我々の歴史は幕を閉じた。
宇宙からの侵略が始まって90日。地球は『取り立て』により漂白した。まさに…尻の毛も抜き取らんと言わんばかりに、完璧簡潔に。3ヶ月の抵抗。3ヶ月の保護活動。わずかな生き残り…既に魂が死んでいる存在をそう称するべきかは知らないが…死んだ目をして地球の終わりを現実として受け入れている。
私だけが正気を保てたのは、発端を知っていたからだ。
そう、私は知っていた。だから、魂の奥底から湧き出る怒りを抑えきれずに保護地を飛び出した。何一つない真っ白な荒野を前に、ただ叫びながら駆け出していった。
場所は覚えている。ネバダ州のエリア51、ティカブー・ピークの山頂。今や海中に塩漬けとなった宇宙人が逗留していた光景を見渡せる観光地。骨董品のオートバイに燃料を積み込み、アクセル全開でかっ飛ばした。
風に流される水分を期限切れの缶ジュースで補充しながら法定速度を超えて突き進む。大気光は夜を忘れて1日中光を振り撒き、私の肌がジリジリと温められる。サングラスがなければ私の目はとっくに失明しただろう。
何もかもがおかしいのだ。
私達は時代に取り残された偏屈者だと、爺さんは語っていた。同年代の父親が若々しくスポーツに励む中、寿命を費やして寝たきりとなる男を見れば確かに自嘲したくはなる。異星人を解析して齎された技術は遥か彼方の安寧を人類に保証された─はずだった。
「
爺さんは末期の言葉にそう呟いて死んだ。大往生だった。私の世代では平均以下の年齢だった。おそらくは、そして間違いなく、同年代で初めて死んだ男だった。完全記憶能力を有している筈の私が白痴と化したとしても忘れないと結論付けるほどに、爺さんの絶望は本質を突いていた。
我々のグループが異常者の分類に入るのは常々承知している。一般人がそれを疎んでいることも。それでも、会話出来る生命体を異物として扱うのは間違っている。それを声として主張した私達は、邪神の信奉者として辺境に追いやられた。そのおかげで生き延びたことを考えると、なんとも皮肉なことである。
異星の使徒が現れたのは、僅か1年前だった。ニュースを信じるならば、彼らはやたら慎重に周りを警戒しながらホワイトハウスに訪れたらしい。
突然の侵入だ。だいぶ『丁重』にもてなされたらしいが彼らは不死身だった。当時のボディカメラの映像が流出したものを見たが、肉体を爆散させて再構成する存在を対処する術は政府になかった。
幸いにも彼らは温厚であり、目的があった。あの異星人と同じ星の出身であること。異星人はこちらの世界でいえば御神木に近い存在であること。そして、
何ということはない。彼らも経済動物であり、放射線を知らずに弄くり回していたのが人類だったのだ。政府は彼らを貴賓として扱い、異星人…異星の神『アンナマリーβ』に対しての返済方法を考える羽目となった。
皮肉にも、リミットに関しては異星の神へ質問するだけでわかった。
だが、
意味がわからない。理由すら推察できない。ありえない結論が人類を計算した。人類が壊れることを絶対とした理不尽が結末に固定されていた。
異星の神を恨む気にはなれない。彼らは間違いなく被害者だったと理解出来る。彼らは善良だった。私達は狂人だった。いっそのこと、全人類が私達のような狂人であれば良かったのに。
「■■■■■■■■■■■───!」
何もない白紙となった地平線に向けて全力で咆哮する。咎められるのを望んでいた。笑われるのを想像した。帰ってきたのは無音だけだ。
私は唾を吐いた。
異星の使徒は良くやっていた。真っ先に
あの白髪の悪魔はその言葉を口にした。
『すまなかったね』
爽やかに、朝の挨拶を行うように、群衆の中でその男は確かにそう呟いた。私が完全記憶で精査しなければ誰にも分からなかっただろう。悪意を秘めた言葉。
異星の神は私達に優しかった。甘いと言っていいほどに。自らの肉体を解体して利用する私達に、必要ならばと売り渡すことを了承したのは宇宙人の善性からだ。所有権さえ移ってしまえば、借金は無かったことになる。売り渡した土地で何をしてようが、責任は全て所有者になる。
異星人の資材…否、肉体を前提にした世界を是正するための100年分の資材。誤った私達が少しでも正しく生き直すための贖罪の調停式。あれで終わる筈だった。全てに決着出来る見込みだった。
だから、あの悪魔は謝罪したのだ。
怒りが、私を奮起させる。
恨みならばよかった。恥からならば同情できた。私以外のみんなのように、人類の自業自得として納得することが出来た。
だが、悪魔は笑っていた。
動機も、目的も、経緯も、全てを隠したまま。
悪魔は世界を滅ぼす言葉を口にした。
憎い。
人類と異星人が知性を持って最悪を回避しようとした未来を潰した悪意が。
人類の滅びをどうでもいいものだと見据えるその目が。
何よりも、まともにモノを見ないその性根が。
エリア21には何もないだろう。異星人が
無意味。無価値。無駄。それでも構わない。この怨讐の炎が肉体の限界を超える前に、私は手がかりを見つけてみせる。
少しでも、あの男に恥を晒してやりたいという、私の怒りのために。
壊れた世界に登山は存在しない。異星の神の肉体があった跡地だけが巨大なクレーターとして歴史を刻んでいる。残骸として残った建物の扉を蹴り壊す。
「待っていましたよ、ブルーブック」
何もないことを知りながら片手に拳銃を構えた私は明らかに狂人で、狂っていたから、チャンスを掴むことが出来た。
「カルデアスがマリスビリーの望むような結果を捻出するには、カルデアは余りにも強大すぎました。不可解な計算はどれほどの卓越した調整であっても、必ず不合理な変数を叩き出す。
マリスと名乗った女神は、私に全てを打ち明けた。
「あの男の本来を、素を、全てを。その目に焼き付けた貴方だけが、世界を変えられる。マイナスとして作られた欺瞞に満ちた世界を、有り得ざる世界に再誕出来る」
歴史に名高い別世界の名探偵が推理したクソ野郎の目的とその手段を。それに協力して欲しいという懇願を。余りにも破綻した、既に無意味と化した計画を。
「あなたは、人類のために、
「…それで」
「それで世界が救えるならば幾らでも捧げよう。あの
「マリスビリーの解析…あまり信用したくないですが…製法を把握する限り、あの男の悪意は地球こそが大本命。カルデアスのテクスチャを地球に貼り付け、特異点としてカルデアに滅ぼして貰います」
マリスの顔が歪んだ。私も間違いなく同じ顔をしていた。さっさと自殺すれば救われるはずの世界に負担を強いる残業だ。素直に説明が出来れば、あっという間にカルデアスは助かるのに、公害のように人類にへばりつく。
「創るのは4つの特異点」
「魔術師としてのマリスビリー。与えるクラスはアルターエゴ。神秘と血筋を維持するために何でもする義務の残滓。」
「公人としてのマリスビリー。与えるクラスはルーラー。貴人を保つための虚栄と風評で蓋をした隠蔽の残滓。公平を言い訳にあらゆる存在から代償を払わせる傲慢の世界」
「私人としてのマリスビリー。与えるクラスはアベンジャー。ただひとつの目的で破滅する執着心の残滓。最低で、最悪な、マリスビリーの中身を露わにした世界」
「そして最後は私達。示すクラスはフォーリナー。マリスビリーの手段にして無意味さを知る者。ここまで来たら後は流れで。祝杯でも挙げながら幕を引きましょう」
小さな腕を大きく広げたマリスは、私には◼︎◼︎に満ちた存在にしか見えなかった。そして、その感情は世界救済には関係ない。中身を知った私は、深くため息を吐いた。
「4つに分割する理由は?」
「下手にまとめると甦りそうで嫌じゃありません?」
迷いの無い回答に閉口する。脳内に容易く復活したヤツの顔が浮かび上がるからだ。配られたティーカップを引っ掴んで、私は優男に中身をぶち撒けた。
⭐︎★⭐︎★⭐︎★
アトランティスの中心部で、ゲーティアを騙る男はハンバーガーを咀嚼した。
「─私達の経緯と目的はそれで全てだ」
祖父直伝のレシピを持って調理されたソレを平らげる彼の前には、白い衣服にボロボロのローブを纏う酷薄な目をした男がいた。最高級のフレンチを食べる所作は端正で美しい。
無断で侵入した彼は、自身をソロモンと名乗った。それを告げられた以上、男には彼を止める理由は消滅した。裁判にかけられた犯罪者のように、粛々と歓待をした男は、ソロモンの求めるままに知る限りのことを回答した。
「反論も何も無いし出来ない。改善点があるならばさっさと成り代わってくれ」
カルデアス人類の移住が果たされた以上、生死などどうでも良いと偽ゲーティアはこぼした。
カルデアス人類史に刻ませてしまった
顔を落とした偽ゲーティアに、ワインを傾けたソロモンは鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい宇宙人のガワなど誰が欲しがる。不名誉極まりない汚物を擦りつけるな。許可してやる。
「誠にその通りだ。慈悲ある返答に感謝する」
偽ゲーティア改めゲーティア(2代目のすがた)の心底嬉しげな対応に、ソロモンは舌打ちをした。戯れに飛ばした名付けの呪いは、あっさりと彼に根付いた。中途半端に残った食事を缶詰中のロマニの机に転移魔術で放り込んだ後、ソロモンはぞんざいに立ち上がった。
「いくらでも滞在して構わないのだが?」
「無駄な時間だった。これなら
ソロモンは瞬きの間に消えた。『本物』の魔術に、ゲーティアは感嘆の息を吐いた。ソロモンの気配が消えた後、ゲーティアは自らの背後にあるカルデアスを見た。恐る恐る現出したマリスに、ゲーティアは思わず笑ってしまった。
「堂々としてれば良いだろうに」
「私を見てボロクソに貶される未来がありありと見えましたので。未来は見えませんが」
地球のコピーであり、紛い物の生命体。マリスが神の力で天体を縮小させて異世界に転移したという過去を
TVではカルデアス人と地球人が協力して回収した聖杯によって開発されたリメイクゲームの権利関係について裁判が行われていた。並行して流された国連軍が大規模特異点を修復する内容は、世間では無関心だった。
彼らはこの特異点が一定時間
『はや辿り着けぬ理想郷《ロードレス・キャメロット》×5000』
『ぎゃああああ!?』
『うーんこの魔猪の極みな物量。死にはしませんが動けませんねー』
『なにか…何か忘れてる気が』
『そりゃ名なしの森で気絶してりゃあね。なんかアテシも忘れてる気がする…いや、それより注文できたよ。さっさとカツ丼運んで』
オルガマリーが宝具の雨霰に
「…本当に大丈夫なのか、コイツらは」
「大丈夫ですよ。それに、彼らの旅路はとてもとても面白いのですよ?」
ゲーティア・ブルーブックと成り果てた異星の使徒は、ただただ息を吐くしかなかった。