特異点の入り口は、空港のエントランスの扉だった。
「うっわ…」
藤丸が感嘆の声を出したのをオルガマリーは聞いた。
広大な砂漠と海に挟まれた観光地…
それは地上も同様だった。見渡す限りの水晶の集合体が土の代わりに地面を埋め尽している。太陽に照らされて煌めく景色は、あまりの鮮やかさに下品にすら感じられま。その輝きを美しさに仕立て上げているのは、水晶砂漠の上に建ち並ぶ巨大な建造物。天界をイメージしたのであろう巨大なオブジェの山に、藤丸達は圧倒された。
幼少期から見慣れた、凄まじく見覚えのある結晶だった。
「うっわ…」
オルガマリーは思わず声を出した。オルガマリーが国連に警戒される理由であり、力の源であり、傍迷惑な存在そのもの。オルガマリーはサボテンのように生えた結晶をひとつまみしてアンナマリーに取り込ませる。そしてため息を吐いた。
やはり、色こそ異なるがORTの残滓だ。周囲の環境を使用者の住んでいた惑星環境へと常時変化させるORTの固有能力。幸いなのは、完全に無害であることだけだった。
「見た目は水晶に似ているが弾性がある。砂状になったのを固めたというよりは、地盤ごと巨大な水晶を運び込んだような感じだ」
「地上2キロ前後の地面が全て結晶化しているわ」
しげしげと結晶を掘り起こして検分しているシグマに、オルガマリーは返答した。全てとは文字通りなのだが、シグマを含めて真に理解した者はいない。オルガマリーは結晶を握りつぶした。
「わかるのか…?」
「まあ、ね」
オルガマリーは普段使用しない力だ。正確には使用しても地球環境に変化するので何の意味もない能力である。試しに手元の結晶に使用してみれば、エメラルドグリーンの結晶は鮮やかな藍色と変貌した。今のカルデアは特異点に入り込んだ異邦人のため、テクスチャが怪物側によってしまっていた。
「とりあえず集合しなあああ指揮権奪われてたぁあ…!」
「はーい召喚試すのでみんな集合してくださーい」
「…あ、ああ」
手を振る藤丸に頭を打ちつけるオルガマリー。権限の剥奪はオルガマリーの精神に甚大な衝撃を与えていた。オルガマリーの奇行に引きながらも、衛宮はブリーフィングで説明された内容と矛盾する対応に首を傾げた。
「召喚って、サーヴァントは侵入出来ないんじゃないのか?」
「そうだね。だから、
つまりはサーヴァント版のレイシフトだと藤丸は語った。んなわけないだろとエルメロイ2世はぼやいた。しかし、成立している以上問題はない。管制室側のモニターには久しく使っていなかったコフィンの中にサーヴァントが詰められている。解析結果を確認したダヴィンチは、一度頷いて丸印を作った。
『少々外れ値はあるけど、サーヴァントの召喚に支障はない。藤丸君、予定通り召喚陣を構築してくれたまえ』
「了解、ダヴィンチ」
ガリガリと水晶の地面を削って藤丸は召喚陣を描いた。ソロモン直伝の召喚陣だ。その理論と出来栄えの差を唯一理解したエルメロイ2世は泣きそうな顔で汚言を吐いた。
「まずは俺、呼ぶのはモリアーティ。頭脳役足りないよー」
『頼むよマスター君。よろぴく⭐︎』
テヘペロで挨拶したモリアーティだったが、反応は微妙だった。藤丸は無視して次々とサーヴァントの召喚陣を作成していく。いくつかのサーヴァント─具体的には百貌とエミヤ─は自らの役割を察して今にも帰りそうな雰囲気を醸し出していた。
この特異点に現地サーヴァントが召喚される素養がないことは判明している。異空間であり、抑止力が手助けするほど世界に影響を及ぼさないために土地が呼応しないのだ。しかし、召喚不可能ということではない。
カルデアはロマニを酷使して現地サーヴァントを召喚する代わりにカルデアのサーヴァントを召喚する術式を開発した。レイシフトにより曖昧となった肉体情報を現地に呼ぶことで、サーヴァントの選定と記憶引き継ぎを同時に行うことを可能としたのだ。
「えーと」
召喚陣に血液パックの血を流してから、藤丸は咽帰る血の匂いを我慢して詠唱を開始した。血液は召喚陣に薄い絹糸を張り巡らせることで全体へ均等に魔力が振り分けられる。最大効率で循環する召喚陣を見て、発想と技術力の差に過去に鶏の血をばら撒いたエルメロイ2世は胸を掻きむしった。
「素に銀と鉄。 礎に星見の魔術王。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
違和感を感知したのはシグマとマシュだった。順調に魔力を練る藤丸の真上と真下からエーテル体が発生し、彼らは天から落ちてくる方を注視した。どちらにも害意がないのは察せたが、天から来襲する魔力は
「─告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。星見の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ─ぐぇっ!?」
「リリスの気配!!」
舌打ちをしてマシュは藤丸を引き倒して跳躍した。憎きリリスの気配は既に馴染み深く、魂でわかってしまう。召喚余波で
「あ」
『はぁ?』
それはつまるところ、リリスの霊体を真正面から浴びる形となった。
「『ぎゃあぁあ!!』」
『ダストン!マーカス!マシュの霊基をリアルタイムで測定し続けて!』
痛みからの叫びではなかった。純粋な嫌悪感からくる絶望の咆哮だった。ダヴィンチが計器を測定するように叫び、ロマニは目の前の現象から何が起きたかを解析していた。
「マシュの霊基が別のもの…違う、別人に変化している!中途半端な英霊の力が適性のある肉体に憑依することで召喚を確立させようとしている…!?マシュとは別のアプローチでの、
落雷と魔力の余波により全ての召喚陣が起動した。令呪によりモリアーティの
「
モリアーティの言葉が自分の口から出たのを理解して、藤丸は咄嗟に肉体の力を抜いた。藤丸と共に膝が抜けたモリアーティも藤丸の意図を把握した。藤丸の肉体を制御したモリアーティはダウンサイズした棺桶を振り回して土煙を吹き飛ばした。
幸いにも敵の追撃はない。藤丸はマシュを抱えて先立って非難したシグマと片手に藤村を掴んだオルガマリーが待つエントランスに帰還した。数拍して衛宮と2世が飛び込んできたのを皮切りにオルガマリーは結晶盾を作り上げた。
追撃は行われなかった。思い返せば、雷撃の精度も広範囲を狙う雑な代物だった。自動的に検知したオート迎撃に襲われた。そう考えるのが適切だろうか。オルガマリーは盾を広げる形で感知を強化した。
『大丈夫かな藤丸君!!』
「いちおう」
思いの外低い声が出たことに藤丸は驚いた。結晶に映る自分を見れば、30代半ばと思われるおっさんがモリアーティのコスプレをしていた。藤丸がロマニを見ると、彼はダヴィンチから渡された計測結果を見ながらバイタルと藤丸を高速で行き来していた。
『サーヴァントに心当たりのある子がいた。
「なるほど。…なるほど??」
要は元所長モードになったと藤丸は判断した。人格は上書きされていないようだが、思考の外に誰かが考える感覚を常に感じ取る。サーヴァントの夢をまともに見るような、念話を全開にして繋げっぱなしにした感覚だ。
今更ながら危機感を覚えた藤丸はバンバンと棺桶を叩いた。
「召喚できるって言ったじゃん!できるって言ったじゃん!!」
『し、召喚は出来たろう?ちょっと出現場所が人体だっただけで…はい、ごめんなさい』
「先輩そこまでにしたほーが…んんっ!!…皆さんは名前と
藤村と衛宮が息を整えるのを待ってから、マシュは全員に問いかけた。その声色は深く暗い。漆黒の革ジャンに短パンを履いた服装は、彼女がリリスの霊基と合体したことを示していた。第二臨の服装に固定しようとしたリリスとの勝負に打ち勝ったマシュは、鳴り響く抗議の声に自らの頭を殴りつけた。
「よし」
「あの頃…あの頃のマシュが戻ってきてしまったわ…!理由がなくても容赦なく私の腕をへし折るあの子が…!」
色彩の無い眼で実働班を見つめるマシュに、全員が整列した。
「まずは先輩。モリアーティ教授と契約して随分とイケおじになりましたね。妻として感無量です。幻霊サーヴァントの霊基は機能してますか?」
「
藤丸はかぶりをふった。モリアーティの思考速度に流されて目をくらませたためだ。藤丸が年に1度有れば幸いなほど深い集中力を、モリアーティの頭脳は容易く行う。モリアーティ本人は腰痛の解放からホームズを煽り散らしていた。
息を吐いてから、藤丸は他の擬似サーヴァント達に向き合った。
「シグマさん。同志の
「ああ。彼女を呼べないのは残念だが」
シグマは服装以外は全く違和感がないと答えた。百貌はその理由を自らの宝具によるものだと補足した。多重人格を軸とする百貌の宝具は表出する人格により肉体を変貌させる。つまりは
『安定感では我らに分があるだろう…雪轍のようにはやらんが』
シグマの中で再現される雪轍とのロマンスに、百貌は苦々しく沈痛した。
「衛宮さん。神霊を肉体に入れた影響はあるでしょうか」
「待ってくれ。まって。いや、アーチャーだと思ってたから『藤丸くんもしかしてジャガーをジャガーのお守りとして振り分けてない?やだよ老々介護ならぬ自分自分介護なんて。ちょっと、ねぇ、ねえ!』藤ねぇ身体を操るのをやめてくれ…!!」
ギャグに徹することができない風潮を感じ取ったジャガーマンが半泣きで藤丸に縋りついた。むさいおっさんに若いおっさんが縋り付く醜い光景である。その手を藤村は震えながら外した。介護を察したジャガーマンはがっくりと項垂れて藤村と握手をした。
傍目には衛宮と藤村が謎の握手をしているだけだが。
「宜しく
「いやもう「やかましーい!離婚届受理されてない!ならセーフ!野生的にセーフ!わたしの気分をおちおちにするなぁー!」あ、えへへ…」
「やめてよジャガーの中の人将来的な家庭にビビっちゃう。…サーヴァントはどなただったので?」
「マタハリ」
「嘘でしょ…!?」
ぜいぜいと息を荒げる衛宮を放置して、藤丸は最後の参加者であるエルメロイ2世を見上げた。イスカンダルを選んだ彼の肉体は、エジソンを思わせる屈強な筋肉を纏っていた。つまりは、鍛えてはいるが素晴らしく実用的ではない筋肉だった。
「大丈夫そうですね」
「「なんでさ!!」」
『人格が汚染されてなくてよかったネ。幸いというより、おそらくは
モリアーティの指摘に藤丸は頷いた。実のところ割りかし楽しみにしていた現象だったりする。色々と魔改造された自身が客観的に見てどのように座に評価されているのか。
脳内に届いたスキルを見て、藤丸は怪訝な顔をしてしまった。
運命構図 EX
人類最後のマスターとして世界を救った才無き者が歩んだ経歴が形となったもの。彼は凡人として世界を救った。しかし、凡人は世界を救えない。本来ならば死ぬはずの苦難を踏破した矛盾により、彼は他者から振り分けられた物事の解決に当たって逆説的に類稀な幸運と◼︎◼︎が与えられる。ある種、究極の◼︎。その矛盾を維持するために、藤丸はそのスキルを知ることができない。
よ め な い 。
他のマスター達は感心した顔で自らのスキルを読み込んでいる。藤丸特有の現象だと藤丸は悟った。おそらくロマニがソロモンでソロモンをロマニしたから藤丸にも影響が出たのだろう。藤丸はそう思い込むことにした。
『これがマリスビリーの判断なら…
「あっ(察し)」
『いや、マスター。コレ、マジで説明に全く価値がない。寧ろマイナスだネ。メンゴ』
「ホームズと同じこと言ってる…」
脳内のモリアーティが爆発した。器用な老人である。何かしらと運がない日だと藤丸はため息を吐いて、そしてふと思い至った。無駄話をしながら食事をする最中に明日の天気予報を思い出すような、突拍子もない回答だ。
マリスビリーとは、いつもこんな人生だったのではないかと。
その発想を口にする前に、事態は動いてしまっていた。カツカツと規則正しく歩く人物が手を挙げてゆっくりと歩いてくる。男はこちらの視線に気がついたのか、手足を不恰好にじたばたさせて非武装と無抵抗をアピールした後、よく響く声でカルデアに話しかけた。
「こんにちは。こんにちは。こんにちは。お待ちしておりました。カルデアの御一行様。私達は、ずっとあなたがたを待ち侘びていました」
金髪にサングラスをかけた黒服の男は、誰が見ても浮かれた表情でカルデアの全員に手を振って駆け寄っていた。
ドバイ特異点:マリスビリーの人生観を再現している特異点。その性質から、敵味方の幸運は常にE-へ固定される。これは藤村の幸運による補正込みであり、相殺したことで辛うじてカルデアと通信が維持されてたりする。開幕事故死を生き残ったことに、聖杯所持者は心底驚いた。