姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

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第19話:マドゥワスの矜恃

 ガチャン、と重い鉄の扉が閉ざされ、鍵がかけられる音が響いた。

 

「……信じられません! これが客人を招く部屋ですか!?」

 

 兵士たちが立ち去った瞬間、ルイーズが激昂して近くにあった、足の折れた椅子を蹴り飛ばした。

 椅子は脆く崩れ去り、埃が舞い上がる。

 

「あの女狐……いえ、女トカゲ! エヴ様を何だと思っているのですか! こんな吹きっさらしの廃墟に押し込めるなんて、不敬にも程があります!」

「落ち着いて、ルイーズ。……まずは環境を整えるのが先決です。」

 

 ネリーは努めて冷静に振る舞っているが、その声には隠しきれない怒りが滲んでいた。

 彼女は魔法で灯りを強め、部屋の全貌を照らし出す。

 

「……酷いですね。窓ガラスは全て割れ、雪が積もっています。家具も半壊……いえ、これは破壊されたものですね。」

 

 灯りに照らされた部屋は、闇の中で見るよりも遥かに惨憺たる有様だった。

 壁には何かが激突したような亀裂が走り、床には鋭利な刃物か爪で抉られたような深い溝が刻まれている。

 そして何より鼻につくのは、カビや埃の臭いではない。

 鉄錆のような、古びた血の臭いだ。

 

「掃除しがいがありそうです。……ですが、エヴ様。今夜はここで休まれるのはお勧めしません。壁の穴を塞いだとしても、瘴気のようなものが澱んでいます。」

 

 ネリーがハンカチで鼻を押さえながら進言する。

 だが、僕は動かなかった。動けなかったという方が正しいか。

 部屋の中央、瓦礫の山となっている場所に目が釘付けになっていたからだ。

 

「……エヴ様?」

 

 僕は無言で瓦礫の山に近づき、膝をついた。

 積もった雪と埃を、手袋越しに払いのける。

 そこにあったのは、ただのゴミではなく……。

 

「……これは。」

 

 瓦礫の下から現れたのは、ひしゃげた黒鉄の兜だった。

 成人した兵士が被るには小さい。大柄な女性、と言うよりはもっと小柄な……男性が被るとしたら丁度よさそうなサイズだ。

 その横には、真っ二つに折れた護身用のショートソードが転がっている。

 そして、その奥には――。

 

「……子供用の、胸当てか。」

 

 小さな、おそらく十代半ばの少女が身につけるようなサイズの、軽装の鎧。

 胸元には、アウグス家の『双頭の竜』の紋章が刻まれているが、その紋章ごと何かに貫かれ、赤黒く変色している。

 

「こ、これは……遺品、か?」

 

覗き込んだサーシャが息を呑んだ。

 

「ああ。間違いない。」

 

 僕は兜を拾い上げ、その内側に刻まれた文字を指でなぞった。 

『愛する夫、ガランドへ』

そして、小さな胸当ての裏には『未来の希望、ミナへ』

 

「……ガランド。ゾーラ伯爵の夫君の名だ。そしてミナは、彼女の実の娘、この家の跡取りだったはずだ。」

 

 二年前の記憶が繋がる。

 伯爵は言っていた。『ここで夫と子が死んだ』と。

 帝国の騎士が城郭内に侵入し、三日三晩の乱戦になった、と。

 

「……見てみろ。この部屋の有様を。」

 

 僕は立ち上がり、周囲を見渡した。

 壁の傷、床の血痕、破壊された家具。

 それらは全て、激しい戦闘の痕跡だ。

 

 そして、散乱した武具や遺品は、戦いの最中に倒れ、そのまま放置されたものだ。

 

「ここは……ただの空き部屋じゃない。」

 

ルイーズが、ハッとして口元を押さえた。

 

「ここは……あの日、彼らが最期まで戦い、そして命を落とした『現場』そのものなんですね。」

「そうだ。……そして、それから二年間、ここは時が止まっている。」

 

 本来なら、遺体は弔われ、部屋は清められ、修繕されるはずだ。だが、ここは瓦礫一つ動かされていない。

 なぜか?

 忙しかったからではない。

 興味がなかったからでもない。

 その逆なのだ。

 

「伯爵は、この扉を開けることができなかったんだ。」

 

 愛する夫と娘が、無惨に殺された場所。

 その現実を直視し、遺品を片付けてしまえば、彼らの死を完全に認めることになる。

 だから彼女は、この部屋を『北の塔』ごと封印し、見ないふりをしてきた。

 心の奥底に蓋をするように、物理的に鍵をかけて。

 

「……あの伯爵が、これほどまでに脆い一面を持っていたとは。」

 

 ネリーが痛ましげに目を伏せた。

 僕たちをここに入れたのは、単なる嫌がらせだけではないかもしれない。

 彼女自身も持て余している、行き場のない慟哭と、どうしようもない憎悪。

 それを、憎きマドゥワスの息子である僕にぶつけることで、何とか理性を保とうとしたのかもしれない。

 

「……エヴ様。いかがなさいましょう。」

 

 ルイーズが、真剣な眼差しで僕に問う。

 

「別の部屋を要求しますか? それとも、力尽くで脱出しますか?」

「いいや。」

 

 僕は首を横に振り、手にした兜についた埃を、そっと拭った。

 

「ここに泊まろう。」

「えっ……でも、ここは……。」

「伯爵は墓場だと言ったな。……その通りだ。」

 

 僕は瓦礫の中に埋もれた、小さな胸当てを見つめた。

 僕よりも遥かに年若い年齢だったはずの少女。

 彼女は、援軍が来ないと知りながら、どんな思いでこの剣を振るい、散っていったのだろう。

 その無念を思うと、寒さなど忘れるほどに胸が熱くなった。

 

「騎士として、王国を守る盾として、人として……このまま見て見ぬふりはできない。」

 

 僕はマントを脱ぎ、近くの比較的壊れていない長椅子に置いた。

 部下たちに向き直り、静かに告げる。

 

「総員、黙祷。祖国を守る為、散っていった真の勇者に祈りを捧げよう。」

 

 

 ☆

 

 

「……掃除、ですか?」

 

 ルイーズが、呆然と聞き返した。

 無理もない。外は吹雪、部屋の中は血生臭い瓦礫の山。

 命を狙われているかもしれないこの状況で、部屋を磨き上げるなど、正気の沙汰ではないだろう。

 

「掃除じゃない。……清めるんだ。」

 

 僕は落ちていたアウグス家の旗印を拾い上げ、付着した氷を指でそっと払った。

 

「ここには、この領地を最後まで守ろうとした『騎士』がいた。……それが伯爵の家族であろうと、敵であろうと関係ない。このままゴミのように放置しておくことは、同じ騎士として僕が許せないんだ。」

 

 僕はネリーに向き直り、真っ直ぐに見つめた。

 

「ネリー、魔法で水を。……それも、清浄な真水を頼む。ルイーズたちは瓦礫の中から武具と遺品を全て掘り起こしてくれ。……傷つけないよう、丁寧にな。」

 

 僕の真剣な眼差しに、ネリーは一瞬目を見開いたが、すぐに深く頭を下げた。

 

「……委細承知いたしました。エヴ様のその高潔な御心、喜んでお支えいたします。」

 

 彼女が盾を掲げると、清らかな水の精霊が部屋の中に現れ、凍てついた床や壁を洗い流していく。

 ルイーズたちも、最初は戸惑っていたものの、僕の「騎士としての矜持」を前にして、その顔つきが変わった。

 

「……分かりました。このルイーズ、マドゥワスの名に恥じぬ働きを。」

 

 騎士たちが動き出した。

 それは、本来の任務である「護衛」とはかけ離れた作業だったかもしれない。

 だが、瓦礫の下から血に汚れたマントや、ひしゃげた勲章を見つけ出すたびに、彼女たちの動きには自然と敬意が籠もっていった。

 僕は、先ほど見つけた小さな胸当てを、自分の手で磨き始めた。

 布を濡らし、こびりついた血と煤を、何度も、何度も拭う。

 

……寒かっただろうな。……怖かっただろうな。

 

 帝国軍の魔法爆撃が降り注ぎ、屈強なドラゴニュートの戦士たちが次々と倒れていく中。

 この胸当てを着けた少女――ミナは、何を見て、何を思って剣を振るったのか。

 故郷でぬくぬくと訓練に励んでいた当時の僕には、想像もつかない地獄だ。

 僕が彼女にできる唯一のことは、失われた名誉を、せめてこの一晩だけでも取り戻してあげること。

 

「エヴァン、これよ……。」

 

 サーシャが、瓦礫の奥から一振りの短剣を差し出してきた。

 伯爵の夫、ガランド夫人が使っていたものだろうか。

 刀身は半ば折れ、鞘はひしゃげているが、柄に刻まれた竜の意匠は、今なお強い輝きを放っていた。

 

「……ありがとう。……よし、これを中心に据えよう。」

 

 数時間後。

 吹きっさらしだった北の塔の一室は、見違えるような空間へと変貌を遂げていた。

 壁の大きな穴には、騎士たちのマントを繋ぎ合わせてカーテン代わりに張り、冷気を遮断。

 部屋の中央には、ネリーの魔法で灯された清らかな光が揺れている。

 

 そして、その中央。

瓦礫を積み上げて作った即席の祭壇の上に、磨き上げられたガランドの短剣と兜、ミナの胸当てとショートソードが、アウグス家の旗と共に安置されていた。

 煤けていた旗は汚れを落とされ、光を受けて誇らしげに『双頭の竜』を浮かび上がらせている。

 

「……整いましたね。」

 

 ルイーズが、額の汗を拭いながら満足げに呟いた。

 その表情には、激しい不満や怒りはもうない。

 主君と共に「成すべきこと」を終えた、清々しい武人の顔だ。

 

「ああ。……ここからは、騎士としての勤めだ。」

  

 僕は祭壇の前に立ち、腰の剣を抜いた。

 戦うためではない。

 騎士が最も深い敬意を示すための動作。

 

「……抜剣。……敬礼ッ!」

 

 号令と共に、マドゥワス騎士団が整列し、一斉に剣を捧げた。

 銀色の刀身が、魔法の光を反射して美しく煌めく。

 外では吹雪が荒れ狂い、城内では僕たちへの憎悪が渦巻いている。

 

 だが、この北の塔の中だけは、二年前から止まっていた時が動き出したかのような、静謐で、厳かな空気が流れていた。

 

「……ガランド・アウグス夫人、ならびにミナ・フォン・アウグス卿。……貴殿らの奮戦と勇気に、ベレインの騎士として最大限の敬意を。」

 

 僕は祭壇に向かって深く頭を下げ、そのまま動かなかった。

 謝罪でも、同情でもない。

 ただ、同じ旗の下で戦い、散っていった戦友への、魂の対話。

 僕たちはそのまま、祭壇を囲むようにして配置についた。

 

 眠る者は一人もいない。

 一晩かけて行う、騎士の不寝番。

 それが、伯爵が「時を止めた」この場所で、僕ができる精一杯の答えだった。

 

 

 ☆

 

 

 夜が明ける。

 石造りの窓枠から差し込む朝日は、雪に反射して、いつになく眩しかった。

 昨夜の吹雪が嘘のように、風は止んでいる。

 カチャリ、と重い鍵が開けられる音が静寂を破った。

 

「……死んではいないだろうな、マドゥワスの小倅。」

 

 低く、突き放すような声と共に、伯爵が大股で部屋へと足を踏み入れる。

 彼女の背後には、昨夜の生き残りの騎士たちや、兵士たちが数名、物珍しげに覗き込んでいる。

「凍死しているか、泣き叫んでいるか」――そんな無様な姿を期待していた彼らだったが、一歩足を踏み入れた瞬間に、全員が息を呑んで立ち止まった。

 

「……なっ……これは……。」

 

 伯爵の黄金の瞳が、驚愕に大きく見開かれる。

 そこにあったのは、昨日までの「墓場」ではない。

 完璧に清められ、冷たい空気さえもどこか厳粛に感じられる、神聖な空間だった。

 瓦礫は端に寄せられ、煤けた壁は魔法で洗い流されている。

 そして部屋の中央には、即席ながらも威厳に満ちた祭壇が据えられ、そこには――。

 

「……ガランド? ……ミナ?」

 

 伯爵の声が、震えた。

 磨き上げられた夫の短剣と、娘の胸当て。

 二年間、彼女が現実から逃げるために闇の中に放置してきた「愛する者たちの生きた証」が、朝日を浴びて神々しいほどに輝いていた。

 

「……おはようございます、アウグス伯爵。」

 

 祭壇の前で直立不動の姿勢をとっていた僕は、静かに、しかし力強く名乗った。

 一晩中、一睡もせず。

 極寒の空気の中で立ち続けた僕の体は芯まで冷え切っていたが、その声に揺らぎはない。

 

「ご命令通り、北の塔にて一晩を過ごさせていただきました。……この部屋を勝手に清め、遺品に触れた無礼はお詫びします。」

 

 僕は一歩前へ出て、彼女の目を見据えて言った。

 

「ですが、ベレインの騎士として……かつてこの国を守るために最期まで戦った御家族を、瓦礫の中に放置しておくことはできませんでした。……マドゥワスの名は、死者への礼を欠くほど堕ちてはおりません。」

「…………。」

 

 伯爵は、何も言わなかった。

 ただ、吸い寄せられるように祭壇へと歩み寄り、震える指先で娘の胸当てに触れた。

 汚れを落とされ、本来の白金色の輝きを取り戻したその鎧には、僕が昨夜何度も拭った、彼女の「生きた記憶」が宿っていた。

 

「……ミナ……。」

 

 彼女の目から、一筋の涙が溢れた。

 それは、鋼のように硬く、冷たかったドラゴニュートの女傑が、初めて見せた「母親」としての顔だった。

 背後の領民たちも、祭壇を見て言葉を失っている。

 彼らが昨日ぶつけた憎悪の矛先――マドゥワスの息子は、彼ら自身が目を背けてきた悲劇と真っ正面から向き合い、最も誠実な形で応えてみせたのだ。

 

「……不寝番は、これにて終了いたします。」

 

 僕は腰の剣を鞘に納め、部下たちに合図を送った。

 ルイーズたちもまた、霜で白くなった眉を動かさず、静かに整列して敬礼を送る。

 その姿に、もはや「男の騎士」と侮る者はいなかった。

 

「アウグス伯爵。……朝食の用意は結構です。私たちはこのまま、領地へと向かいます。」

 

 僕は彼女の横を通り抜け、出口へと向かった。

 これ以上の言葉は必要ない。

 僕たちがここにいた証は、あの祭壇が全て語ってくれている。

 

「……待て。」

 

 低く、掠れた声が僕の足を止めた。

 振り返ると、伯爵が祭壇からこちらを向き、その黄金の瞳に宿っていた「憎悪」が、何か別の色へと変わっていた。

 

「……マドゥワス。……いや、エヴァン・クロード・マドゥワス卿。」

 

 彼女は僕の名を、初めて一人の騎士として呼んだ。

 

「………温かいスープくらいは、飲んでいけ。」

 

 ぶっきらぼうで、不器用な言葉。

 だが、そこには昨日までの凍てついた殺気は微塵もなかった。

 領民たちも、道を譲るように左右に割れ、深々と頭を下げる。

 それは、昨日まで向けられていた呪詛の代わりに、彼らが示した精一杯の「敬意」のように思えた。

 

「……ありがとうございます。……有難く、いただきます。」

 

 僕は小さく微笑み、それに応えた。

 カステ高原の朝は、まだ刺すように冷たい。

 けれど、僕たちの胸の中には、確かに温かな熱が灯っていた。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
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