姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる 作:お庭屋さん
「……おいおい、マジかよ。」
僕は愛馬オニキスの背中で天を仰いだ。
いや、正確には「天」など見えなかった。
視界の全てが、乳白色の絵の具をぶちまけたように真っ白だったからだ。
ことの始まりは数刻前。
我らマドゥワス騎士団は、難所と言われるスリヒ台地を順調に進み、ようやくその出口へと差し掛かっていた。
「エヴ様。予定通り、このまま北上し『メルト樹海』を迂回。『シルバッツ大森林』の外縁部を通って国境を目指します。」
並走するネリーが、地図を片手に冷静に報告してくれた。
メルト樹海は、その名の通り「樹海」だ。一度足を踏み入れれば二度と戻れぬほどの濃密な森林と霧に覆われた魔境。生息する魔獣の危険度も桁違いで、正規軍でも全滅しかねない死地である。
対して、シルバッツ大森林はかつて帝国軍が我が故郷、べレイン王国への侵攻ルートとして利用したため、街道がある程度整備されている。
そんな道を帰郷に使うのは何とも複雑な心境だが、致し方ない。
選ぶなら当然、後者だ。
「わかった。……しかし、雲行きが怪しいな。」
僕が指差した先、台地の縁から森へと続く下り坂に、不自然なほど濃い霧が立ち込めていた。
肌にまとわりつくような湿気と、魔力特有の静電気のようなピリピリとした感覚。
人によっては魔力酔いを起こしそうなほど濃い魔力の霧だ。
「『幻惑霧』ですね。この季節のスリヒ台地特有の現象です。」
ネリーが少しだけ眉をひそめた。
「視界を奪うだけでなく、方向感覚を狂わせる魔素を含んでいます。……総員! 隊列を密にせよ! 互いの姿を見失わぬよう、声掛けを徹底!」
『イエスマム!』
騎士たちが応え、隊列がギュッと縮まる。
僕の周りはいつものように「鉄壁の過保護ゾーン」が形成された。
前後左右、どこを見ても幼馴染たちの頼もしい背中がある。これなら、どんな霧が出ようとはぐれることなんて。
そう思っていた時期が、僕にもありました。
「うおッ!?」
「キャアアッ!」
突如、突風が吹いた。
横殴りの風と共に、白い闇が津波のように押し寄せ、視界がゼロになる。
隣を走っていたはずのネリーの姿さえ、瞬時にかき消された。
「止まれ! 動くな!」
僕は叫んだ。
だが、僕の声は霧に吸い込まれるように響かない。
音も、光も、方向感覚さえも、この白い世界に遮断されてしまったようだった。
「……なんてこった。遭難フラグ回収早すぎだろ。」
僕は悪態をつきつつ、手綱を強く握った。
オニキスが不安げに鼻を鳴らし、その場で見えない敵を威嚇するようにステップを踏む。
「落ち着け、オニキス。……僕がいる。」
僕はオニキスの首に手を当て、微量の魔力を流して落ち着かせた。
前世で学んだ「明鏡止水」の心持ちだ。パニックになれば死ぬ。
数分後、突風が止んだ。
だが、濃い霧は晴れないままだ。
「……ルイーズ? ネリー?」
呼びかけてみるも、返事はない。
完全に、はぐれた。三十人の大所帯が、まるで神隠しにでも遭ったかのように消えてしまった。
「参ったな……。」
僕は腰の剣に手をやり、そこにある無骨な柄を摩った。
マドゥワス家の紋章が入った、業物のロングソード。
僕のフィジカルはこの世界の女性騎士たちには劣るが、「瞬間的な爆発力」ならば話は別だ。
体内の魔力を循環させ、身体機能を一時的に限界まで引き上げる『身体強化魔術』と、前世の剣道技術。
この二つがあれば、短時間の戦闘なら僕だって、この世界のやたら強い女性達にも後れは取らない。
「……ま、やるしかないか。」
腹を括り、先の見えぬ霧の中を進んでいく。
良い機会だ。誰の目も気にせず、自分の力で危機を切り抜けるリハビリだと思えば――。
☆
しばらく勘を頼りに霧の中を突き進んでいると、
パカラ……。
背後で、蹄の音がした。
魔物のものではない。蹄鉄を履いた、軍馬の足音だ。
「ッ!」
僕は反射的に剣を抜き、鞍上で振り返った。
速い。我ながら完璧な抜刀だったと思う。
切っ先が、音のした方向へピタリと定まる。
霧の中から現れたのは、巨大な影――馬上の騎士だった。
「……おやおや。素晴らしい反応速度ですね、エヴ様。」
「……ネリー?」
そこにいたのは、愛馬の手綱を握り、優雅にこちらを見下ろすネリーだった。
彼女もまた、いつでも抜刀できるよう柄に手を掛けていたが、僕の顔を確認すると、ふわりと楽しげな笑みを浮かべた。
「殺気を感じて振り返るまでの速度……コンマ数秒。それに、その迷いのない構え。……やはり、エヴ様の剣技は美しいですね。」
「あ、いや……これはその、びっくりして手が滑ったというか。」
僕は慌てて剣を収めた。
マズい。つい「素」が出た。
ネリーはゆっくりと馬を寄せ、僕の隣に並ぶ。
霧の中で、騎馬が二騎。
普段の彼女なら、「ご無事ですか!」と血相を変えて駆け寄ってくるところだが、今の彼女はどこか余裕がある。
馬上から僕を見るその知的な瞳の奥で、今の状況を楽しんでいるような……そんな「お茶目さ」が見え隠れしていた。
「霧で皆とはぐれてしまいました。……周囲に他の反応はありません。」
ネリーが愛馬の首を撫でながら、周囲を見渡す。
「つまり……この濃霧の中、私とエヴ様だけの『騎馬デート』というわけですね。」
「……デートって状況じゃないだろう。遭難だよ。」
「ふふ、ものは言いようですよ。ルイーズが聞いたら、悔しがって地面を叩き割るでしょうね。」
彼女はクスクスと笑いながら、自分の馬をさらに寄せ、僕のオニキスと馬体を密着させるほどの距離まで近づいた。
お互いの膝と膝が触れ合う距離。
体温が伝わってくるようだ。
「ご安心ください、エヴ様。この命に代えても、貴方をお守りします。……ですが、さっきの剣捌きを見る限り、私が守られる側になるかもしれませんね?」
「買いかぶりすぎだよ。僕はただのひ弱な男騎士さ。」
「さぁ、どうでしょう? ……ふふっ、この霧が晴れるまでは、二人だけの秘密にしておきましょうか。」
ネリーは悪戯っぽくウインクをした。
その仕草は、普段の「理想的な騎士」の仮面を少しだけ外し、幼馴染としての距離感に戻ったようで、僕は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「と、とりあえず合流を目指そう! このままじゃ野宿だ!」
「了解です、マイロード。……では、離れないように。」
ネリーはそう言うと、馬上でスッと手を差し伸べてきた。
僕がその手を取ると、彼女は優しく、しかし力強く握り返してきた。
過度な独占欲ではない。信頼と、少しの親愛が込められた温かさ。
こうして、視界ゼロの霧の中、僕とネリーは手を繋いだまま、二人だけの行軍を始めたのだった。
☆
「……それにしても、エヴ様。先ほどの抜刀、少し腕を上げましたか?」
視界の効かない乳白色の闇の中、ネリーが手を握ったまま、楽しげに話しかけてきた。
周囲は静寂に包まれているが、彼女の声には微塵の不安もない。
隣に僕がいるからか、あるいは彼女の肝が据わりすぎているのか。
「毎日素振りは欠かしてないからね。……でも、ルイーズや君には敵わないよ。」
「謙遜を。……瞬発力と剣の『冴え』に関して言えば、私たち幼馴染の中でも貴方はトップクラスです。持久力という点では、生物学的な壁がありますが。」
ネリーは僕の手を握り直した。
その掌の感触は、守られるだけの姫君のものではなく、剣ダコのある武人のものだ。
「従騎士の子たちが見たら、卒倒するでしょうね。『あのか弱い団長様が、あんな鋭い一撃を!?』って。」
「……頼むから、内緒にしておいてくれよ。彼女たちの夢を壊したくない。」
僕が苦笑すると、ネリーは「ふふっ」と悪戯っぽく笑った。
そう、ルイーズやネリー、サーシャといった幼馴染の騎士十名は、僕の実力を知っている。
子供の頃、泥だらけになって取っ組み合いをし、同じ道場で剣を振るった仲だ。
僕が男だからといって手加減せず、まぁたまに手加減しろよとは思ったが、対等に打ち合ってきた彼女たちだ。
僕の「剣道」仕込みの技術と、魔力による瞬間的な身体強化の強さを理解しているのだ。
対して、預けられたばかりの二十名の従騎士たちは、僕の戦う姿を見たことがない。
彼女たちにとって僕は、「高貴で、美しく、守られるべき深窓の令息」というフィルター越しに映っている。
……まあ、その誤解のおかげで楽ができている部分もあるので、あえて訂正はしていないのだけれど。
「でも、久しぶりですね。こうして肩を並べるのは。」
「ああ。普段は『鉄壁の過保護陣形』があるからね。」
「ふふ、それも愛ゆえですよ。……ですが。」
ネリーの声色が、スッと低くなった。
お茶目な幼馴染の顔から、冷徹な騎士の顔へ。
繋いでいた手が離され、彼女の手が剣の柄へと伸びる。
「この霧の中では、少々『荒療治』が必要なようです。」
直後。
霧の奥から、ゾワリとする殺気が膨れ上がった。
「グルルルゥ……ッ。」
低い唸り声と共に、白い闇の中から無数の赤い瞳が浮かび上がる。
一つ、二つじゃない。十……いや、もっとか。
現れたのは、霧を纏った狼のような魔獣『ミストウルフ』の群れだった。
本来なら群れで狩りをする中級魔獣だが、この霧の影響か、その体は通常よりも大きく、凶暴な魔力を帯びている。
「数が多いな。」
「ええ。……エヴ様、下がって――」
ネリーが言いかけた言葉を、僕は遮るように剣を抜いた。
シャリ、と乾いた音が霧に響く。
「言っただろう、ネリー。ここは『二人きり』だ。」
僕は愛馬オニキスから飛び降り、狼の群れへと向き直る。ネリーもそれに合わせて下馬し、盾と剣を構えた。
守られる位置ではない。
彼女と背中合わせになる、共闘の陣形だ。
「従騎士たちの前ならいざ知らず、君の前で隠す必要はないだろう?」
僕がニヤリと笑うと、ネリーは一瞬呆気にとられ、それから嬉しそうに、獰猛な笑みを返した。
「……かしこまりました。では、背中はお任せします。」
「応!」
号令と同時に、狼たちが飛びかかってきた。
「シッ!」
ネリーの剣が閃く。
彼女の剣技は、無駄のない精密機械のような動きだ。
飛びかかってきた最初の一匹の喉元を正確に貫き、返す刀で二匹目の前足を切り裂く。
流れるような、美しい殺陣。
だが、敵は数に任せて側面からも殺到する。
ネリーの死角、右後方から巨大な個体が牙を剥いて迫る。
「遅い。」
僕の目には、その動きがスローモーションのように見えていた。
『身体強化』発動。
体内の魔力回路を一気に回し、筋力と神経伝達速度を爆発的に引き上げる。
代償としてスタミナをごっそり持っていかれるが、この一瞬があれば十分だ。
「ハァッ!」
踏み込み一閃。
剣道でいう「胴」の軌道。
僕の剣は、狼の硬い毛皮を紙のように切り裂き、その胴体を両断した。
「ギャンッ!?」
断末魔と共に、狼が吹き飛ぶ。
返り血を浴びる前に、僕はすでに次の標的へと切っ先を向けていた。
「流石です、エヴ様!」
「そっちもね!」
言葉少なに、互いの死角をカバーし合う。
阿吽の呼吸。
子供の頃から何百回と繰り返してきた連携だ。
「右!」「任せろ!」「スイッチ!」「了解!」
言葉にしなくとも、ネリーが動けば僕がその隙を埋め、僕が踏み込めばネリーが追撃を入れる。
従騎士たちが見たら目を剥くような光景だろう。
「か弱い」はずの団長が、ベレイン屈指の実力者であるネリーと対等に渡り合い、魔獣を次々と屠っているのだから。
「ははッ! 楽しいな、ネリー!」
「ええ……! 最高です、エヴ様!」
霧の中、僕たちは踊るように剣を振るった。
血と汗の匂い。
そして、隣に絶対の信頼を置ける相棒がいる高揚感。
この瞬間だけは、僕は「守られる男」ではなく、ただの一人の「剣士」でいられた。
メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!
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ルイーズ・ロンズデール
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ネリー
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サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
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アンドレア殿下
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ガーベラ
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アグニ
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バルバラ
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