結局のところ、蔓延する不幸の内容は『能動的な行為の失敗』である。
0から1は発生しない。歩く際に風に煽られて体勢を崩すことはあっても足を上げる行動は失敗しない。行動に対する不運のため、懺晶の地面に亀裂が突如走ることもない。更に言えば、全自動の機械を利用すれば何の支障もなく目的地まで移動は可能だ。
それでもドバイ人類が手間取っているのは、常に不運な存在に近寄るとその余波をモロに浴びてしまうからだった。
『準備OK。一応、これなら魔術的な攻撃も防げるように設計した』
「OK。3、2…1。─GO!!」
黒幕の拠点は常に雷が降り注いでいる。真っ黒に黒ずんだ地上部分は既にぼろぼろに崩壊しており、地下空間を構築する関係上唯一破壊耐性を有している扉だけが赤熱化しながら煙を上げている。
レールに取り付けた円錐状の鏃のような乗り物にうつ伏せで乗り込んだドバイ人類が低速度で黒幕の迷宮に出発する。ダヴィンチが芸術を捨てて機能面に特化した防護車は10メートルの死地を難なく突破─することなく、運悪く風により運ばれた海水によりタイヤの軸が腐食して盛大に爆発した。
「ライダー(原義)さんが爆発しました!!」
『この人でなしぃ!』
何が人でなしですかこの悪霊!!
デミ・サーヴァントとしてサーヴァント能力の経験が深いマシュは霊基が複数あろうと問題なく能力を発揮できる。リリス自体もカルデアの味方側である主張は否定しないのか、マシュに提案する形で霊基の利用を報告していた。
『おー。いい感じに動けてんじゃん。これならアテシの家賃も期待できる感じぃ?』
「…ッ。まだダメに決まっています!」
『はあー?ひとことふたことちょっと話すくらいいいでしょ?』
それはそれとして見返りを求めるのがリリスという女である。
「先輩はそんな安い人件費ではありません!!」
『うーんそれ言われるとぐうの音もでない』
マシュの苦し紛れの抗議にリリスはあっさりと退散した。
「…随分と素直に引くんですね、リリス」
『いやアテシこれでも今回は人理側で召喚された側だし。そりゃ今までとスタンスは変えるよ?立香に嫌われても困るし』
リリスは笑った。軽い声に、マシュは眉尻が上がるのを自覚した。藤丸と結ばれて以降、マシュは好き嫌いが生まれたのを自覚し始めた。藤丸を尊敬する者を特に気に入り、藤丸を狙う者を少し嫌いに。特に恋敵に関しては不思議と警戒心が上がってしまう。
ギャラハッドの霊基影響とは異なるマシュ自身の問題に、彼女は内心をカルデアに伝えられていなかった。それも明らかな異常だと、マシュは理解していても行動に移せていなかった。
「何故でしょう。今のように、私ひとりなら呟けるのですが」
『立香に抱かれたからだよ』
求めていなかった問いかけに答えたのはマシュの中にいるリリスだった。
「なにを」
『ふざけてないよ。アテシが知るあのマリスビリーなら、きっとアンタをそう
再突入の会議中に独りごちたマシュの呟きに、リリスは笑わなかった。反発したマシュを押し潰すように、リリスは冷淡にマリスビリーの名前を口にした。彼女が知るはずのない男の名前に、マシュは黙らざるを得なかった。
『キリエライト。アンタは槌田って名前を耳にした?』
脳裏に誰かが浮かんだ気がした。最近耳にしたような、雑談で誰かが口にしたような。頭に浮かぶぼやけた風景のピントを合わせる前に、リリスはあんまり考えるなと否定した。
『ああ、名前に意味はないよ。武内とか遠坂とかアニムスフィアでもいい。そいつと同じ名前の人と知り合ったら、どう呼ぶかって話よ。前からの知人をそう呼んでいたら、普通は名前を呼ぶよねって一般論』
軽い口調だが、リリスの声は普段より艶やかだ。恋敵としての彼女ではなく、母が子を嗜めるような、自戒を含めた話ぶりだった。
『アテシにとって槌田こそが藤丸なの。その上で、その藤丸は立香呼びを構わないと間違いなく回答する。何なら呼ばせる。だから名前呼び。愛憎は関係ない。アイツと立香を区別するための、純粋な区分け』
誰かと誰かを区別するのが名前の理由だ。リリスはマシュ以外をキリエライトと呼ばないし、それはマシュも同様だ。名前が被ったら旧友を優先する。確かに、特に違和感はない一般論だ。
『さて本題。マリスビリーはアンタをなんて呼んでいた?』
「…。……マシュ・キリエライト」
『マリスビリーの本質は知らない。きっと誰にもわからなくなった。ただし
その苗字はマリスビリーの妻の旧姓だ。拝借した人は人理焼却に対する使い捨てのホムンクルスだ。死後も世界に働きかけている存在だ。そしてマシュは強い精神のままに世界を救うために尽力している。
「マリス・カルデアスは本来の稼働はずっと後だと語っていた…」
『そう。そして、マリスビリーの計画ではキリエライトはそれよりも早く死んでいる』
『だから、
マシュは息を呑んで藤丸を探した。藤丸はマシュが万一のために警邏していると信じ込んで岸波達と額を寄せ合って攻略法に頭を悩ませていた。マシュの目線に気付いたのか、オルガマリーは手を振りながら理想魔術を発動させた。
「マシュも待ちくたびれたみたいだし、少し強引にいくわ」
オルガマリーは無敵状態に移行した後、無遠慮にズカズカと迷宮の扉をこじ開けた。道中の落雷や地震を無理矢理耐え抜いた末の力技である。ようやく足掛かりが出来たと全員がほっとする中、オルガマリーはむせ返る臭いに顔を顰めた。
迷宮の中は羽の生えた白い生物の死体が腐乱していた。
「なにこれ?…死体…?いや天使…?」
転倒による致命傷。事故による相打ち。落石による圧殺。他にも多数の不運に塗れた死体の山。おそらく黒幕が召喚したはずの使い魔だが、
歪んだ扉により金属が擦れ合い、火花が発生する。死体の山が絶妙な空気の層を作りあげていた。腐敗ガスが風船のように澱んだ空気によって指向性を持たせた爆破に変更する。それば擬似的なバックドラフトとも言えた。
オルガマリーは肉片と合わせて盛大に吹き飛ばされた。辺りに広がる腐敗臭に全員が顔を顰める中、オルガマリーが死体の山から半泣きで這い出した。
「ぎゃあああ!?きだない!!」
「元所長!ひしゃげた左足の方が重要だと思います!」
「ああっ藤ねぇが気絶した!医者、誰か医者を…そういやここ医者居ない!なんでさ!!」
阿鼻叫喚の最中にマシュの存在はない。居ても居なくても関係ないのはシグマも同じだが、彼は元々の立場が外様である。リリスの理論で語るならば彼がマリスビリーが計算した中立者の演者。
ただ有能だから存在した男。
マリスビリーは、冷徹なほど自他を客観視している。
「みんな聞いて!モリアーティがこの不幸の方程式を解き明かした!」
『理解してきた?この特異点に、キリエライトの役割が無いって』
つらつらと解説する藤丸とホームズに、マシュは真っ青な顔のまま無言で佇んだ。リリスの理論がどんどんと核心に近づいている流れに、どうにか反論出来ないかを必死で考えていた。
『この特異点はマリスビリーの人生が詰まっている。
サーヴァントの美点であり欠点でもある逸話再現を組み込まれた特異点。対象はマリスビリーで、演目は人理焼却だと、リリスは舌打ちした。
『オルガマリーではなくキリエライトを選んだ。最後の最後で人理を護るマスターに完全無欠な素人を配属した。世紀の大犯罪者マリスビリー様がそれを認めると思う?んなわけない。
迷宮に立て篭もるのはゲーティア役である。迷宮に入るのは藤丸達で、この場限りの人間はサーヴァント役。だが、この特異点にロマニは居ない。
故に。
逸話再現として、最も弱く─しかし最もゲーティア役に貢献する存在が選ばれた。
『ホームズみたいな頭のよろしいお方は『偶然』と断言するし実際そうだけど、この屑運を日常とした男が求めた『偶然』はナニ?』
『
『なるほど!流石はモリアーティ!これなら少ないけど聖杯所持者の迷宮に侵入可能だ!!』
藤村の精神を持つジャガーマンは衛宮を留めようと特異点攻略を
不運とは道が定まっていること。
マリスビリーの人生は才能があってこそ生存出来る。最善最短最高率を求めた先がマリスビリーの最悪を再現する。カルデアが狂った最悪手を取らない限り、その流れは変わらない。
間違いなくORTは滅んでいる。マリスビリーは生存するORTから逃げられるほど幸運ではない。害意に不運が寄りかかるこの特異点では、マリスビリーが呼び出した黒幕とカルデアでは降り注ぐ被害の量が違う。
最善の道で、藤丸と、オルガマリーと、衛宮と、マシュが選定された。
特異点は解決する。必ず、何があっても。そして
かつてロマニ・アーキマンがやったように。正しさと義務と未来を口実に、世界を救う人材が殺される。オルガマリーが◼︎となるために藤丸立香が殺害される。
だからリリスはマシュを本気で殺しに召喚された。足を引っ張るために味方として
短期間の召喚は座に持ち帰る記憶も桁違いだ。マリスビリーの計画は圧倒的に前倒しになっている。藤丸が壮年の姿に成長させられているのがその証だ。藤丸はまだ英雄となりきっていない。こじ付ける理屈は未だ存在する。
この特異点は藤丸がその年齢になってから発生するはずの世界だった。レフボムによるマスターの死者が未遂になったように、大それた計画は崩すことは不可能ではない。
『キリエライト』
マシュは無言で進んだ。そうしなければならないと強く己を律した。それを知りながら、リリスはマシュを焚き付けた。本心と義務と、僅かな嫉妬を混ぜ込みながら。
『藤丸立香はアテシの運命だった。だから、マリスビリーは人理焼却までアテシの召喚を阻害するよう強制した。アンタは、未だマリスビリーの設計から抜け出せていない』
『
飼い慣らされた家畜の番として剪定されていたなどと、歪んだ
リリス:藤丸の運命を悟ったのはいいが4分の1→3分の1→2分の1を引いた。マリスビリーの人格をなんとなく察しているがクラスがクラスなので何も覚えていない。藤丸立香が大好き。