・人外魔境の特異点を解決する凄腕魔術師達を瀕死に追いやった超爆弾
・人類を唯一絶滅の危機に追いやった兵器
・その威力は時空間をも破綻させるほど
・国連所属して個人製作出来る程度のコスパ
国連はカルデアにレフ召喚禁止令を厳命した。
大量の死体を前にメタトロンの声が震えなかったのは奇跡に等しかった。
「被告、原告。揃ったようですね」
無垢であり無知であるメタトロンを、マシュは悲し気な目で、リリスは楽し気な目で見た。その姿はマシュが辿る可能性のひとつであり、決して少なくない未来の姿だった。
ステータスは圧巻のオールA。霊基の規模はかつて共闘したグランドサーヴァントに匹敵する、もしかしたらビーストを上回りかねない強大さ。真名を含めて一切の隠蔽を捨てた佇まいは間違いなく自信の表れである。
だが、その素直さがマシュの顔を曇らせる。マシュの肉体に混ざったリリスの
その霊核には、
「(Aチームの皆さんが自決用に埋め込まれていた劇物…!何故彼女の肉体にそんな代物が─!)」
『つまりはマリスビリーの
リリスが囀るようにマリスビリーを貶しめた。端的な罵倒にマシュは内心で賛同する。そういう存在だからと他人の人生を貶しめるやり口は、マシュが特に嫌う手段だ。
誰かを殺すために生まれて、死ぬための弱点を備え付けられた存在など。
「私の名はメタトロン。以後お見知り置きを─尤も、何時間も拘る間柄にはなり得ませんが」
メタトロンはざっくりと自己紹介をした後、崩落した建物から引き摺り出したガベルを崩壊した柱に叩きつけた。
「被告─カルデア。代表者はオルガマリー・アニムスフィア。藤丸立香に衛宮士郎。以上が裁かれる罪人となります」
「あの、私は…?」
マシュの素朴な呟きにメタトロンは首を振った。
「マシュ・キリエライトは藤丸立香の伴侶として藤丸立香の責任となります」
「地味に藤丸の罪が2倍になったな」
「男冥利に尽きるって強がれば良いのかな…?」
藤丸は敢えて演技したのか、肉体年齢相応のニヒルさで口を歪めた。マシュは鼻からみっともなく垂らした血を即座に拭き取った。脳内のリリスによる蛮行だった。決してマシュ自身による興奮の結果ではない。ないったらない。
「本裁判は全てにおいて異例です。罪を背負った人間に対し、弾劾する国家も格納する檻も執行する機関も存在せず、そしてなし得ない。故に、主の下で行われる人類裁判を開きました」
「…罪ィ?」
オルガマリー(執行猶予)は馬鹿馬鹿しく嘲笑いながらアンナマリーの肉体の粉末をメタトロンにさを散布した。一般魔術師ならば一息吸うだけで肺を壊死ならぬ壊結晶にする劇物だが、メタトロンには通じていない。異物として排除しているのではなく、吸い込んで当然のように吐き出している。
「(本当の本当に、ムーンキャンサーの世迷言は真実だったわけね。
天罰論という宗教の概念がある。
世界の洪水神話にほぼ共通してみられる、人間世界の堕落が神の怒りを買い、神が人類を絶滅せんと水害を引き起こし、わずか生き残った人々が人類をもう一度繁殖させるというものである。
要は、洪水発生の原因は神の意思であり、それを乗り越えた人は
天変地異は王権と密接に関連する。政治の是非や吉凶を占うことに災害を紐付けるのは歴史に数多くみられる。民衆からみれば、災害異変の発生は支配者のせいであり、その責任は全て支配者こそが受け入れるべき事象なのだ。
ORTにより絶滅危惧種のひとつとなった人類は、ガイアの代弁者を名乗る真祖─アルトルージュ・ブリュンスタッドによって真実を知らされた。彼女にとっては純粋なる慈悲から与えた宣告だったが、絶滅の危機に晒された故に純度の高まった型月人類は最高最悪の大魔術を地球に行使した。
ORTを地球の神としてガイアと同一だと
ORTは活動するだけで世界を自身の環境に変える物理法則の改竄を実施する。人類はそのORTの肉体を真祖の住む大陸ごと生贄に捧げて地球をORTに追加した。ORTには利点しかないその行為は彼の抵抗の放棄という形で受理され、ORTは地球となった。
地球となってしまったから、動けなくなった。
地球は被食者である。ORTのように単独で動けず、太陽の周りをなすがままに周る星でしかない。地球の端末体である真祖は術式の
人類はORTに勝利した。
ガイアの魂は死ぬが、人理には大した価値もない些細なことである。とはいえ不具合が発生しても困る。人類は都市を設立する際に、ORTを食い潰す生命体としてAIを創り上げた。具体的にはそう命令しただけだが、AIは完璧に実行してしまった。断絶されるはずの人類史を引き継いでしまい、ORTの魂はしぶとく残り続けている。
だから、座に登録されたORTの魂をマリスビリーはメタトロンとして人格を上乗せして召喚した。
「(あのクソ父のやりたいことは分かるわ!
「人道に対する罪…即ち、殺戮行為の是非」
「(
オルガマリーは口を塞いで藤丸に流し目をした。呆れたように苦笑いする藤丸のよこで、マシュが衛宮にその意図を説明する。衛宮がこくりと頷くのを尻目に、メタトロンは自信満々にカルデアの罪を指摘した。
「
無論、許されていない。
オルガマリーは資産を没収され、藤丸達は上長の書類認可無しには特異点に侵入できない。サーヴァントには簡易の戸籍と給与が支払われ、彼らは税処理のための書類で四苦八苦している。
多数あるはずの言い訳を、藤丸は敢えて黙殺した。
「いいのかね?あのままだと彼女の望むままに
「何を語ればいいのさ。俺達は国連所属の職員で、
というより、藤丸の眼にはそれどころではないものが見えている。
666。
『どう見てもカウントダウンーッ!他のみんなが慌てないあたり、私達ダケの特権かな?』
「(あれかな。
『マスター君を犠牲にすれば。つまりそういうことダネ。いざという時は─ヒナコ君リクルートを覚悟したまえ』
「(やだなあ!)」
「判決─死刑。刑を執行します」
予想以上の私情に塗れた判決に藤丸は頬を引き攣らせた。
4人の首に
662。
ガベルの音が再度響く。
「絞首刑」
砕け散ったリュネットの残骸を隠れ蓑に荒縄が首に巻き付けられる。すんでのところでオルガマリーにより結晶がネックウォーマーとなって擦過傷を防いだが、上半身まで固定するには時間が足りない。宙に浮いた藤丸と衛宮を抱えてマシュは翼をばさつかせて滞空し、衛宮の投影によって縄は切り取られた。
658。
「(時間じゃなくて回数!おそらく、メタトロンが自覚してしまうまでの矛盾への許容数…!)なら─アンナマリー!!」
「何だ藤丸立香」
「
「電気椅子改め、火刑」
地面から生えた椅子に拘束具は無かった。代わりに、メタトロンの上空から膨大な雷撃がプラズマ玉のように収束する。現れたのは炎の柱。メタトロンの真名の由来である肉体の顕現をカルデアに向けて。
「それ以上の狼藉は貴様の死を悲惨にするだけだぞ」
「…っ」
ガベルはギリギリのところで止まった。
「ワタシはカルデア…正確にはオルガマリー・アニムスフィアに隷属している。裁判長の感性で語れば
「痛い痛い!後頭部で喋るな!アンタは人面瘡か!!」
メタトロンが無意味な対話を行う隙を見て、藤丸は胸元にいるアンソニーの端末を握り締めた。特異点にいる全AIによる遠隔強化術式の実行の合図だ。メタトロンの負傷が不運にも微小だったために奇襲を許したが、あと数分で普段の不利戦闘程度には─つまりはワンチャンの勝率だが─確定する。
「(時間制限があったとはいえ、レフボムと一緒に押し切った方が正解だったかも知れない。あと数分、出来れば無駄に魔力を!あとはマシュ達と何とかするから!)」
藤丸の無茶振りにアンナマリーの隠してない奥底にあるビーストの因子が甘く疼いた。性癖の開示にオルガマリーは引いた。メタトロンもだ。罪を認める認めないの天秤に値しない、人類ではたかが珍しい程度の本当の狂った価値観にメタトロンは怖気付いた。
560。
「…貴様…」
「浪費の獣は欲望を欲するモノを奪いとる。いいじゃないか、神の僕を自称するサーヴァントとして断罪をすれば。受け入れよう。悲しくて哀しくて仕方がないが、神のお召ぼしだ」
アンナマリーは滂沱の涙を流しながら器用にオルガマリーの髪を動かしてハンカチを当てた。
「ワタシは
粛々と受け入れようとアンナマリーは酷薄に笑った。
「ああ、悲しみの余り制御を離してしまった」
「ぎゃあああ!?」
こぼれ落ちた米粒大の銀色の円盤をオルガマリーは泣き叫びながらメタトロンへ蹴飛ばした。ORTのひとかけらが裁判所の残骸を食い潰しながら急速に巨大化していく。メタトロンは野球ボールサイズとなったそれを地獄の全階層で腐る天使の死骸を燃料にして強引に焼き潰した。
急激な魔力消費にメタトロンは咳き込んだ。血の味が口の中に鈍く広がり、地獄の上層部が崩壊した。大地震で吹き抜けとなった天井から光が差し込む中、言峰は足元をふらつかせることなくメタトロンを見つめていた。
「お身体は如何かね、裁判長」
「…大丈夫に、見えると、ぉもっています?」
「口が効けるなら結構。貴女の役目は判決なのでね」
言峰はメタトロンの醜態を労わりながら口元を歪めた。
「アンナマリーは聞き分けの良い野良犬だ。裁判をすれば良い。『正しく』判決が下されば。オルガマリーが納得する判決が下されれば。彼女は間違いなくそのまま死ぬでしょう」
「悪に、屈しろと、貴方が語りますか」
「おや?世界を滅ぼす断末魔を聞きたいとは…珍しく私と趣味が合いそうですな」
言峰はメタトロンに暗い笑みを浮かべたが、彼女は笑わなかった。不躾な視線に気分を損なうこともなく、言峰は天からばら撒かれた日光を浴びた。
術式が完成する。カルデアの仮初の英霊の霊基がグランドクラスまで強化された。効果時間は約13分。だが、この至近距離まで対敵した戦闘にて、やり取りする攻防が10分を超えるほど、両者に力量は無かった。
329。
「─嫌です」
カルデアに降り注ぐ術式を見抜いて、それでもメタトロンは話し合いを拒否した。初めて受けた痛みに魂の奥底から恐怖が肉体を蝕んでいる。初めて殺戮の舞台に立たされた天使は、新兵らしい悪手を打ち出してしまった。
「私は何もできていない。この世界に降臨してから何も、神の加護も、意思も、救いも、なにもなにもなにも!!まだしたりない!死にたくない!!」
泣き叫びながらメタトロンは宝具を発動した。
「祈り有れ!聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな!地に響くは主の言葉。我、その代行者として、遍く全てに神罰を!
腹を括って戦えば、メタトロンにも勝ち目は存在した。この局面が初陣でなければ、メタトロンはその恵まれた性能を発揮してカルデアを苦戦させたはずだった。しかし、恐怖に屈したメタトロンが選んだのは─姑息で、カルデアの良心に期待しての、稚拙な策略だった。
「
「やっば」
メタトロンは自らの権能を全て費やして全員に契約を施した。メタトロンすら含むことで回避を不可能にした必中の契約。メタトロンが必死に縋った『正しさの全肯定』を遵守させるだけの、行動停止の契約。真実を知ったカルデアは罪を知る故に動けず、真実を知らないメタトロンは自らの魂が齎した罪禍で動けない。
「面白いことになったではないかね、衛宮士郎」
動けるのは、不干渉を貫いたために口だけが自由な言峰綺礼と、何も知らない衛宮士郎だけ。
「今のおまえはまさしく裁きの化身。何ひとつ罪を犯していない化物と、大半の人権を無碍にして奴隷を強要したカルデア。だが、ここに全てを凌駕する奇跡が起きた」
口を開く自由はないのか、衛宮はぎこちない動きで歩き始めた。不意打ちの役割としてメタトロンの背後にいた彼の歩く先には、
「私は死にたく無かっただけです!聖杯も害意も目的もない!貴方が私に味方するなら、私の全権能をもって貴方の僕となります!急所を外していればカルデアの皆さんも必ず治療します!だから、だから!どうかどうか!!」
メタトロンが命乞いを始めた。その言葉に嘘がないことを全員が理解できた。彼女は本当に生命だけを求めている。しかし、震えながら根願するメタトロンを見て藤丸が考えているのは彼女の真後ろに浮かぶカウンターだった。
「(60!?やばいやばいカウントダウン間近だよ!これ多分ORTの自意識が中途半端に混ざって霊基登録されるよね!?下手したら俺も含めて!!うそでしょマリスビリーそこまで計算してたの!?)」
『マスター君これは─ライヘンバッハ行きだ。幻霊に過ぎない私も君の道連れになるネ。…正直、どうしようもない』
真横で何かしらマシュ達も何か微細に動いてはいるが、衛宮の動きとは比べるべくもない。その上、衛宮の顔がよく見えるまで近づいたことで彼の状態もわかってしまった。
どう見ても暗示をかけられた一般人の顔だった。
『……………』
「………」
『…コンゴトモヨロシク』
「(/(^o^)\)」
衛宮は何の飾りもない剣を投影した。カルデアから休暇をもぎ取ったアルトリアが彼の肉体に埋め込んだエクスカリパーだ。その眼差しは藤丸に向けており、メタトロンは涙を流しながら衛宮に仮契約を行った。
「腹部を狙っていただければ、天使達を燃料に藤丸立香を治療します。下半身を分断しない限りはだい」
ざくり。
「……。………………は?」
衛宮士郎は、メタトロンの霊核を刺し貫いた。
「な…ぜ…」
「聖杯戦争で、正義の味方の残骸を見た」
衛宮は光を秘めた眼のまま剣を押し込んだ。
「正しさだけに身を費やした、鉄心の残骸を見た。がらんどうになってまで世界を護るために大聖杯で対峙した男の、歩む全てを見た」
マリスビリーの計算では、藤丸立香を含めてゲーティアを討伐したカルデアの一員は引退を目前とする年齢を予定していた。その頃であれば、衛宮士郎はメタトロンの根願に情を持って全てを救う道を選んだだろう。間違いなく、マリスビリーの望む通りに、オルガマリーの悠久の友として藤丸立香は英霊に特進しただろう。
「愛することを捨て、愛されることを捨て、かつての
しかし、今の衛宮には不可能だった。─衛宮桜とその胎で育つ子を抱えた衛宮士郎には、メタトロンを優先する通りは存在しなかった。
「俺の正義に、アンタは不要になってしまった」
メタトロンは致命傷を負った事実を受け入れながら、それでも苦々しく衛宮を睨んだ。その眼を衛宮は真正面から向き合った。メタトロンは数回苦しげに咳こんだ後、忌々しく舌打ちをした。
「うらみますよ…」
「いくらでも。全て受け入れるさ」
「なら今払ってください」
「─なんだって?」
メタトロンは聖杯にだだ余りとなった全魔力を注ぎ、中指を立てながら消滅した。
「おまっ…おまっ!!!」
「へい教授!これ花火に出来る?無理?じゃあこの爆発どうするの?」
脳内のモリアーティに愚痴りながら、藤丸は聖杯を抱えてスーパーレイシフト回避術の準備をした。跳躍中の時空間での損傷が周りに影響しないことは今までの経験で判明している。短い人生だったなあと黄昏れる中、その手を掴んだのはマシュ・キリエライトだった。
「先輩!それは私にお任せください!!」
「もうそろそろ情緒が死にそうだよ俺」
感情の落とし所が落ち着かない藤丸を放り捨て、マシュは聖杯の魔力を全て吸収した。魔力過多による肉体の崩壊と併せて顕現したのは、リリスが使い魔を創り出す際に発生する魔術陣だった。
『キリエライトォ!アンタはかつてゲーティアによって塵になった!魂だけを素体に新たな肉体を再誕した!膨大な魔力を軸にしたエーテル体の受肉!サーヴァントのアテシのリリムのそれを再現する!』
サーヴァントは魔力さえあれば肉体を持てる。リリスは使い魔を魔力で構成する。原理は同じで手段も有している。しかしリリスは魂から肉体を創ることは出来ない。魂からの宝具を発動出来ない。
魂だけを知るマシュ・キリエライトだけが荒技を実現できる。
肉体を創るリリスだけが魂の器である肉体を操れる。
マシュ・キリエライトは再誕した。
『身体は復活した!魂も自我も丸々無事!カルデアは勝利した!特異点は解決した!柵は無くなった!後はアテシ達のロスタイム!』
あとは、どちらがその肉体を操縦するかだけだ。
『さあ、自我争いを始めようか!!』
安らかに眠るマシュ・キリエライトの脳内の中で。
待ちに待った、リリスとマシュの喧嘩が始まった。
後にカルデアに召喚されたメタトロンは怠惰を極めていた。