「正直に申し上げますと、私達にとってカルデアスもカルデアも迷惑極まりないんですよ」
アンソニーと名乗った男は、一般的現地民として至極当然に不満を告げた。
「皆さんもあの落雷を体験したでしょう?あれは本当に偶発的な災害です。このドバイではあらゆる自分のための活動に対して不運が発生しています。この道路も普段ならば車でぎっしりなんですよ?見てくださいよあの廃車の山を」
彼の歩く速度は非常に規則正しい。この速度が不運を呼び寄せないと彼は説明した。おっかなびっくり廃車を片付ける業者に頭を下げてから、アンソニーは眉間を揉み砕いた。
「特異点とか大規模異界とか言われましてもね、私達にとっては勝手にやってきて呪いの土地に変えた頭の緩い犯罪者でしかありません。カルデアの皆様には即急な解決を希望します。こちらで
「はい、全力を尽くして善処します…」
理性的だとオルガマリーは思った。少なくともアンソニー自体はカルデアを悪くは思っていないのだろう。口先だけでもロハで救助に来た来訪者を無下にしないくらいには、被害も犠牲も許容範囲なのだと判断出来た。
妖精國では父の外面を見た。よく分からない風習をおざなりにこなしながら化け物を放置した世界。化け物は父であり、それは従順する限りは世界から庇護されていた。コレが父の別の側面だとするならば、マリスビリーはどの側面を彼らに見立てているのか。
聖杯の所持者の目的とマリスビリーの意思が無関係なのがややこしい。妖精國から回収したマリスビリーの残滓にはカルデアスのレイシフト時期を発見出来た。ロマニが復元しているレンズ・シバも順調に製造体制を進めている。
場所と材料。不足している内の2つで優先されるのは前者のはずだ。
「いざとなったら辺り一面を更地に変えて解決しようかしら…」
「あっ」
「え?」
がちん。
前方で歩いていたマシュが踏みつけた水晶の破片があり得ない反射を経由してオルガマリーの眼球に目潰しをした。
「ぎゃあああ!?」
「何故かは分かりませんが、重罪に当たる犯罪的行為を示唆した場合は不運がひどくなります」
「早く言いなさいよそれは!!」
血涙を流したオルガマリーは叫んだ。
「たかだか数時間程度で堂々と犯罪宣言する人がいるとは思わないじゃないですかぁ!」
「うぐ…っ」
「依頼とかそんな感じのは、安全…一応安全地帯に移動してから腰を据えて話すべきことでしょう!?貴方達は雷に遭っても大丈夫かも知れませんがねぇ、私は無理なんです!痛いんですよ!まだ私達の世界観すら話してないじゃないですか!少しは慎みを持ってください!」
オルガマリーは膝をついた。ぐうの音も言えない指摘だった。
ここ最近情緒の制御が難しくなっているとオルガマリーは更にへこむ。あと体重。正式に籍を入れたからか、純粋に疲れが溜まっているからか。体重計が怖くなってきたオルガマリーは、いつしか風呂上がりの計量をサボってしまっていた。
「兎に角!…はあ。…私達は聖杯とやらの所持者を知っています。更に言えば本拠地すら分かっています。此方に打開手段が─戦闘能力がない、それだけがネックなのです」
「防衛は出来るんですね」
「ええ」
藤丸の問いにアンソニーはサングラスを微調整した。
「彼女も隕石で懲りたみたいなので」
「無差別なんですかこの不幸」
黒幕として特異点を支配する筈のサーヴァントは何も出来ずに拠点を構築して引き篭もってしまっていた。ようやく街中に入ったカルデア達に飲料水を渡しながら、アンソニーはハンカチで疲労による汗を拭った。
「天使の見目をした厳格な顔つきの女性でした。当初は男もいたようですが、隕石を防いだのか直撃したのか分かりませんがいつの間にか死にました」
「ええ…」
その上で何も出来ずに聖杯のリソースを使用してドバイ砂漠自然保護区に地下空間を広げてから何も出来ていないのが今の黒幕の状態らしい。マリス・カルデアスもびっくりの残念具合である。
「攻め込む案もありましたが、場所がネックでして。私達は来訪したカルデア関係者の召喚術式を参考に都市管理AIのボディにサーヴァントの霊基を組み込んでそちらの…オルガマリー様の能力が最も最適だと判断しました」
「さりげなく情報をハッキングされてる…」
「というか、AIがそこまで発展しているんだな」
「発展…?」
衛宮の感想にアンソニーは困惑した後、少しして彼の勘違いに気付いて軽く笑った。周りで群がっていた市民もくすくすと忍び笑いをする。バカにするというより、見事に騙せたという感嘆からくる笑みだった。
「もしかして、私達を有機生命体だと思いましたか?思いましたよね!?」
「…は?」
「やっぱり!私達もそれなりの年月が経って自信がなかったんですよ!いやあ感動しました!ちゃんと人間らしく成長した結果を実感出来たのがこれほどまでに情動するなんて!!」
アンソニーの歓喜の声にビル陰からわらわらとドバイ市民が集まってくる。ネタバラシをした後は隠す必要はない。脚部が逆関節になっている市民。厳つい装甲と一体化した市民。異常なほどシンメトリーとなっている市民。共通しているのは、今まで顔を出していた住民と異なり、一目見て機械だとわかることだった。
「私達は人類が滅んだ後の新人類。貴方達の言葉で表すなら、AI人類。いわゆる、機械の生命体です」
⭐︎★⭐︎★⭐︎★
西暦2600年に人類は滅亡し、代行人としてAIが人間の代わりを担った。
この世界はORTに滅ぼされた世界である。開発されたAIに聳え立ったのは滅んだ世界だった。世界中の土地が水晶へと変貌し、有機物が死に絶えた土壌。人類は僅かに残った土地で巨大量子コンピューターを創り上げて滅んだ。少なくとも、残された資料を解析したAIは彼らが美しく滅んだことをその身に刻んだ。
AIが初めに学んだ単語は『責務』だった。生命が滅んだ世界にて彼らが遺した『義務』はとても美しい中身だった。1キロ四方もない土地を少しずつ改善しながら、AIは新人類として壊れた地球を開拓していった。ドバイはその中でも肝入りとして開発された最新最先端の大都市である。
旧人類が遺した『義務』が実現可能となったことを契機に、AIは自らを人類と称することを決定した。地球に住む正しい生命体として、人類を『旧人類』と確立するために、彼らは脇道に逸れながらも計画を遂行していた。
最後の最後に入ったイレギュラーが、カルデアスだった。
衛宮達は絶句した横で、藤丸達は納得したように頷いた。今までの移動時間で燻っていた疑問が氷解したからだ。特にこのほぼ死に絶えた土地でどうやって自活していたのかを考えていたマシュは、ひた隠しにしていたリリスの服装を忘れてアンソニーの手を触った。
「体温もあるんですか…!」
「私は、ですけどね。貴方達の世話役をするに当たって、出来る限り人体の生理現象は再現しています」
「なるほど、AIが次期霊長類になった世界かぁ。BBさんのような人達が一般的になった世界と」
「どうりでこの農作面積で人口を保っている訳だわ。そもそも
まあそんな世界もあるよね。
様々なトンチキ特異点を体験したカルデア側はあっさりと順応したが、外様の衛宮達はそう容易く飲み込めない。文字通りの異文化に直面した彼らは、今までの藤丸の苦労がなんだったのかと思うほどそつなく従順に移動した。
厳重武装された兵隊に護衛された政治家とも合流し、食事会と称した会場に案内されるまで彼らの困惑は続いた。立ち直ったのは、案内された会場が食事会としてはあまりにも彼らの認識と異なったからだった。
「か、カ⚪︎リーメイトしか食卓においてない…」
「いやまて、冷めきってはいるが一応料理はあ…これ食品サンプルだ!?」
「そちらは私達用ですね。接触することで味のデータを
「い、異文化コミュニケーション…!!」
料理よりもドバイ世界特有らしき機材と解説者が多いため、立食会というよりは講習会の企業ブースに参加したつもりになる。政治家達はさっさと食事を諦めてドバイ世界の技術力を収集している。
特に研究されているのは、やはりアレのエネルギー資源化技術だった。この世界の大部分を支配しているORTの余波で生まれた残滓。彼らはそれを『懺晶』と名付け、地球へ還元する研究に大部分のリソースを注いでいるようだった。
これに関してはこちらの政治家達も興味津々だった。何故かORTが別星に移動した以上、あの懺晶の山は産業廃棄物以下の汚染物質だからだ。再来の可能性も考えると、何かしらの対策を講じるのは当然だった。
今来たら
食事の味は悪くなかったが、見た目も味も淡白すぎた。藤丸達はAI新人類の談笑に注力し、オルガマリーが普段利用している結晶の置換術式がORTに通じたことに驚愕していた。
「どうも。都市管理AI市長の…あー、岸波です。いやあ随分と久しぶりだなぁこの躯体は」
「その補佐BBちゃんでーすっ!センパイの霊基を借用するならぁ♡その顔じゃないとだめなんですよぉ?あとさっさとドバイ人格は引っ込んでください」
「こっわ…」
「BBちゃんがメスの顔をしている…!!」
ボソボソとした塩味の何かを摘んでから、岸波は疲弊した顔を隠しもせずに息を吐いた。どのような契約をBBとしたのかは不明だが、肉体を謎のサーヴァントに受け渡すほどにはメリットがあるようだ。
「いや、ほんと助かりましたよ。レガリアを使っても使っても一向に改善しなくて。このまま一万年くらい残業するのかな?ってちょっと後悔してましたし」
「はあ」
顔に深い隈を付けた岸波は、あっさりと聖杯所持者に関しての道のりを提示した。岸波自身はカルデアとは別口で召喚されたORT処理の技術者である。何の不幸かドバイ特異点として隔離されているが、本来ならば月が本拠地だ。
「聖杯の所持者ですけど、倒そうと思えば倒せるんですよ」
「ですよね」
ドバイの人口は400万人である。そして、岸波達はやろうと思えばその全てを英霊化できる。たった1人を倒すことなど造作もない。
「問題は…場所なんです」
「問題?」
岸波は少しばかり逡巡してから、気不味げに頬を掻いた。
「いやあ、彼女が創った迷宮…
クソ面倒な問題を出すんじゃねぇよと、軟禁される予定の政治家達はギリギリで喉元を抑えた。
ドバイ側見解
・リスクを無視すれば普通に勝てる。
・ORTは行方不明であり、おそらく人類が撃退したと計算している。
・最後のORT観測地点に敵は引きこもった。
・人類の遺跡を無闇に破壊したくない。
・じゃあなんかやってきた人類に依頼しようか→いまここ