マリーの中の寄生虫   作:ややや

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風邪ひいていました。


案内:新霊長後継戦 アーキタイプ・インセプション

 迷宮に突入したカルデアは、余裕を持って1日1階層を目標に攻略を進めていた。数週間で特異点が壊れないのは今までの経験則から分かっていた上、ドバイ特異点が実質的な並行世界だと判明したためだった。

 

「何で父が時計塔で暗躍しているのか不思議だったけど、こうして安全に歩ける時点で精力的になる気持ちは分かったわ…」

 

 がんがんと無遠慮に突き進むオルガマリーが納得したように愚痴った。

 

「父の不運は世界が基準の不運。父の不幸を他人が望めば、必然不幸にも父に幸運がやってくる。人を呪わは穴二つと言うけど、父の胡散臭さの真実は…蓋を開けると馬鹿馬鹿しいわね」

「憎まれっ子世に憚るかも知れませんね」

 

 誰かの不幸は誰かの幸運。他人の悪意が多いほど、マリスビリーの不幸は緩和される。マリスビリーが不幸になるのが全員の幸福となってしまうからだ。嫌われた方が得だから言動に難がある。マリスビリーの政敵がその事実を知れば、間違いなくほぞを噛むだろうとオルガマリーは思った。

 

「何とまあ、恐ろしい人生を過ごした方だったのですね」

 

 藤丸の胸に入った小型通信機が震えた声で悲嘆した。感覚器だけを集約したアンソニーの分体である。カルデアで徴収した死刑囚達の中継役でもある。彼らは心底から藤丸達の死を願うよう洗脳されており、迷宮の不幸を相殺する重要な役目を果たしていた。

 

「ただ、アンソニーさん。あんたがわざわざリスクを冒す必要はあったのか?」

「あんたが言うの?」

「そりゃ言うさ。馬鹿が崖に走るのと初心者が冬山登山するのは勝手が違う。カルデアからの記録機材で十分なら直で見る必要はないだろ?」

「あのねえ『コイツ減らず口がアーチャーに似てきましたね』アンナマリー…」

「がああああ!!」

 

 なんだかんだで聖杯戦争を生き残った衛宮とオルガマリーの間柄だ。心理的な壁はそこまで存在しない。黒歴史をせっつかれた衛宮は苦しげに叫び、アンソニーは気にせずに朗らかに笑った。

 

「ははは。ロマンには敵いません。ランダムで選定されたとはいえ、私にも利益が有れば少しくらいは体を張りますよ」

「利益?」

「本来なら打ち上げ後の余生で始めるつもりでしたが、私は歴史が好きでして。失(・)わ(・)れ(・)た(・)歴(・)史(・)を(・)発(・)掘(・)し(・)た(・)い(・)の(・)で(・)す(・)」

 

 人間はORTによって滅びた。

 AIは新人類として義務を引き継いだ。

 

「人間は滅びました。その原因は間違いなくORTです。彼らは人間の義務として後継者の生成を私達に頼み、意地としてORTをな(・)ん(・)と(・)か(・)し(・)ま(・)し(・)た(・)」

 

 だが、ど(・)う(・)や(・)っ(・)て(・)O(・)R(・)T(・)を(・)対(・)処(・)し(・)た(・)の(・)か(・)全(・)く(・)わ(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)。

 

 人類が施設の基盤を整えるまでは猶予があったことは判明している。第一AI人類が誕生してまもなくAIはひとりの人類の遺体を丁重に弔った。最期の最後まで後継者の生命体の問題点を検証し続けた、大量の殴り書きの最中に死を迎えた偉人だった。

 

「人(・)類(・)が(・)ど(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)し(・)て(・)O(・)R(・)T(・)に(・)文(・)明(・)を(・)残(・)せ(・)た(・)の(・)か(・)を(・)発(・)掘(・)し(・)た(・)い(・)。そのために、少しくらいはリスクを冒しますよ」

 

 偉人は聖人でもあった。AIに何ひとつ縛りを設けず、人類の過去をいち生物の生態として記録して死んだ。ある意味で、AIは良心を量られたと言ってもいい。生みの親が与えた自由の中で、少しくらいは親の望みを叶えるべきだと彼らが義務を決めたのは半ば必然だった。

 

「私達はAIの義務として後継者を創り上げ、既に旅路の準備をほぼ完了しました。まあ、最後の最後…AI類の新たな歴史が始まるに当たって、妙な邪魔が入ったわけですが」

 

 AI人類は後継者を打ち上げた後は統一国家を解体することを決めていた。人口が増大する中、意見統一を支えていたのは偉人の存在だけだ。目的が達成すれば、単体で活動できる彼らに国は不要となる。

 

「発展・停滞・或いは衰退。結末は不明瞭でも、私達は…っ?」

 

 オルガマリーのハンドサインに全員が口を閉じた。オルガマリーの歩幅が狭くなり、足音に擦過音が混ざる。アンナマリーの知覚を使った聞き耳だった。やがて、オルガマリーは違和感の正体を掴むことに成功した。

 

「…階段ね」

 

 屋内ではあるが照明の無い空間は薄暗い。腐乱臭で鼻も利きにくい現状、人外の感知を持つオルガマリーが最も斥候に最適だった。これもまた、不幸のひとつだと、リリスはマシュにぼやいた。

 

 そして、無遠慮に歩いていたオルガマリーの足が止まった。

 

「誰かいるわ」

 

 オルガマリーの警告に、マシュと藤丸が即座に警戒態勢に入った。数瞬遅れて衛宮が腰を落とした時には、扉の前にいた存在は悠々と手を広げて無抵抗を身体で現していた。

 

「待っていたぞ、カルデアの諸君」

 

 190を超える身長に黒や紺を基調とした長めの修道服を着た男だ。藤丸は過去に特異点でみた聖堂教会の服装だと見抜いた。誰かと藤丸が判断する前に、オルガマリーの結晶弾がその頭部を粉砕した。

 

「「えっ…。…えっ!?!?」」

「運悪く直撃した、つまりは本気で味方?」

「地獄から舞い戻ったアイツが…やりそうな奴だとは否定できないな…!」

 

 唖然とする藤丸とマシュを他所に、衛宮とオルガマリーは訝しげな顔のまま口を歪めた。嫌悪感の溢れた表情に、藤丸達はそれぞれの武装を首から下の肉体へ向けた。

 

「お2人とも、知り合いですか?」

「腐れ縁だよ」

「私としては肉体側だけどね。…数ある父の汚物よ」

 

 サーヴァントにも関わらず、肉体は消滅していない。霊基も万全のままだ。それは即ち、あのサーヴァントは頭程度では死なない化け物である証明だった。肉体からは血は噴出しておらず、それどころか頭を再形成している。蠢く黒々と光を反射したそれは、産業廃棄物のヘドロをより禍々しくした感覚を与えていた。

 

「…泥?」

「第4次聖杯戦争で本来ならアンリマユが寄生したのは知っているでしょう?私の父はそれに汚染された聖杯を用いてORTを撃滅した。あれの生誕を助力していたのが、あの男。たしか…言峰綺礼だったかしら」

 

 その単語は藤丸も聞き覚えがあった。刑部姫や巴御前とともに遊んだあれに存在した人物だ。マシュもそれを覚えていたのか、腑に落ちた顔をした。

 

「『アンリマユっていうのは、たしか古代ペルシャの悪魔の名だ。拝火教における最大の悪魔であり、人間の善性を守護する光明神と九千年間戦い続けるという、悪性の容認者。拝火教はこの善悪二神による確執が主軸になる物語で、天使と悪魔の二元論を形にした最初の宗教だ』でしたっけ。余りにも説明台詞過ぎて覚えましたよ」

「流石先輩です。そこまで誦じるとは!」

「…。…、…うん…?」

 

 和気藹々と警戒する藤丸達を尻目に、衛宮はふと気づいた。衛宮の人格や間桐桜の事情に関して、彼は何も説明していない。オルガマリーが説明しても10数年前の自身とは齟齬はかなりある筈だ。

 

 まるで衛宮士郎達の生活を丸々知っているかのような口ぶりを、果たしてカルデア側は行えるのか。復活したサーヴァントを見ながら、衛宮の背中に汗が伝った。

 

「サーヴァント、アルターエゴ…言峰綺礼。この度はアンリマユの代弁者(てした)として擬似サーヴァントとして顕現した。本来ならば保存されるべき人格もなく、私自身も歴史に残るはずもない塵芥だったが、とある事情により私の人格を主軸に召喚された」

 

 英霊を英霊たらしめるものは信仰である。人々の想念に真偽は無縁であり、知名度と信仰心さえ集まっていれば有り得ざる存在すら英霊として顕現する。

 

 言峰綺礼も同様だが、彼とアンリマユ─それも純粋に力のみを抽出したアンリマユ側が白紙となる人格を備えて召喚されるのは本来ならば不可能である。神霊を都合の良いリソースとするにはその神の人格が大多数に知らしめられるような、それ相応の理由がなければならない。

 

 逆説的に、それ相応の理由があれば人理は都合の良いサーヴァントとして顕現出来る。

 

「そう、来年発売の衛宮士郎が主人公のゲームによって─!」

「ちょっと待ってくれ」

 

 衛宮は言峰に背を向けてオルガマリーを見つめた。訂正、睨んだ。

 

「ゲームってなんだよ!売るにしたって題材があるだろ!?最近遠坂達が物憂げにしてたのコレか!?天下のアニムスフィアが神秘の秘匿を破っていいのかよ!?」

「お金がなくて…」

 

 色々と大事件を引き起こしたオルガマリーには金がなかった。

 

 今までの脈々と受け継いでいた資産が吹き飛び、流石のオルガマリーも子供に受け渡す財産が(魔術刻印を除いて)ゼロなのは不味いと常々実感していた。

 

 アンナマリーが13個の偽聖杯をリソースに復元した『第五次聖杯戦争再生録(Fate/stay night)』はムニエルの編集の下、全編フルボイスの大作ゲームとしてカルデア備品としてプレリリースとして公開していた。

 

 声優はもちろん当人の肉体を持つサーヴァント達である。いつの間にか輿入した葛木メディアや衛宮アルトリアを筆頭にノリノリだったので気にしていなかったが、確かに衛宮本人にはアルトリア経由で許可を得たとオルガマリーは思い出した。

 

「大丈夫よ。実際に起きた聖杯戦争はルートから外しているわ」

「そうじゃない…、そうじゃないんだよアニムスフィアさん…!!」

 

 ムニエル達の調査曰く、本来の聖杯戦争は桜&セイバールートを踏破したらしい。オルガマリーは全く記憶が無いためゲームで追体験した形になるが、アンリマユに汚染されたエミヤオルタと衛宮士郎の死闘は中々に感動的だった。

 

 ボイス役を演じた本人達も泣いて喜んでいた。問題は衛宮の声に違和感を感じたくらいか。本人にやらせたし実際に現物(目の前の男)と声は同じだったから齟齬は無い筈だが、演技力の問題だろうか。

 

 資金調達のためのゲームがヒットすることを確信したオルガマリーは、もう少しエミヤにリテイクを命じようと結論した。

 

「もう公表したし、ゲームリリースは止まらないわよ?というか、何でアルトリアから聞いてないのかしら…?」

 

 オルガマリーの説明に、衛宮は信じられないとエミヤらしい顔つきとなった。つまりはニヒルで絶望を誤魔化せなくなった最近の顔だ。要は、諦めと悔恨の顔だった。

 

「次からはアルトリアの書類は仕事として見ることにするよ…」

「なあに、私より恥は晒していない」

 

 子捨て父殺し人類滅亡未遂の三冠王を成し遂げた言峰綺礼(げろう)が心なく衛宮を慰めた。その言葉に衛宮は額に青筋を立てる。年老いてから色々と人生経験を積んだが、どう考えても言峰綺礼の生き様には不快感しか覚えない。

 

「また裏切るだけだろう、お前は」

「さて。私は指示された役目を果たすだけだ。迷える子羊をささやかに助力するように、神から命じられたのみ。無意味な野次馬に過ぎない」

 

 言峰はくぐもった笑い声を漏らした。

 

「さあ、加害者の元へ案内しよう。憐れな彼女の心を切開しながら。或いは彼女のこ(・)れ(・)か(・)ら(・)のために。若しくは─罪を犯せない神の慈悲を呪いつつ。推定無罪の無垢な女を、皆で処断しに向かおうではないか」




言峰綺礼:ラスプーチン抜きアンリマユプラスのアルターエゴ。ゲーム化によってアンリマユのパーソナルデータが周知されたことにより人格模倣先として衛宮士郎に次ぐ優先模倣先となった。なので能力は星2の方である。
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