『おはこんちは!皆様の神!マリス・カルデアスです!』
国連のお偉いさん達は歯噛みしながら手元にある物体を地面に叩きつけた。週一で強制的に行われる脳ジャックを彼らは甘んじて受けていた。政治的な意味で受けざるを得なかった。
彼女が吐き出す大型特異点の情報は余りにも経済への打撃が大きい。彼女の気紛れな侵略は世界中の経済学者を発狂させ、犯罪心理学者を不眠不休の過労者として完全犯罪を決めていた。
『次の特異点は〜!なんとドバイ!…何ですかやかましい。経済?知りませんよそんなの」
『(聞くに堪えないスラングを含んだ罵倒)!!』
ドバイの首相がスラムの住民すら躊躇う罵倒を叫んだ。政治的に有利となる発言を、被害者の全員が耳にしなかったことを決め込んだ。国が妖精の巣窟となりかけたイギリス、愛欲の神の支配下となりかけた日本、他多数。
大なり小なり国家の危機を物理的に味わった彼らは、足並みを揃えることに肯定的になった。今後、宇宙から不定期に来訪者が訪れる未来に対処するためでもある。皮肉にも、カルデアスは地球の世界平和を仮初にでも成立させることに成功してしまった。
『大丈夫大丈夫この特異点が解消した暁には土地の情報を1900年代に上書きしますから。夢の原油復活ですよ?…建物?作り直してください。失敗したら?原油ごと大爆発しますが?ああうっさいうっさいやかましい!それでは、マリス・カルデアスでしたー!」
腹が立つほど効率的な経済テロを告げてマリスは消え去った。少しして、寝入る瞬間特有の浮遊感を経て、国際連合事務総長は事務机の枕にこめかみを落とした。この枕に救われるのも3度目だなと、彼は乾いた笑みを浮かべながら痛ましい表情をした秘書に片手を上げた。
「カルデアを召集してくれ…」
国際連合事務総長は私的に買い取った偽聖杯で胃を復元した。残り13回と返された答えに、彼は重い重いため息を吐き尽くした。
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金があるって凄い。
藤丸は恐ろしいほど金を掛けている筈のプライベートジェットでふかふかな椅子に腰掛けていた。藤丸の知る椅子だらけの飛行機とは異なり、ゆとりのある空間を豪奢に費やした内部は風呂場すらある。藤丸は家そのものが飛んでいる錯覚を覚えた。
逆説的にいえば、それだけの費用に見合った仕事をこなさなければならない。それは、特異点の参加者候補に国賓が含まれていることからも明らかだった。政治的な立場、持っている地位、そもそもの戦闘能力から大半が資金援助という名の辞退をし、僅かな殉教者が遺書を認めて別の飛行機に搭乗した。
「英霊候補しか入れない特異点、ねぇ」
「Aチームの皆さんが入れないのは不安ですね…」
藤丸は特異点攻略可能者だとして呼ばれた… 半ば確信的に召集された人員を見た。やつれ気味な囚人服の中年女性。鍛えられた壮年の傭兵。そしてスーツ姿に弁護士バッチをつけた青年。死にかけで横に倒れているエルメロイ2世。所在なく椅子に座る弁護士は普段からよく見る様相をしていた。
「
「やめてくれないか!!世界中で言われているんだよそれ!」
結構な割合で特異点に召喚される正義の味方にプライバシーは存在しない。
現代は情報社会。並行世界の英霊エミヤシロウを目撃した救助者はあっという間に現代の彼を特定した。認知が強化されたことによりエミヤのスキルはfgoを思わせる形で全身改造され、衛宮は国連の顧問弁護士として強制的に雇われた。
あくまでも現時点での英霊候補であり、能力の問題ではない。擬似サーヴァントとして依代にされたライネスなどは弾かれている。藤丸も弾かれると思っていたが、現代に甦ったソロモンの直弟子としてプリテンダーのクラスに合格してしまった。
「先立って侵入したアンナマリーさんによりますと、特異点に入った人間は現時点での人生経歴を元に擬似スキルを与えられるようです。元所長は『人理の防人』というスキルを入手しました。死に瀕したときに反撃の威力が上がるようです」
「それ産廃って言わない?」
オルガマリーの瀕死はアンナマリーの枯渇である。つまり事実上無意味なスキルとなる。藤丸はどんなトンチキスキルを実装されるのかちょっと不安になった。
「みなさんも如何でしょうか。人数分の用意はあります」
「俺は不要だ。肉体改造中でな、食事を限定している」
「わかりました。それでは、他の方は?…なら、みなさんに盛り付けますね」
「ああ、俺も配膳を手伝うよ」
傭兵が断ったのを除き、全員がカツ丼を食べ始めた。彼は彼で薬剤を計量してスムージーらしき何かを啜っている。共に食事をする協調性を捨ててはないという証明だ。顔を顰めたところから、想像通りの味なようではあるが。
マシュから渡されたカツ丼を藤丸は取り敢えず口にした。味の良し悪しは藤丸の舌では正確に判別できないが、質の良い肉を丁寧に下拵えした調理を思わせる味だった。マシュ曰く『上書きするための味』らしい。
上書きってなんだ。
藤丸は食堂以外で女性からカツ丼を振る舞われる経験はない。オリオンが語った『ヤバい時は靴になれ。いいか、尻じゃない、靴だ。全てを地べたに這わせるんだ』という実体験らしき何かを藤丸は連想した。
藤丸はそそくさと味わいながらカツ丼を食べ切った。一応レジストリには保存できたと、藤丸は思うことにした。事後対応が基本のマシュが先手先手を狙うとは、余程危機感があるらしい。ゴルドルフを知るまでの過去の所長を思わせる対応だった。
「美味しいです」
ぼそりと囚人の女性が呟いた。
「ありがとうございます!ジャガーマンさん…の依代さん」
「あはは。藤村で構いませんよ。あはは。あははは」
昔は薄幸の美人だったのが透けて見える女性だった。というかジャガーマンの顔で擦れた顔をされると調子が狂う。エルメロイ家や遠坂姉妹などと異なり、魔術師ではない彼女は人格まで保持しなかったようだと藤丸は納得した。
「
「あはは。子供を理由に殺人に手を染めただけです。あは、あはは」
あっ地雷踏んだ。
(叱られたので)珍しく資料を読み込んで完全に一般ヤクザだと思っていた藤丸は失言に口を窄めた。ジャガーマンと資料だけなら感性くろひーにしか思えなかったのだ。
任侠とジャガーマンと聖杯戦争勝利者から大和撫子を出力しないでほしい。
「…藤ねえ。今からでも」
「大丈夫よ。大丈夫。…役割は果たすから」
彼女の息子は脳神経を犯すウイルスに感染していた。感染者は自己と他人の境界が曖昧になり、最終的には記憶の認識さえ不可能になり生命活動を止めてしまう。徐々に崩壊していく息子を看病していた藤村は、ある日近場で発生した特異点に飛び込み、聖杯を入手して息子を完治させた。
不幸だったのは、その特異点を作ったカルデアス人が聖杯戦争をモチーフにしたことだった。悪意がないことも不幸だった。英霊による願いを賭けた聖杯戦争は多角的に撮影され、カルデアス人は純粋に英霊達と人類が創り出す人間讃歌を求めていた。それはサーヴァントを失った
数々の逮捕者を出しながら公開された映画は、ノンフィクションの生々しさに英霊の凄まじさを併せた映像により大ヒットした。藤丸も詳細を知らなければデスゲーム人間ドラマとして純粋に楽しめたと思うほどだ。少なくとも、映画での『藤村大河』は任侠の孫娘として痛快に聖杯戦争を駆け抜けていた。
藤村は聖杯戦争に勝つために2人を見捨て、1人を殺した。幸運にも藤村は敵マスターごと自らのサーヴァントを相打ちにすることができてしまった。7人と7騎の英霊により聖杯は正しく顕現し、彼女の息子と同様に感染していた患者全てが何の後遺症もなく退院した。
特異点は治外法権と認定されている。藤村が投獄されたのは(ヤクザの身分で)無許可の聖杯使用が理由であり、殺人に関しては罪に問われない。ただ、藤村は殺戮と裏切りに精神が持たなかっただけだ。
母の愛により鮮やかな勝利をせしめた女傑として、藤村大河は召集されていた。世間ではそう語られている。国連としては、藤丸のカモフラージュ代わりの肉の盾としてになるが。
「息子の立場からすれば、貴女は十二分に親を示せてるよ」
「あなたは…」
「シグマ…ああ、久宇シグマだ」
名乗った傭兵は、古ぼけたコーランを読み耽りながら藤村の泣き言に回答した。その口調には慈悲というより騒がしいのを嫌ったような義務感が混ざっていた。
「ちゃんと親がいる。血の繋がった親がいる。強姦被害で産み捨てたのが俺の親だ。貴女の息子は比べるのが失礼なほど愛を受け取ってるよ」
「地雷しかないのかなぁここ!!」
藤丸が道化役として大袈裟に叫び、無言で沈んでいたエルメロイ2世の脇腹を蹴り上げた。苦痛に震えながら抗議の目線を送ったエルメロイ2世だったが、藤丸のあまりにも酷薄な視線に何も吐き出せなかった。
エルメロイ2世は正座をして粛々と資料をまとめ始めた。
「ぐずっ…ありがとう、久宇さん。そう、そうよね、アムネジア・シンドロームは白野から消えた…私は相応しい代償を払って、白野を生かした。だから、だから少しでもあの子に相応しい親として頑張らないと…」
どっかで聞いたことある名前だなぁアムネジア・シンドローム。
「親睦を深められたな、ヨシ!」
「なれていますでしょうか…?」
元所長が冬木の魔術師に対して『面倒くさい人格』と評価した背景が読めてきてしまった。
「これで全員?」
「本当ならもう1人参加者がおられたそうですが…」
「桜は辞退した。彼女は争いに相応しくない」
空気が少し張り詰めてきた。藤丸はマシュを見た。誰かのためとは耳触りはいいが、随分と場を気にしない人だと藤丸は思った。というか上司として語らないといけないのかなこれ。俺まだその研修受けてないよ。
「…桜さんを詳しくは知りませんし、不参加は今更な気もするので何も言いません」
「ああ、ありがとう」
「ただ…」
藤丸は資料をめくった。衛宮士郎のプロフィールには『反政府思想』と記されていた。眼の光を見る限り、無知を理由に無茶をこなせるコルデータイプだと藤丸は理解した。
「殺されてなければいいですね」
「─…は?」
間桐桜のプロフィールを見ながら呟いた本音に、衛宮は呆然とした。藤丸は首を傾げた。聖杯のエネルギー源さえ有れば大量殺戮可能な推定前科持ちに今の政府が容赦をするとは思えないのだが。
「聖杯戦争の詳細は知りませんけど、要は
人類を救うための徴兵を拒否することは、人類を殺したいと同義になる。
「…いや、彼女は純粋な被害者だ。その理屈はあり得ない」
「へぇ。その被害は聖杯戦争での行方不明者に匹敵する凄惨さだったんですね。マーラを見る限り、手脚くらいはもぎ取られたんですか?」
衛宮は黙った。オルガマリーが復元した第5次聖杯戦争は数十人の死者・行方不明者が発生している。彼女に遵法精神があれば藤村のように服役する筈であり、いまを平和に生きている事実が彼女の品格を表している。
心身を何も損なわずに人類に力を貸さない化け物と彼女は評価された。
「依代を選ぶ方でも嗜好はあります。才能があって、美貌があって、最後の決め手は『背景』です。衛宮さん。彼女が素晴らしい人格者だと、俺は信じています。そしてそれは事実でしょう」
「ただ、選ばれた理由を勘繰る程度には、国はサーヴァントと仲良くしています」
「…!!」
「
でっち上げの戯言だと藤丸は内心思うが、純粋に運のない依代になる人への思いやりには適切だろう。単純に聖杯戦争に長らく携わった一族が選ばれやすい素養を持つだけだと藤丸自体は考えているが、
本当に善良な被害者ならば、冬木住民のために泥を被ってくれ。
「正義のために味方の背中を無断で斬りつけないでくださいね」
キアラの三馬鹿の1人をベースに、威圧的に、かつ『少しくらいは滅私を心掛けて欲しいなあこんなクソガキが頑張ってるんだから』的な風潮を漂わせながら全員を牽制する。
面倒くさいし、柄ではない。しかし彼らの地を垣間見るには時間が足りない。
モリアーティ曰く、次の特異点はマリスビリーの価値観が顕になると言った。マリスビリーは世界のためにカルデアを設立した。マリスとオルガマリーのどちらがマリスビリーの正義なのかは藤丸には判断出来ない。
段々とマリスビリーの我欲は剥き出しとなっている。だが、藤丸は死にたくない。彼の正当性を理由に裏切られて死ぬのだけは真っ平ごめんだった。
ホームズは未だに口を閉ざしている。人質だとモリアーティは笑った。
そして、それを見抜いた上でモリアーティすらマリスビリーの中身を語らない。語る意味がないと、モリアーティは藤丸にだけこぼした。藤丸にしか溢せなかった。
「頑張って
「…わかった。肝に銘じておく」
嘘ばかり上手くなっていくなぁと、藤丸は内心で溜め息を吐いた。
藤丸:メンヘラ/正義の味方/傭兵/エルメロイ/オルガマリーという闇鍋チームの新米隊長となった。なお未研修。正直命令に従ってくれるのかすら怪しんでいる。なんで初っ端から戦力を1人減らされたんですか(憤慨)…?