魔法の残滓だった。オルガマリーがゲーティアとの戦闘中に損傷した、魂の残滓と呼べる魔法産の宝石。それは他者の明け透けな本心を力として放出する、聖杯の外付け強化触媒と言える代物だ。
「魔神柱はそれをオルガストーンと言ってました」
「もっと洒落た名前はなかったのかね」
バアルが望んだのは復讐。敗北した事実を噛み砕いてカルデアに渡した勝利を手にするための報復として作られた特異点は、蠱毒を具現化したような世界だった。
巨大な壁に囲まれた新宿とその周囲一帯は常闇に覆われ、林立するビルにすら鉄骨レベルで神秘が組み込まれて抑止力は機能を停止している。『1999年の新宿』として汎人類史から切り離された状態で成り立つこの場所では、常に強者に蹂躙される弱者の構図が作られていた。
「具体的には、オルガマリー所長のデミ…いえ、
「 」
「うーんオルガマリーが気絶しそうな話だ」
なにせ真横で白目を剥いている。いや剥いてはいないが心の中は絶対にしている。アンナマリー嬢が肉体を操作しているのか仕事に遅れはないが、死んだ目の色で働く姿は益々人形じみていた。
「偽所長は戦闘モードの猪思考で固定されてました。つまり、特異点修復に最短で動くターミネーター所長が新宿を渡り歩いてました」
「言い方」
「全住民が聖杯の気配を垂れ流していたからって皆殺しをする偽所長はそれはもう凄まじい存在でした。ホームズとモリアーティが協力して対抗するレベルにはやばい蛮族っぷりでした」
バアルの目論見としては蹂躙された死体から蠱毒の術式で偽オルガマリーに勝ち得るレベルまで力を蓄える算段だったが、劣化していてもバアルの脳内オルガマリーは強すぎた。対オルガマリーの生物と変貌するまでに、オルガマリーの攻撃に耐えきれなくなったのだ。
魔術髄液を注入した魔術を扱う一般住民。重火器で武装した特殊部隊『雀蜂』。無差別に人を襲う自動人形『コロラトゥーラ』。アンデルセンやシェイクスピアが生成した創作幻想。全陣営が生存を懸けて多大な犠牲者を出しながらも、新宿駅の迷宮に偽オルガマリーを封じ込める成果を作り出した。
オルガマリーは方向音痴で探知がゴミだから成り立つ均衡だった。
「先輩がレイシフトした時にはホームズさんとモリアーティさんが殴り合いの喧嘩をしてました」
「だろうな」
「そしてモリアーティさんは黒幕でした」
「盛大に失敗してるじゃないかねバアルは」
ゴルドルフのツッコミにマシュは首を振った。
「いえ、正確には分裂したモリアーティさんが敵味方に別れて暗躍していた感じでしたが…とにかく、先輩の活躍によって偽所長は討伐されました」
オルガマリーの不在はカルデアにとっても一大事だった。肉体を復元した…おそらくシロウした…マシュは事実上戦闘不能であり、唯一レイシフトが可能な藤丸もゲーティア戦で神経の一部が破損して麻痺している状況である。
カルデアとしても、今後の藤丸の未来のためにも、カルデアチームはありとあらゆる手段を用いて藤丸に報いることを決めた。ロマニがうろ覚えで復元したソロモンの魔術回路をダヴィンチが魔術刻印として藤丸の壊死した神経に組み込ませ、サーヴァント召喚を単独化させたのだ。
具体的には、過去に契約した絆10以上のサーヴァントを藤丸は数分間召喚できるようになった。
その力を使いこなし、藤丸は適切なサーヴァントを適宜使役することでバアルの計画を打ち砕いた。強く、計算高く、人間を信頼する、強い心を持った強敵だった。一歩間違えれば藤丸は特異点ごと殺されていただろう。
「彼に勝てたことを誇りに思います」
藤丸はしみじみと言った。
「「……」」
これ封印指定じゃない?とオルガマリーはゴルドルフを見た。
多分そうなるよ。とゴルドルフは頷いた。
オルガマリーはアンナマリーをPCに侵食させて記録していた会話データを改竄した。側から見れば謎の魔術でハッキングをしたように見えただろう。裏でこっそりと覗いていた良妻狐は疑惑を深めながら扉をノックした。
「あ、食事の準備ができたようです」
マシュは立ち上がり配膳台を部屋に入れた。微かに香る匂いは中華系統の料理だろうか。オルガマリーは素知らぬ顔でメニューをリクエストした。
「辛党なんだ。辛いものある?」
君はどちらかといえば甘党で果物が好きだろう。
食の好みなど共通しても何ら不思議ではないのに何故逆張りをするのか。ゴルドルフはため息を誤魔化す為に紅茶を飲み干した。5杯目だった。
オルガマリーの言葉にマシュはしたり顔で笑った。
「そうなんですね。何故かエミヤさん達が激辛麻婆豆腐を用意してた理由が分かりました!」
「何故に!?」
明らかなでまかせを口にしたオルガマリーが完全に固まった。
「(アンナマリー!本当にこの身体は存在しないんでしょうね!?)」
『(は、はい?…このボディは数多の魂から選りすぐった耐用年数特化型の代物。理論上同一人物が選定される理由などあり得るはずが…)』
混乱するオルガマリーの目の前に麻婆豆腐が置かれた。最早人体への冒涜に近い刺激物に満ちた存在に、オルガマリーの口元がひくひくと動く…前にアンナマリーが差し止めた。
オルガマリーは内心泣きながら麻婆豆腐を食べきった。
オルガストーン:オルガマリーの魔法の残滓をより集めたもの。ゲーム的にはQPを消費せずに聖杯として利用出来る。