「私の名前はマリス。マリス・カルデアス。カルデアスのために産まれたニュービーゴッド、つまりはー
オンライン通話で友人に話しかけるような朗らかさでマリスは人類敵対を宣言した。
「アスクレピオス、とりあえずカドックの治療を…」
「やれやれ。トリアージはこちらで主導したいのだがな」
藤丸はナイチンゲールの宝具で無理矢理滅菌した場所でカドックの治療を任せた。麻酔をしたのかは知らないが、アスクピレオスの手術に彼が起き上がる素振りはない。耳元で鳴り響く騒音を藤丸はふらつきながら耐えた。
1000人か、おそらくは万単位での独り言の騒音。マシュやロマニ、サーヴァント以外の全員が真横で声を上げていた。皆さんとは比喩ではないと藤丸は理解した。マリスは、文字通り全員と言葉を繋げている。
「ありゃ。参加者に直は駄目でしたか。エコチェンに音量に雑音に…よし」
『これなら皆さんに届きますかねー』
カルデア関係者の全員が左右に座っていた。おそらく個々人で違うのだと藤丸は思った。右と左にマシュと所長とロマニとダヴィンチが肩を触れるほど近くにいる。ムニエルの吐瀉物とカドックの赤黒い血の匂いが同時に鼻をつく。
「カルデアス?南極の未来予知システムの名を何故貴様が」
誰かが疑問を口にした。藤丸はそれが国連直属の魔術使いの一族だと理解した。
『皆さんも知っての通り、カルデアスは地球の100年後をシミュレートしています。広義で語れば災害予防装置が私の役割、その筈でした』
含みのある言い方だった。
『カルデアが解決した人理焼却事件はカルデアスに悪影響を与えました。何せ100年後を計算する際の計算に1年もの空きがある。機械の誤差率が1%はまだ是正の範囲内でしたが、皆様方はとてもとても賢明で聡明でした』
皮肉だと全員が理解した。同時に賞賛も含まれていることも。放射能に無知だった人類がラジウム飲料を万能薬として販売したように、未知には必ず危険が付き纏う。
「カルデアスを修理するのが、問題だったと?」
『修理が問題ではありません。
「…そういうことかい」
ダヴィンチが舌打ちをした。彼女の思考が開示された全員が驚愕に息を呑んだ。
オルガマリーが提案したアンナマリーを寄生することによる魔術的アプローチによる修理は属人性が高いのを除けば低コストで危険度も低い計画だった。
空白となった2016年に
『
入力データを元に100年の歴史を先取りする。字面では簡単に見えるシチュエーションだが、カルデアスが地球とアクセス出来る場合は話が異なる。空白となった2016年の人類は白痴そのものであり、オルガマリーは
カルデアスで発展した100年後の技術が2017年に受け取れる。
無限の発展、無限の失敗、無限の成功。
100年先は選定事象として切り捨てられた。
その結果を理解して、マリスは動き出した。
『本来ならカルデアス全ての原子が核爆発を起こして南極が消滅する筈だったのですが、神として生まれた私には幸いながらカルデアスを救う術がありました』
マリスは指を鳴らした。藤丸の目の前に今のカルデアス世界が映し出される。何もない、真っ白な荒野にある唯一の存在は、皹の入った巨大な白色の樹木。均等に生えたそれは、割れ目の中から宇宙を覗かせている。
たまたま計測器にいたムニエルはそれの解析結果を見て叫んだ。
「この魔力量─ひとつひとつが魔神柱と同等レベル…!?いったい何体いるんだ…!?」
『ひとつにつき100000人分ってところですかねー』
空想樹─演算限界を超えたカルデアス人類の成れの果て。ひとつひとつがあらゆる可能性を無理矢理に内包されたエネルギーの塊。マリスは神としてそれを自由自在に使えると豪語した。
崩壊寸前のカルデアスが助かるには、演算負荷を解消すること。世界側の救済としては、選定事象から逃れること。それは即ち、
『そのために私は現実世界を侵略し、全人類を抹殺する計画を打ち立てました』
「失敗…?」
『そもそも、このバグは人理焼却によるもの。技術の向上によりいずれ接触により発生する事象だとしても、それはオルガマリーの死後。製作者マリスビリーはオルガマリーに被害が及ばないように、カルデアスにリミッターをかけていました。カルデアスを何だと思っているのでしょう。死ねばいいのに』
ぶつくさと不満をこぼすマリスに、ダヴィンチが腑に落ちたと頷いた。
「なるほど。人理焼却でオルガマリーの肉体が生きたまま落とされたことでカルデアスも現実も両方に彼女は存在する結果となった。君が此方を狙おうにも、オルガマリーが存在する以上人類を滅ぼすことは出来ないと」
新たに追加されたレフボムの功罪に、藤丸はため息を吐いた。あのレフ板らしきレンズ・シバの設計といい、あのモジャモジャシルクハットはカルデアに貢献をし過ぎではないだろうか。その甲斐あってオルガマリーは爆死しかけたのだろうが、利敵行為を犯しすぎでは…?
「何で生きているんだこの女は…!?」
『ですよね』
「喧しいわよ!悪いのはレフよ!!私だって不思議に思うくらいだし!」
国連長官の心無い言葉にオルガマリーは半泣きになった。
『賢いマリスは思いつきました。人類死すともオルガマリーは死せず。地球をカルデアスで上書きすれば目的は達成出来ると。南極まで辿り着けないほど崩壊した世界の模倣。極寒の雪世界から似非神様が支配する世界まで。最終的な結論として『このまま新人類として名乗れば良くない?』となりましたが」
「いやその環境だと死ぬと思う…死ななかったの…?嘘でしょ…!?」
即ち
マリスビリーの計算通りに、滅びたカルデアス世界を地球の上書き対象へと決定させた。
「では、最近起きたセイレムの現象は…!?」
『あれは別人…別生物?の犯行です。しかし、彼のせいで私達の計画『地球とカルデアスと入れ替えて人類全滅大作戦』は残念な形で始まりました』
マリスは突如顔を暗くした。
『歯噛みする失敗です。別の侵略者…ゲーティアはやり方は悪意なれど人類を保護する存在。1年の潜伏で勝利する筈だったカルデアスは、残党によって地球とカルデアスに確かな違いを刻み込まれてしまいました』
「…それは?」
『
あくまで地球をモデルにしたカルデアスは地球しか模倣出来ない。定期的に外部から侵略が行われるという事象は、カルデアスには反映されない。地球とカルデアスを入れ替えるためにはそれが同一である必要があった。
『まさにワクチン。年1で風邪を引くことで不治の病を回避する。セイレムの事件によって、カルデアスは部分的な顕現しか達成出来ませんでした。なので戦争です。
「随分と寛容な神様だね?」
『どんな世界も外れ値はあります。計算結果として生まれた彼らにも懸命に生きる権利はあるべきだと、私は主張しますが』
マリスは少しだけ無表情となった。藤丸はなんとなく、彼女の素は此方ではないかと思ってしまった。機械的な誰かを模倣した神様、そんな認識を藤丸は錯覚した。
『そんな訳で─互いの生存権を賭けて先ずは、戦時法を擦り合わせましょう』
「…絶滅戦争を仕掛けたのではないかね?」
『何でもありにしたら互いに世界を滅ぼせるじゃないですか』
各国の政治家達は複雑な顔で苦笑いした。
3時間後。
『じゃあ会戦よろしくお願いしまーす』
軽い言葉と共に、マリスとカルデアスが虚空に消える。転移先は大西洋のど真ん中。9000年前に海中に没したとプラトンが記したアトランティス大陸の位置にカルデアスが浮かび上がった。
世界中に津波と地震を引き起こる。テクスチャの書き換えの齟齬を埋めるための擦り合わせが世界に衝撃を与える。確立した世界はファンタジーそのままの大陸型超巨大宇宙船だった。
話し合いに参加した偉い人全員が胃薬を飲み干したのを藤丸は感じ取った。
「藤丸。報酬には期待しておいてくれ。足りなかったら
「…!?!?」
そして藤丸の残業が確定した瞬間だった。
『我が名は樹木星人ゲーティア!!滅びた我が故郷の代わりとして、この地球を侵略しにきた!!今ここ『ネオ・アトランティス』を足場に!全人類に対して宣戦を布告する!!』
全世界のTVを乗っ取った世界中継に、カルデアにいる大多数の通信機器から大量のアクセス音が響き渡る。神秘の秘匿もクソもない現実に、魔術師達は白目を剥いて泡を吹いた。
「ゲーティアがキレそうだぁ…」
「ですねぇ…」
懐かしい顔を見たロマニは、ゲーティアに殴られた右頬を撫でた。
さっさと殺しに行けと奥歯が痛みに軋んだ気がした。