特異点、妖精國の全域にバーゲストの断末魔が響いた。
苦しい、怖い、寂しい。ネガティブな想いを吐き出した感情の電波がアルトリアに響く。湧き出た負の感情をアルトリアは押し潰した。カルデアの人間ならば、おそらく結構な割合で同じことを出来るだろう。
妖精の死体(とは言っても灰となった残骸がまばらにあるだけだが)を避けつつ中心部に向かう彼女は、巫女の嘆きよりもよほど深い悲しみを受けている。
所詮、死にたくないと他人を犠牲にした悪人の絶望などその程度だ。
「いるかな…?」
特異点の中心部にあるキャメロット城を、アルトリアは堂々と入った。
がらんとした大理石の床をカツカツと歩く。アルトリアの靴音に返ってくるのは生乾きの血の匂いだけだ。妖精同士の争いで作られただろう瓦礫の山を迂回し、赤く染まった絨毯を踏みしめながら上階へ移動する。濃くなった血の香りに、アルトリアは舌打ちした。
「掃除くらいしろっての」
愚痴をこぼすが、アルトリアも掃除をする気力はない。いよいよ踏みしめる靴に血が染み込むのを嫌って自身の向き先だけを乾かすだけだ。無遠慮に階段を登り、それなりに長い廊下を歩いた先にある大きな扉をアルトリアは蹴り飛ばした。
妖精國のキャメロット城にある円卓の間。上座・下座を作らず平等を象徴する円卓を囲んで13脚の椅子が配置されている最奥にいるのは、アルトリアが探していたモルガンだった。
「何用だ、アルトリア」
尋ねる声に覇気はない。モルガンは背中を向けたまま崩壊した妖精國の景色を見下ろしている。仮にアルトリアが背後からアゾットを試みたらそのまま死を受け入れると確信するほどだ。
「逆に、私が聞きたいくらいなんだけど?」
アルトリアは帽子を円卓に置いて髪型をいじり始めた。シニオンをつくり、その下に三つ編みを2つ拵え、シニオンに巻きつけた後にヘアピンで固定する。モルガンだけが良く知る髪型に、彼女は漸くアルトリアに向き直った。
「
「…、…それは」
「たまたま事故で死にかけた1妖精に
アルトリアはアーサー王の霊基…魂だけをインストールした妖精である。
運命の聖杯戦争で年下の正義の味方を目指す彼といい感じに別れを告げてモラトリアムに浸っていた最中での呼び出しである。当時はイライラしながらシロウの名前を叫んでいた。
何せ、何もされないのである。計略にも、部下にも、武力にも、何もモルガンは求めない。苦労しながら妖精國を運営しているだけ。アルトリアはシロウの真似事をしながらやがて鍛治師となり、聖剣をトレースオン(真)出来るようになってしまった。
呼び出しておいて放置するモルガンに慄きながら特に波乱もなく過ごした日常は、過去に駆け抜けた人生よりも長い時間となっていた。歯にものが詰まったような違和感を解消したのは、アルトリアを一目見て土下座を敢行したカルデアのトリスタンだった。
「ただの嫌がらせだ」
「でしょうね。どうせ王でない私より素晴らしい國を作ったと自慢しようとして『あれ…あまり自慢できるほど上手く出来てないな…?』とか考えて放置していただけでしょう?」
敢えて昔の口調で話しだしたアルトリアに、モルガンの唇がひくひくと痙攣した。図星だったのだ。
「…想定通りです。私のブリテン。私の妖精國。本当はもっと酷い國にする予定でしたが、それだと娘が可哀想なので、少し優しく設定しただけで」
「つまり上手く國を運営出来なかったから別口で自分を慰めようとしたと」
「…ぐっ…!」
精神ダメージによりモルガンは膝をついた。
「はっきり言って出来の悪いソシャゲ運営でしたからね、姉上の妖精國」
「…ッ!!」
「仮にも国を称して納税率が半分を切ってるのはちょっと…」
「が…ッ!ぅが…!」
「治水も属人性に任せた形ですし、そもそも文官の大半が受刑者な組織は…国なんですか?」
「(尋常ではない過呼吸)」
なんか思った以上に苦しんでいるモルガンにアルトリアは少し引いた。もっと…こう、某金ピカのように傲慢に自虐すると思っていたのだ。かつて懸念していた悪としてのモルガンはそこにはなく、ただ国を必死になって運営する苦労人の女王が苦言に呻いている。
「感謝を告げるつもりでしたが…」
「…ッ、アルトリア、私を憐憫するつもりですか…ッ!」
「いえ、悪意はあれど貴女の行いは私のわだかまりを確かに解消してくれました」
聖剣を抜かなかった場合の普通の人生。誰も知らない、ただのアルトリアとして過ごした妖精國の日々は、彼女が隠し持っていた願望を実現させた。
村娘としての、他者から押し付けられた責務のない人生。
「みんな頑張るから割りかし
「戯言を…!!」
形あるモノはいずれ滅びる。
「私は諦めないぞ…!今回は失敗した、だが問題は明白だ、民に自由を持たせすぎた…!次はもっと──
「…姉上」
「私こそがブリテンの玉座に相応しい!私が、私だけの!」
アルトリアは最終的に学べたそれを、モルガンは受け止め切れていない。壊れたものを抱え持って新たに得たものを捨て去ろうとしている。しかし、その価値を語れるほどアルトリアには口が上手くない。上手く語れない。
かといって、このままで座に退去したらただでさえ拙いモルガンの精神が更に悪化してしまう。脳内で思い浮かべたシロウはリンに助けを求めていた。リンは気不味げにサクラをちろちろ見ていた。
アルトリアは聖杯戦争で実際に経験した姉妹での仲直りの手段を試すことにした。
「─喧嘩をしましょう」
は、とモルガンが反応する前にアルトリアの拳が顔面に突き刺さった。
「え、え…。─はえ???」
「なめてんじゃねぇぞ!こら!」
喧嘩における戸惑いは『是非とも殴ってください』のアピール。鼻血を出したモルガンの顎にアルトリアの追撃が降りかかる。魔力も使わない錆びついた戦闘技能だが、日夜鍛治に明け暮れたお蔭で肉体はそれなり以上に鍛えられている。
「毎度毎度ブリテンを壊すことに一生懸命だった足引女が綺麗な国を作りたいだと!?なれるわけないでしょうが!!」
「わわ…あわ…ぐえっ」
漸く再起動したモルガンが取り出した杖をアルトリアは敢えて態とらしく取り上げた。無防備な行動にモルガンは再度固まり、アルトリアが背を向けて杖を放り投げたのを見て、慌てて両手を構えた。
「国益はですね!無能から始まるんです!文盲どころか真っ直ぐ歩くことすら熟せない連中を命令することから始まる!気紛れな
「この…っ!」
連続して放たれた腹部への打撃に耐えながら、モルガンが破れかぶれに反撃の拳を放った。アルトリアは無防備にその一撃を受けた。
「20年ですよ20年!その100倍以上の年月を費やして創り上げたのが遊園地もどき!?もうアホかと!!アホ極まりないですよ愚姉!!私が断固として国を譲らなかった理由が身に染みたのでは!?」
目を開いたモルガンを無視して、アルトリアは切れた唇を舌で慰撫した後、同じようにモルガンの顔面に拳を振る。モルガンは避けるのを諦めてアルトリアに殴りかかった。アルトリアは避けることも、防ぐこともなかった。
その攻撃に、魔術は使われなかった。
「ぶちのめされた気分は如何ですか姉上!」
「何がだ!!」
どちらも華奢な身体とはいえ、
髪の編み込みが千切れたモルガンが意趣返しにアルトリアの胸飾りを破り捨てる。帽子を踏み潰されたアルトリアが反撃にモルガンのリボンを噛みちぎる。やったことをやり返しながら、やられたことをやり返されながら、子供のように喧嘩は白熱していく。
「立場に甘えてぐちぐちぐちぐち国に地雷を撒かれた王の気持ちになりましたか!『立場なんか知らねえぶっ殺してぇ』と思ったでしょうね!分かりますよ!私はランスロットのイチモツを引きちぎるべきだったかを今でも考えています!」
「知らんな!愚妹の床技術がへなちょこだっただけだろう!」
「貴様言ってはならんことを…!!!」
喧嘩は既に意地の張り合いになっていた。互いに荒い息を吐きながら仁王立ちした彼女達は文句とビンタの応酬を繰り返す。貶した方がビンタを受け、ビンタをしたら相手を貶す。
「貴様の聖杯戦争など、要は会社潰したアラサー女社長が料理の上手い男子高校生のツバメに癒されただけだろうが!!恥を知れ愚妹!!」
「年下趣味は一緒でしょうがこの愚姉!!」
「なんだあれ」
性癖まで槍玉に挙げた彼女達の痴態を外から見たオベロンは思わず呟いた。
細々と生き残っているかも知れない妖精の介錯のために監視付きでボランティアをしている彼を嘲笑うかのような無駄なやり取り。溜め息を吐くオベロンに呼応するように、彼に寄生したアンナマリーの分体が警告音を鳴らした。
『止まるな。カルデアのために巫女に吸収された芥の献身は報いらなければならない。特異点崩壊前に迅速に遺体を回収するのだ』
「バーゲストの奴、全身ばらばらに飛び散ったからなぁ。…というか、あの精霊は自分から爆破してたはずだけれども、本当に死んでるのかい?」
『死んだ。なにせついさっき召喚されたからな』
「最低な死亡確認だな!?」
がしゃんとキャメロット城のガラスが破れた。王冠と杖が揉み合いの末に投げ出された結果だった。更によく聞こえるようになった彼女達の金切り声に、オベロンは咄嗟に耳を塞いで背を向けた。
「「お前なんて嫌いだばかったれ!!」」
絶叫を背後に、聞く価値もないとオベロンはそのまま飛びだした。アンナマリーは混在する聖杯戦争の仔細をもつアルトリアが気になったが、諦めて任務に埋没することを決めた。
オベロン達が再度訪問した時には、既に彼女達は退去していた。彼らは戦力としてカルデアに同時に召喚され、横にいる
特異点の崩壊よりも速く彼女は消滅したため、姉妹喧嘩の決着はついたはずだが、2人はその結末を語らない。どちらも自らの勝利を主張し、その度にカルデアの何処にいても彼女達はメンチを切り合っている。
ただただ仲の悪い姉妹として、つまらないことで対決する様子が散見されていた。