マリーの中の寄生虫   作:ややや

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原稿:深海電脳楽土 SE.RA.PH

 キアラは人生で味わったことのないほどストレスを抱えていた。

 

「どこもかしこも()()()…!ユニヴァースだか知りませんがよりによってあの女を増やすのは正気で…!?聖杯戦争も半ばおざなりになって、どんどん手が出せなくなる…!!」

 

 あの忌々しい月の女の恋心に敗れた悔しさは未だに苛まれているが、それはそれ。彼女の野望に諦めは存在しない。つまり私を得てすら、彼女に反省はなかった。

 

 のんびりと弄びながら肉体を支配下に置き、案の定自らの迂闊さで化け物と変貌したキアラは、仕方がなく自己を省みた。物理的に移動が困難なので策を練るしかなかった。

 

「「「ザッビー!!」」」

「ああああああああ(憤怒)!!!」

 

 3頭身の岸波白野をモチーフとした謎生物が多種多様な宝具を片手にキアラに襲いかかった。どういう仕組みなのかよくわからないが、この謎生命体は自己増殖、自己再生、自己進化を兼ね備えたしぶとさに全振りした虫ケラである。

 

 自己紹介を真に受けるならば、名前は『ザッビー・A・L』。通称ザッビー。どんなトンチキサーヴァントが発動した宝具かは知らないが、この生命体は『本体』から命令を指示されない限りは好き勝手に暴走するらしい。

 

 なお、本体のユニヴァースサーヴァント、スペースオルガマリーは早々にアンデルセンによりレフられて退去した。不意打ちと人情、そして人を見る目が滅法弱いのが彼女の特色である。

 

 従順で使いやすい有様から適当なサーヴァント達が都度都度命令を気まぐれに行うため、実質的な共用インフラとしてセラフィックスの奴隷となっている。キアラに襲撃をかけた個体も、命令を受けての鉄砲玉だった。

 

 誰かから借り受けたのか適当な宝具を振り回すザッビーに、キアラは深いため息を吐いた。今日だけで6度目の襲撃に辟易としていた。

 

「せめて、その…白野さんの見目を変えることは出来ませんか?」

「黒人の拳銃使いが肖像権を買い取ったザッビー!そのいのちも」

 

 頭が痛くなったキアラはザッビー達が言い切る前に跗節でその頭を砕いた。結晶となって砕け散った肉体に宝具が爆発し、キアラの甲殻に微かな傷を与えていく。金属板に砂埃を与えた程度の傷だったが、急所に入れば鬱陶しい。

 

 鬱陶しい。

 

「「「ザッビー!!!」」」

「あああああああああああ(憤怒)!!!」

「「「ザザッビー!?」」」

 

 再突入したザッビーを蹴散らし、キアラはダキニ天法で結界を張った。普段は睡眠時にしか使用しない技だが、精神の安定には必要不可欠だった。荒い息を整えて、彼女は探索を命じている馬鹿三人衆の様子を楽しむことにした。

 

 現実逃避である。

 

「「「我が名は」」」

 

 キアラの端末とも言える馬鹿三人衆は、かつてゼパルを斃した時に道連れとなった犠牲者をサルベージした存在である。正直言ってSAN値が減少しかねない今のキアラと接触しても好意的で、唯唯諾諾と従うので逃げ出したゼパルの捕獲を命じている状態だった。

 

 ただし、馬鹿である。目の前に臨戦態勢となった脆弱な男(藤丸立香)したり顔の女(メルトリリス)がいるにも拘わらず決めポーズをして自己紹介する程度には。『キアラのためには何でもする』と豪語する割に拘りを捨てない彼らに、キアラは常に辛辣となっていた。

 

「あー。改めて見ると、結構あからさまだったのね」

「え、えへぇ。メルトリリス様ぁ。ご慈悲を。慈悲を〜!」

 

 いらいら。

 

 イライライライラ。

 

 キアラの魂の奥底から滲み出る不快感。かつての青春時代の己の肉体が下卑た(ゼパル)と惨めな命乞いをメルトリリス(格下)に乞うている。おまけにメルトリリスは藤丸立香(マスター)を見る目線が憐れにも熱に満ちている。

 

 メロドラマで当て馬の障害役に任命されたような錯覚を覚えたキアラは無理矢理に怒りを抑えこんだ。

 

『ほら、目の前に下半身がゆるゆるのゼパルがいますよね?貴方達にお願いした仕事は忘れていないでしょう?ね?自己紹介よりも、先ずはゼパルの確保を』

「祈荒攻略隊1号!『アペヤキ』!!」

『聞いてくださいますか!?』

 

 全身が燃え盛る人型の蝉男がサイドチェストを決めた。

 

 アペヤキはアイヌ民族に伝わる、蝉の怪異である。日高国(北海道南部)の幌泉郡に生息し、発火した身体は止まる樹木を忽ち黒焦げにしてしまうほどの高熱を発するという。

 

 つまり何処にでもいる雑魚妖怪のひとりである。

 

「祈荒攻略隊2号!『最猛勝』!!」

 

 極彩色に輝いた人型の蜂男がサイドトライセプスを決めた。

 

 最猛勝は仏教経典『起世経』にある有名な八大地獄の周囲にある十六の小規模な地獄のひとつに生息する虫である。罪人の骨肉を喰らい、膿汁を作り出す生態をしている、人喰いの虫である。

 

 つまり生息地だけが特異な雑魚妖怪のひとりである。

 

「祈荒攻略隊3号!『ナマラカイン』!!」

 

 両手に鋭利な鎌をもった爆乳の人型の蟷螂女がメンズフィジークを決めた。

 

 ナマラカインはオーストラリアに生息する妖怪である。両手は細く鋭利な鎌であり、人間を襲う際には自身の体を3つに分ける『分身殺法』を駆使し、惑わしながら襲ってくるという。

 

 つまり攻撃方法だけが特異な雑魚妖怪のひとりである。

 

 英霊以下の!雑魚!なのである!!

 

 当然、3人がかりでも寝転がったメルトリリスに勝つことは不可能な力量差である。それを踏まえて名乗りを上げる彼らは、ある種の英雄と言えた。キアラ的には馬鹿の極みだったが。

 

「「「祈荒を返してもらうぞゼパルの従僕よ!!」」」

「(従僕じゃ)ないです」

『茶番はいいですので働いて貰えますか?』

 

 一応繋がっている経路を通してキアラは苛立ちを隠さずに言った。

 

 確かに。

 

 確かにキアラは多少バカなほうが扱いやすいと思っている。だが、あのパーフェクトな頭脳は求めていない。ゼパルに対しての情熱やサーヴァントとの交渉をこなした脳味噌は何処へ消えた。

 

「キアラよ!文化サーヴァントにすら土下座交渉が先立つ我々に暴力を期待するなど!恥を知れ恥を!!」

「我々には彼らの真の力によりゼパルの魅了を自力で解いてもらうのが最も確実な方法なのだ!!何せ我々には性的な魅力は皆無だから!蟲だからな!!」

「おい蟲2人ィ?アタシのこの豊⭐︎満な肉体があるだろぉ!?」

「「いや上司の息子を《エミヤ》してここに来た女性はちょっと…」」

 

 ナマラカインが舌打ちをして2人の尻を蹴り飛ばした。

 

「「いたい」」

「言わなくても良いモンがあるだろー!アタシはあの素晴らしき青春があるからマーブルでいられたんだよぉ!」

「《エミヤ》で正気を保ったってマジ?知りたくなかったぞソレ」

「祈荒に地獄で謝っておけよマジで」

「食い散らかしたろうか童貞どもが」 

 

 かしゃかしゃと鎌を動かすナマラカインに2人は揃って土下座した。キチン質の翅がよく見える美しい土下座の後ろ姿に、藤丸はメルトリリスの肩を持って数歩後退した。

 

「なぁに?あんな雑魚に怖気付いた?」

「いや、何だか…そうなるの…かな?」

 

 藤丸は不思議そうに自身の右手を開閉した。

 

「あの3人を倒したらメルトリリスが取り返しのつかないことになる。…って、何故か直感してね。ロマニが改造した(いじった)せいか、変な感覚が偶にあるんだよねー。まあ、俺の為に此処は逃げを選んで」

「…しょーがないわねー」

 

 食い気味に肯定したメルトリリスに藤丸は首を傾げた。契約して数日だが、プライドが高く気難しい彼女なのはよく理解している。今までも敵対サーヴァントには過剰とも言える攻撃をしていた彼女があっさりと撤退を選ぶのは些か違和感を覚えた。

 

 そう、例えるならば─ロマニ感。もしくはギルガメッシュ感。答えを知っている教師が子供のテストを採点するようなむず痒さ。それと混ざって近頃の清姫のような陰湿さが滲み出ている。

 

 初対面な筈なのに、何かと重い。多分マシュタイプなのだろう。

 

「へ、えへへぇ。藤丸様、こ、これを…」

 

 見捨てられそうな空気を察したゼパルが藤丸に強化魔術が付与された新聞紙を差し出した。少し考えて、藤丸はそれを腹に巻いた。溶岩水泳部とマシュとの壮絶な舌戦は彼に少なくないトラウマを与えていた。

 

「丁度いいわ。ザッビーを売り付けてBBからサクラマネーを巻き上げましょう。懐は暖かいほど高貴になれるわ」

「500に…体は渡しているけど、そろそろ拒否されない?」

「大丈夫よ。アレはいまだに未練たらたらだから」

 

 メルトリリスは藤丸を抱えて跳躍した。ゼパルは藤丸の足に縋り付いて追従する。ぎゃあぎゃあと口喧嘩していた三人衆は今更気付いたとばかりにオーバーリアクションで頭を抱えた。

 

「「「─しまった!!」」」

『しまったじゃありません!わざわざ真名を伝えて逃走を許してどうするのですか!!せめて、こう、なんか頑張ってくださらない!?』

 

 キアラの糾弾にアペヤキは顔を下げた。

 

「言ってキアラよ。我らに物理的な勝利は厳しいと思うぞ」

『…うっ…』

「我らの最善は、ゼパルを見捨てて貰うこと。ゼパルのゼパルっぷりを知ってもらえばその内洗脳も解ける!はず!」

『断言して欲しいのですけど!』

「それに我らには切り札が存在する─!」

 

 最猛勝が懐から膿まみれのビニール袋に包まれた本を取り出した。

 

人魚姫2!!

人魚姫2!?

「かつてセラフィックスに存在した英霊アンデルセンが書き上げた至極の書籍!貢いだ資金を食い潰された祈荒はついぞ読破することは出来なかったが!スペースオルガマリー殿が編集者として敏腕を振るった結果完成した代物だ!これを焼き尽くせば間違いなくゼパルはキアラと分離するだろう!」

 

『じゃあ、契約に従って貴方の資金を没収するわね。アンデルセン』

『何がだヘボ編集。実質的に護衛業しただけだろう貴様は。仕事?貴様の編集らしい言葉は先日に催促しただけだろうが。締切はまだ─』

『彼女は死んだわよ』

『─は?』

『中途半端でも原稿を読ませたかったけど、仕方ないわね。彼女も理解してたでしょうし。全盛期で召喚されたサーヴァントが死地に向かう淑女を前に書けませんでしたーって白紙を出すなら期待するのは間違いでしょ。一発屋って辛いわねー』

『……いや、契約は他の連中も含めていた筈だ。明日までに脱稿する。それを持っていけ』

『アレは読まないわよ。いいじゃない素晴らしい環境で好き勝手出来たんだし。…いや分かっ。分かったから!渡せば良いんでしょ渡せば!!』

 

 アンデルセンの怒りと憎しみが籠った複製原稿はスペースオルガマリーを爆死させた。最猛勝が持つオリジナルも同様の威力はあると、アンデルセンは死に際に語った。

 

 ゼパルを完全に葬るための、彼らの最終手段だった。

 

『何ですかそれ!というか、それならば私に渡すのが筋なのでは!?』

「爆弾をキアラに押し付けられるわけないだろうが!!」

『中身の話をしているんですよ!あああ!もう!!』

 

 いっそのことアレを犠牲にして─「   」てて。

 

『─いえ、止めておきましょう。貴方達は兎に角しつこくカルデアに付き纏うこと。私のために、身を尽くして働いてください」

「無論だ」

 

 表情の読めない顔で、アペヤキは頷いた。

 

「我らは、祈荒のためなら何でもしてみせよう」

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