この世界は絶妙に均衡した力関係で成り立っているとメリュジーヌは理解している。そしてカルデアが乱入した際に壊れることも、全妖精が義務として知っていた。詳細までは、大多数は知らないだろうけど。
カルデアス人からの歴史から比較してモルガンが結論付けた話によると、この世界は1万4千年前に襲来したセファールに敗北した世界らしい。地上を蹂躙するセファールを滅ぼすために、妖精は全霊を以て聖剣を創り上げ、人間はそれを持ってセファールに戦いを挑み、そして敗れた。
純粋に力量が不足していたのだろうとメリュジーヌは思っている。甚大な攻撃力とそれを当てるための命中率は別だ。人間は脆く儚い。運悪く死んでしまったためにセファールは止まらず、この世界は滅びた。
滅んでないじゃん。
当時はドラゴンジョークを
当時はオーロラに頭をカチ割られた…顎だったかな?痛みでメリュジーヌの記憶は胡乱げだった。
そうだ、滅びたのは表面だけ。僅かな妖精と獣神ケルヌンノス、そして唯一生き残った人間の巫女が星の内海に退避していたはずだ。生き残った彼らは2度と過ちを繰り返さないよう、
生き残った妖精達は老衰死した巫女をベースに、自らの肉体と混ぜ合わせた
メリュジーヌが
人間の血が薄いメリュジーヌの用途は担い手の足であり囮。アルビオンの腐肉をオーロラが飾り立てることで産まれた、美醜と愛憎の
…屈辱にも、あのクソ硬モンスターに敗北するまでは。
鈍っていたのは認める。モルガンが女王としてカルデアス人を引き連れるまで、妖精國はひたすらに互いの傑作を戦わせる修羅の国だった。数少ない
モルガンは霊長に必須なのは
その判断は間違ってはいないと頭脳に優れないメリュジーヌすら断言出来る。成長という意味では妖精達は頭打ちに近い状態だった。オーロラを含めた複数人の有力者がモルガンに協力し、この世界は妖精國として安定性と飢えから解放された。
『してはいけないこと』を女王モルガンが。
『しなければならないこと』を騎士ガウェインのバーゲストが。
『したらためになること』を騎士ランスロットのメリュジーヌが対応する。
妖精は万能さと反比例して社会性が皆無な存在である。というより、好奇心旺盛で純真無垢が彼らの根本的な価値観である以上、極端に語れば本人と遊び相手さえいれば妖精の人生はそれ以外が余波となる。妖精國に個人税がないことからもそれは顕著だ。
数は力となるが意志が薄められる。死が薄まればなおのこと。当時の12騎士も全員が引退して役目を譲ってしまった。メリュジーヌもオーロラから譲り受けたそのひとりだ。強さという意味ではオーロラを超えた自負はあるが、戦術まで話を広げれば、間違いなく先代より劣化している。
大なり小なり今代の騎士は先代より明確に劣っている箇所がある。騎士達が今まで理由を捏ねくり回して個別に動いていたのは、内心でそれを自覚しているからだ。そして見事に弱みを突かれて敗北したことに、メリュジーヌは不甲斐なさを覚えている。
「…つまりは、全員が自覚している。くそったれにも、僕達は見逃されて再起を可能とした。…僕らは、果たさなければならない」
責任を果たせ。
「祖の使命が呪いか啓示かは…終わってから分かる筈だ」
メリュジーヌは歯軋りしながら集合場所の扉を蹴り開いた。睨む視線も伺う視線も今日ばかりは弱々しい。メリュジーヌ自身も弱気の芯が背中に貫かれているのを感じている。
モルガン、バーゲスト、ウッドワス、オベロン。
メリュジーヌは4人しかいない円卓を見た。見て、目を伏せた。この世界の事情を学んでいる以上覚悟はしていたが、余りにも呆気ない脱落に不安が鎌首をもたげた。
「…ごめん、遅れた」
「いつになく殊勝だな」
「僕が最後に…なったのかな?」
隻腕となったウッドワスは神妙に頷いた。モルガンの包帯を撒き直していたバーゲストは悲しげに目を伏せ、唯一無傷のオベロンは苦笑いを浮かべている。
モルガンは死んだように眠っている。オルガマリーから制御を与えられたアンナマリーが放った
懇々と眠るモルガンを一瞥した後、ウッドワスは片脚を引き摺ったメリュジーヌに椅子を差し出した。メリュジーヌは膝を抜くように座った。腰掛けるというよりは、倒れ込むような着座だった。
「スプリガンはナカムラとしてアルトリアを手土産にカルデアに降った。ノクラネアは中立を宣言。ムリアンは『
「人間の血が濃いと脆くて困るね」
ウッドワスは返答しなかった。軽口を叩いたメリュジーヌの表情を見れば彼女が抱えた悲嘆の量を察せるからだ。ウッドワスは自身の微かに宿る人間の血を総動員して激情を押さえ込んだ。
「バーヴァンシーはカルデアのマスターと契約した。女王の策略だ。…浅はかなオレでもその意図は分かる。カルデア側に組せば…我らの宿願はほぼ確実になる」
「…諦める、手はないだろうか」
バーゲストが溢した本音に、メリュジーヌとウッドワスが同時に睨んだ。殺気を多分に含んだ目線に、バーゲストは怯みながらも毅然とした態度で首を振った。
「私達の悲願は百も承知だ。だが、達成するための犠牲はどうなる。事実上12騎士だけのために国中の妖精を生贄にするのか!最早─とうの昔に亡くなった先祖の遺志のためだけに!!」
血を吐くようなバーゲストの叫びに、2人は困惑した顔で目を交わした。滅びが確定した霊長が無意味に終わらない最期を手に入れるチャンスなのに、たかがそんなことで躊躇うバーゲストを、信じられないとばかりに近寄った。
「それが
迷いなく答えた2人の言葉に、バーゲストの顔が殊更に歪む。その感情を理解出来ない彼らは、捲し立てるために彼女の手を掴んだ。
「犠牲!?無駄など無かっただろう、バーゲスト!聖剣に認められた、ケルヌンノス神御墨付きの最強の聖剣使い!お前が産まれたのだから!」
「そうだよ!ナカムラみたいな出来損ないとは違う。人間を超越し、妖精の精神を持たないキミは妖精國に唯一存在する真人類だ。
「カルデアに何を吹き込まれたのかは知らんが、嫌ならばカルデアに降ればいい。
心から感謝する彼らに、バーゲストは固まった。その選択肢が妖精國の半分を見捨てる結論であることに、彼らはまるで気にしていない。倫理観の違いに、バーゲストは血が滴るほど手を握りしめた。
妖精國の中で唯一の人間であるバーゲストは、友達を選別などしたくない。その要求すら、妖精には理解されていなかった。
「出来れば…負け戦はしたくない。何か出来ることはないのか?オレ達は苦難を共にする同志だ。作戦が負担ならばオレが肩代わりしよう」
「それ!いい考えだよ!最終的には僕もキミになるんだ、カルデアに潰される前に事前に統合するのは悪くない!ナカムラとAチームは僕が死ぬまで引き受けるから、バーゲストはのんびりと陛下の看病でも…なんで泣いてるの…?」
「ははは!」
意味のない話を遮ったのはオベロンだった。くすくすと嘲った彼は、未だに眠り続けるモルガンを一瞥して、呆れたようにため息を吐いた。
「見苦しいなあ。所詮、誰かが見た、一時の夢だろうに。マトモなのは独りだけとは」
オベロンは立ち上がった。
「俺は好き勝手にさせて貰うよ。何せ、義理は果たし切ってるからね」
捨て台詞を吐いた彼の背中を妨げる妖精は誰一人いない。オベロンはブリテンを滅ぼすために誕生した終末装置である。特異点が成立するまで契約を遵守していること自体が律儀過ぎるほどだ。
本体を顕現し、その権能を全力で放つオベロンは未だに理知的である。
「イかれてやがる。相性が悪いったらありゃしない。『ブリテンは滅ぶから人は死ぬべき』として生命体を殺戮する奈落の虫に対して、カルデアの神は『人が死ぬならば世界が滅んだ後であるべき』だ。理屈も何もない、純然なる力押しで終末装置が壊されている。つまんない末路だよ」
オベロンは苛立ちを隠さずに椅子を蹴り飛ばした。高級な椅子がばらばらと塵として崩壊する。唖然としたメリュジーヌとウッドワスに、オベロンは貼り付けた笑顔で振り向いた。
「2人とも考えを改めるつもりはないんだろ?バーゲストは年若いからちょっと妖精死に感傷的なだけさ。この会議も、事実上の解散届みたいなものだろ?」
「…言われたら、そうなるね」
「なら、君達は最善を尽くして頑張ればいい」
オベロンは退出した。メリュジーヌは泣き続けるバーゲストの背中をさすろうとして、思い直して手を止めた。
「…よく分からないけど、バーゲストに辛いことを押し付けちゃったみたいだね。ごめん。最後の最後まで。…じゃあ、願わくば…。…うん、サヨナラかな、たぶん」
「…次に相対するときには、オレ達が望んだ騎士の王としての姿を期待している」
足早に退出した彼らをバーゲストは止められなかった。目的のために躊躇いなく生命を捨てられる彼らと同様に、バーゲストも妖精を理解出来ない。愛されるのも、愛してるのも分かり合えているのに、彼女の望みは何も叶わない。
「如何して、私はこんな最悪な世界に、獣として産まれたのでしょう…」
バーゲストはさめざめと泣いた。
バーゲスト:妖精國の騎士王(王ではない)。ファイナルヒュージョン承認の権利を握っている状態。詳細は次回に語る予定。