姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第16話:大精霊のお気に入り

「……冗談だろう?」

 

 僕は目の前で繰り広げられる光景に、剣を下ろすことも忘れて呆然と立ち尽くしていた。

 森の巨木から伸びた太い根が、まるで意思を持った大蛇のようにうねり、エルフの警備隊長ルティエルを宙吊りにしている。

 彼女の細い手足は蔦によって拘束され、ドレスアーマー越しにも分かるほどきつく締め上げられている。

 

 その姿は、なんというか……非常にマニアックな、前世の薄い本でしか見たことがないような「触手拘束」そのものだった。いや、相手は植物だから「根っこ拘束」か。

 どちらにせよ、教育上よろしくない絵面であることは間違いない。いいぞ、もっとやれ。

 

「は、離せッ! 無礼者! 私はこの森の管理者だぞ!」

 

 ルティエルが必死にもがくが、根はピクリとも動かない。それどころか、彼女が抵抗すればするほど、蔦は生き物のように這い回り、彼女の豊満な肢体に食い込んで

いく。えっちだ。

 

 「くっ、ぁ……!」と艶めかしい声を漏らす彼女を見て、周囲のエルフたちが顔を真っ赤にして狼狽えている。

 ……おい、そこ。目を逸らせ。ガン見するな。

 え?僕?僕はいいんだよ。決闘相手から目を離すなんて剣士として有るまじき行為だろう???

 

「静まりなさい。……見苦しいですよ、ルティエル。」

 

 凛とした、しかしどこか人間離れした響きを持つ声が、森の空気を震わせた。

 声の主は、従騎士のミリアだ。

 だが、その雰囲気は僕の知っている「オニキスの世話係でビクビクしていた少女」とは別物だった。

 

 彼女の体は淡い緑色の燐光に包まれ、足は地面から数センチ浮いている。

 瞳孔が開いたその目は、エメラルドのような無機質な輝きを放ち、ルティエルを冷たく見下ろしていた。

 

「あ、あれは……まさか、『精霊憑き』!?」

 

 背後でネリーが驚愕の声を上げた。

 普段は冷静な彼女が目を見開いているあたり、よほどの異常事態なのだろう。

 

「精霊憑き? ……なんだそれは。」

 

 ルイーズが問うと、ネリーが剣と盾を構えたまま、緊張した面持ちで答えた。

 

「伝説上の現象です。極めて稀に、波長の合う人間に高位の精霊が降りてくることがあると聞いていましたが……まさか、うちの騎士団にその適性者がいたなんて。」

「……採用面接の時には聞いてなかったな。」

 

 僕はため息をついた。

 マドゥワス騎士団の人材はどうなっているんだ。

 過激派の幼馴染共に、戦闘狂の副団長、そして憑依体質の精霊使い。

 キャラが濃すぎる。普通の騎士団運営をさせてくれ。

 

「き、貴様は何者だ!? 私の名を知っているのか!?」

 

 宙吊りのルティエルが、恥辱と恐怖に顔を歪ませて叫ぶ。ミリア――いや、彼女に憑依した「ナニカ」は、ふわりと空を歩いてルティエルに近づくと、その頬にそっと手を触れた。

 

「忘れたのですか? 貴女が幼い頃、私の根元でよく昼寝をしていたことを。……時の流れとは残酷ですね。あの可愛らしかった子供が、今ではこんなにも欲に塗れた『大人』になってしまうとは。」

「根元……? ま、まさか……『大樹の祖霊』様……?」

 

 ルティエルの顔から血の気が引いた。

 大樹の祖霊。

 このシルバッツ大森林の中心に鎮座する、世界樹の守護精霊か。

 なるほど、森の管理者であるエルフが、私欲と性欲のために森を荒らして魔法をぶっ放そうとしたから、親玉がお怒りになって出てきたというわけか。

 完全に自業自得である。

  

「申し訳ありません! どうかお許しを! 私はただ、種の保存のために……!」

「種の保存? ……ふふ、嘘はいけませんね。」

 

精霊は慈愛に満ちた、しかし絶対零度の微笑みを浮かべた。

 

「貴女の心は筒抜けですよ。『あんな極上のオス、逃すわけにはいかない』『実験にかこつけて味見したい』……そんな桃色の欲望で、森の魔素が濁っています。」

「ひぃッ!?」

 

 グッロ……。これでは公開処刑だ。

 部下たちが見ている前で、心の奥底のムッツリ願望を暴露されたルティエルは、羞恥のあまり茹で上がったタコのように赤くなっている。

エルフたちも「隊長……マジすか……」「やっぱりそうだったんだ……」とヒソヒソ話をする始末。

 威厳崩壊の瞬間である。可哀想に。

 

「罰が必要です。……頭を冷やしなさい。」

 

 精霊が指を鳴らすと、ルティエルを拘束していた根がさらに強く締まり、彼女を逆さまにして森の奥へと運んでいこうとする。

 

「待って! 嫌ァ! みんな見てるのよ!? やめてぇぇぇッ!!」

 

 悲痛な叫びを残し、エルフの警備隊長は森の闇へとドナドナされていった。……南無。

 彼女の社会的な死に祈りを捧げつつ、僕はふと気づく。

 

あれ?

これ、僕たちもヤバいんじゃないか?

エルフの長をボコボコにした人間たちだ。次は僕たちが「罰」を受ける番かもしれない。

 

「……さて。」

 

 案の定、精霊はゆっくりと振り返り、その光る瞳を僕に向けた。

 僕は身構える。

 来るか? 樹木の触手攻撃か?

 だが、精霊の反応は予想外のものだった。

 

「……おやおや。フゥン。」

 

 精霊は僕の周りをふわふわと漂いながら、興味深そうに僕の顔を覗き込んだ。

 その視線は、ルティエルのような性的なものではない。もっと根源的な、魂の質を見るような目だ。

 

「綺麗な魂ですね。……この世界には珍しい、歪みのない真っ直ぐな光を感じます。」

「それはどうも。……ただの不器用な男ですよ。」

「不器用? いえいえ。……先ほどの剣技、見事でしたよ。力に頼らず、『心』で道を切り開く。……懐かしい感覚です。」

 

 精霊は懐かしむように目を細めると、僕の胸にそっと手を当てた。冷やりとした感触。

 だが、不快ではない。森の清涼な風が吹き抜けるような感覚だ。

 

「気に入りました。……どうでしょう? エルフたちが無礼を働いたお詫びに、私が貴方を『祝福』してあげましょうか?」

「……祝福?」

 

 嫌な予感がする。

 この世界の女性からの「好意」は、ロクな結果にならないことが多い。

 僕が警戒して一歩下がろうとすると、精霊はニッコリと笑い、とんでもない提案を口にした。

 

「はい。貴方のその清らかな魂と、強き肉体……。私の『依り代』として、とても相性が良さそうです。」

「はい?」

「どうせなら、この小さな器よりも、貴方の体に入って、もっと深〜く繋がりたいなぁ……なんて。」

 

 精霊の体が、スライムのように不定形に揺らぎ始め、僕の方へと触手を伸ばそうとする。

 おい待て。

 憑依ってそっちの意味か!?

 物理的に中に入ってくる気か!?

 

「ちょ、ちょっと待った! 僕は結構です! 間に合ってます!」

「遠慮しないでください。……ふふ、男の子の体の中って、どんな感じなのかしら……興味津々です♪」

「ギャアアアアッ!?」

 

 新たな危機。主にお尻の。

 性的な意味とは別のベクトルで、僕の貞操、というか肉体の所有権が狙われている!

 やはりこの世界、人外も含めて肉食系しかいないのか!?

 

 

 ☆

 

 

「さあ、力を抜いて……。痛くしませんから、貴方の全てを私に委ねて……?」

 

 ミリアの姿をした精霊が、甘い吐息と共に迫ってくる。その瞳はトロンと蕩け、完全に獲物を狙う肉食獣のそれだ。

 淡い光を放つ指先が、僕の胸板を這い上がり、喉元へと伸びる。

 

 冷たい。

 けれど、その奥にある熱量はマグマのようにドロドロとしている。

 物理的な憑依なのか、精神的な同化なのか。どちらにせよ、僕という個我が「精霊のオモチャ」として塗り替えられようとしている危機的状況だ。

 

「や、やめろ! 人の体に勝手に不法侵入しようとするな!」

 

 僕が必死に抵抗し、後ずさる。

 だが、精霊の力による金縛りか、体が鉛のように重くて動かない。

 

 くそっ、さっきのルティエルとの決闘で体力を使い果たしたツケがここで回ってきたか!

 万事休す。

 僕の純潔と身体の所有権が、数千歳の人外美女に奪われる――!

 

「そこまでだ、泥棒猫ォッ!!」

 

 ズドォォォン!!

 轟音と共に、僕と精霊の間に巨大な鉄塊が叩きつけられた。ルイーズの愛剣、ツヴァイハンダーだ。

 地面を抉り、土煙を巻き上げるその一撃は、精霊の鼻先数センチというギリギリの間合いで威嚇していた。

 

「……あらあら?」

 

 精霊が動きを止め、不機嫌そうに目を細める。

 

「無粋ですね。今、私たちは『魂の結合』という神聖な儀式の最中なのですが?」

「黙れ。……神聖? 笑わせるな。」

 

 土煙の中から現れたルイーズは、鬼の形相をしていた。いや、鬼でももう少し愛想が良いかもしれない。

 今の彼女は、地獄の底から這い上がってきた修羅そのものだ。

 全身から噴き出す魔力が、赤いオーラとなって視界を歪ませている。

 

「エヴ様は、誰のモノでもない。ましてや、ポッと出のオバサン幽霊ごときに、その清らかな御体を貸す義理などない!」

「オバ……ッ!?」

 

 精霊の顔が引きつった。

 年齢に関しては触れてはいけないタブーだったらしい。ミリアの可愛らしい顔で青筋を立てる姿は、なかなかシュールだ。

 

「ルイーズの言う通りです。……たとえ相手が大精霊であろうと、エヴ様に害をなすなら『敵』と認定します。」

 

 ネリーもまた、音もなく精霊の背後に回り込んでいた。その手には聖水をたっぷり含ませた布と、魔除けの護符が握られている。

「悪霊退散」と書かれたその護符、どこで手に入れたんだ。

 

「物理攻撃が効かないなら、概念攻撃で消滅させるまで。……覚悟はいいですね?」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 貴女たち、私が誰だか分かっているのですか!? この森の守護者ですよ!? 祟られますよ!?」

 

 精霊が慌てて抗議するが、騎士団の面々には馬の耳に念仏だ。サーシャが槍を構え、従騎士たちが一斉に殺気を飛ばす。

 

「祟り? 上等だコラ!」

「エヴ様が汚されるくらいなら、呪われて死んだ方がマシだ!」

「その薄汚い霊体をエヴ様から引き剥がせェェェッ!」

 

 殺意の波動が高い。

 彼女たちの「エヴァン絶対守護領域」は、信仰心すら凌駕していた。

 精霊相手に一歩も引かないどころか、「やるんかコラ」とガンを飛ばすその姿に、流石の大精霊もドン引きしている。僕もドン引きしている。

 

「ヒッ……な、何なのですかこのメスたちは……! 魔獣よりも質が悪いじゃないですか!」

 

 精霊が震え上がった。

 数千年の時を生きる彼女にとっても、マドゥワス騎士団の「重すぎる愛」は未知の恐怖だったらしい。

 彼女は「分が悪い」と悟ったのか、スッと僕から距離を取った。

 

「わ、分かりました! 分かりましたから武器を収めなさい! ……まったく、最近の若い子はこれだから……。」

 

 精霊はブツブツと文句を言いながら、ミリアの体から淡い光となって抜け出した。

 その瞬間、ミリアの体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 

「ミリア!」

 

 僕は慌てて駆け寄り、倒れる彼女を抱き留めた。

 腕の中で、ミリアがうっすらと目を開ける。

 

「ん……あれ? 団長……? 私、一体何を……?」

「気がついたか。……大丈夫だ、ちょっと貧血を起こしただけだよ。」

 

 僕は安堵のため息をつき、彼女の頭を優しく撫でた。

 彼女に記憶はないらしい。それが一番だ。

 あんな「オバサン呼ばわり」された記憶なんて、残っていない方が幸せに決まっている。

 

「……ふん。命拾いしましたね、ヒュムの男の子。」

 

 空中に漂う光の球体――精霊本体が、ふわりと浮かびながら捨て台詞を吐いた。

 

「ですが、貴方のその魂……忘れませんよ。いつかその周りの狂犬たちが居なくなった時、またこっそり這い寄りますからね。」

「二度と来るな!」

 

 ルイーズが剣を振り回すと、精霊は「キャーッ!」と何処か楽しそうな悲鳴を上げて森の奥へと逃げ去っていった。

 

 ……やれやれ。

 とんだ災難だったが、なんとか最悪の事態は回避できたようだ。

 

「……さて。」

 

 僕は視線を戻し、周囲を見渡した。

 そこには、放心状態のエルフたちが立ち尽くしていた。警備隊長のルティエルは未だ森の奥で逆さ吊りにされているし、守護者である精霊も撃退(?)されてしまった。

 彼女たちの拠り所は、完全に崩壊している。

 

「あ、あの……。」

 

 一人のエルフがおずおずと進み出てきた。

 彼女は武器を捨て、両手を挙げて降伏の意を示している。その顔は蒼白で、僕たち――特にルイーズたちの方を、まるで魔物を見るような目で見つめていた。

 

「こ、降参します……! どうか、どうか命だけはお助けを……!」

「我々も、これ以上争うつもりはない。……通りたいだけなんだ。」

 

 僕が剣を収めて告げると、エルフたちは一斉に安堵の表情を浮かべ、その場に平伏した。

 

「は、はいッ! 直ちに関所を開放します! 通行税も結構です! どうぞお通りください!」

「むしろ早く行ってください! 二度と来ないでください!」

 

 最後の一言は余計だが、まあ気持ちは分かる。

 自分たちの聖域を、物理と殺意で蹂躙されたのだから。こうして、僕たちマドゥワス騎士団は、シルバッツ大森林の関所を無事に突破することに成功した。

 後には、逆さ吊りにされたまま「誰か下ろしてぇぇぇ!」と泣き叫ぶルティエルと、トラウマを植え付けられたエルフたちが残されただけだった。

 

 

 

 

 森を抜け、国境へと続く街道を再び進み始めた頃。

 日は既に傾き、木漏れ日がオレンジ色に染まり始めていた。

 

「……エヴ様。お怪我はありませんか?」

 

 隣を行くネリーが、心配そうに僕の顔を覗き込む。

 彼女の手には、先ほどまで握られていた「悪霊退散」の護符の代わりに、僕の水筒が握られている。

 

「ああ、大丈夫だ。……みんなのおかげで助かったよ。」

「それは何よりです。……ですが。」

 

ネリーは少し目を伏せ、頬を染めながら呟いた。

 

「先ほどの決闘……素敵でした。」

「え?」

「体格差も、魔力差も覆して、あの一撃を決めた瞬間……。私、震えが止まりませんでした。エヴ様はやはり、私が生涯を懸けてお仕えするに値する方です。」

 

 そこまで言われると流石に照れくさい。

 

「そ、そうか……? まあ、まぐれみたいなものだけど。」

「謙遜を。……ふふ、あのルティエルというエルフ、最後には完全にエヴ様に『惚れて』いましたよ。」

「はぁ!? どこがだ! 殺そうとしてただろう!?」

「いいえ。女の勘です。……あそこで邪魔が入らなければ、彼女は負けを認めて、貴方の足元に擦り寄ってきていたでしょうね。」

 

 ネリーは楽しそうに笑った。

 その笑顔は美しいが、言っている内容は相変わらず物騒だ。背後では、意識を取り戻したミリアが、先輩騎士たちに「団長に抱っこされた!?」と詰め寄られ、羨望の眼差しを向けられている。

 

 平和だ。

 いや、平和の定義がゲシュタルト崩壊しそうだが、少なくとも僕の貞操は守られた。

 今のところは………………。

 

「さあ、急ぎましょう。ベレイン王国はもうすぐそこです。」

 

 ルイーズの号令に、騎士たちが声を上げる。

 懐かしい故郷の風が、微かに香った気がした。だが、その先に待っているのが「安息」なのか、それともさらなる「修羅場」なのか。

 

 僕の予感は、後者だと告げて警鐘を鳴らしていた。 

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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