外部から受けた謎の攻撃─を常駐構成ウィルス担当班メルトリリスにより防いだカルデアは、異常な静けさに包まれていた。待機しているサーヴァントが半分以上消えたことによる静寂だ。本部の襲撃を受けたカルデアは機密情報を運び出され、レイシフトに最低限必要な人員を除いたかつてのカルデアを思い出させる環境となった。
緊急招集で近場のホテルに呼び出された藤丸達に命じられたのは『待機命令』。何せ一部とはいえ数十人のサーヴァントが攫われ、皇居東御苑に純正の特異点を作成されたのだ。あまりの不敬さに日本政府は最強のマスターを招来して特異点攻略をカルデアに命じた。
つまりはオルガマリーとゴルドルフのチームである。『何故か』いつの日からアンナマリーの保護下に晒されたゴルドルフとオルガマリーは、事実上ほぼ不死身の攻略班である。オルガマリーが暴力を担当し、ゴルドルフが人間性を保たせる。必ず特異点を解決するチームとして、彼らは最も信頼されていた。
なお特に最善ではないためカーマは羽化に成功している。
「この度!藤丸立香は成人になったので!ムニエル・マオ・ダストンからおすすめされたお高めの酒を購入した!怖いので一緒に呑んで!!」
「「「「「Woohoo!!」」」」」
そんなこんなで人類悪カーマとゴルドルフを洗脳されかけてバチギレしたオルガマリーによる『銀河ギリギリ!!ぶっちぎりの凄い奴!!』を繰り広げている間、待機状態のAチームは男子女子に別れて遊んでいた。
ぶっちゃけレイシフトをカーマに禁じられた時点でAチームに講じる策はない。オルガマリーの勝利を疑っていないことを理由に、男性チームは英気を養うことをあらかじめ計画していた。
「そして(女性)サーヴァント達から贈られた口噛み酒がこちらです」
「ロシア人じゃねぇから毒物を飲む趣味はねえよ」
ベリルは藤丸から渡された酒をそのまま突き返した。殺気すら漂う素人の酒より2016年産ロマネ・コンティの方がずっと素晴らしい。ペペロンチーノの作った料理を肴に、藤丸達は思い思いに酒を飲み始めた。
「かー!高え酒はやっぱり美味えな!そのうち聖杯に酒を頼む奴が出るんじゃないか!?」
「いたぞ。聖杯にワインの再生産を頼んだ酔狂な奴が事例に載っていた。同時期にロマネ村のど真ん中で不明なワインが発見された」
「あー、購入は別口ってわけね!」
げらげらと笑いはじめたベリルに、カドックは顔を顰めた。その手には炭酸水で割ったベルーガのグラスを2つ持っている。カドックは主賓というかスポンサーである藤丸にそのうちの一つを渡しながら溜め息を吐いた。
「アイツ酒弱かったんだな」
「そういうカドックパイセンはゴリゴリのウォッカを選ぶんだね」
「ああ、アナスタシアが勧めてきてな。飲まない癖に買ってきては僕に押し付けるんだ」
サーヴァントと契約しているマスターは、大小あれど必ずサーヴァントに影響される。カドックはアナスタシアと異聞帯の攻略を経て、それなりに強く賢くタフに立ち回れる自信を付けられた。目の前にいる在野から生えた超人に対等だと自認出来るほどには。
「てか、パイセンは止めろ。呼び捨てでいい。嫌だぞ文字数が倍になったことで警告が遅れて死ぬのは。しかも閻魔亭では呼び捨てだっただろうお前」
「でも芥パイセンがそう呼べって」
「死んだからって二階級特進の給与を要求した奴の言動を鵜呑みにするなよ…」
カドックと藤丸は特異点を解決する際に頻繁に頭数として使い回される筆頭である。政治的にも能力的にも使い易い2人は国連からは最高の評価として十分以上の給与を与えられている。
正確には、与えざるを得ないともいう。世界中でばら撒かれている聖杯は技術的コストを省略し、人的コストは純粋にその人の給料から算出される。カドックと藤丸は
召喚された人物が使用者の願いを叶えた場合、聖杯の権利が被召喚者に丸々移動するのだ。段々とあくらつなライフハックに利用される聖杯に、聖堂教会は桁数が2桁増えたことで発狂したとカドックは風の噂で聞いていた。
「なんで?」
「今まで教会が管理していた聖遺物は1000もない。便宜的な名付けかつチープな出来だとしても、聖杯自体の機能は『魔術の根底にあるとされる魔法の釜』に違いない。それが今は何個発覚している?」
藤丸はグラスを傾けてベルーガを一息で飲み干した。案の定酔いに眩む感覚はなかった。マシュがアルコールでふらふらになったというのに、謎の毒耐性は藤丸を無駄に健康にしている。理由がわからないメリットは、藤丸には恐ろしく思えた。
「…、5万?」
「114514だ。国連の正式発表では11万となっている」
「補足ありがとうデイビット。このうちまともに回収できたのは凡そ40%。つまり4万弱の聖杯が国連の機密機関で管理及び消費されている。聖堂教会は牽制するつもりで口を突っ込んだが、国連側からすれば福音そのものだった」
使うにせよ封印するにせよ、国連にはそんなノウハウは持ったことすらない。神秘だけで息継ぎにも苦しんでいる。国連は聖堂教会の望むままに聖杯の『精査』を一任し、担当の第八秘蹟会は物量に敗北した。
かつての冬木規模を思わせる聖杯を基準に、一定以下の出力しかない聖杯を
国連は舌打ち混じりにそれを受領した。
既に半数以上が一般人(一般人とは言ってない)に利用されている事実を再認しただけな気もするが、兎に角宗教側の見解として『異世界との摩擦により発生した現実改変を発生出来る道具』と公式に発表がされたことで、特異点は命懸けのトレジャーハントになった。
公的に所得物として認められた以上、国連も扱いを変える必要がある。特異点の中で危険地帯を踏破するカルデアに無報酬は世間が認めない。国連は危険度に合わせて回収した聖杯の一部の使用権を解決者に与える結論を下した。
つまり、廉価聖杯…通称偽聖杯はカルデア職員の管理品となってしまったのである。ボーナス代わりに聖杯を手渡しされたムニエル達は今までに見たこともない顔をしていた。
「…カドック、聖杯は何個もってる?」
「100からは数えていない。アナスタシアの霊基強化に15杯使って、あとは未使用だ。いや、レバノン聖杯爆発事故にけっこう消えたはずだが…」
ため息を吐くカドックに藤丸も同調する。健康で非常に忙しい藤丸達に叶えたい願いはそう多くない。具体性を欠くと途端に質が悪くなるのが偽聖杯の特徴である。多人数の思考が入り込むと無駄な方向に力が発散されてしまう。
藤丸が安価でネットの住民の願いを叶えてみた際には全国各地の紛失物から集められたと思わしき現金100万円が当選者に渡り、欲の薄いヒナコに預けていた聖杯はいっそ無くなって欲しいという些細な感情に起因して人的被害のない大爆発事故を起こした。
始末書の備考に書いた『多分数個盗まれても気付かない』という感想にゴルドルフからの回答はなかった。ゴルドルフはオルガマリーの借金返済に充てていたからだ。
金持ちが俗な理由で偽聖杯を使用する例を教えない慈悲がゴルドルフには備わっていた。
「あんまり飲みすぎても駄目よー。いちおうお仕事中なんだから」
大吟醸を片手にペペロンチーノは藤丸達の机にパスタを置いた。たっぷりのバジル、松の実、チーズ、ニンニク、オリーブオイルを合わせた緑色のソース。きっと彼の名前の由来だと藤丸が言う前に、
「ジェノベーゼか。ありがとうペペロンチーノ」
「どういたしまして!」
藤丸は無言でジェノなんたらを食べ始めた。
「仕事ってもよ、手ぶらで何するっつうんだよ。筋トレ用具でも発注するか?」
「まあ荷物をまとめる暇もなくここに缶詰だからね。作業可能なのは私のPCくらいじゃないか?誰か資料でも作るかい?」
「「「「
だよなぁとキリシュタリアは苦笑いしてPCを起動した。デイビットはタンドリーチキンを口に咥えたまま座禅を組んで微動だにしない。ログ圧縮だと彼は回答していたが、その技術の真髄を知る人間はここにはいなかった。
「…うわ」
ブラウザを起動したキリシュタリアは、検索サイトのニュース情報を見てうんざりした顔になった。
「『ニザール派、殉教者の加護により偽聖杯を回収。指導者アーガー・ハーンは信徒達の不断の努力を労うとともに、兵站を担う立場として被災地区や公害地区に偽聖杯を利用すると─』」
「加護ねぇ」
随分と物理的な加護だとペペロンチーノは苦笑いした。
「野良サーヴァントも大人気となったモノね」
「でも凄いよ。歴代ハサンでもない候補生を召喚して契約するなんて。幻霊サーヴァントを毎回召喚するのはこの組織だけだし」
「相性もあるんだろうがな。藤丸は確かそいつに会っていたよな」
「うん。雪轍の偽ハサンって名乗ってたよ。一般バーサーカーらしくステ上げて殴るタイプのサーヴァントだった」
同行していた百貌のハサンが共闘した際に何故か血を吐いていたから味方殺しの宝具を抱えてた可能性があるが、藤丸もそこまで踏み込める立場ではなかった。
「サーヴァントと言えばよお」
キリシュタリアの背中から手を伸ばしたベリルはキーボードを叩いてサイトを開いた。『
「お前が運営しているサイトは大人気だな!」
「
藤丸はキリシュタリアのメールアドレスでテスト用のお問い合わせ先に『お望みのままに引きこもり生活が出来る仕事を斡旋しましたが如何でしょうか』と送った。数分後、送られてきた返信は超高解像度の中指を立てた画像だった。藤丸はサムズアップした画像で回答し、S S Sのメールアドレスをブラックリストに入れた。
「神秘もクソもないな…」
「神秘?」
「…あー、藤丸は知らないか。魔術は」
カドックが呆れた声で言った感想は現在の魔術協会の惨状である。カルデアス人の侵略により、現在の魔術は存在自体が一般人に周知されている。
「なら今の魔術は劣化するってこと?」
「ところがそうでもない。カルデアスの襲来によって科学法則の『例外』を人類は知った。魂と別世界という新たな神秘は魔術法則を大きく変貌させた。…開祖であるソロモンが消えたのが1番だろうが」
テクスチャという物理法則の根源と言える新法則は物理的に
サーヴァントという実証が顕になったことで、世界は新たな精神物理学をテクスチャに組み込まれた。未知という規模では魔術は確かに強化されたが、相応の変貌が魔術師にやってきてしまった。
具体的には法政科が発狂するなか、植物科と鉱石科がバチくそ弱体化し降霊科と伝承科が同じくらい強化された。その様はまさにカードゲームの制限改定に等しい。枕詞に先祖代々のと付け加えるのが時計塔学生の流行りだった。
「時計塔は凄まじい政争が発生しているらしい」
「はー」
「他人事じゃない。お前がエルメロイ家に売り払った魔術は非常に注目されている。エルメロイ家がスカウトした(とされている)お前を探し回る連中が倍増しているんだぞ」
「え!?何で!?」
カドックの指摘に藤丸は目を見開いた。
「ちゃんとエルメロイ2世(現実のすがた)も再現したじゃん!ちょっとコスト増加したけど!グレートビッグベン☆ロンドンスターだよ!?何で疑われるの!?」
「言っちゃ悪いがエルメロイ2世如きがあんな際モノ開発できるはずないだろ」
「ええ…?」
世間では
藤丸の認識ではあくまで発想の根幹は偽ソロモンをしていた時の彼の論文である。それにロマニのうろ覚え召喚術(約30日)を混ぜ合わせたのが今の藤丸の魔術である。
とうの
「…お前、魔術界から手を引くつもりがあるのか?」
何処となく他人事な藤丸に、カドックは問いかけた。
「一応。ただ、なんとなく…マリスビリー…さん?は」
「…なんだよ」
「…。…俺じゃない、俺を求めていたと思う」
カドックは藤丸に答えられなかった。酒でふらついたベリルとおかわりを作ったペペロンチーノが彼らに抱きついたからだ。辛気臭いとベリルに笑われれば藤丸達もぐうの音もない。
気持ちを切り替えて配膳を手伝う藤丸達を押し退け、ベリルは酒瓶をデイビットに押し付けた。
「おいデイビット!藤丸様の奢りなんだぞ〜!それとも今更ビーストが怖くなったのかぁ?」
「馬鹿なことを。ゴルドルフがいる限り、オルガマリーは負けない。オレとて、皆と遊ぶつもりだからこうして事前準備を済ませているんだ」
デイビットは片目を開いて頷いた。茶目っ気の見える仕草は、彼の年嵩より幼く見える。この誰よりも冷静な彼でも、遊ぶときには羽目を外すのだと藤丸は意外に思った。
「─無論だ」
「デイビット様。お荷物が届きました」
ノックと共にホテルマンがダンボールを台車に引いて床に置き、手早く飲み切った空き瓶を回収して部屋から退出した。ダンボールからデイビットが取り出したのは最新のゲーム機に人数分のコントローラー。
中身を察した藤丸達はカーテンを閉じて備え付けの巨大ディスプレイをソファーの真正面に設置した。デイビットは徐にカセットを取り出してゲーム機に挿入した。
「スマ⚪︎ラを発注した。今のオレは─最強の医者だ」
「「「「「「Woohoo!!」」」」」」
翌日。
寝坊した男性陣を正座にして叱るゴルドルフの姿をマシュは見た。
エルメロイ2世:サーヴァントの2世の尻拭いとよくわからない改造型偽ソロモンの魔術管理に胃を痛めている。時折やってくるライダーが心の救い。最近召喚されたキャスター姉妹により弟子の肉体が改善する代償にピュアプリズムという神秘爆弾を渡された。