特異点突入から1週間。
「カツ丼ひとつ」
「肉饅3つ持ち帰りで」
「「「カレー甘口で!!!」」」
妖精國と呼ばれる妖精が主軸となった特異点。その国家の片隅で、藤丸はサーヴァントとして仮契約したリリスと拠点を構えていた。
「へいお待ちっ」
名なしの森は自己を消す。
200年前にコーンウォールの
幸運にも金策周回に立ち入っていた妖精によって早々に回収されたが、当然ながら危険地帯での救助は費用が掛かる。余りにも悪質なチート行為として垢BANを受けた元領主の飲食店で働いているのが藤丸達の状況だった。
「最近は暇が無くてありがたいわ」
注文に併せて食材を作り出した店長(懲役400年)はニヒルに笑った。
「イベントがないと妖精は態々ご飯を食べに妖精だけの店に来ないからさ、人間がやってないとほーんと暇暇。懲役だから仕方がないけどさあ、藤丸が第1号なのは酷くねぇか?」
半ば惰性で仕事をしていた分、見つかったことは奇跡だったと店長は断言した。
「渡されたマニュアルとうの昔に擦り切れたし、連絡先も不通だったし…藤丸が来なかったら本気で死んでたろうぜ、私」
「人間と交流しないとダメなんでしたっけ?」
「そう。たまーにカルデアス人が遊びに
ふつーに立ち入り禁止だしと店長は嘆いた。
「中心部はもっといっぱい人と妖精がいるんでしたっけ?」
「そりゃあな。こんな暗い村なんか比較にならなねぇくらい活気に満ちてるよ。ごちゃごちゃうるせえ雑魚共がな」
「そうだった?みんな楽しげだったけど」
多分マスターが居なくなった途端に空気は死ぬよとリリスは言えなかった。ニッコリ笑う店長の魔力が彼女の首筋を柔らかに摩っていた。リリスは藤丸が下げた食器に付着したカレーの残滓を使い魔に食べさせた。
『ごれどぐ』
あまりの辛さに使い魔は爆発した。店長が客が藤丸のみを求めているのを察して仕込んだ劇薬だった。客の妖精はそしらぬ顔で解毒をしながら藤丸にセクハラを仕掛けていたらしい。
陰湿さにリリスは固まり、新聞を広げた店長は顔を顰めた。
「最近はスプリガンが新たに仲間を加えたみたいだ。丁寧に集めていた人間を解放して回るわやりたい放題。特に大盾を持った『センパジヤナ』が凄いらしい」
「へー」
「ま、まあ、アテシらには関係ないしね。先ずは記憶を取り戻すのが先でしょ」
乾いた声で笑うリリスの懐には一冊の本があった。『藤丸マシュ阻止計画』という本だ。どう見てもリリス専用の攻略本だが、その10%もリリスは完遂出来ていない。悪戯好きな店長が絶妙に間の悪いタイミングで妨害を果たすからだ。
「そうだな。人間は記憶がた・い・せ・つ。だからなぁ?」
「ぐぎぎ…!」
人間の感情を間近に浴びる店長の肌艶は人生で最も潤っていた。
「借金もあと数日で完済するし、そろそろ方針を固めないと。◼︎シ◼︎がいればそれとなく…誰だっけ…」
「私が知るかよ」
「なら、現状を事実から考えよっか」
リリスはくすくすと笑った。鈴を転がすような、背筋が凍るほど甘い声だ。
「この特異点は
大ブリテン島で発生した特異点は、妖精達が主軸となって発展した異世界だった。余りにも歴史からかけ離れたこの特異点は、カルデアからは異聞帯と命名されるほどの
特異点の主はモルガン・ル・フェ。アーサー王伝説に名を連ねる伝説の魔女だが、この世界ではブリテン王として永世君臨を成し遂げている。パンフレットによれば、星の聖剣が
しかし、妖精達は人類が居なければ早々に破滅してしまう。それを察したモルガンはカルデアス人類を入植することで問題を解決した。空想樹と成り果てたカルデアス人類が仮初の肉体で活動出来るように国を作り変えたのだ。
妖精に必要なモノは人類の精神。
外側など妖精の力があればいくらでも変えられる。必要なのは性根のみで、空想樹という肉体に忌避はなかった。妖精達が拵えた義体は彼らが悪戯しても支障がないほど頑丈で、力を持て余した人類がその衝動を解消しようと企むのは当然の帰結だった。
「妖精國では何でも赦される」
妖精は強力だ。人から栄養を得た彼らの力は基本的に何でも出来る。気が合った人間と妖精は互いの娯楽のために盛大に遊ぶ。妖精國に法はなく、最も強大なモルガンがセーフティとして全てを支配する歪な国だ。
山に面積を無視したダンジョンを拵えたプレイヤーに対して、剣と魔術で攻略するプレイヤーがいる。幻の生物を再現するプレイヤーに、幻の生物を探索するプレイヤーが妨害する。街一つを支配する
何でも赦されるが、如何なる理由でも邪魔がある。
だから、遊び場を破壊しにやってきたカルデアはレイドクエストに変貌した。どれほど巨大化した特異点でも核となる空想樹を破壊すれば霧散する。推定モルガンのマスターを討伐する大規模イベントに、国中が興奮していた。
「そして犯罪者は裏方に回る。くっそつまんないフリクエの張り出しとか出資計算やら義体の回収から運営の仕事をやる。やりたくねぇけど、結構面白い噂話が聞けるのは悪くないって藤丸がきて漸く感じたよ」
「……アテシは!?」
「カルデアの手先」
店長は藤丸がドリップしたコーヒーを飲みながらTVを繋げた。映るのはニュースキャスターの服装をした妖精とカルデアス人。30分の枠を勝ち取った彼らは嬉々として発生した大ニュースを報道していた。
『お前達の攻撃は素晴らしかった!』
『ぐっ…!』
『コンビネーションも戦略も!宝具すら驚嘆に値する!!』
7徹に耐えきれなかったオルガマリーが爆睡する中、制御権を借り受けたアンナマリーがグランマリーとなって巨大化する。四つん這いとなって鼠径部を浮き上がらせながら、アンナマリーは全方位に魔力を光に変換、集束・加速させる。エミヤから聞き出したアンナマリー流のエクスカリバーの再現だ。
『だが、しかし、まるで全然!』
『このワタシを倒すには程遠いんだよねぇ!』
全方位
おそらく逸話再現でモルガンを倒すつもりだったのだろうが、モルガンはアーサー王に殺された事実はない。力技で防御ごと通されたクリティカルに、モルガンの分身が土煙と同化して消え失せる。
『女王がやられたー!つまんなーい!!とりあえずにげろー!!』
『ぇっ!?特異点の核は?あれ、誰も…(スキャンしながら)…誰も知らない!?嘘だろう!?』
モルガンの敗走に飽きを感じていた妖精達は
『………(爆睡中)』
『えっと…とりあえず手当り次第モルガンの領地を破壊するか…』
ニュースでは、破壊された街が10を超えたと発表されていた。
「限度があるだろ」
「あはは…」
「限度が!ある!だろ!!」
モルガンに対して思い入れがあるらしい店長はこめかみに血管を浮き出させながら藤丸をガタガタと揺らした。モルガンは妖精をより良きものとしたとか、モルガンは裏に国を作っているとか、腐れドラゴンと筋肉ケモノもどきは役立たずだとか。その動きよりも速く繰り出される言葉はモルガンを讃えるものばかり。
「えーと、俺にどうにかする手段があるの?」
「あるよ」
何とかしろと言われても、記憶の無い藤丸には自分の地位すらわからない。否定されるために放った質問は、手帳を持ったリリスによってさっくり否定された。
「マスターは国から派遣された特異点解決班の1人。しかも上澄側のマスターで、クエストに捜索依頼が出されるくらいには有能な」
「そうなの…?まるで自信ないけど」
「妖精側からすればあの気持ち悪い時空跳躍は本気で唯一無二だよ。
店長の呪いは本人が自覚する確信を突けば記憶が解放されるらしいが、ソロモンやら魔術師やら語られても藤丸には実感が湧かない。
うんうん唸る藤丸の背中に、リリスはべったりと抱きついた。身体が固まる藤丸の耳に甘噛みする姿は正しく淫魔の仕草だったが、店長の目線で見たリリスは顔を真っ赤にして小刻みに震える小娘だった。
「マスターはコミュ強が極まって国から名誉バーサーカーマスターに任命されたでしょ?今回はフレキシブルな対応が必要だからアテシみたいな意思疎通の取れるサーヴァントを常待に指名したんじゃないの?」
「そうかな…そうかも…」
「どーでもいいけど今日は店じまいだ。さっさと賄い食って帰りな」
もそもそと夕食を食べた後に貸家に帰った藤丸達を見送って、店長はため息を吐いた。リリスが藤丸を籠絡したいのは丸わかりだったが、その手法は手緩く大したことのない内容である。純粋に距離を詰めようとした結果、チャンスが訪れたのだと考えれば、何と可愛らしいことだろうか。
「だが、悪りぃな。私は巫女としてこの国を選別しなきゃならねえ」
敬愛せる女王が敗走した以上、メリュジーヌとバーゲストが援軍に来るのは期待できない。ノスノス喧しい神様は残念そうに首を振るばかりで、下手な手出しは対話の余地を減らす悪手になりかねない。
『…ノスノス』
「はあ!?もう遅い!?何言ってんだ、まだカルデアは」
「ブラックバレルゥウ!!レプリカァア!!──死ねぇえ!!!」
「がああああ!!!次こそはぁああ!!」
膨大な殺気とともに発生した過剰過ぎる殺意の嵐に、彼女…バーヴァンシーはげんなりとしながら卓を蹴り飛ばした。妖精は自分勝手で、仲間は役立たず。カルデアが強敵なのは事実としても、最低限の任務は達成して欲しいものだ。
その上でリリスを葬った人間の殺気はおさまっていない。善良な妖精として
「…女難ってやつか?他人な気がしねーし、たまには私もプレイヤーとして
バーヴァンシーは母から承った戦闘用の礼装靴を身に付け、店に『閉店』の看板を取り付けた。