色々とおかしいと感じながら、メリュジーヌは暴れていた。
「
汎人類と妖精のプライドを賭けた盛大なる決戦。そう信じて集められた人類側と反人類側で区分けされた100万人を超える大戦争。滅亡が確定した妖精國で汎人類の英霊として歴史に登録されるための、盛大なる蠱毒の儀式。
その前提で始めた戦争で妖精達が行ったのは、目に付く敵を殺しあうこと。近場にいた共に戦うべき仲間と殺し合いを始めることだった。
メリュジーヌも例外ではない。人型に押し留めていた肉体を解放し、本領であるドラゴンゾンビとして純血竜アルビオンの躯体で暴れ回る。ブリテン島に存在し、46億年を生きたとも言われる『真なる竜種』の肉体は腐っていようとも強靭そのもの。
ウッドワスも、味方のカルデアス人も、その他の妖精も、メリュジーヌは無差別に殺した。メリュジーヌの本体は既に腐敗しているため長持ちしない。自らに関わる凡ゆるバフ・デバフが常に腐り落ちてしまう。彼女の強さは寿命と比例していた。
最強の妖精だったメリュジーヌの能力が半分以下になった頃、メリュジーヌは漸く妖精達が本末転倒であることに気がついた。
「いやボク洗脳されてるよ!?」
慌ててカルデアの連中を索敵すれば、隕石を飛ばす男と謎の生命体を召喚する男がカルデアチームの退去を行っていた。
妖精達は無軌道に殺しあうばかりでまともに連携が取れていない。粛々と退去を行う彼らの背後には、雲を突き抜けるほど巨大な結晶の壁があった。せいぜい妖精数十人分程度の霊基規模であるはずの彼らは、背後を気にする必要がなくなっていることで笑う余裕すらあった。
メリュジーヌは今になってカルデアの作戦を把握した。土地を媒介に無差別に洗脳を行い、寡兵の彼らは特異点から脱却して悠々と自滅を待ち侘びる。実際には項羽の助言に従っただけだが、メリュジーヌの勘違いは客観的に見れば正しかった。
「ず、ずっっこい!!」
妖精國にドクトリンなど無いようなものだとしても、あまりに血も涙もない戦術にメリュジーヌは涙目だった。
「
ガタが来た肉体を宥めながらメリュジーヌはブレスを放出した。テクスチャすら崩壊させる毒のブレスは人間には防ぐことは不可能だ。
そう、人間には。
─カルデアには神霊が存在する。
「流石は冠位の竜種。だが、おつむは残念なようだ」
事象交差。
デイビットのサーヴァントであるテスカトリポカはこの世にあるものを自在に組み替えられる。退去したマスター達の魔力を拝借した彼は、ブレスを受けなかった場所と
瞬間移動ならばメリュジーヌの反応速度で対応される。しかし、火力での防御は受け身にしかならない。殺し合いを成立させるための一発芸。分水嶺を見切った戦の神らしい、最短最善の美技だった。
「!?」
回数制限を知らないメリュジーヌはブレスを止めざるを得なかった。容赦なく放ったはずのブレスは結晶壁に直撃しても傷ひとつ付けられていない。その事実は、彼らが壁の向こうに逃げた際にメリュジーヌが対処しようがないことを意味していた。
権能など知る機会もないメリュジーヌには手品の種は分かる由もない。メリュジーヌは数瞬考えてから、カルデアの半径1キロ圏内を更地にして人型に再整形した。火力広範囲よりも高速高回転のほうが対処しにくいだろうという計算からだった。
印象に残りやすいという理由もある。
感知範囲に横槍を入れるような邪魔者はいなくなった。自分本位なメリュジーヌの行動は、入れ替え先がないために期せずしてテスカトリポカの権能を防ぐ形となった。焦げ臭い腐臭を漂わせながら、メリュジーヌは
「妖精國の負けだよ。こんな洗脳作戦なんてわからなかった」
「出来ねえとは言わねえがやる気はねぇよ。おまえさんみたいに意図して味方の首を取るなら考えてやってもいいが」
「何いってるの?人間を殺すわけないじゃん。こんな不安定な土地に大切な
今頃は寝ているだろうねとメリュジーヌは笑い、そして首を傾げた。
「あれ?ボク達、殺し合いで、死合で、半ば合意して、向き合ってるよね…?」
「ああ」
「それなら殺さないのは失礼に当たるのでは…?」
「そうだな。自覚したなら、おまえさんは家畜から兵士へ大躍進だ」
「むがぁーっ!!」
拍手をしたテスカトリポカに、メリュジーヌは地団駄を踏んだ。人間の血が塗り潰されたために感情のタガが外れたのだ。日常と戦場の区別もつかない赤子同然の戦士に、テスカトリポカが飴を与えない理由はない。
メリュジーヌが放つ火炎弾を捌きつつ、テスカトリポカは傲慢に笑った。
「やはり戦いで死ぬ者は、等しく理由を抱えて逝くべきとテスカトリポカ思うワケ」
「馬鹿にしてぇ!仕方ないでしょ妖精はみんな馬鹿なんだから!」
「なら、このまま
メリュジーヌは膨れっ面で涙目となりながら姿勢を低くした。
「おじえでぐだざい」
「なんだこいつくっそ面白えな」
「カイニス…!」
「おい、マスター。令呪をよこしな」
歯軋りを鳴らすメリュジーヌにニヒルに笑いかけてから、テスカトリポカはデイビットに魔力を催促した。即座に令呪を捧げたデイビットにキリシュタリアは瞑目したが、彼自身はそれなりに熟考して受領した依頼である。その思考速度が人智を超えていただけで、デイビットの思考自体は至極真っ当なのだ。
「ようし、腐龍。戦の神を司るテスカトリポカが戦場を解説してやろう」
「メリュジーヌ・オーロラだよ」
「ならメリュ坊。この戦争の目的を語ってみろ」
悠長な問いにメリュジーヌは反抗しかけたが、この場にいる5人の肉体と精神が分離したのを知覚して考えを改めた。
テスカトリポカの事象交差に時間軸はない。彼はこの長々とした無意味な会話を未来から引っ張り出した結果を令呪にて引き寄せている。他の観測者から見れば、令呪を無駄遣いしたデイビット達にメリュジーヌが間髪入れず戦闘を再開しているようしか見えないだろう。
「この仮初の特異点は解決したら文字通り無に帰る。人間の血を引く
純粋な暴力装置のヒーロー。便利な権能妖精としてのヒロイン。そして聖杯を抱えるヴィラン。ヒーローとヴィランはカルデアとの流れで決まる予定だった。カルデアは使えた妖精をスカウトする監督だ。
「始まりは巫女の激情からだとしても、無に帰する世界が人理の糧となるならば立派な偉業だ。特異点の妖精は『使えるモノ』だけが形を保つ。約束された滅びとしてはそれなりに美しいんじゃないかな?」
「ところがどっこい。巫女はそう思わなかったようだ」
指が鳴る。
メリュジーヌ達の視界が堅牢強固な結晶壁の中と交換される。その中身は天変地異を具現化したような残状だった。
ケルヌンノス達の強さは全くの互角。特異点が容易く崩壊する筈の規模の神秘が空間を武器に殴り合う。メリュジーヌ達が巻き込まれていないのは、オルガマリーがエネルギーを全て受け止めているからだ。タングステンの融点の倍はある結晶を融解させるほどのエネルギーは、異様な熱量として空間を赤く染めていた。
神話の大決戦だと、メリュジーヌは喉を鳴らした。彼女が成し遂げたかった力のぶつかり合いがそこにはあった。暫くして、メリュジーヌはケルヌンノス達の頭上でバーゲストらしき異形とカルデアが戦っていることに気が付いた。
「バーゲスト?仲間を裏切っ…て、ない?る?迷うよコレ!?ラスボスに成り果てたのはわかるけども!」
その肉体に無数の要請が含まれているのを理解して、メリュジーヌは怒るよりも先に疑問が頭に浴びせられた。
この世界の妖精はこの特異点と一緒に消滅する。だから、唯一痕跡を残す術は『覚えてもらう』ことだけ。バーゲストはその犠牲に苦悩していたのはなんとなく理解している。しかし、その結論として『統合する』とは、些か狂人の発想ではないだろうか。
「全妖精を吸収して座に登録されればそりゃ大多数の幸せを叶えるけどさぁ!?コレ違くない!?てか何でボクは対象外になったの!?」
「腐った肉を口にしたくなかっただけだろう」
「ど、ドラゴン的にも妖精的にも最低な罵倒…!!」
テスカトリポカははるか遠くで殺し合う妖精に照準を合わせて、銃弾を外してから手斧として武器を投擲した。死んだ妖精の肉体は瞬く間に塵となり、結晶の内部へと潜り込んでいく。妖精を霊基として喰らっていると、メリュジーヌは理解した。
「残滓の巫女は如何にも死を怖がっている。カルデアの最強がフリーになった途端、自我を捨て去って一切合切を霊基に変換した」
一度死を経験した巫女は、死んだからこそ再度の死を殊更に嫌悪した。生前は強がって僅かに残していた外聞という理性を、安息を受けられなかった魂が剥ぎ取った。
戦士になれなかったか弱き女だと、テスカトリポカは憐憫している。暴走によって捨て去られた巫女の本来の気高さを受け継げるのは、目の前にいる戦士になりたての未熟な龍。テスカトリポカがメリュジーヌに解説するのは、彼女を少しでも戦士に仕立て上げるためだった。
「その中でまともにしもべをしていたケルヌンノスを、我らがカルデアが誇る最高のマスター様は」
テスカトリポカは思わず吹き出した。
「なんとまあ、口説きやがった」
「くどいた」
「騙したと悪く例えることも出来るな」
神は分裂出来る。
巫女は妖精國にもいる。
藤丸はヤケクソでカルデアに降っていた
「神に、口で勝ったの…!?」
「ビーストという人理の敵。取り込まれたら人格を失うバーヴァンシーの立場。既に敗死した
少なくとも、オルガマリーの全力でイギリスの国土が消失する事態は防げた。聖剣を取り込んだマシュは沈黙する
勝機が生まれた以上、藤丸立香はあらゆる苦難を乗り越える。
「カルデアの最強は場を持たせるのに専念しているけど、バーゲストは強いよ。あの貧弱な人間が勝てるとは思えないけど」
「残念ながら、負けることはないだろうな」
テスカトリポカはデイビットの懐から蒼色の中心部が白く輝く結晶を取り出した。
「これは霊脈石と言ってな、バーゲストと戦っているマスターがレイシフト前日に創り上げてしまった逸品だ。効果は至極単純で、
「…。いや、いやいやいや。いやいやいやいやいやいや!!」
余りにも無法な代物に、メリュジーヌは無遠慮に否定を重ねた。
「なにそれ!?実質魔力無限の不死身の軍隊じゃん!!」
「そうだな。こんなもん量産されたらこちとら商売あがったりだ。だが、世界を天秤にかけたなら、人類は何処までも悪辣になれるらしい。藤丸の知らないところで国連はコレを完璧に複製したよ。大量の志願者を生贄にしてな」
ちなみに、実質電力のみでオリジナル霊脈石を生み出した藤丸を見てエルメロイ2世は本人共々再入院していたりする。藤丸の功績を丸々自分のものにした2世(時計塔のすがた)の評価は爆上がりだった。
Aチームの男子達で共同開発しているマナプリズム白化改造計画もきっと素晴らしい成果を出せるとデイビットは知っていたが、死んだ目をする2世に語りかける勇気はなかった。
「さて」
「…!!」
テスカトリポカが仮面を着けて殺気を撒き散らした。時間軸が現在まで巻き戻り、メリュジーヌは戦闘態勢に入った。
「語ることは全て話した。今のおまえは戦場に間に合わなかった間抜けな新兵。この戦いには、勝ち目も、報酬も、名誉すら存在しない。ただの事務的な結末がおまえには与えられる」
「……」
「選べ。おまえは戦士か、否か」
メリュジーヌは無言で剣を振った。万の言葉より明確な回答に、テスカトリポカは宿敵の神を思わせる醜悪な笑みを浮かべた。神に対峙するに相応しい、戦士としての生き様を選んだ彼女にテスカトリポカは油断しない。出来るわけがない。
カイニスが真横に立ったのをテスカトリポカは許した。
「ボクは!ボクが想うまま、ボクが望むまま!!最高の人生を成し遂げたぞ!!!」
メリュジーヌは勢いのままデイビット達に突貫し。
そして3時間後に敗死した。