姫騎士(肉食)共から貞操を守りつつ、僕の騎士道がハードモードすぎる 作:お庭屋さん
ココノ村を後にし、揺れる馬の背に揺られて丸一日。
夕闇が周囲を紫に染め上げる頃、ようやく前方に素朴な街の灯りが見えてきた。
僕の母、ラウラ・クロード・マドゥワスが女爵に任じられてから興った若い街、ダンテ市だ。
石造りの立派な城壁があるわけでも、歴史を物語る壮大な大聖堂があるわけでもない。
街道沿いに家々が整然と並び、中心には活気ある市場の跡がある、ただそれだけの街。
けれど、この街の至る所にある「新しさ」は、母上がゼロから築き上げてきた誇りの証でもある。
街の人々の表情は、やはり暗い。カステ領のような絶望的な憎悪こそないものの、一年という領主不在の時間は、人々の心から余裕を奪い、家々の屋根や壁に「疲れ」を刻んでいた。
その光景を見るたびに、馬の手綱を握る指先に力が入る。
「……着いたぞ。あそこが、僕たちの家だ。」
街の少し外れ、なだらかな丘の上に建つ「マドゥワス家」。
城と呼ぶにはあまりに慎ましく、けれど一般の民家よりは一回り大きな、レンガ造りの屋敷。
そこには、一年前と変わらぬ穏やかな灯火が、帰るべき場所を示して待っていた。
……しまった。忘れてた。
屋敷へと上がる坂道の途中、僕はオニキスの手網を緩めて立ち止まる。
背後に続く騎士団の面々――帝国での労役を共に戦い抜いた団員たちに向き直る。
「みんな、ここまで本当にありがとう。……だが、僕の家は見ての通り、全員を泊められるほど大きくはないんだ。今夜はネリーが手配した街の宿に分かれて泊まってくれ。」
僕の言葉が終わるか終わらないかのうちに、騎士団からブーイングに近い溜息が漏れた。
「ええーっ! 若様の寝所の警護はどうするんですか!」
「屋敷の守りが薄すぎます! 刺客が来たらどうするんです!」
相変わらずの過保護ぶりに、僕は苦笑いを浮かべるしかない。
「ここは僕の領地だ。刺客なんて来ないよ。……それに、久しぶりの故郷だろう? 今夜は街の宿で、地元の酒でも飲んでゆっくり休んでくれ。これは団長命令だ。」
渋々ながらも「団長命令」という言葉に、彼女たちは背筋を伸ばした。サーシャが代表して、「分かりましたよ。……でも、何かあったらすぐに呼べよ!」
と念を押し、不満げな顔の団員たちを引き連れて街の灯りの中へと消えていった。
残ったのは、僕とルイーズ、ネリー。
そして僕がまたがるオニキスと、一台だけ残した馬車潜んでいる「居候」だけだ。
屋敷の門が開かれ、石畳を馬の蹄が鳴らす。
僕は馬を降りる際、無意識に自分の襟元を正し、捲れた袖を戻して傷跡を隠そうとした。
帝国での行軍、蛮族との死闘、そして世間から浴びせられ続けた「野暮ったいゴリラ」という蔑視の視線。
それらが染み付いた今の僕は、この静かな屋敷に相応しくない気がしてしまったからだ。
だが、屋敷の玄関前に整列していた影を見た瞬間、僕のそんな不安は霧散した。
「……おかえりなさいませ、エヴァン様。」
凛とした、けれどどこか慈愛の混じった声が響く。
先頭に立っていたのは、僕が幼い頃から「ばあや」と慕い続けてきた老執事、ガーベラだった。
その背後には、母上が王都から呼び寄せたという五名の使用人たちが、微塵の乱れもない完璧な姿勢で控えている。
僕は一歩、また一歩と、自分を迎え入れる彼女たちの方へ歩み寄った。
ガーベラの瞳が、僕の顔にある真新しい傷跡を捉える。
一般の女性なら、きっと「恐ろしい」と顔を背けるか、「痛々しい」と嘆くだろうその傷を見て、ガーベラはただ、優しく目を細めた。
「……一年前より、随分と勇ましく、立派な騎士になられましたね。」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
外の世界では、僕が騎士をしていることは「男のくせに」と笑われる対象だった。
僕の筋肉は「醜い」と言われ、僕の傷は「不遇」の証だった。
けれど、この屋敷の人たちは違う。
彼女たちは母上が直接雇った者たちだ。
そして何よりガーベラは、僕という人間が、騎士として生きることを選んだあの日からずっと、僕を信じてくれていた。
「ただいま、ガーベラ。……みんなも。留守の間、屋敷を守ってくれてありがとう。」
「何を仰いますか。私たちの主は、ラウラ様とエヴァン様。あなたが帰る場所を温めておくのが、私たちの誇りでございます。」
ガーベラの一礼に合わせ、五名の使用人たちも流れるような所作で頭を下げる。
その光景に、張り詰めていた緊張がようやく解けるのを感じた。
ああ、本当に帰ってきたんだ。
泥を被り、血を流し、戦場を駆け抜けてきた僕が、唯一、ありのままでいられる場所。
だが、そんな感動的な再会の余韻は、背後の荷馬車から聞こえた「ガサッ」という不穏な音で中断された。
荷物の影から、ひょっこりと灰色の頭が覗く。
「……ガウッ? アグリム、イエ?」
野生児全開の亜人の少女が、不思議そうにガーベラたちを見つめている。
ガーベラは一瞬だけ少女を視界に入れたが、表情一つ変えずに僕を見た。
「エヴァン様。……新しいお客様、あるいは『従者』でしょうか?」
「いや、ええと……話せば長くなるんだ。」
僕は頭を掻きながら、これからの屋敷の賑やかさと苦労を予感して、少しだけ苦笑いを浮かべた。
☆
「……ええと、カステ高原からついてきてしまった亜人の子なんだ。言葉も片言で、まだ人里のルールが分からなくて……。」
「左様でございますか。」
ガーベラは一度だけ深く頷くと、背後に控えていた五人の使用人に視線を送った。
「皆様、お聞きになりましたね。エヴァン様が連れ帰られた『お客様』です。マドゥワスの家の一員として相応しい装いに整えるのが、私たちの最初の仕事となります。」
その言葉が終わるや否や、王都から派遣されたプロの使用人たちが、一切の無駄がない動きで少女を包囲した。
「……ガウ!?……ヤメ、ハナセ!」
抵抗する少女だったが、一年前まで王都の社交界を支えていたプロたちの手腕は、ルイーズの物理的な制裁よりも容赦がなかった。見事なワザマエ……。
「まずは湯浴みですね。その汚れ、看過できませんわ。」
「髪も整えねば。……この毛並み、磨けば光りそうです。」
悲鳴を上げる間もなく、少女は使用人たちによって屋敷の奥へと「連行」されていった。その鮮やかな手際に、僕はただ呆然と立ち尽くす。
「……ガーベラ、彼女は相当、野性味が強いけれど大丈夫かな?」
「エヴァン様、ご心配には及びません。……当家には当家の、秩序というものがございますから。」
ガーベラは薄く微笑むと、僕の泥に汚れたマントを器用に受け取った。
「さて。若様も、まずは汚れを落とし、お召し替えを。……お食事の用意が整っております。今夜は若様がお好きだった、あのスープを仕込んでございますよ。」
その言葉に、僕の腹が情けなく鳴った。
故郷の秩序。そして、ばあやの作る懐かしい味。
一年前まで当たり前だったその響きが、今は何よりも贅沢な救いに感じられた。
☆
懐かしい、けれどどこか寂しさを湛えた屋敷の食堂。
ガーベラ……いや、僕にとっての「ばあや」が用意してくれたのは、一年前と変わらぬ、香草の香りが効いた温かなスープだった。
「……美味しい。やっぱり、ばあやの作るスープが一番だ。」
一口啜るごとに、喉の奥から解けていくような安らぎを感じる。僕がそう漏らすと、傍らに控えていたばあやは、目尻を深く下げて微笑んだ。
「そう仰っていただけるのが、私の何よりの喜びでございますよ。……随分と、お疲れのご様子ですから。もっとたくさん召し上がってくださいね、エヴァン様。」
ばあやのその言葉は、まるで僕が隠し持っていた「弱音」を優しく包み込んでくれるかのようで、不覚にも少しだけ鼻の奥がツンとした。
そんな僕の様子を、隣に座っていたルイーズが少しだけ羨ましそうに見つめる。
「もう、エヴ様。ガーベラ様の前だと、途端に幼い頃のようなお顔をされるんですから。……でも、確かに。このスープを飲むと、ブレスダンに戻ってきたのだと実感が湧きますね。」
「ええ。ダンテ市の宿で不満を漏らしていたサーシャたちにも、一口飲ませてあげたかったくらいですね。……今頃は宿の主人に、若様の武勇伝を散々吹聴して回っているのでしょうけれど。」
ネリーが呆れたように溜息をつく。
屋敷の門の前で、「若様の護衛が足りません!」と泣きつかれた時はどうなることかと思ったが、ネリーが手配した宿にご案内()したのは正解だった。彼女たちの忠義は嬉しいけれど、今夜ばかりは僕も、この「家」の空気を静かに吸い込みたかったから。
食事を終え、食器が下げられると、ばあやの表情がスッと「ガーベラ様」としての厳格なものに切り替わった。
「さて。……エヴァン様。お疲れのところ誠に心苦しいのですが、ラウラ様よりお預かりしている『現状』について、お耳に入れねばならないことがございます。」
「分かっている。……母上が王都から戻れない今、代行である僕が決めるべきことだね。」
ばあやが差し出したのは、数冊の分厚い帳簿と、領内の惨状を克明に記した報告書の山だった。
ネリーがそれを手際よく広げ、僕の前に整理していく。
「……正直に申し上げまして、状況はココノ村で見た以上に深刻です。帝都への人質供出と重なる形で、領内の主力であった女性たちが次々と兵役や労役に駆り出されました。その結果、農業インフラの維持が限界を迎え、今年の収穫量は例年の三割以下……冬を越すための備蓄も底を突きかけています。」
ネリーの淡々とした説明が、僕の胸を締め付ける。
ルイーズが拳を握り締め、低く唸った。
「ラウラ様が王都で必死に交渉してくださっているとはいえ、このままではブレスダンの民が飢えてしまいます。……エヴ様、これでは『再生』どころか、現状維持すら……。」
「……いや。やるんだ、ルイーズ。」
僕は自分の、傷だらけになった腕を机の上に置いた。
この傷を、民は「自分たちのために流した血」だと言って泣いてくれた。ならば、その涙を裏切るわけにはいかない。
「ばあや。母上が雇った使用人たちに、領内の各村へ急使を出してほしい。マドゥワス領主代行として、明朝、ダンテ市の広場で緊急の布告を行う。……そしてネリー。屋敷にある蓄えを、まずは種籾と最低限の配給用に回す算段を立ててくれ。……足りない分は、僕がどうにかする。」
「……若様。本気でございますか?」
ばあやが、試すような、けれど確かな信頼を込めた瞳で僕を見つめる。
「ああ。僕はもう、守られるだけの『男』じゃない。この領地を、この民を支える騎士なんだ。……傷だらけの身体でも、泥を被る覚悟ならできている。」
僕のその言葉を聞いた瞬間、ばあやの目がスっと細められ、嬉しさと、どこか寂しげな複雑な色が浮かぶ。
幼い頃から面倒を見てくれた彼女に、今の僕はどう映っているのだろうか。
ブレスダン領主代行として、相応しい騎士になれているだろうか。
そんな不安を知ってか知らずか、ばあやは優しく微笑んだ。
「ご立派になられましたね。あんなに可愛かったエヴァン様が、一人前の騎士になられた……。こんなに嬉しいことは御座いません。」
ばあやの言葉に再び胸が熱くなる。
僕の言葉を聞いたルイーズが弾かれたように立ち上がり、深々と頭を下げた。
「……委細承知いたしました。我ら騎士団、エヴ様のその決意に、命を賭してお供いたします!」
「エヴ様。……エヴ様がそう仰ると思って、既に計算式は用意してあります。……ただ、少しだけ『無茶』をお願いすることになるかもしれませんが、よろしいですね?」
ネリーが不敵に微笑む。その目は、エヴァンの無茶振りをむしろ楽しんでいるかのようだった。
本来の主、我が母上が不在の屋敷に、一本の確かな芯が通った瞬間だった。
窓の外、ダンテ市の静かな夜空には、明日への希望を占うような一筋の星が流れる。
再生への道のりは険しい。けれど、僕の隣には頼もしい幼馴染たちがいて、背後には僕を育ててくれた「ばあや」たちがいる。
「……よし。……やるぞ。」
僕はもう一度、自分に言い聞かせるように呟いた。
マドゥワス家の灯火は、まだ消えちゃいない。
メインキャラが増えてきたので....みんなの好きなキャラを教えてくれぇ!!!書くわよ〜!!!!
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ルイーズ・ロンズデール
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ネリー
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サーシャ、クロエ、ミリア他騎士団
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アンドレア殿下
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ガーベラ
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アグニ
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バルバラ
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上記以外のキャラクターは感想等で教えてね