姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる   作:お庭屋さん

20 / 55
カクヨム様の方にも投稿始めました。
もう暫くアンケート取ります。
一行が帰郷できたタイミングくらいで、閑話として別キャラ視点のお話を書きます。
よろしくお願い致します!


第20話:竜の餞別

「……食え。毒など入れておらん。」

 

 重苦しい沈黙が支配する食堂に、伯爵の低い声が響いた。

 案内されたのは、昨日の大広間ではなく、普段彼女が使用していると思われる小ぶりな食堂だった。

 とはいえ、ここも例外ではない。

 窓ガラスにはひびが入り、隙間風を防ぐために木の板が打ち付けられている。

 テーブルクロスは清潔だが、所々が擦り切れており、並べられた食器も欠けた部分を丁寧に修復して使っているものばかりだ。

 

「いただきます。……温かい食事を用意していただき、感謝します。」

 

 僕は居住まいを正し、目の前のスープにスプーンを入れた。湯気と共に立ち上るのは、根菜と干し肉を煮込んだ素朴な香り。

 昨夜、凍てつく塔の中で凍えながら空腹に耐えた身としては、この湯気だけで涙が出そうになるほどのご馳走だった。

 口に運ぶと、熱い液体が喉を通り、冷え切った内臓に染み渡っていく。

 塩味は控えめで、野菜の甘みが溶け込んでいる。

 派手さはないが、丁寧に作られた味だ。

 

「……美味いか。」

「はい。とても。」

「そうか。……ならいい。」

 

 会話が続かない。

 伯爵は、気まずそうに視線を逸らし、黙々と自分の皿に向かっている。

 

 無理もない。

 つい昨日、罵声を浴びせかけ、「廃墟で凍えてろ」と突き放した相手を、翌朝こうして食卓に招いているのだ。彼女としても、どんな顔をすればいいのか分からないのだろう。

 周囲に控える給仕や兵士たちも同様だ。

 彼らは昨日、僕たちに向けられた憎悪の視線を送っていた者たち。

 だが今は、その目に敵意はない。

 あるのは、戸惑いと、そして隠しきれない敬意だ。

 僕たちが昨晩、北の塔で行った「鎮魂」。それが彼らの心にどれほどの衝撃を与えたか、この場の空気が物語っていた。

 

「……昨夜は、よく眠れたか。」

 

 沈黙に耐えかねたのか、伯爵が唐突に尋ねてきた。

 その問いかけに、ルイーズがピクリと眉を動かす。

 

「一睡もせずに不寝番をしていたのを知っていて聞くのか」という抗議の視線だ。

 だが、僕はテーブルの下で彼女の足を軽く踏んで制した。これは嫌味ではない。彼女なりの、不器用な気遣いなのだ。僕はそれが分からぬほど鈍感な男ではない。

 

「ええ。おかげさまで、静かな夜を過ごせました。」

「……そうか。……あの部屋は、風が吹き込むからな。寒かったろう。」

「騎士ですので。野営に比べれば、屋根があるだけで御殿です。」

「……フン。相変わらず口の減らない小僧だ。」

 

 伯爵は鼻を鳴らしたが、その口元は僅かに緩んでいた。彼女はパンをちぎり、スープに浸しながら、ぽつりと呟いた。

 

「……あの部屋は、あれでいい。」

「え?」

「片付けてくれたのだろう。……遺品も、磨いてくれたと聞いた。」

 

 彼女は視線をスープの波紋に落としたまま、言葉を続ける。

 

「私は……怖かったのだ。あそこを片付けてしまえば、あいつらが本当にいなくなってしまう気がしてな。……だが、いつまでも瓦礫の中に埋もれさせておく方が、よほど酷いことだった。」

 

 彼女の手は、微かに震えていた。

 「王国の守護竜」と呼ばれ、最前線で部下を率いてきた猛将。

 その彼女が今、一人の弱さを抱えた人間として、僕に心情を吐露してくれている。

 

「礼を言う、マドゥワス卿。……貴様のおかげで、私もようやく……あいつらに『さよなら』が言えそうだ。」

「……もったいないお言葉です。」

 

 僕は静かに頭を下げた。

 これ以上の言葉は野暮だ。

 カチャン、とスプーンを置く音が響く。皿は綺麗に空になっていた。

 

「ご馳走様でした。……体も心も、温まりました。」

「……足りなければお代わりがあるぞ。若い男はもっと食わんと、種馬としても役に立たんからな。」

「ぶふっ!?」

 

 いきなりの下ネタに、僕はお茶を吹き出しそうになった。

 背後でネリーが「種馬……エヴ様の種……ゴクリ」と不穏な呟きを漏らしているのが聞こえるが、聞かなかったことにしよう。

 

「冗談だ。……貴様は真面目すぎる。」

 

 伯爵は、今日初めて声を上げて笑った。

 その笑顔は、昨日のような歪んだ嘲笑ではなく、皺の刻まれた目尻が下がり、年相応の親しみが感じられる、穏やかなものだった。

 どうやら、少しだけ心の壁が取り払われたらしい。

 

「さて。……腹も満ちたところで、少し話をしようか。」

 

 彼女は表情を引き締め、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。古びているが、上質な紙だ。

 そこには、アウグス家の『双頭の竜』の紋章が、朱色の蝋で封印されている。

 

「これは……?」

「これからの道中、貴様らが不快な思いをしないための……私からの『詫び』だ。」

 

 彼女はその羊皮紙をテーブルの上に滑らせ、僕の目の前に提示した。

 

 

 ☆

 

 

 テーブルの中央に置かれたのは、一枚の羊皮紙だった。

 朱色の蝋で封印されたそれは、決して新しいものではないが、アウグス家の紋章である『双頭の竜』が力強く刻印されている。

 僕はアウグス伯爵の顔と、その羊皮紙を交互に見比べ、恐る恐る手を伸ばす。

 封を切ると、中には流麗な、しかし力のこもった筆跡でこう記されていた。

 

『本状の所持者は、アウグス伯爵家の賓客なり。領内全ての関所、宿場、商店において、最上級の便宜を図り、その身の安全を保障せよ。――カステ領主、ゾーラ・フォン・アウグス』

 

「これは……『領主特別通行手形』ですか?」

 

 驚いた。これはただの通行証ではない。

 言ってみれば「アウグス伯爵の代理人」としての権限を持たせるに等しい、強力な命令書だ。

 通常、他家の貴族、それも「男」に対して発行されるような代物ではない。

 

「そうだ。……昨夜、急ぎ認めた。」

 

 伯爵は、照れ隠しのようにカップを傾け、視線を窓の外へと逃がした。

 

「貴様も見た通り、我が領地の荒廃は酷い。……そして、領民たちの心も荒んでいる。私が貴様を認めたとしても、末端の村人や兵士たちがすぐに納得するわけではない。」

 

 彼女の言葉は、重く、痛々しい現実を突きいていた。

 昨日の大広間での糾弾。あれが領民たちの偽らざる本音だ。

 いくら領主が「彼は良い奴だ」と言ったところで、家族を失った悲しみや、マドゥワス家への恨みが一朝一夕に消えるはずがない。

 僕たちがこのまま街道を進めば、宿への宿泊を拒否されたり、法外な値段を吹っかけられたり、最悪の場合は石を投げられることもあるだろう。

 

「この手形があれば、表立って貴様らに無礼を働く者はいないはずだ。……宿場町では領主専用の部屋を使わせるし、関所も通れるように手配してある。」

「……そこまでしていただいて、良いのですか?」

「勘違いするな。」

 

 伯爵が、少しだけ声を荒らげて遮る。

 

「これは、貴様のためであると同時に……私の領民たちのためでもある。」

「領民たちの?」

「そうだ。……もし、憎しみに駆られた領民が、貴様ら『王国の英雌』の嫡子一行に危害を加えでもしてみろ。……今度はマドゥワス家だけでなく、王家までもが敵に回る。」

 

彼女は自嘲気味に笑い、テーブルの上で拳を握りしめた。

 

「彼らは被害者だ。これ以上、彼らを『罪人』にしたくはないのだよ。」

 

 その言葉に、僕は胸を打たれた。

 彼女は、自分の領民を守るために、自分のプライドを曲げて僕にこの手形を渡しているのだ。

 マドゥワス家を憎む気持ちは、きっと彼女自身の中にもまだ残っているはず。

 それでも、領主として、そして一人の大人として、感情よりも理性を優先させた。

 

「……それに、だ。」

 

 伯爵は、言い淀むように視線を彷徨わせ、やがて小さな声で付け加えた。

 

「……昨日の仕打ちへの、詫びもある。」

「詫び、ですか。」

「ああ。……あんな廃墟に押し込め、暖房の一つも与えず、罵声を浴びせた。……騎士道に悖る、恥ずべき行いだった。お前たちにそんな仕打ちをしても、あいつらは帰って来ぬというのにな。」

 

 彼女は悔しげに唇を噛んだ。

 昨夜の行動は、彼女自身の悲しみが生んだ八つ当たりだったと、認めているのだ。

 

「貴様が示した礼節に対し、私は無礼で返した。……その借りを返さぬままでは、アウグス家の名折れだ。だから、受け取れ。」

「……アウグス伯爵。」

 

 僕は羊皮紙を丁寧に折りたたみ、懐にしまった。

 その紙の重みは、金貨の袋よりも遥かに重く感じられた。

 これは単なる便利な通行証なぞではない。

 彼女の「誇り」と「良心」、そして不器用な「優しさ」の結晶だ。

 

「……謹んで、お受けします。この手形があれば、私たちは胸を張って領内を通ることができます。」

「フン。……無くすなよ。再発行はせんからな。」

「肝に銘じます。……しかし。」

 

 僕は居住まいを正し、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「領民の方々の感情は、私たちが背負うべき業です。……もし道中で冷たい視線を向けられたとしても、私たちは決して彼らを恨みません。……我がマドゥワス家の名誉に掛けて、笑顔で受け流すことを誓います。」

「……お人好しめ。」

 

 伯爵は呆れたように息を吐いたが、その表情は先ほどよりもさらに柔らかくなっていた。

 

「だが、気は抜くなよ。……人間相手ならその紙切れで何とかなるが、亜人共は字が読めんからな。」

「亜人、ですか?」

「ああ。……戦後の混乱に乗じて、山から降りてきた『はぐれ者』が増えている。特に、若い男の肉を好むような輩がな。」

 

 彼女は僕の顔から下、具体的には腰のあたりを一瞥し、ニヤリと笑った。

 

「貴様のような上等な『餌』がノコノコ歩いていれば、涎を垂らして寄ってくるだろうさ。……物理的な意味でも、性的な意味でもな。」

「……笑い事ではありませんよ、伯爵。」

「ハッハッハ! 違いない! ……まあ、貴様の周りには優秀な番犬がついているようだから、心配ないだろうがな。」

 

 伯爵が視線を向けると、壁際に控えていたルイーズたちが一斉に胸を張り、「当然でしょう。」と言わんばかりに剣の柄を叩いた。

 その頼もしくも過剰な殺気に、僕は苦笑するしかなかった。

 

「……さて。長居は無用だろう。」

 

 伯爵が椅子を引いて立ち上がった。

 朝食の時間は終わりだ。

 そしてそれは、僕たちの出発の知らせでもあった。

 

「馬を用意させてある。……城門まで見送ろう。」

「痛み入ります。」

 

 僕も立ち上がり、深く一礼した。

 気まずかった朝食の席は、いつの間にか、古い戦友と語り合うような、穏やかな空気に包まれていた。

 この手形があれば、僕たちはきっと無事にカステ領を抜けられる。

 だが、それ以上に、この不器用なドラゴニュートの領主と心を通わせられたことが、何よりの収穫だった。

 

 

 ☆

 

 

 城の外に出ると、昨夜の吹雪が嘘のように晴れ渡り、突き抜けるような青空が広がっていた。

 だが、空気は相変わらず凍てつくように冷たい。

 吐く息は真っ白になり、足元の雪はキュッキュッと乾いた音を立てる。

 

「……オニキス。待たせたな。」

 

 中庭に繋がれていた愛馬の鼻面を撫でる。

 彼女はブルルと鼻を鳴らし、僕の胸に顔を擦り付けてきた。

 昨夜は彼女も馬小屋ではなく、風除けのある場所に避難させてもらっていたらしい。

 毛並みは良く、体も温かい。伯爵の部下たちが、しっかりと世話をしてくれていた証拠だ。

 

「……グリムコールか。良い馬だ。脚も強い。」

 

 見送りに来たアウグス伯爵が、オニキスの臀部を軽く叩いた。

 手慣れた動作だ。彼女もまた、戦場で馬を友としてきた武人なのだろう。

 気性の荒いオニキスだが、伯爵の振る舞いも特段咎める気は無いようだった。

 

「重ねてお礼を、アウグス伯爵。……おかげで、彼女も万全の状態です。 」

 

 僕は鐙に足をかけ、軽やかに背へと跨った。

 視線が高くなる。

 改めて見渡す『竜の顎城』は、やはり傷だらけの廃墟だ。

 だが、昨日見た時のような「死の気配」は薄らいでいるように感じられた。

 それはきっと、僕自身の心の持ちようが変わったからかもしれない。

 

「……行くか。」

「はい。……長居をして、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきませんから。」

 

 手綱を握り、僕は伯爵に向き直った。

 彼女は腕を組み、仁王立ちでこちらを見上げている。

 その背後には、数名の側近たち。

 彼らは昨日、僕たちに弓を向けた者たちだが、今は武器を下ろし、静かに敬礼を送っている。

 

「……マドゥワス卿。」

 

ゾーラ伯爵が、低い声で呼んだ。

 

「死ぬなよ。まだ若いんだ。」

 

 短い言葉。

 だが、そこには万感の思いが込められていた。

 歳若くして散っていった自分の娘と僕の姿を重ねているのかもしれない。

 

「その手形は、生きている者にしか効力を発揮せん。……道中で野垂れ死にでもしてみろ。私が発行した意味がなくなる。」

「……肝に銘じます。」

 

 僕は苦笑し、胸元の手形を軽く叩いた。

 

「必ず、生きてブレスダンへ帰り着きます。……そしていつか、この国が復興した暁には、また改めてご挨拶に伺います。」

「フン。……その時は、もう少しマシな部屋を用意しておいてやる。」

 

 彼女はニヤリと笑い、片手をひらりと振った。

 それが合図だった。

 ギギギ……と重苦しい音を立てて、城門が開かれる。

 

「総員、出発!」

 

 僕の号令と共に、マドゥワス騎士団が一斉に動き出し、蹄の音が、石畳に高らかに響く。

 ルイーズが、ネリーが、サーシャが、それぞれアウグス伯爵に目礼し、門を抜けていく。

 最後に僕も、もう一度だけ深く頭を下げ、オニキスの腹を蹴った。

 

 冷たい風が頬を撫でる。

 背後で、門が閉まる音が聞こえるかと思ったが、一向にその気配はない。

 振り返ると、アウグス伯爵はまだそこに立ち尽くし、小さくなっていく僕たちの背中を見送っていた。

 その姿は、荒廃した城を背負う孤高の守護神のようであり、同時に、重荷を少しだけ降ろした一人の女性のようにも見えた。

 

「……良い方でしたね、エヴ様。」

 

 隣に並んだネリーが、少しだけ照れくさそうに呟いた。昨日の今日でこの評価の変わりよう。

 チョロくないか?

 

「昨日はどうなることかと思いましたが……やはり、騎士としての魂をお持ちの方でした。」

「ああ。……不器用だけど、温かい人だ。」

 

 僕は懐の羊皮紙の感触を確かめた。

 この手形があれば、領内の通行は保証される。

 だが、それ以上に心強いのは、あの頑固な伯爵が「味方」になってくれたという事実だ。

 

「さあ、行こう。……ここからは下り坂だ。」

 

 カステ高原の峠道を、僕たちは駆け下りていく。

 眼下に広がる荒野には、まだ戦争の爪痕が深く残っている。

 復興への道のりは遠く、険しいだろう。

 だが、止まっていた時間は確実に動き出した。

『北の塔』の祭壇に差し込んだあの朝日のように、いつかこの地にも、穏やかな光が戻ることを信じて。

 僕たちは馬首を南へ――懐かしき故郷、ブレスダンの方角へと向け、馬をひた翔けさせるのだった。

メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!

  • ルイーズ・ロンズデール
  • ネリー
  • サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
  • アンドレア殿下
  • ガーベラ
  • アグニ
  • バルバラ
  • 上記以外のキャラクターは感想等で教えてね
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。