もしもグランドツアーの3人がキヴォトスに来たら2 作:ガチタン雷電
イギリス帰国・議会編
英国帰還 ―― 議会という静かな戦場
ロンドンは、雨だった。
アビドスやトリニティの空と違い、重く低い雲が、街全体を押し潰すように垂れ下がっている。
ウェストミンスター宮殿。
石造りの壁は、いつもと変わらない。
それが、ハモンドには奇妙に感じられた。
「――以上が、現地での状況です」
証言席。
ネクタイを締め直し、ハモンドは議員たちを見渡した。
戦車の操縦席よりも、ここは息が詰まる。
前列に並ぶのは、防衛、外交、資源、財務。
誰一人として、彼を“英雄”として見ていない。
それでいい、とハモンドは思った。
「英国陸軍の展開部隊は、想定された損害を一切出さず撤収しました」
「……死者ゼロ、ですか?」
確認するような声。
ハモンドは頷いた。
「はい。英国側の死者はゼロです」
――その瞬間だった。
議場の空気が、わずかに緩む。
誰も拍手しない。
だが、肩の力が抜けるのが、はっきり分かった。
「それは……非常に重要な点ですな」
「前例のない成果だ」
「ブラックホーク・ダウンを繰り返さなかったということだ」
ハモンドは、その言葉に小さく息を吐いた。
(“繰り返さなかった”だけで、評価になるのか)
次に話題は、自然と移った。
「――資源の件に移りましょう」
スクリーンに映し出される資料。
キヴォトス産レアメタル。
未知の合金。
高純度エネルギー媒体。
「これらは、事実ですか?」
「はい。確認されています」
財務委員が前のめりになる。
「採掘は?」
「現地自治体との協議次第です」
「英国が関与する余地は?」
ハモンドは、一瞬だけ言葉を選んだ。
「――あります。ただし」
「ただし?」
「軍事的圧力では、長続きしません」
ざわめき。
「現地は“戦場”ではありません」
「“生活圏”です」
「そこを履き違えると、次は英国人が撃たれます」
沈黙。
防衛委員長が、低く言った。
「だが今回、撃たれなかった」
「はい」
「それが全てだ」
その言葉に、ハモンドは少しだけ視線を落とした。
(違う。
撃たれなかった“理由”を理解しなければ、次は撃たれる)
だが、議会は次の段階に進んでいた。
「つまり――」
「英国は、人的損失なしで影響力と資源の入口を得た」
誰かが、そう総括した。
ハモンドは、口を開く。
「一つ、言わせてください」
全員の視線が集まる。
「現地で一番危なかったのは、銃撃でもミサイルでもない」
「“危機を危機だと思わない空気”でした」
誰も否定しない。
「我々が無傷で帰れたのは、幸運です同時に、警告でもあります」
彼は、静かに続けた。
「キヴォトスは、英国の常識では測れない。
だが、だからといって無関心でいい場所でもない」
短い沈黙。
やがて、議長が槌を打った。
「――記録に残す、英国は、段階的関与を検討する」
「人的損失ゼロを、最優先事項とする」
その一文が、すべてを決めた。
議会後 ―― 廊下にて
廊下を歩くハモンドに、若い補佐官が声をかける。
「……お疲れ様でした」
「ありがとう」
「正直に言うと」
補佐官は苦笑した。
「“誰も死ななかった”ってだけで、皆ほっとしてます」
ハモンドは立ち止まり、窓の外を見る。
ロンドンの雨。
「それは、悪いことじゃない」
「でも――」
彼は、遠くを見るような目で言った。
「死ななかった理由を、忘れた瞬間に次は、誰かが死ぬ」
補佐官は何も言えなかった。
ハモンドは、再び歩き出す。
戦車も、銃声もない場所で。
だが――
ここもまた、別の意味での戦場だった。
そして彼は知っている。
キヴォトスは、まだ終わっていない。
それを分かっている人間が、
この議事堂に何人いるのか――
その答えだけが、少し不安だった。