姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第18話:不穏なる入城

「……開門ッ!!」

 

 錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、巨大な鉄の門が重々しく開いていく。

 

『竜の顎城』

 

 カステ高原の守りの要であり、かつては難攻不落を謳われた名城。

 だが、僕の目の前にあるのは、その栄光の残骸だった。門の表面には無数の傷が刻まれ、所々が溶解している。魔法攻撃によるものだ。

 それを支える石造りのアーチも半ば崩れ落ちており、いつ頭上から瓦礫が降ってきてもおかしくない。

 

 そんな廃墟のような門の向こう側から、整列した兵士たちが姿を現した。

 

「……整列! 捧げ剣ッ!」

 

 号令と共に、兵士たちが一斉に剣を掲げる。

 儀礼的な敬礼だ。

 だが、その切っ先は鋭く、彼らの瞳には明確な敵意が宿っている。誰一人として、僕たちを歓迎してなどいない。

 まるで、処刑台へと続く花道を歩かされる囚人を見るような、冷たく、そしてどこか愉悦を含んだ視線。

 

「……趣味の悪い出迎えですね。」

 

 隣で馬を進めるルイーズが、低い声で毒づいた。

 彼女の手は、いつでも抜刀できるよう剣の柄に添えられている。

 

「我慢だ、ルイーズ。……相手は一応、僕たちを『客』として招いてくれているんだ。」

「客、ですか。……生贄の間違いでは?」

「否定はしないけどね。」

 

 僕は苦笑し、手綱を握り直した。

 オニキスが不安げに鼻を鳴らす。動物的本能で、この場の異常な空気を感じ取っているのだろう。

 僕は彼女の首筋を撫でて宥めながら、ゆっくりと城門を潜った。

 

 その瞬間。

 肌を刺すような冷気とは質の違う、重圧がのしかかってきた。

 

「――よく来たな、英雌の息子よ。」

 

 門を抜けた先。

 瓦礫の山と化した中庭の中央に、その人物は立っていた。

 ゾーラ・フォン・アウグス伯爵。

 このカステ高原を統べる領主であり、由緒あるドラゴニュート族のアウグス家、その現当主。

 

 その姿は、僕の想像を遥かに超えていた。

 身長は二メートル近いだろうか。

 彼女が身に纏っているのは、かつては荘厳だったであろう、深紅のベルベット仕立ての軍礼服。

 だが今や、その鮮やかだったはずの色は煤けてくすみ、誇らしげな金糸の刺繍は所々が解れ、裾は泥で汚れている。

 まるで、この領地の栄光と没落を一身に体現したかのような、痛々しくも威厳に満ちた姿。

 

 額から頬にかけて走る、古傷の痕と、爬虫類特有の硬質な鱗に覆われた肌は、カステ高原の岩肌のように荒々しい。

 そして何より、黄金色に輝く縦長の瞳孔が、僕を射抜くように見下ろしている。

 背中から生えた巨大な竜の翼は、片方が半ばから千切れ、痛々しい皮膜の断面を晒していた。

 

「……お初にお目にかかります、アウグス伯爵。」

 

 僕は馬から降り、最敬礼をとった。

 相手の威圧感に飲まれないよう、腹に力を入れる。

 

 「ブレスダン領主代行、エヴァン・クロード・マドゥワスです。……この度は、突然の訪問にも関わらず、歓待していただき感謝いたします。」

「歓待、か。」

 

 アウグス伯爵は鼻を鳴らした。

 喉の奥で岩石が擦れ合うような、低く、重い声だ。

 

「随分と能天気な言葉だな。……この惨状を見て、まだそんな世辞が言えるとは。」

 

 彼女は太い尻尾で、足元の瓦礫を無造作に弾き飛ばしし、カラン、と乾いた音が響く。

 

「貴様が見ているのは、我が領民の血と涙の結晶だ。……貴様らが南の要塞で英雌ごっこをしている間、我々が支払った代償だ。」

「……ッ。」

 

 いきなりの先制攻撃。

 挨拶もそこそこに、彼女は僕の痛いところ、マドゥワス家への不満を隠そうともしない。

 

「我が母、ラウラ・クロード・マドゥワスもまた、ドムカリオ要塞で最後まで戦いました。……その功績は、陛下も認めるところです。」

「功績だと? 笑わせるな。」

 

 アウグス伯爵が一歩、僕に近づいた。

 ドスン、という足音が響く。

 彼女の巨体が影となり、僕を覆い隠す。

 

「ラウラが戦ったのは、我々が壊滅した後だ。……我々が帝国軍の第一波を受け止め、消耗させ、時間を稼いだおかげで、奴は万全の状態で戦えただけのこと。」

 

 彼女は僕の顔を覗き込み、侮蔑の色を浮かべて歪んだ笑みを見せた。

 

「言ってみれば、我々は貴様らの『踏み台』にされたのだ。……その上で得た名声など、盗人の戦利品と何が違う?」

「……それは、言葉が過ぎるのではないでしょうか。」

 

 背後でネリーが静かに、しかし凍えるような声で言った。彼女の瞳からはハイライトが消えている。

 

「マドゥワス家は、王命に従い要塞を守ったまで。……伯爵様の奮戦には敬意を表しますが、それを逆恨みされる筋合いはありません。」

「ほう? 飼い犬如きが吠えるか。」

 

 アウグス伯爵はネリーを一瞥し、鼻で笑った。

 

「まあよい。……所詮はヒュムの小娘だ。戦争の『せ』の字も知らぬ雛鳥が、偉そうに囀るな。」

「なんですって……?」

 

 ネリーが盾を構えようとするが、僕は手で制した。

 ここで揉めては、それこそ相手の思う壺だ。

 

「……部下の無礼、お詫びします。」

 

 僕は頭を下げた。

 悔しいが、今の僕たちは完全にアウェイだ。

 周囲を取り囲む兵士たちの殺気も、限界まで高まっている。

 

「ですが、我々もまた、ベレイン王国の民のために剣を捧げる身。……その矜持まで否定される謂れはありません。」

 

僕は顔を上げ、アウグス伯爵の黄金の瞳を真っ直ぐに見返した。

 

「ふん。……目は良いな。」

 

 アウグス伯爵は、値踏みするように僕をじろじろと眺めた。その視線は、僕の顔、肩幅、そして腰の剣へと移動し、最後に呆れたように溜息をついた。

 

「だが、中身が伴っているかは別問題だ。……男が騎士の真似事とは、世も末だな。」

 

 彼女は僕の肩を、バシンと叩いた。

 親愛の情ではない。

 鎧の上からでも骨が軋むほどの、強烈な力だ。

 

「まあよい。……積もる話もある。立ち話もなんだ、中へ入れ。」

 

彼女は踵を返し、ボロボロになった本丸へと歩き出した。黒色の石で建てられた傷だらけの城が僕らを飲み込んでしまうような錯覚を覚える。

 

「歓迎しよう、エヴァン・クロード・マドゥワス。……我が城には、貴様を待っている者たちが大勢いる。」

 

 その言葉の響きに、僕は背筋が粟立つのを感じた。

 待っている者たち。

 それは決して、友好的な友人たちではない。

 僕という「獲物」が罠にかかるのを、今か今かと待ち構えている捕食者たちだ。

 それに、僕たちの到着を知っていたのは何故だ?

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「……行こう。」

 

 僕は部下たちに目配せをし、ゾーラ伯爵の後を追う。

 灰色の空から、白いものがちらつき始めていた。

 雪だ。季節はまだ夏の終わりだと言うのに……。

 凍てつく風に乗って舞い落ちる雪花は、これから始まる「宴」の冷酷さを予言しているかのようだった。

 

 

 ☆

 

 

 ギィィィ……と、錆びついた蝶番が耳障りな音を立てて、城の本丸へと続く扉が開かれる。

 

「……足元に気をつけろよ。床が抜けている場所がある。」

 

 アウグス伯爵は、前を行きながら低い声で言った。

 嫌味かと思ったが、どうやら本気らしい。

 廊下の至る所に穴が開き、その下には真っ暗な地下階が口を開けている。

 天井からは冷たい風が吹き込み、色褪せた絨毯は湿気でカビ臭い。

 かつては美しいタペストリーや絵画が飾られていたであろう壁には、煤けた跡と、剣で切りつけられたような無数の傷が残っていた。

 

「これではまるで……。」

「そうだ。ここは墓場だよ。」

 

 僕の独り言を拾い、アウグス伯爵は振り返らずに答えた。

 

「二年前、ここで私の夫と、長女が死んだ。……帝国軍の騎士共がこの城郭内に侵入し、三日三晩の乱戦になったのだ。」

 

 彼女は立ち止まり、壁の傷跡を愛おしげに、そして悲しげに撫でた。

 

「救援要請は出した。何度もな。……だが、王都からの援軍は来なかった。マドゥワス家を含む後方の部隊は、『戦線の縮小と再構築』という名目で、ドムカリオ要塞まで撤退していったからな。」

「……ッ。」

 

 反論できない。

 軍事的に見れば、それは正しい判断だったはずだ。

 崩壊した前線に固執して戦力を逐次投入するより、堅牢な要塞まで下がって防衛線を整える。

 母上や軍上層部の判断は、戦略的には正解だった。

 

 だが、その「正解」のために見捨てられた者たちにとって、それがどれほど残酷なことか。

 

「さあ、着いたぞ。……皆、待ちわびている。」

 

 ゾーラ伯爵が、大広間の扉を蹴破るように開け放った。

 その瞬間。

 数百の視線が、針のように突き刺さってきた。

 

「――――。」

 

 広い。

 かつては舞踏会が開かれていただろう大広間だ。

 だが今は、煌びやかなシャンデリアは落ち、窓ガラスは割れ、冷たい風がヒュウヒュウと吹き抜けている。

 そこに集められていたのは、着飾った貴族たち……ではない。

 包帯を巻いた騎士、喪服を着た夫人、片足を失った老人、そして痩せこけた子供たち。

 この領地で生き残った、貴族や有力者、そして兵士の遺族たちだった。

 彼らは一様に沈黙し、入口に立つ僕たちを睨みつけている。

 その目は、アウグス伯爵と同じ。

 深く、澱んだ、怨嗟の色。

 

「……これが、歓迎の宴ですか。」

 

 ネリーが、震える声で呟いた。恐怖ではない。あまりの異様な光景への動揺だ。

 アウグス伯爵は僕たちを広間の中央、一段低くなった、まるで被告席のような場所へと誘導すると、自身は奥にある玉座へと腰を下ろした。

 深紅のビロードが貼られたその椅子もまた、煤け、破れていたが、彼女が座ると不思議な威厳が宿った。

 

 腐っても鯛、ならぬ、腐っても竜。

 彼女は足を組み、古びた軍礼服の裾を払うと、集まった人々に向かって両手を広げた。

 

「皆の者、聞け! ……本日、我らがアウグス領に、稀代の『お客様』がお見えになった!」

 

 彼女の声が、冷たい石壁に反響する。

 

「紹介しよう! 一年前、ドムカリオ要塞にて最後まで戦い、王国の盾として称えられた悲劇の英雌……ラウラ・クロード・マドゥワス女爵の御子息! エヴァン・クロード・マドゥワス卿だ!」

「おお……。」

「あれが……。」

「マドゥワスの……。」

 

 会場がざわめく。

 だが、そこに賞賛の響きはない。

「裏切り者」「見捨てた奴ら」「どの面下げて」といった、呪詛のような囁きがさざ波のように広がっていく

 

「静粛に!」

 

 アウグス伯爵が一喝すると、広間は再び静まり返った。彼女は黄金の瞳を細め、玉座から僕を見下ろした。

 その表情は、獲物をいたぶる捕食者の愉悦に歪んでいる。

 

「エヴァン殿。……貴様は知っているか? ここにいる者たちが誰かを。」

「……この領地の方々、とお見受けします。」

「そうだ。だが、ただの領民ではない。」

 

 彼女は、最前列にいた一人の老人を指差した。

 

「彼は、二年前の戦いで三人の娘を全て失った。……救援が来れば、せめて末っ子だけは助かったかもしれないとな。」

 

 次は、片腕のない若い騎士を。

 

「彼女は、撤退する味方の殿を務め、その腕を失った。……その時、彼女が見たのは、遥か南へと去っていくマドゥワス家の旗印だったそうだ。」

 

 そして最後に、彼女自身の胸に手を当てた。

 

「そして私は、夫と跡取りを失った。……貴様の母親が、安全な要塞で『作戦会議』をしている間にな。」

 

 アウグス伯爵の声が、次第に熱を帯びていく。

 

「我々は戦った。血を流し、肉を削ぎ、この地を守ろうとした。……だが、国は我々を見捨てた。そして、我々を見捨てて生き残った連中が、最後だけ格好をつけて戦い、『英雌』ともてはやされている!」

 

 ドンッ!!

 彼女が拳で玉座の肘掛けを叩きつけた。

 

「許せるか!? 納得できるか!? ……我々の犠牲の上に胡座をかき、ぬくぬくと帝都で暮らしていた小倅が、今さら何の用だ!? 慰問か!? 同情か!? それとも、この惨状を笑いに来たのかァッ!!」

 

 大広間にアウグス伯爵の怒号が響き渡る。

 その声色には怒りと悲しみと、確かな怨嗟が込められているのが手に取るように分かる。

 

「ふざけるなァッ!!」

「帰れ! 今すぐ帰れ!」

「人殺し!」

「母さんを返せ!」

 

 堰を切ったように、罵声が飛んだ。

 石ころや腐った野菜が投げつけられるわけではない。

 だが、言葉の暴力は、物理的な痛み以上に僕の心を抉った。

 ルイーズたちが殺気立つが、僕は動けない。

 動けるわけがない。

 彼らの怒りは、正当なものだからだ。

 

 

 ☆

 

 

「貴様らがぬくぬくと生きている間に、俺の弟は死んだんだ!」

「帰れ! 卑怯者の息子!」

「マドゥワスの顔など見たくもない!」

 

 罵声は止まない。

 むしろ、誰かが口火を切ったことで、堰を切ったように憎悪が溢れ出していた。石ころ一つ投げられてはいない。

 だが、その言葉の刃は、物理的な攻撃よりも深く、重く、僕たちの心に突き刺さる。

 

「……許さん。万死に値する。」

 

 背後で、ギリリと歯ぎしりする音が聞こえた。

 ルイーズだ。

 彼女の手が剣の柄にかかり、抜刀の寸前までいっている。

 彼女だけではない。ネリーも、サーシャも、他の騎士たちも同様だ。

 主君である僕への侮辱。

 彼女たちにとって、それは自分たちが傷つけられるよりも耐え難いことなのだ。

 

「おや? 剣を抜くか?」

 

 アウグス伯爵が、わざとらしく目を丸くして挑発した。

 

「良いぞ。抜けばいい。……だが、その剣で誰を斬る? 娘を失った母親か? 片腕のない傷痍軍人か? それとも、親を亡くした子供か?」

 

 彼女はニヤリと笑い、広間に集まった領民たちを指差した。

 

「やってみろ。……『悲劇の英雌』の息子が、今度は自国の民を虐殺したとなれば、マドゥワスの名は歴史に泥として残るだろうな。」

「き、貴様ッ……!」

 

 ルイーズが激昂し、一歩踏み出そうとする。

 完全に相手の罠だ。ここで手を出せば、僕たちは正真正銘の「悪党」になる。

 

「止まれ、ルイーズ。」

 

 僕は静かに、しかし有無を言わせぬ声で命じ、彼女の前に手を差し出した。

 

「エヴ様! ですが!」

「剣を収めよ。……これは命令だ。」

「っ……! ……御意。」

 

 ルイーズは唇を噛み締め、悔しげに柄から手を離した。騎士たちの殺気が霧散するのを確認し、僕はゆっくりと息を吐いた。

 そして、真っ直ぐにアウグス伯爵を見据え、一歩前へと進み出た。

 

「……何の真似だ?」

 

 アウグス伯爵が怪訝そうに眉をひそめる。

 僕は彼女の目の前――玉座の階段の下まで進むと、その場に片膝をつき、恭しく頭を下げた。

 謝罪ではない。

 これは、領主に対する最大限の礼節だ。

 

「ゾーラ・フォン・アウグス伯爵。そして、カステ領の皆様。」

 

よく通る声を、広間の隅々まで響かせる。

 

「皆様の怒り、悲しみ……痛いほど伝わりました。いかなる言葉を並べようと、皆様が失ったものが戻らぬ以上、それは虚しい言い訳にしかならないでしょう。」

 

 僕は顔を上げ、憎悪に燃える数百の瞳を、逃げずに見渡した。

 

「我が母、ラウラ・クロー・マドゥワスが下した『撤退と再編』の判断は、軍事的には正しかったと信じています。……ですが、その『正しさ』のために、この地が見捨てられ、多くの血が流れたこともまた、揺るぎない事実。」

 

 静まり返る広間。

 罵声が止んだのではない。僕の言葉の真意を測りかねて、皆が固唾を飲んでいるのだ。

 

「私は謝罪は致しません。それだけは出来ませぬ。それは、最後の最後まで剣を取り、戦い抜いた母上を否定することになるからです。……ですが、生き残った者として、皆様の怨嗟の声は、甘んじて受け入れます。」

 

 僕は胸に手を当て、力強く宣言した。

 

「恨みたければ恨んでください。罵りたければ罵ってください。……その憎悪を背負うこともまた、マドゥワス家に生まれた私の務めですから。」

 

 一瞬の静寂。

 そして、アウグス伯爵が「ハッ」と鼻で笑った。

 

「……殊勝な心がけだ。口だけはな。」

 

 彼女は玉座から立ち上がり、カツカツと階段を降りて僕の目の前に立った。

 見上げれば、その巨躯と歴戦の威圧感が、壁のように立ちはだかる。

 

「だが、言葉でなら何とでも言える。……貴様が本当にその『重み』に耐えられるか、見せてもらおうか。」

 

 彼女は僕の肩を掴み、乱暴に立たせると、耳元で冷酷に囁いた。

 

「ここは戦場跡だ。帝都のような寝心地の良いベッドも、温かい食事もない。……『英雌』の息子に相応しい、最上級の部屋を用意してやる。」

 

 アウグス伯爵が指を鳴らすと、武装した兵士たちが僕たちを取り囲んだ。

 

「連れて行け。……『北の塔』へな。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、領民たちの間にどよめきが走った。

 「あそこへ?」「正気か?」「いくらなんでも……」という、困惑と恐怖の色。

 どうやら、ただの客室ではないらしい。

 

「案内よろしく頼む。」

 

 僕は表情を崩さず、毅然と答えた。

 ここで怯えれば、彼女の思う壺だ。

 

「フン。……精々、凍え死なないように祈ることだな。我らが怒り、生者だけの物と思うなよ。小僧。」

 

 アウグス伯爵の冷たい嘲笑を背に、僕たちは兵士に促されて大広間を後にした。

 背中に突き刺さる数百の視線は、先ほどまでの激情から、どこか冷ややかな「憐れみ」へと変わっていた。

 

 

 ☆

 

 

 連れて行かれたのは、城の離れにある古びた塔だった。窓ガラスはなく、吹きっさらしの風が雪を運び込んでくる。

 

 床には瓦礫が散乱し、家具と呼べるものは壊れかけたベッドと、脚の折れた椅子だけ。

 まさに廃墟。

 いや、それ以上に……壁や床に染み付いた赤黒い染みが、ここがかつて凄惨な殺し合いの現場だったことを物語っていた。

 

「……これが『最上級の部屋』ですか。嫌味なこと。」

 

 ネリーが呆れたように呟き、魔法で灯りを灯す。

 薄暗い部屋が照らし出されると、その荒廃ぶりが一層際立った。

 

「エヴ様。……すぐに掃除と修繕を行います。これでは休むこともできません。」

「ああ、頼むよ。……でも、まずは皆、体を温めてくれ。風邪を引いたら元も子もない。」

 

 僕はマントをきつく巻き直しながら、窓の外を見た。

 雪が激しくなっている。

 カステ高原の夜は、想像以上に寒く、そして暗い。

 

「……試されているな。」

 

 アウグス伯爵の言葉が蘇る。

『貴様が本当にその重みに耐えられるか』。

 これは単なる嫌がらせではない。

 この地獄のような環境で、僕が「お坊ちゃん」として音を上げるか、それとも「領主」として現実に向き合うか。

 その覚悟を試されているのだ。

 

「……上等だ。」

 

 僕は凍える手に息を吹きかけ、ニヤリと笑った。

 物理的な寒さも、向けられる憎悪も、全て飲み込んでやる。

 そうでなければ、胸を張って故郷には帰れない。

 カステ高原での最初の夜。

 僕たちは、怨嗟と雪嵐が吹き荒れる廃墟の中で、身を寄せ合って朝を待つことになった。

 だが、僕の胸の奥には、確かな熱が灯っていた。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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