姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる 作:お庭屋さん
カステ高原の太陽は、昇る時も早ければ、沈むのも早い。
『竜の顎城』を出発した時は突き抜けるような青空だったが、峠道を下りきり、荒涼とした台地を進む頃には、空はすでに茜色から群青色へと染まり始めていた。
ヒュウゥゥ……と、乾いた風が吹き抜ける。
頬を刺す冷気は相変わらずだが、昨夜の「北の塔」で感じたような、骨の髄まで凍りつくような死の冷たさとは違う。
生きている大地が放つ、厳しくも清浄な洗礼だ。
「……エヴ様。そろそろ日没です。」
隣を並走するネリーが、空を見上げながら報告する。
彼女の呼気は白く、マントの縁にはうっすらと霜が降りていた。
「このまま街道を進めば、一時間ほどで『カステ第3宿場町』に到着します。……ゾーラ伯爵から頂いた手形もありますし、今夜はそこで足を伸ばされてはいかがでしょう?」
ネリーの提案はもっともだ。
僕の懐には、あの不器用な伯爵がくれた『領主特別通行手形』がある。
これを見せれば、どんなにマドゥワス家を憎んでいる宿屋の主人でも、最上級の部屋と食事を用意してくれるはずだ。
昨夜は一睡もしていない。
温かいベッドで泥のように眠りたいというのが、肉体の正直な悲鳴だった。しかし……。
「……いや。」
僕は手綱を握る手に力を込め、懐の羊皮紙の感触を確かめた。
ズシリと重い。
それは紙の重さではなく、そこに込められたゾーラ伯爵の「覚悟」と「信頼」の重さだ。
僕はこの手形を関所の通過以外で使うつもりは更々なかった。
「野営にしよう。……この先の、風除けのある岩場まで進む。」
「野営、ですか?」
反対側を走っていたルイーズが、怪訝そうに眉をひそめた。
「ですがエヴ様。せっかくの手形があるのですよ? これを使えば、領民たちは平伏してエヴ様を歓迎するはずです。」
「だからこそだよ、ルイーズ。」
僕は馬の速度を少し落とし、部下たちを見回した。
「この手形は、伯爵が『自分の領民を罪人にしないため』にくれたものだ。……僕たちがこれを振りかざして無理やり宿に泊まれば、彼らは拒めない。だが、その心には新たな不満が溜まるだろう。」
昨日、身に染みるほど痛感した事だ。
領民たちの傷はまだ癒えていない。
そんな状態で、「領主様の命令だから従え」と押し付ければ、ゾーラ伯爵と領民の間に新たな溝を作ることになりかねない。
彼女は「使え」と言ってくれたが、それに甘えて彼女の治世を乱すのは、僕の本意ではなかった。
「僕たちはあくまで『通りすがり』だ。……彼らの生活圏に土足で踏み込むのは、もう少し、彼らの傷が癒えてからにしたい。」
僕の言葉に、ルイーズとネリーは顔を見合わせ、それからふわりと柔らかく微笑んだ。
「……ふふ。やはりエヴ様は、お優しいですね。」
「甘い、とも言えますが……それがエヴ様の『強さ』なのでしょうね。」
「茶化すなよ。……単に、昨日の今日で気まずい顔をされるのが嫌なだけさ。」
僕は照れ隠しに鼻を鳴らし、オニキスの首をポンと叩いた。
「さあ、急ごう。日が暮れる前にテントを張って、温かいスープでも飲もうじゃないか。」
「「「ウラァ!!!」」」
騎士たちの返事が、高原の空に吸い込まれていく。
その声には、宿屋に泊まれない不満など微塵もなく、むしろ主君の判断を誇るような響きがあった。
野営地に選んだのは、街道から少し外れた、切り立った岩壁の陰だった。
ここなら風を防げるし、街道を行き交う人々に見られることもない。
騎士たちの手際は、相変わらず神がかっていた。
「第1班、風上に魔除けの結界を展開! 第2班、竈の設営! 今夜は冷えるぞ、薪を多めに集めろ!」
ルイーズの豪快な指示が飛び交い、あっという間に荒野の一角が快適な居住空間へと変わっていく。
本来なら僕も手伝うべきなのだが、「団長は座っていてください!」「指一本動かさないで!」と、従騎士たちが寄ってたかって毛皮モリモリの特等席を作ってくれたため、僕は大人しく座っているしかなかった。
「……ふぅ。」
焚き火に火が入り、パチパチと薪が爆ぜる音が心地よい。
揺らめく炎を見つめていると、張り詰めていた気が緩み、どっと疲れが押し寄せてくる。
「エヴ様。温かいハーブティーです。」
ネリーが、湯気の立つカップを差し出してくれた。
受け取ったカップはじんわりと暖かく、かじかんだ手にその熱が伝わるだけでホッとした気持ちになる。
「ありがとう、ネリー。……生き返るよ。」
ネリーにお礼を言って一口啜ると、ミントの清涼感と蜂蜜の甘さが広がり、冷えた体に熱が戻ってくる。
ふと顔を上げると、遠くの闇の中に、ポツリポツリと灯りが見えた。
カステ市の街明かりだ。
そしてそのさらに上、丘の上にそびえる『竜の顎城』にも、ささやかな灯りがともっているのが見える。
「……見えますか?」
ネリーが僕の視線を追い、隣に腰を下ろした。
「ゾーラ伯爵の城ですね。……昨日はあんなに恐ろしく見えたのに、今はなぜか、寂しげで……でも、どこか温かく見えます。」
「そうだね。……あそこで、彼女は一人で耐えてきたんだ。」
夫と娘を失い、国に見捨てられた絶望。
それをたった一人で背負い込み、領民たちの前では気丈に振る舞い続けてきた『王国の守護竜』。
その孤独を思うと、胸が締め付けられるようだった。
「……僕たちがしたことは、正しかったのかな。」
僕はカップを両手で包み込み、独り言のように呟いた。
「遺品を片付け、無理やり彼女の時間を動かしてしまった。……それは、彼女にとって本当に救いだったんだろうか。」
「救いでしたよ。」
力強い声が、背後から響いた。
振り返ると、サーシャが大きな鍋を抱えて立っていた。中からはシチューのいい匂いが漂っている。
「アタシにゃ難しいことは分かんねぇけどよ。……今朝の伯爵の顔、見たか? 昨日の鬼ババアみたいな顔とは全然違ってたぞ。」
サーシャはニカっと笑い、鍋を焚き火の上に置いた。
「憑き物が落ちたっつーかさ。……やっと『人間』に戻れたって顔してたさね。エヴァンが、あそこで逃げずに正面からぶつかったからだ。」
「……そう、かな。」
「そうですよ。……エヴ様は、彼女の『止まっていた時計』のネジを巻いたのです。」
ルイーズも現れ、バスケットから焼きたてのパンを取り出した。
「それは痛みを伴う作業だったかもしれません。……ですが、痛みなくして前には進めません。貴方は、彼女に『未来』をプレゼントしたのですよ。」
部下たちの言葉が、温かいスープのように心に染みる。僕は再び、遠くに見える城の灯りを見つめた。
あの灯りの下で、ゾーラ伯爵も今頃、温かいスープを飲んでいるだろうか。
もう、冷たい瓦礫の中で過去の亡霊に怯えることなく、穏やかな夜を過ごしてくれているだろうか。
「……だといいな。」
僕は小さく微笑み、カップの中身を飲み干した。
「さあ、飯にしよう! 腹が減っては戦も、帰郷もできないからな!」
「はい! 今夜は特製、干し肉と根菜のシチューですよ!」
焚き火を囲み、僕たちはささやかな宴を始めた。
凍てつく高原の風も、今は不思議と心地よかった。
☆
「……ふぅ。食った食った。」
最後の一滴までスープを飲み干し、僕は満足げに息を吐いた。サーシャ特製のシチューは、冷えた体に何よりの薬だった。干し肉の旨味が野菜に染み込み、コクが全体を優しく包み込んでいる。
高級な宮廷料理よりも、荒野で仲間と囲むこの鍋の方が、何倍も美味しく感じるのはなぜだろう。
「お粗末さま! ……しっかし、エヴァンも随分食うようになったな。昔はパン半分で『もう入らない』とか言ってたくせに。」
サーシャが空になった鍋を片付けながら、嬉しそうに笑う。
「大きくなってから燃費が悪くてな。それに、体を使えば腹も減るさ。」
「良いことです。男の子は少しふっくらしている方が可愛いと言われますが……エヴ様の場合は、食べた分だけ筋肉になっている気がしますね。」
ネリーが食後の果実水を注ぎながら、僕の二の腕あたりをジロジロと観察している。
その目は「健康管理」というよりは、「仕上がり具合のチェック」に近い気がするが、深くは考えないことにしよう。
焚き火の薪が爆ぜ、オレンジ色の火の粉が舞い上がる。周囲の闇は濃いが、ここだけは光と熱に守られた安息の地だ。
僕はカップを両手で包み、揺れる炎を見つめながら、ふと口を開いた。
「……ゾーラ伯爵は、強かったな。」
唐突な僕の呟きに、談笑していた騎士たちの視線が集まる。
「強かった、とは? 剣の腕前のことですか?」
ルイーズが問いかける。
「いや……心の在り方が、さ。」
僕は懐から、あのアウグス家の紋章が入った羊皮紙を取り出し、炎にかざした。
透けて見える双頭の竜は、傷つきながらも咆哮を上げているように見える。
「彼女は二年間、たった一人で領民の怨嗟を受け止めてきた。『国に見捨てられた』という絶望も、『家族を守れなかった』という後悔も、全部一人で飲み込んで、領主として振る舞い続けてきた。」
昨日の大広間での光景が蘇る。
領民たちの怒号。憎悪の視線。
それらを一身に浴びながら、彼女は決して言い訳をしなかった。
逃げも隠れもせず、ただ「私が至らなかったせいだ」という顔で、その場に立ち続けていた。
「……僕に、あんな真似ができるだろうか。」
弱気な言葉が、ぽろりと零れた。
「母上や君たちに守られて育った僕に……もしブレスダンであんな地獄が起きた時、一人で全ての責任を背負って立つ覚悟があるだろうか。」
「……エヴ様。」
ルイーズが静かに立ち上がり、僕の隣に膝をついた。
彼女は僕の手から羊皮紙をそっと取り、テーブル代わりの岩の上に置くと、僕の手を両手で包み込んだ。
その手は剣ダコで固いが、とても温かい。
「貴方は、ゾーラ伯爵にはなれません。」
「……やっぱり、そう思う?」
「ええ。……ですが、なる必要もありません。」
ルイーズは真っ直ぐに僕の目を見つめた。
その瞳には、焚き火の炎よりも熱い、揺るぎない光が宿っている。
「ゾーラ伯爵は孤独でした。誰にも弱みを見せられず、一人で戦うしかなかった。……だから、あんなにも心が凍りついてしまったのです。」
彼女が包んだ手に力を込める。
「ですが、エヴ様には私たちがいます。……貴方が傷つくなら、私たちが代わりに血を流します。貴方が重荷に耐えきれないなら、私たちが一緒に背負います。」
「ルイーズ……。」
「一人で強くなる必要なんてないんです。……『守られること』は、恥ではありません。それは、貴方が愛されている証なのですから。」
彼女の言葉に、周囲の騎士たちも深く頷く。
ネリーも、サーシャも、ミリアたち従騎士も。
全員が、「そうですよ!」「私たちがいます!」という顔で僕を見ている。
……ああ、本当に。
なんて過保護で、なんて頼もしい部下たちなんだろう。
前世の記憶を持つ僕にとって、「男は女を守るもの」という価値観は根強い。
だからこそ、彼女たちに守られる自分を「情けない」と感じることもあった。
でも、彼女たちはそれを「喜び」だと言ってくれる。
「……ありがとう、みんな。」
僕はルイーズの手を握り返した。
「でもね、ルイーズ。……僕はやっぱり、変わりたいんだ。」
「変わりたい、ですか?」
「ああ。……ゾーラ伯爵を見て、思ったんだ。ただ守られているだけじゃ、本当に大切な時に、大切な人を守れないって。」
僕は立ち上がり、腰の剣に手を当てた。
北の塔で、瓦礫の下から見つけた小さな胸当て。
あの子――ミナも、きっと守られていただけではなかったはずだ。
最期まで剣を握り、家のために戦った。
「君たちが僕を守ってくれるように、僕も君たちを守りたい。……後ろに隠れるんじゃなくて、君たちの隣に並んで、一緒に剣を振るえるようになりたいんだ。」
先日のシルバッツ大森林でのルティエルとの決闘。
そして今回の、ゾーラ伯爵との対峙。
無我夢中だったけれど、あの時、僕は確かに自分の足で立ち、自分の言葉で自分の剣で道を切り開いた。
その時の「手応え」が、僕の中で燻っていた種火を大きく燃え上がらせていた。
「だから……これからは、少しだけでいい。僕にも『背負わせて』くれないか。」
僕の言葉に、場が静まり返った。
焚き火の爆ぜる音だけが響く。
ルイーズは目を丸くし、ポカンと口を開けて僕を見上げている。
ネリーはカップを持ったまま固まり、サーシャに至っては肉を落としたことにも気づいていない。
「……。」
「……。」
あれ?
なんか変なこと言ったかな?
「一人前の男になりたい」っていう、割と王道な決意表明のつもりだったんだけど。
沈黙を破ったのは、ネリーだった。
彼女はカップを置くと、口元を手で覆い、肩を震わせ始めた。
「……ふふ、ふふふっ。」
「ネ、ネリー?」
「申し訳ありません。……ああ、どうしましょう。尊すぎて直視できません。」
彼女は顔を上げると、頬を朱に染め、うっとりとした表情で僕を見た。
「『君たちを守りたい』……『隣に並びたい』……。ああ、なんて殺し文句でしょう。偽物のエヴァンが言っていた薄っぺらいセリフとは、重みが違います。」
「えっ、いや、そういうつもりじゃ……。」
「エヴァン!」
ドンッ!と背中を叩かれた。サーシャだ。
彼女はニカっと笑い、僕の首に腕を回してヘッドロック気味に抱きついてきた。
「言ったなオイ! アタシらを守るだと? 百年早ぇよ! ……でもまぁ、その心意気は買ってやる!」
「ぐえっ、苦しい、サーシャ!」
「エヴ様……。」
ルイーズが立ち上がり、僕の目の前に立った。
彼女の瞳は潤み、感動と、そして少しの「寂しさ」がない交ぜになったような、複雑な色をしていた。
「……貴方は、いつの間にか大きくなっていたのですね。私たちが『か弱い若様』だと思って囲っている間に、一人の立派な『騎士』になろうとしている。」
彼女はそっと手を伸ばし、僕の頬に触れた。
戦士の手ではなく、姉のような、母のような優しい手つき。昔から変わらない、大事な幼馴染の手だ。
「……嬉しいです。でも、少しだけ……寂しい気もしますね。」
「ルイーズ……。」
「ですが!このルイーズ・ロンズデール、 その決意しかと受け取りました!」
彼女はパッと表情を切り替え、ビシッと敬礼した。
「エヴ様が隣に立ちたいと仰るなら、私たちもそれに応えましょう! ……これからは、過保護レベルを『超過保護』から『激過保護』くらいに落とします!」
「あんまり変わってない気がするなァ!?」
「誤差です! さあ、そうと決まれば夜の特訓です! まずは『守られるためのポジショニング』ではなく『互いに背中を守る連携』の確認を……!」
「いや、今は休もうね!?」
しんみりした空気はどこへやら。
いつもの賑やかで、暑苦しい騎士団の空気が戻ってきた。
でも、その空気の中には、今までとは違う「信頼」の色が混じっている気がした。
ただの「守護対象」と「護衛」ではない。
背中を預け合う「戦友」への第一歩。
カステ高原の冷たい夜風の中で、僕たちの関係は、また一つ新しい形へと変わろうとしていた。
「……よし。じゃあ、寝る準備をしようか。」
僕がそう提案した時だった。
遠くの闇の中から、風に乗って微かな、しかし不穏な音が聞こえてきたのは。
☆
「……グルルルゥ……。」
闇の奥から響いたのは、岩が擦れ合うような低い唸り声だった。それも、一つではない。
右から、左から、そして背後から。
風に乗って漂ってきたのは、腐肉と古血の鼻をつく悪臭。
「……囲まれましたね。」
ネリーが、飲んでいたカップを音もなく地面に置き、腰の剣に手をかけた。
その動作には一切の焦りがない。
ただ、その瞳だけが、先ほどまでの「とろけるような乙女の目」から、冷徹な「狩人の目」へと切り替わっている。
「数は10……いや、20近い。足音の軽さと、この腐臭……『腐肉喰らい』の群れか。」
ルイーズもまた、スッと立ち上がり、背中のツヴァイハンダーを引き抜いた。
サーシャが鍋を守るように立ち塞がり、従騎士たちが円陣を組む。
一瞬にして、和やかだった宴の場は、殺気に満ちた戦場へと変貌した。
「ギャウッ! ギャウウッ!」
闇の中から、汚れた灰色の毛皮に覆われた魔獣たちが姿を現した。
痩せこけて肋骨が浮き出ているが、その顎は骨をも砕くほど強靭で、口からはダラダラと涎を垂らしている。
飢えているのだ。
恐らく、戦死した伯爵家の兵士たちを喰らってきたのだろう。人の味を知った魔物は酷くそれに執着すると言う。
「総員、防御陣形! エヴ様を中心に……!」
ルイーズがいつもの号令をかけようとした、その時だった。
「いや。」
僕の声が、その指示を遮った。
僕は立ち上がり、マドゥワス家の紋章が刻まれた愛剣をすらりと抜き放つと、騎士たちの輪の中から一歩、外へと踏み出した。
「エヴ様!?」
「言ったはずだ、ルイーズ。……僕は、君たちの隣に立ちたいと。」
僕は振り返り、驚愕に目を見開く彼女たちに向かって不敵に笑ってみせた。
「それに、食後の運動には丁度良い。……僕の背中は任せたよ、副団長。」
その言葉を聞いた瞬間、ルイーズの表情が凍りつき、そして次の瞬間、烈火のごとき喜悦に染まった。
「……ッ! 承知いたしました!!」
彼女はこれまでの円陣を解き、攻撃的な布陣へと指示を切り替えた。
「総員、『殲滅遊撃』へ移行! ……エヴ様の露払いをせよ! 主君の剣に遅れを取るなァッ!!」
「「「ウラァァァァァッ!!!」」」
騎士たちの雄叫びが、ハイエナたちの咆哮を掻き消した。戦闘の火蓋が切って落とされる。
「シッ!」
先手を取ったのは僕だ。
身体強化魔術を発動し、真正面から飛びかかってきたハイエナの喉元を、下から上への逆袈裟で斬り上げる。
手応えあり。刃が骨を断つ感触と共に、魔獣が悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
「エヴァン! 左舷だ!」
「応ッ!」
僕が剣を振るえば、そこにはもう敵の逃げ場はない。
彼女たちが作る「道」を、僕が駆け抜ける。
背中を預けられる安心感。そして、彼女たちが僕の背中を見てくれているという高揚感。
戦況は、完全にこちらが優勢に見えた。
だが。
「ウォォォォォン……ッ!!」
突如、大地を震わせるような重低音が響いた。
群れの奥から現れたのは、通常の個体よりも二回りは巨大な、赤黒い毛皮を持つ特殊個体だった。
「で、デカイな……ッ!」
その瞳には知性が宿っている。
奴は、僕たちが「僕」を中心に動いていることを見抜き、狙いを僕一人に定めていた。
周囲の雑魚が騎士たちを引きつけている間に、特殊個体が弾丸のような速度で僕に突っ込んでくる。
「エヴ様ッ!!」
ルイーズが叫ぶが、間に合わない。
速い。
剣を構えるが、受け止めきれるか――?
ヒュンッ!!
風を切り裂く、鋭い音がした。
次の瞬間、僕に飛びかかろうとしていた特殊個体の頭部に、何かが深々と突き刺さった。
「ギャッ……!?」
魔術が悲鳴を上げる間もなく絶命し、巨体が勢いのまま地面を転がり、僕の足元で止まった。
その頭に突き立っていたのは、見たこともない形状の、黒い投げ槍だった。
「……なんだ!?」
僕が視線を上げた、その時だった。
音もなく。
本当に、風のそよぎほどの音も立てず、岩山の上から無数の影が降り立った。
「…………。」
「…………。」
人ではない。
彼らの肌は、カステ高原の荒野と同じ、生気のない「灰色」をしていた。
痩躯だが、鋼のように引き締まった筋肉がついている。
身に纏っているのは粗末な布切れだけだが、何よりも異様なのは、その顔だ。
全員が、不気味な仮面をつけている。
笑っているのか、泣いているのか、あるいは怒っているのか分からない。
白骨で作られたような、無機質で歪んだ仮面。
その奥から、感情の読めない瞳だけが光っている。
「……魔物!? いや、亜人か!?」
ネリーが困惑の声を上げる。
灰色の肌の集団は、僕たちには目もくれず、残りの魔獣たちに襲いかかった。
速い。
獣のような四足歩行の動きで腐肉喰らいに肉薄し、手にした奇妙な形の短剣や爪で、的確に急所を刈り取っていく。
声を発することもなく、ただ機械的に、残虐に。
それは「狩り」というよりは、「掃除」に近い光景だった。
数瞬の後。
全ての魔獣が息絶え、荒野に再び静寂が戻った。
灰色の肌の亜人たちは、血塗れになった武器を振るい、無言で僕たちを取り囲んだ。
「……ッ。」
ルイーズたちが即座に僕の周りに壁を作る。
彼らからは、敵意とも好意ともつかない、不気味なプレッシャーが放たれている。
「助太刀、感謝する。」
僕は緊張を押し殺し、一歩前に出て彼らに呼びかけた。
「僕はエヴァン。ベレイン王国の騎士だ。……貴殿らは?」
「…………。」
答えはない。
仮面の奥の瞳が、じっと僕を見つめているだけだ。
「……言葉が、通じないのか?」
僕が問いかけると、集団の中から一際小柄な、しかし全身に不気味な装飾品をつけた個体が進み出てきた。
リーダー格なのだろうか。
亜人のリーダーは僕の目の前まで来ると、仮面をつけたまま、スンスンと鼻を鳴らした。
匂いを嗅いでいる?
「……うっ。」
僕の首筋、胸元、そして腰のあたりを入念に嗅ぎ回る。その仕草は、品定めをする商人のようでもあり、獲物の鮮度を確かめる捕食者のようでもあった。
「グルゥ……。」
低く喉を鳴らすと、僕の胸板に、その灰色の冷たい手をピタリと押し当てた。
そして、仮面の奥から、掠れた声で何かを呟いた。
「……ア、…………。」
「え?」
「アグリム……ニ……ササグ……。」
片言の共通語。
だが、その意味を理解する前に、リーダー格は仲間たちに向かって高く手を掲げた。
「ヴォオオオオオッ!!」
亜人らが一斉に、天に向かって雄叫びを上げた。
それは勝利の鬨の声なのか、それとも生贄を見つけた歓喜の歌なのか。
「……エヴ様を見て『極上の供物』を見つけたような反応をしているのですが。」
サーシャが引きつった笑みを浮かべて剣を構え直す。
「……気のせいだと言ってくれ。」
僕は冷や汗を流しながら、無数の不気味な仮面に見つめられ、立ち尽くすしかなかった。
言葉も通じず、手形も効かない。
そして何より、こちらの常識が一切通用しそうにない「異形の隣人」たち。
亜人達との遭遇が、僕たちの旅に新たな、そして底知れない波乱をもたらそうとしていた。
メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!
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ルイーズ・ロンズデール
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ネリー
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サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
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アンドレア殿下
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ガーベラ
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アグニ
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バルバラ
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上記以外のキャラクターは感想等で教えてね