姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる 作:お庭屋さん
ギャグ回との温度差で悶えてください。
「……へ、へっ、くしゅん!」
僕のくしゃみが、鉛色に淀んだ空に吸い込まれて消えた。
シルバッツ大森林の、あの濃密な緑と湿気――そしてエルフたちの熱視線から解放されて数日。
僕たちマドゥワス騎士団を待っていたのは、肌を切り裂くような冷たい突風と、どこまでも続く荒涼とした岩肌だった。
「エヴ様! 大丈夫ですか!?」
すかさず、隣を並走していたルイーズが色めき立つ。
彼女は馬上で手綱を操りながら、自分のマントをバサリと広げ、僕の背中に覆いかぶさるように身を乗り出してくる。
「冷えましたか? お風邪を召されては一大事です! さあ、私のマントの中へ! 直人肌の方が温まりますよ!?」
「いや、大丈夫だよルイーズ。自分のがあるし……というか、君が風邪を引くだろう。」
「私の体温は平熱37度で安定しています! さあ、遠慮なさらず!」
「服を着ろ服を! ここは寒いんだぞ!」
僕はルイーズの過剰な献身、という名のスキンシップ未遂を丁重にかわしながら、マントの前をしっかりと合わせた。
大森林を抜けて山岳地帯に入った途端、気温が急激に下がっている。
吐く息が白い。
帝都グラディウスやシルバッツ大森林では感じなかった、本格的な冬のような寒さだ。
「……ここが、カステ高原か。」
僕は愛馬オニキスの首筋を撫でながら、周囲を見渡した。先ほどまでの生命力に溢れた森とは、まるで世界が違う。
地面は赤茶けた土とゴツゴツした岩ばかりで、草木といえば風に震える枯れ木のような低木だけ。
ベレイン王国の北端に位置し、グラディウス帝国との国境を接するこの地は、夏場でも冷涼な気候で知られているが、この寒さは季節のせいだけではないだろう。
どこか、土地そのものが熱を失っているような、そんな寂寥感が漂っている。
「環境の変化が激しいですね。……皆、防寒装備を整えよ! 体調管理も騎士の務めだ!」
ネリーが後続の隊列に指示を飛ばす。
騎士たちは慣れた手つきで、鎧の上から厚手の毛皮やウールを羽織っていく。
その動きには無駄がないが、表情はどこか険しい。
彼女たちも感じているのだ。この土地に染み付いた、独特の「匂い」を。
「……焦げ臭いな。」
乾いた土の匂いに混じって、鼻を突く炭の匂い。
それも、焚き火のような暖かなものではない。もっと古く、錆びついたような死の匂いだ。
☆
道を進むにつれ、その「匂い」の正体は、残酷なほど鮮明な視覚情報となって僕たちの前に現れた。
石畳の街道は、所々がひび割れ、陥没している。
単なる経年劣化や整備不足ではない。
何かが爆発したような、放射状の亀裂。
そして、道の脇に転がる巨大な岩塊には、黒い煤がこびりつき、赤茶けた土がガラス質に変色している場所さえあった。
「……魔法の痕跡ですね。」
ネリーが低い声で言った。
彼女は馬の歩調を緩め、痛ましげに路面の傷を見つめた。
「それも、広範囲を焼き払う戦略級の爆撃魔法。……二年前の開戦時に刻まれた傷跡が、まだこんなに残っているなんて。」
「二年前……。」
僕はその言葉を反芻し、灰色の空を見上げた。
そう。ここは最前線だった場所だ。
まだ記憶に新しい一年前の敗戦、母上が守ったドムカリオ要塞が陥落した日よりも、さらに一年前。
開戦の狼煙と共に、帝国軍の圧倒的な第一波が押し寄せ、蹂躙したのが、このカステ高原だった。
「……ここを治めるゾーラ・フォン・アウグス伯爵は、開戦当初から最前線で戦い続けたと聞いている。」
「はい。当時、帝国軍の圧倒的な物量に対し、ゾーラ伯爵率いる守備隊は文字通り死に物狂いで抵抗しました。」
ルイーズが言葉を引き継ぐ。
その表情には、同じ武人としての敬意と、これから向かう場所への複雑な感情が混じっていた。
「ですが、戦力差はいかんともし難く……防衛線は突破されました。その後、戦火は南へと拡大し、最終的にラウラ様が守るドムカリオ要塞での籠城戦へと移行したのです。」
カステ高原が焼かれ、地獄を見たのは二年前。
母上がドムカリオ要塞で奮戦し、王の懐刀として名を馳せたのは一年前。
「……なるほどな。」
僕は苦い顔で頷いた。
ゾーラ伯爵たち前線の諸侯からすれば、マドゥワス家はどう映るだろうか。
『自分たちが最前線で血を流し、領地を焼かれている間、後方で力を温存していた家』。
そして、『最後だけ派手に戦って、悲劇の英雌として称賛されている家』。
……面白いはずがない。
ましてや、彼女は保守派の古参貴族と聞いている。
成り上がりの母上に対する対抗心や嫉妬は、僕の想像以上だろう。
「エヴ様。……前方に、何か見えます。」
先頭を行くミリアが声を上げた。
街道の脇。風除けにもならない岩陰に、粗末な木の棒が突き刺さっている。
一本ではない。十本、二十本……見渡す限り、荒廃した荒地に無数に。
その一本一本に、風化してボロボロになった布切れや、錆びついた兜が掛けられている。
「……墓標か。」
誰かが弔ったのだろう。
だが、その木片は雨風に晒され、すでに朽ちかけている。
正規の墓地を作る余裕などなかったのか、あるいは遺体を回収することすらできなかったのか。
ただ通り過ぎる風に揺れる布切れが、かつてそこに誰かがいたことを静かに主張していた。
僕は無言で馬を止め、その場に向かって黙祷を捧げた。騎士たちもそれに倣い、兜を脱いで頭を下げる。
静寂の中、風の音だけがヒュウウと響く。
この静けさこそが、ここで失われた命の多さと、それを顧みる余裕すらなかった過酷な現実を物語っていた。
「……行きましょう、エヴ様。」
しばらくして、ネリーが静かに、しかし強く促した。
「ここは『死』の気配が濃すぎます。……それに、どうやら歓迎のお出ましのようです。」
「む?」
顔を上げると、長い登り坂の頂上付近。
丘の上からこちらを監視する影があった。
武装した兵士たちだ。彼らの装備は古く、傷だらけだが、その構えには隙がない。そして何より、その目は「歓迎」とは程遠い色をしていた。
「……見えてきました。」
先頭を行くルイーズが声を張り上げた。
峠の頂上。
そこは、北の国境地帯を一望できる場所であり、本来なら雄大な景色に心を洗われるはずの場所だった。
だが、眼下に広がる盆地を見た瞬間、僕たちの口から言葉が消えた。
「…………ッ。」
幼少の頃、母上に連れられて一度だけ訪れた、僕の記憶にあるカステ市は、堅牢な城壁に囲まれ、美しい尖塔が立ち並ぶ、北の守りの要衝だった。
だが今、僕の目に映っているのは、巨大な怪物が暴れ回った後のような、無惨な爪痕だった。
自慢の城壁は、巨人が齧り取ったかのようにあちこちが崩落し、街地を囲む防壁には、雷が落ちたような巨大な亀裂が走り、応急処置の木材や瓦礫で辛うじて塞がれている状態。
街の中も酷い。
屋根の落ちた家々、黒く煤けた広場。
復興作業をしている人々の姿が見えるが、その動きは鈍く、街全体を覆うような活気のなさが、ここからでも伝わってくる。
そして何より。
街を見下ろす丘の上に立つ領主の城――『竜の咢城』。
その塔の上半分が、綺麗に消し飛んでいた。
☆
「……これは、言葉も出ませんね。」
隣で馬を止めたネリーが、乾いた声で呟いた。
峠の上から見下ろす『竜の顎城』。
その名の通り、かつては竜が天を喰らうかのような威容を誇っていたであろう尖塔は、無残にもへし折られ、黒い断面を空に晒している。
街を囲む防壁も同様だ。
継ぎ接ぎだらけの修復痕は、まるで大怪我を負った老兵が、包帯を巻いて無理やり立っているかのような痛々しさを感じさせた。
「敗戦から、時間が止まっているようです。」
ルイーズが静かに言った。
彼女の視線は、城下町の通りに向けられている。
人通りはある。だが、そこには帝都のような色彩も、活気ある喧騒もない。
灰色の石畳を行き交う人々は皆、うつむき加減で、重い荷物を背負っている。
その背中からは、生活の困窮と、行き場のない閉塞感が滲み出ていた。
「……マドゥワス家の領地であるブレスダンは、ここまで酷くはない。」
僕は、自分の記憶にある故郷の景色と、目の前の光景を重ね合わせ、苦い思いを噛み締めた。
ドムカリオ要塞が陥落したとはいえ、ブレスダンは山一つ隔てた後方に位置している。
だからこそ、直接的な戦火は免れた。
だが、ここは違う。
ここは、全てを失った場所なのだ。
「エヴ様。……感傷に浸っている場合ではないようです。」
ルイーズの鋭い声が、僕の意識を現実に引き戻した。
彼女は目を細め、崩れかけた城門の方を睨みつけている。
「出迎えの様ですが……、手に持っているのは花束ではなく、殺意のようですね。」
視線を向けると、城門の上に展開する守備兵たちの姿が見えた。彼らが掲げているのは、アウグス伯爵家の『双頭の竜』の旗印。
だが、その旗は風に煤け、ボロボロに破れている。
兵士たちも同様だ。
鎧は傷だらけで、所々錆びついている。だが、彼らが構える弓と槍の穂先は、一点の曇りもなく、この峠――僕たちの方角を向いていた。
「……威嚇射撃の構えじゃないな。」
「ええ。間合いに入れば即座に射抜く、必殺の構えです。」
ネリーが盾の位置を調整し、いつでも僕を庇えるように身を寄せる。
彼らの目には、同胞を迎える温かさは微塵もない。
あるのは、豊かな帝都から帰ってきた「裏切り者」を見るような、ドロリとした憎悪と嫉妬だ。
「アウグス伯爵からの挨拶代わりというわけか。」
僕は大きく息を吐き、腹を括った。
引き返す道はない。
それに、ここで怯んでコソコソと迂回するような真似は、マドゥワス家の、そして母上の名折れになる。
「行くぞ。……どんな扱いを受けようと、僕はベレインの騎士だ。やましいことなど何もない。」
僕はオニキスの手綱を握り直し、背筋を伸ばした。
わざとゆっくりと、堂々とした足取りで。
隠れることなく、正面から。
「御意。……地獄の底までお供します。」
「何が地獄だ。……ただの里帰りだよ。」
僕は軽口を叩いて緊張を解き、オニキスの腹を蹴った。黒馬がいななき、荒れた坂道を駆け下りていく。
冷たい風が、頬を切り裂くように吹き抜けた。
その風の冷たさは、これから対面するであろうアウグス伯爵の、凍てついた敵意そのもののように感じられた。
灰色の空の下、僕たちマドゥワス騎士団は、静まり返ったカステ市へと足を踏み入れる。
そこで待ち受けるのが、温かいスープか、それとも冷たい策謀か。
僕の予感は、残念ながら後者だと告げて警鐘を鳴らしていた。
メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!
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ルイーズ・ロンズデール
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ネリー
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サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
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アンドレア殿下
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ガーベラ
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アグニ
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バルバラ
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上記以外のキャラクターは感想等で教えてね