姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる 作:お庭屋さん
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ガチャン、と重い鉄の扉が閉ざされ、鍵がかけられる音が響いた。
「……信じられません! これが客人を招く部屋ですか!?」
兵士たちが立ち去った瞬間、ルイーズが激昂して近くにあった、足の折れた椅子を蹴り飛ばした。
椅子は脆く崩れ去り、埃が舞い上がる。
「あの女狐……いえ、女トカゲ! エヴ様を何だと思っているのですか! こんな吹きっさらしの廃墟に押し込めるなんて、不敬にも程があります!」
「落ち着いて、ルイーズ。……まずは環境を整えるのが先決です。」
ネリーは努めて冷静に振る舞っているが、その声には隠しきれない怒りが滲んでいた。
彼女は魔法で灯りを強め、部屋の全貌を照らし出す。
「……酷いですね。窓ガラスは全て割れ、雪が積もっています。家具も半壊……いえ、これは破壊されたものですね。」
灯りに照らされた部屋は、闇の中で見るよりも遥かに惨憺たる有様だった。
壁には何かが激突したような亀裂が走り、床には鋭利な刃物か爪で抉られたような深い溝が刻まれている。
そして何より鼻につくのは、カビや埃の臭いではない。
鉄錆のような、古びた血の臭いだ。
「掃除しがいがありそうです。……ですが、エヴ様。今夜はここで休まれるのはお勧めしません。壁の穴を塞いだとしても、瘴気のようなものが澱んでいます。」
ネリーがハンカチで鼻を押さえながら進言する。
だが、僕は動かなかった。動けなかったという方が正しいか。
部屋の中央、瓦礫の山となっている場所に目が釘付けになっていたからだ。
「……エヴ様?」
僕は無言で瓦礫の山に近づき、膝をついた。
積もった雪と埃を、手袋越しに払いのける。
そこにあったのは、ただのゴミではなく……。
「……これは。」
瓦礫の下から現れたのは、ひしゃげた黒鉄の兜だった。
成人した兵士が被るには小さい。大柄な女性、と言うよりはもっと小柄な……男性が被るとしたら丁度よさそうなサイズだ。
その横には、真っ二つに折れた護身用のショートソードが転がっている。
そして、その奥には――。
「……子供用の、胸当てか。」
小さな、おそらく十代半ばの少女が身につけるようなサイズの、軽装の鎧。
胸元には、アウグス家の『双頭の竜』の紋章が刻まれているが、その紋章ごと何かに貫かれ、赤黒く変色している。
「こ、これは……遺品、か?」
覗き込んだサーシャが息を呑んだ。
「ああ。間違いない。」
僕は兜を拾い上げ、その内側に刻まれた文字を指でなぞった。
『愛する夫、ガランドへ』
そして、小さな胸当ての裏には『未来の希望、ミナへ』
「……ガランド。ゾーラ伯爵の夫君の名だ。そしてミナは、彼女の実の娘、この家の跡取りだったはずだ。」
二年前の記憶が繋がる。
伯爵は言っていた。『ここで夫と子が死んだ』と。
帝国の騎士が城郭内に侵入し、三日三晩の乱戦になった、と。
「……見てみろ。この部屋の有様を。」
僕は立ち上がり、周囲を見渡した。
壁の傷、床の血痕、破壊された家具。
それらは全て、激しい戦闘の痕跡だ。
そして、散乱した武具や遺品は、戦いの最中に倒れ、そのまま放置されたものだ。
「ここは……ただの空き部屋じゃない。」
ルイーズが、ハッとして口元を押さえた。
「ここは……あの日、彼らが最期まで戦い、そして命を落とした『現場』そのものなんですね。」
「そうだ。……そして、それから二年間、ここは時が止まっている。」
本来なら、遺体は弔われ、部屋は清められ、修繕されるはずだ。だが、ここは瓦礫一つ動かされていない。
なぜか?
忙しかったからではない。
興味がなかったからでもない。
その逆なのだ。
「伯爵は、この扉を開けることができなかったんだ。」
愛する夫と娘が、無惨に殺された場所。
その現実を直視し、遺品を片付けてしまえば、彼らの死を完全に認めることになる。
だから彼女は、この部屋を『北の塔』ごと封印し、見ないふりをしてきた。
心の奥底に蓋をするように、物理的に鍵をかけて。
「……あの伯爵が、これほどまでに脆い一面を持っていたとは。」
ネリーが痛ましげに目を伏せた。
僕たちをここに入れたのは、単なる嫌がらせだけではないかもしれない。
彼女自身も持て余している、行き場のない慟哭と、どうしようもない憎悪。
それを、憎きマドゥワスの息子である僕にぶつけることで、何とか理性を保とうとしたのかもしれない。
「……エヴ様。いかがなさいましょう。」
ルイーズが、真剣な眼差しで僕に問う。
「別の部屋を要求しますか? それとも、力尽くで脱出しますか?」
「いいや。」
僕は首を横に振り、手にした兜についた埃を、そっと拭った。
「ここに泊まろう。」
「えっ……でも、ここは……。」
「伯爵は墓場だと言ったな。……その通りだ。」
僕は瓦礫の中に埋もれた、小さな胸当てを見つめた。
僕よりも遥かに年若い年齢だったはずの少女。
彼女は、援軍が来ないと知りながら、どんな思いでこの剣を振るい、散っていったのだろう。
その無念を思うと、寒さなど忘れるほどに胸が熱くなった。
「騎士として、王国を守る盾として、人として……このまま見て見ぬふりはできない。」
僕はマントを脱ぎ、近くの比較的壊れていない長椅子に置いた。
部下たちに向き直り、静かに告げる。
「総員、黙祷。祖国を守る為、散っていった真の勇者に祈りを捧げよう。」
☆
「……掃除、ですか?」
ルイーズが、呆然と聞き返した。
無理もない。外は吹雪、部屋の中は血生臭い瓦礫の山。
命を狙われているかもしれないこの状況で、部屋を磨き上げるなど、正気の沙汰ではないだろう。
「掃除じゃない。……清めるんだ。」
僕は落ちていたアウグス家の旗印を拾い上げ、付着した氷を指でそっと払った。
「ここには、この領地を最後まで守ろうとした『騎士』がいた。……それが伯爵の家族であろうと、敵であろうと関係ない。このままゴミのように放置しておくことは、同じ騎士として僕が許せないんだ。」
僕はネリーに向き直り、真っ直ぐに見つめた。
「ネリー、魔法で水を。……それも、清浄な真水を頼む。ルイーズたちは瓦礫の中から武具と遺品を全て掘り起こしてくれ。……傷つけないよう、丁寧にな。」
僕の真剣な眼差しに、ネリーは一瞬目を見開いたが、すぐに深く頭を下げた。
「……委細承知いたしました。エヴ様のその高潔な御心、喜んでお支えいたします。」
彼女が盾を掲げると、清らかな水の精霊が部屋の中に現れ、凍てついた床や壁を洗い流していく。
ルイーズたちも、最初は戸惑っていたものの、僕の「騎士としての矜持」を前にして、その顔つきが変わった。
「……分かりました。このルイーズ、マドゥワスの名に恥じぬ働きを。」
騎士たちが動き出した。
それは、本来の任務である「護衛」とはかけ離れた作業だったかもしれない。
だが、瓦礫の下から血に汚れたマントや、ひしゃげた勲章を見つけ出すたびに、彼女たちの動きには自然と敬意が籠もっていった。
僕は、先ほど見つけた小さな胸当てを、自分の手で磨き始めた。
布を濡らし、こびりついた血と煤を、何度も、何度も拭う。
……寒かっただろうな。……怖かっただろうな。
帝国軍の魔法爆撃が降り注ぎ、屈強なドラゴニュートの戦士たちが次々と倒れていく中。
この胸当てを着けた少女――ミナは、何を見て、何を思って剣を振るったのか。
故郷でぬくぬくと訓練に励んでいた当時の僕には、想像もつかない地獄だ。
僕が彼女にできる唯一のことは、失われた名誉を、せめてこの一晩だけでも取り戻してあげること。
「エヴァン、これよ……。」
サーシャが、瓦礫の奥から一振りの短剣を差し出してきた。
伯爵の夫、ガランド夫人が使っていたものだろうか。
刀身は半ば折れ、鞘はひしゃげているが、柄に刻まれた竜の意匠は、今なお強い輝きを放っていた。
「……ありがとう。……よし、これを中心に据えよう。」
数時間後。
吹きっさらしだった北の塔の一室は、見違えるような空間へと変貌を遂げていた。
壁の大きな穴には、騎士たちのマントを繋ぎ合わせてカーテン代わりに張り、冷気を遮断。
部屋の中央には、ネリーの魔法で灯された清らかな光が揺れている。
そして、その中央。
瓦礫を積み上げて作った即席の祭壇の上に、磨き上げられたガランドの短剣と兜、ミナの胸当てとショートソードが、アウグス家の旗と共に安置されていた。
煤けていた旗は汚れを落とされ、光を受けて誇らしげに『双頭の竜』を浮かび上がらせている。
「……整いましたね。」
ルイーズが、額の汗を拭いながら満足げに呟いた。
その表情には、激しい不満や怒りはもうない。
主君と共に「成すべきこと」を終えた、清々しい武人の顔だ。
「ああ。……ここからは、騎士としての勤めだ。」
僕は祭壇の前に立ち、腰の剣を抜いた。
戦うためではない。
騎士が最も深い敬意を示すための動作。
「……抜剣。……敬礼ッ!」
号令と共に、マドゥワス騎士団が整列し、一斉に剣を捧げた。
銀色の刀身が、魔法の光を反射して美しく煌めく。
外では吹雪が荒れ狂い、城内では僕たちへの憎悪が渦巻いている。
だが、この北の塔の中だけは、二年前から止まっていた時が動き出したかのような、静謐で、厳かな空気が流れていた。
「……ガランド・アウグス夫人、ならびにミナ・フォン・アウグス卿。……貴殿らの奮戦と勇気に、ベレインの騎士として最大限の敬意を。」
僕は祭壇に向かって深く頭を下げ、そのまま動かなかった。
謝罪でも、同情でもない。
ただ、同じ旗の下で戦い、散っていった戦友への、魂の対話。
僕たちはそのまま、祭壇を囲むようにして配置についた。
眠る者は一人もいない。
一晩かけて行う、騎士の不寝番。
それが、伯爵が「時を止めた」この場所で、僕ができる精一杯の答えだった。
☆
夜が明ける。
石造りの窓枠から差し込む朝日は、雪に反射して、いつになく眩しかった。
昨夜の吹雪が嘘のように、風は止んでいる。
カチャリ、と重い鍵が開けられる音が静寂を破った。
「……死んではいないだろうな、マドゥワスの小倅。」
低く、突き放すような声と共に、伯爵が大股で部屋へと足を踏み入れる。
彼女の背後には、昨夜の生き残りの騎士たちや、兵士たちが数名、物珍しげに覗き込んでいる。
「凍死しているか、泣き叫んでいるか」――そんな無様な姿を期待していた彼らだったが、一歩足を踏み入れた瞬間に、全員が息を呑んで立ち止まった。
「……なっ……これは……。」
伯爵の黄金の瞳が、驚愕に大きく見開かれる。
そこにあったのは、昨日までの「墓場」ではない。
完璧に清められ、冷たい空気さえもどこか厳粛に感じられる、神聖な空間だった。
瓦礫は端に寄せられ、煤けた壁は魔法で洗い流されている。
そして部屋の中央には、即席ながらも威厳に満ちた祭壇が据えられ、そこには――。
「……ガランド? ……ミナ?」
伯爵の声が、震えた。
磨き上げられた夫の短剣と、娘の胸当て。
二年間、彼女が現実から逃げるために闇の中に放置してきた「愛する者たちの生きた証」が、朝日を浴びて神々しいほどに輝いていた。
「……おはようございます、アウグス伯爵。」
祭壇の前で直立不動の姿勢をとっていた僕は、静かに、しかし力強く名乗った。
一晩中、一睡もせず。
極寒の空気の中で立ち続けた僕の体は芯まで冷え切っていたが、その声に揺らぎはない。
「ご命令通り、北の塔にて一晩を過ごさせていただきました。……この部屋を勝手に清め、遺品に触れた無礼はお詫びします。」
僕は一歩前へ出て、彼女の目を見据えて言った。
「ですが、ベレインの騎士として……かつてこの国を守るために最期まで戦った御家族を、瓦礫の中に放置しておくことはできませんでした。……マドゥワスの名は、死者への礼を欠くほど堕ちてはおりません。」
「…………。」
伯爵は、何も言わなかった。
ただ、吸い寄せられるように祭壇へと歩み寄り、震える指先で娘の胸当てに触れた。
汚れを落とされ、本来の白金色の輝きを取り戻したその鎧には、僕が昨夜何度も拭った、彼女の「生きた記憶」が宿っていた。
「……ミナ……。」
彼女の目から、一筋の涙が溢れた。
それは、鋼のように硬く、冷たかったドラゴニュートの女傑が、初めて見せた「母親」としての顔だった。
背後の領民たちも、祭壇を見て言葉を失っている。
彼らが昨日ぶつけた憎悪の矛先――マドゥワスの息子は、彼ら自身が目を背けてきた悲劇と真っ正面から向き合い、最も誠実な形で応えてみせたのだ。
「……不寝番は、これにて終了いたします。」
僕は腰の剣を鞘に納め、部下たちに合図を送った。
ルイーズたちもまた、霜で白くなった眉を動かさず、静かに整列して敬礼を送る。
その姿に、もはや「男の騎士」と侮る者はいなかった。
「アウグス伯爵。……朝食の用意は結構です。私たちはこのまま、領地へと向かいます。」
僕は彼女の横を通り抜け、出口へと向かった。
これ以上の言葉は必要ない。
僕たちがここにいた証は、あの祭壇が全て語ってくれている。
「……待て。」
低く、掠れた声が僕の足を止めた。
振り返ると、伯爵が祭壇からこちらを向き、その黄金の瞳に宿っていた「憎悪」が、何か別の色へと変わっていた。
「……マドゥワス。……いや、エヴァン・クロード・マドゥワス卿。」
彼女は僕の名を、初めて一人の騎士として呼んだ。
「………温かいスープくらいは、飲んでいけ。」
ぶっきらぼうで、不器用な言葉。
だが、そこには昨日までの凍てついた殺気は微塵もなかった。
領民たちも、道を譲るように左右に割れ、深々と頭を下げる。
それは、昨日まで向けられていた呪詛の代わりに、彼らが示した精一杯の「敬意」のように思えた。
「……ありがとうございます。……有難く、いただきます。」
僕は小さく微笑み、それに応えた。
カステ高原の朝は、まだ刺すように冷たい。
けれど、僕たちの胸の中には、確かに温かな熱が灯っていた。
メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!
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ルイーズ・ロンズデール
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ネリー
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サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
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アンドレア殿下
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アグニ
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バルバラ
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