「ぜぇ…ぜぇ…うぷっ」
「あーらら。ヒルドちゃん。荷物の中のエチケット袋を取り出してちょーだい」
アガルタの街路にて、Aチームとしてレイシフトしたオフェリアはペペロンチーノが設営したテントの中で女子力を投げ捨ててダウンしていた。
「大丈夫?」
「レイシフト率の低下を舐めていたわ…」
観測者はガバの化身とも称せるアンナマリーで、おまけに本体では無い。なんだかんだで異聞帯では問題なかったレイシフトもどきも、レイシフト率が10%下がった状態での決行は不具合に溢れていた。
「多分…肺の片方が無いと思うわ」
オフェリアの感覚が正しければだが、おそらく間違ってはいないと確信している。ペペロンチーノも彼女の顔を見ながら深く頷いた。
「私の見立てだと腎臓もね。何なら私の片玉もないわ。ちょっとだけオンナノコの気持ちがわかっちゃったかもねー!」
「何でその状態で平気なのよ…」
問いかけたオフェリアだが、理由は理解している。純粋に鍛え方が足りないのだ。たった半月未満の旅路で疲弊する。全く持って情け無い限りだ。
「そりゃあオフェリアちゃんが張り切りすぎたからよ」
オフェリアは突っ伏した。
「スルトの巫女になったからってオフェリアちゃん自体の地力は人間のまま。サーヴァント並みに戦えても私達の本質はマスター。そこのところ、間違っちゃダメよ」
「…そうね、焦っていたみたい」
「気持ちは分かるけどねえ」
ペペロンチーノは哀しげに目を伏せた。ヤガの純粋な信仰により終末を齎す巨人であるスルトは純粋な太陽神へと変化した。
悪竜現象ならぬ、善神現象。
ヤガの世界は太陽が死んだ世界だった。何もかもが凍りつく極寒の土地に降臨した
神となりその破壊性をコントロール可能となったスルトは、オフェリアには理解出来ない理由で恩を返した。分霊の力を借り受ける形でオフェリアは更なる力を手に入れたが、ぴちぴちのファンシーな服装を着る羽目となった。
スルト曰く、ありのままの姿が美しいとのこと。元々が指一本にも満たない大きさだ。彼のサイズ感ではアリの毛並みを美しく仕立て上げろと言われたに等しい。理解はできる。できるのだが。
オフェリアは切れた。
切れて、八つ当たりの結果がこの有様である。
「可愛い後輩のマシュちゃんが恋人作って《エミヤ》されちゃあね」
「あああああ!!」
オフェリアは痙攣して呻いた。
「だって!いつもの日常が来たって信じてたもの!マシュが毎日を怯えて暮らしていた私とは違うのは理解してた!でも日曜日がこんなに速いって思わなかったのよ!」
「来たわねぇ
「私はまだ手すら握るのに苦労してるのに…!」
オフェリアは幼児のように手足をばたつかせた。
「とにかく冷静を努めなさい。アナタを蔑ろにする
「…わかってるけど」
ヤガ。ラグナロク。シン。ユガ。Aチームは4つの異聞帯を四苦八苦しながら解決した。根本的な解決案が見つからない中の対処療法。並行して行うカルデアス世界の調査は結果ばかりで過程を算出出来ない。
・異聞帯が呼び出されるごとにカルデアス人類は愚かになる。
・魔術協会および聖堂教会などの組織の痕跡が無い。
アンナマリーの難解な情報を解析しつつ確定したのはこれだけだ。デイビットが調べた限り、
やたらと迂遠にカルデアスの人類を滅ぼそうとするのが黒幕で、その無駄に溢れた行為が真実を遠ざける。このまま何十年といたちごっこをする可能性に、
『君が穏やかな芯の強い女性であることはよく知っている。私なら耐え切れなくても、君達となら超えられる。私の見立ては、きっと間違ってないと信じてるよ』
その感想を愚痴ったオフェリアに対して、キリシュタリアは爽やかに答えた。その顔に、オフェリアはときめいてしまった。何ともちょろい女だと自する程度には、彼女も成長していた。
「でも死ぬ前に膜は捨てたい…」
「それオトコノコの発想じゃない…?」
ペペロンチーノは苦笑いしながら料理を拵える。テントの中に芳しい香りが漂い始め、オフェリアの気分は空腹に蝕まれる。それを察したペペロンチーノは、ウィンクをしながら少しだけ待つように嗜めた。
ぐだぐだとのんびり雑談していたオフェリア達の時間を壊したのは、外で警邏を担当していたペペロンチーノのサーヴァント、アシュヴァッターマンだった。
「がァァア!?」
「なるほど。余の捕食竜を鎮圧しただけはある。この地域の畜産物を荒らす魔獣かと思ったが…外様の無法者だったか」
簡易テントに吹き飛ばされたアシュヴァッターマンは片膝を突きながら両肩に蛇を乗せた半裸の男─ザッハークを睨む。背中に大量の野菜とパンを詰め込んだ箱を背負った姿に反して、膨大な霊基と滲み出るオーラは邪悪に満ち溢れている。
「マスター!」
オフェリアのサーヴァント、
簡易的な石化の呪い。神に等しい邪竜を有するザッハークがそれを使えば並大抵のサーヴァントでは防ぐことすら困難である。歯軋りしながらルーンでオフェリア達を防御するヒルドを横目に、ザッハークはオフェリア達を見た。
「テメェ!いきなり襲いかかりやがって!」
「無礼。しかし許そう。無知は恥ではない」
負傷しているがアシュヴァッターマンに問題は見られない。どっかりと胡座をかいたザッハークは、硬直するヒルドを視線で制しながら、オフェリア達に悠々と宣言した。
「頭を垂れよ。余こそが、ザッハーク。蛇王、ザッハークである」
火にかけていた飯盒を躊躇なく掴み、ザッハークは出来立てのシチューをゆっくりと啜った。異聞帯の王に匹敵する、覇気のある言葉。見定める者としての視線が、オフェリア達を貫いた。
「余の国に遅参した貴様達に問う。おまえ達は、納税者か」
「知見が狭く国法を耳にしていないモノで。不躾ながら義務を伺っても?」
「構わぬ。おまえ達は才ある側だ。カルデアの者よ」
ザッハークは肩にある蛇の頭を動かしながら自前のパンにシチューを浸し始めた。どうも気に入ったらしい。オフェリアは危機的な状況で益体もないことを考えてしまった。
「土地を有さない流浪の住民は魔獣退治と希少食材の採集を義務付けている」
価値あるモノならば褒賞も与えようとザッハークは淡々といった。
「尤も、おまえ達が欲する聖杯は余の欲するシェヘラザードを引き換えだがな」
「シェヘラザード?
「何のために…?」
「無論、シェヘラザードの望みを叶える」
ザッハークは王たる者として暴走したことを割と後悔していた。
「余の願いは届いた。宿痾の解放を得た以上、愉しむ猶予を他者に費やすのは王としての義務」
座は人類史そのものからかつて記録された現象を発現する。逆説的に、現象として
「国とは食と戦。この基盤がしかりと固まれば大崩れはせぬ。しかし金の流れはあまりに大河だった。部下の中華女も上手く扱えぬ。面白いことに」
派手に現代に侵略するのも一考だが、既に人理の保護はザッハークの必然となった。国家運営を嗜みながら
「その最中にささやかな褒美は頂くが。余とて、舌を遊ばせる楽しみは惜しみたくないのでな」
取り込んだフェニクスの残滓からシェヘラザードの願望は把握している。ザッハークが心底望むように、彼女もあらゆる暴挙を働いて奇跡を作り出した。それを傍受したザッハークには、彼女の夢を叶える義務がある。
「永遠を生きる蛇として、余の宝具『
「…自我は保つのかしら?」
「余は些かも歪んだことはない。加えて、望みを維持できない脆弱さは、余の扱うべき分野ではない」
この世界に余の今を刻み込めば、座にいる余も恩恵を得る。カルデアはザッハークに死を与える存在だが、同時に大切な
「
ザッハークの本心からの言葉をペペロンチーノは見抜いた。見抜かせたと半ば確信して、ペペロンチーノはその言葉を実現することを決めた。何処かにレイシフトしているだろう
「だったら、私達の『敵』を考察してくださらない?」
カルデアスではない場所。完全に無関係なサーヴァント。気紛れな暴君の提案。『敵』がAチームを監視しているとは思えないが、理解不能の存在に過程は禁物だ。
ペペロンチーノの説明は30分ほと続いた。こと細やかに説明されたザッハークは徐々に顔を深刻なものに変化させ、ペペロンチーノの口が止まった後も熟考していた。
「─ふむ」
パンの切れ端で皿を拭ったザッハークは、それを摘んでからペペロンチーノを見た。
「民の思考など理解しきれぬ。だが、それが王として─差配する者として生まれたならば、推測は可能だ」
敵はカルデアを敵として見ていない。例えるならば、法律で定められた犯罪を犯しているために警察を差し向けているようなもの。法律でカルデアス人類を滅ぼすのを実行している最中に誕生した、私費を投じて保護を進める心ある人権団体。
「怠惰。故にお気に入りは見逃してしまう」
「それは、たいそうな野望と裏腹に─
「…そんな…」
良い表情だ。
ザッハークは苦痛の顔を見るのが好きだ。自身が苦しくてどうしようもない時に助けを寄越さなかったかつての国民が飢餓に喘ぐのを見るのは素晴らしく爽快を覚えた。理不尽に苦しむ姿は、醜くてとても面白い。
「それが本当なら、私達は…」
「くくっ。救済か、排除か、懐柔か。更に悩みが増えたな」
自身を危機に晒す塵の意見など価値すらないとザッハークは確信している。だが、この無駄な思考が理外の結果を導き出すのは学んでいる。常識に押し潰されるか、良識で死ぬか、献身で犠牲になるか。或いは全てを含めた奇跡か。
こんな面白いモノを見られるのならば、正義の味方モドキを担うのも中々に愉快な話となり得そうだ。なるべく団体向けに、王としての強さを維持して、カルデアの一員として思い出を貪ろう。
「だが─善性を主張する悪党ほど、口の上手いモノはいないぞ」
愉しくなってきたと、ザッハークは嗤った。
ザッハーク:全力で人理を守るし協調や妥協もする。だけど融通が効く場面なら普通に悪行を愉しむ。カルデアではごく普通にイベントに参加するタイプ。